Practice10 Ready...GO!!!!
Practice10 Ready・・・GO!!!!
時は流れてついに千秋楽を迎えた。
弦と七海の協力もあり、大きな事件なく公演を続けることができた。役者間で役割分担も行い一人に負担がかからないようになった。七海が料理担当、瑠衣が洗濯担当、凜が掃除担当、夜が風呂担当といったようなものだ。
いつものように大宙は七海の運転する車で高校へ向かった。
七海が劇場へ帰ってくると空はだんだん暗くなっていた。
「あれ? もしかして雨降りそう?」
「そんな気がする。大丈夫かしら」
ハジメが空を見上げてそう言うと七海も同調した。空にかかる雲はどす黒く、ただならぬ雰囲気であった。七海とハジメが劇場内へ戻ると舞台の修繕を行っていた。何日も走り抜けていたために見るも無残な姿になっていた。公演が終わるごとに確認して直していたが、これではきりがなかった。
「テープ無くなったらそれでこそ厄介だよね・・・」
修繕の手伝いをしていた瑠衣がつぶやいた。
テープの消費量が増えること、そして観客や役者の怪我の元にもつながりかねない。すぐに改善しなくてはいけなかった。しかし、ハジメには代替案が思い浮かばなかった。千秋楽目前にしてピンチだ。
するとハジメに話しかけたスタッフが少し大きめの段ボールを持ってきた。
「ハジメさん。これをつけてはいかがでしょうか?」
段ボールの中に入っていたのは強化プラスチックでカバーがされた照明器具。大きさは手のひらよりも少し大きいくらい。それがたくさん段ボールの中にしまわれていたものを発見したