Practice8 七人のHarmony
Practice8 七人のHarmony
朝日が昇り始めた時刻。七海は眠い目をこすりながら割烹着を着る。弁当の準備を始めようとして弁当屋の扉を開けた瞬間、信じられないものが目に飛び込んできた。
「え?!」
七海が声を上げた。そこにはハジメを含めたチームポラリス六人が立っていた。
「こんな朝早くから何してるの?!」
「七海さん! お手伝いにきました!」
「はい?」
鈴が七海にそう伝えると、七海はその意味が分からず首をかしげた。すると夜が七海にことの詳細を説明する。それに七海は驚き、逆に焦り始める。
「もうすぐ本番なのよ?! こんなことしてる場合じゃないわよ」
「分かってます! でも、七海さんがボロボロになる姿を私は見たくありません! いつもだったら七海さんは私に世話を焼いてくれます。でも、今回は私が七海さんを助けるんです!」
七海は鈴の言葉を受け止めるが、一人ならまだしも全員を巻き込む理由にはならないと告げた。すると鈴は全員にも話して了承を得ていて、ハジメも許可してくれたことを明かす。
「鈴から『七海さんのお店をチームポラリスで手伝えないか?』って提案があったんだよ。最初は僕も無謀だって思ったけど、鈴の提案を聞いた弦たちは満場一致。僕が止めようとしても実行しそうだったから、条件を課した」
「条件?」
「まず一つ目。年少組は弦の言うことを聞くこと。二つ目は実行するのは今日。最後は昨日の稽古終わりにフライヤーを配って全部はけきること。この三つ。大量のフライヤーを五人は工夫して無事に配り終えた。それほど、執念が強いってことだよ」
ハジメから突きつけられた条件を満たすため、昨夜の規定時間ギリギリまで粘り、フライヤーを全部配り終えたことを伝えると七海は驚いていた。
「七海。鈴の気持ちを素直に受け取ってくれないかな? 七海のために頑張った。それを褒めてあげてほしいな」
ハジメの言葉を聞いて目を見開く。そして七海は鈴のところに歩いて行くと、いつものように鈴の頭に手を置いた。鈴が顔を上げると、
「私は本当にいい仲間と出会えたんだね。ありがとう、鈴。私のために、道連れになってくれる?」
「地獄の果てまでお伴します!」
「・・・せめて、世界の果てにしてちょうだい」
鈴の答えに七海は少し呆れ顔でそう言った。いつもの七海に戻って鈴は笑った。
「よし。じゃあ、早速だけど手伝ってもらいましょうか」
七海は笑って六人を店の中に入れた。
幸い開店直後でまだお客さんは来ていない。荷物を店と直結しているリビングに置かせてもらい、エプロンや三角巾などをして準備をする。七海の両親に挨拶を済ませる。
店の手伝いにやってきた六人を迎い入れてくれた。舞台の共演者ということもあって握手を求められた時は驚いていた。
七海と弦が中心となって仕事を割り振る。
店でお弁当の準備をするのは七海と七海の母親。店先で接客班は鈴と夜の二人。そして注文等を受けて配達をする配達班は弦、大宙、瑠衣に決まった。綺麗に年少組を分け、年長組が一人ずついることが絶対条件であるため、その条件に揃えた。残ったハジメは鈴と夜と一緒に店で接客を行うことになった。
ハジメに関してはひたすら弁当を運ぶ作業になる。大きな要因としては機械音痴なこと。東弁当のレジを壊しかねないという大それた不安から、ハジメはそのようになった。
午前八時---。
開店して一時間後、お客さんがやってきた。出勤前の人がよく立ち寄ってくる。
東弁当は星川町に住んでいる人なら知らない人はいないお弁当屋さんだ。しかもチームポラリスが活動している町の玄関口・星川町駅の隣は星川庁舎駅である。駅前は少し都会に近づいた発達した場所。
大きな建物が立ち並び、庁舎というだけあって公務員の人たちが多い。星川庁舎駅に行く人で東弁当が通勤の通り道になっている人はよく買いにやってくる。
「コロッケ弁当一つ」
「コロッケ弁当一つですね。六〇〇円です」
やってきたお客さんに対し、丁寧に接する鈴。さすがアルバイトを何個も掛け持ちする猛者。弁当屋の接客など、朝飯前と見えた。お金を受け取り、弁当を丁寧に紙袋の中に入れようとするがなかなか入らない。すると、鈴の隣に夜がやってくる。
「申し訳ございません。もう少々お待ち下さい」
夜は慣れた手つきで紙袋へ弁当をしまう。そしてそれを手渡した。鈴は驚いている。
「すごいですね」
「神社の手伝いよくしてたしね。細かい作業・・・」
「なるほど・・・」
まだ配達班の注文がない。おかげで朝の忙しい時間を切り抜けることができた。時間の経過とともに増えて行くお客さんに必死に対応するチームポラリス。
そして調理場でたくさんのおかずを作る七海。いつもだったらもっとバタバタしていた。ところが今は料理をする仕事に集中できる。改めてチームポラリスのメンバー、特に鈴に感謝の気持ちを伝えたくて堪らなかった。
東弁当で一番人気のコロッケ弁当を筆頭に、和食メインの和食弁当、ガッツリ系も満足間違いなしのハンバーグ弁当などがどんどん売れていく。
「七海さん! コロッケ弁当ストック切れました!」
「大宙! 準備出来てる分だけ運んじゃって!」
「はい!」
七海は仕事をしながら状況を把握し、大宙に指示を出す。大宙は出来ているストック分を店先に運ぶ。安心したのもつかの間、さすが大人気のコロッケ弁当。ものの数分で運んだストックが消えていった。
「七海さん! コロッケ弁当ストック切れました!」
「マジ?!」
それにはさすがの七海も驚いている。チームポラリスが駆けつけたその日はいつも以上に忙しそうだった。
午後十一時過ぎ---。
朝の忙しさは落ち着き、今はまばらになりつつあった。ラッシュが過ぎれば今度は、星川町の常連さんが弁当を買いにやってくる。下は幼稚園児、上は杖をついたおじいちゃんおばあちゃんに至るまで年齢層は様々だ。
「あれま? 今日は随分若い子がいるじゃないの? おや、若い男もいる」
弁当屋にやってきたおばあさんが店番をしている鈴を見て言った。東弁当にはなかなか見かけない夜のような青年も捉える。
「あー、実は今日手伝いに来てくれたんです。チームポラリスの」
「チームポラリス・・・。あ、舞台かね?!」
おばあさんが食いついた。じゃあ店先に立っているのはチームポラリスの人たちなの? と聞いてくると鈴と夜はそうです! と言った。
「いやー、まさか役者さんから売ってもらえるなんてね・・・。和食弁当をくださる?」
「かしこまりました」
鈴は和食弁当を取り出して紙袋にしまおうとするとおばあさんは待って! と鈴を止めた。鈴はピクッと肩を震わせた。
「いつもここで食べていくのよ。そのままでいいわ」
「申し訳ありません。どうぞ」
鈴は弁当をおばあさんに渡した。おばあさんは店の中にあるイートインスペースに自分で向かい席に座った。そして和食弁当を開いて食べ始めた。
「おいしいわ」
「ありがとうございます!」
七海が声を出した。するとおばあさんは七海が主演を務める舞台の話をした。
「そういえば、七海ちゃん主役になったんだって?」
「まあ」
「すごいじゃない。いつか来るって思ってたけど、すごく楽しみだわ〜」
七海はありがとうございます、とお礼を言った。そのあと、どんどんとお弁当を求めて常連たちがやってくる。鈴と夜が対応していると手伝い程度に仕事をしていた弦、瑠衣、大宙に本来の手伝いがやってきた。
骨折して動けない七海の父親が三人を呼び出す。
「早速だけど、配達頼むよ」
「お任せください!」
三人は口をそろえて言った。
注文の電話を七海の父親が受けて、それを受けて三人が配達に向かう。時間帯はそろそろお昼時。注文がどんどんと増えていく。
「山崎くん。コロッケ弁当三つをこの住所に。黒川くんはコロッケ弁当二つをこの住所に。綾瀬さんにはハンバーグ弁当二つをこの住所にお願いします」
紙に書かれた住所をもらい、すぐにスマホの地図アプリを起動する。もらった住所を打ち込んで、GPSを起動。配達先までの道のりを確認する。
「よし、行くか」
弦は自転車のカゴに弁当を乗せてペダルをこぎ出す。大宙と瑠衣も家から乗ってきた自転車に乗って配達先へ向かう。
現在入っている注文は全て、自転車で行ける距離ばかり。交通法規を守りながら、自転車のスピードを上げていく。
「お待たせしました! 東弁当のお弁当です! お届けに参りました!」
「七海ちゃんじゃなくて、だれだ兄ちゃん?!」
「手伝いをしてるんです」
配達先についた大宙がそう言った。
大宙は受け取りサインと代金をもらい、自転車で店へ戻っていった。大宙は自転車をこいで風を切りながら思った。
七海さん、いつもこんな仕事をこなしてるんだ・・・。本当に大変だ。
午後十二時---。
朝と同じくらいに繁忙期を迎えるのがこの時間。またたくさんの人がお弁当を買いにやってくる。そして配達班も配達でひっきりなしに店の出入りを繰り返す。休む時間もなく、弁当を持って急いで自転車に飛び乗り続けていた。
こんなに混んでいるのは、やはりチームポラリスが働いているからだろうか? 町の人たちが声をかけてくれる。声をかけられた時は戸惑うも「手伝いしてるんです」と応対した。
「お水です。どうぞ」
「ありがとう」
イートインスペースでの接客も忘れない。水の入ったコップをテーブルに置く鈴。
チームポラリスが東弁当で手伝いをしている。そんな噂は東京の中でも地域コミュニティがあまり衰退していない星川町ではすぐに広まる。
チームポラリスの知名度は星川町ではそこそこ。しかし、若者たちを見守る人情と優しい瞳がそこにあった。
「七海さん! コロッケ弁当追加できます?!」
「ごめん! あと十分待てる?!」
定番にして大人気メニューのコロッケ弁当はストックを作っても作ってもすぐに売れていってしまう。七海はただひたすらに料理を作り続けていた。
そして極め付けは東弁当のイートインスペースなどの壁に第五回公演のフライヤーが貼られていたこと。チームポラリスの誰かがイートインスペースで接客をしているとフライヤーを指される。
「もしかして、及川鈴ちゃん?」
「え?」
「この新演目の準主演の及川鈴ちゃんですよね?」
「はい。まだお席にも余裕はありますので、是非来てください!」
接客をしながら、自分の出演する舞台をさりげなく宣伝する。鈴にしかできないテクニックだ。隣にいた夜は感心してみていた。
午後十九時---。
東弁当が落ち着きを取り戻し、店じまいをした。朝から夜まで仕事をした五人はへとへとになっていた。イートインスペースで地獄の亡者のように突っ伏していた。
「疲れた・・・」
「腹減った・・・」
疲れと空腹、配達班の三人は筋肉に乳酸が溜まってしまっているせいなのか、足がパンパンになっていた。足がパンパンになった三人の考えることも三者三様だ。いいトレーニングになったとどこか満足げな弦。自転車をこぎまくったのは久しぶりだと言う大宙。筋肉痛で足が痛いと嘆いている瑠衣。
弦、夜、大宙、瑠衣、鈴はハードワークだったせいなのか、眠気が襲って寝ていた。
ハジメも疲労が溜まってテーブルに突っ伏していた。現役で活躍していた頃も大変だったが、それとはまた別の肉体疲労だった。
すると鼻につく美味しそうな香りが漂う。それで目を覚ますと、割烹着姿の七海が立っていた。片手ずつにお盆をもっている。
「ハジメも、みんなもお疲れ様」
「七海もね。集中稽古期間だけど、明日は休息にしよう」
「そうね」
ハジメが笑いながらそう言った。そして七海に何を持っているのか聞いた。七海はお礼だと言ってハジメの前に差し出す。そこには白いご飯、わかめと豆腐の味噌汁、少し多めのキャベツに生姜焼きが三枚。生姜焼き定食が白い煙を上げていた。
見た目と香りにハジメは一気にお腹が空く。
「食べていいの?」
「勿論」
ハジメは割り箸を割っていただきます! と手を合わせて生姜焼きを白いご飯にのせて口の中に放り込んだ。口の中に生姜焼きの味が広がる。ハジメは思わず笑みがこぼれた。
「まさか、こんなことになるなんて想像してなかった。最初は何してるの?! って思ったけど・・・すごく助かった」
「そっか。七海は年長だし、チームポラリスの中で頼りにされてるから、あんまり頼るのが上手じゃないだけなんだよ」
「そう・・・かもね」
七海は座った。
「七海のことをとても信頼してくれてるから、きっと鈴はこんな行動に出たんだと僕は思う。僕は今日手伝っていて思ったんだ。七海を五人が支えてる。まるで、オーケストラみたいに」
「オーケストラ?」
「オーケストラは主旋律があって、それをより際立たせたりするために様々な楽器がパート分けされてハーモニーを奏でてる。まるで主旋律の七海を支えてるみたいだった」
ずっと音楽のことばかり考えてきた一ヶ月半だったから? と七海は笑った。すると店の奥から七海の母親が顔を出してきた。
「本当に・・・ありがとうございます」
「いえいえ。彼らを褒めてあげてください」
ハジメは疲れで眠ってしまった五人に目を向ける。するとゆっくりと大宙と鈴が目を覚ました。七海がお疲れ様、と声をかけると二人が鼻を犬のようにヒクヒクとさせた。二人の嗅覚がハジメが食べていた生姜焼きの香りを感知する。
「生姜焼きだ!」
「私も食べたい!」
腹ペコ高校生二人が前のめりになって目を輝かせる。七海は呆れにも嬉しいにも取れる息を吐いた。
「そうね。みんなを起こしてちょうだい。生姜焼き定食、準備するわ」
「七海さん。手伝います!」
「いいのよ。大宙と鈴は疲れで死んでる年上たちを起こしておいて」
大宙と鈴は疲れで眠ってしまっている三人を叩き起こす。眠い目をこすっている三人も七海が運んできた生姜焼き定食の香りを嗅いだ瞬間、すぐに目を覚まし、口に運んだ。
今日のご褒美とばかりに笑顔で生姜焼きを口に運んだ。
「本番はもうすぐだよ。時間は限られてる。本番に向けてさらに精度を上げていこう!」
「ハジメの言うとおりね。頑張ろう!」
ハジメの後に七海も言う。すると全員が「おおーっ!」と声を上げた。
東弁当の店内でチームポラリスの声が高らかに響いた。




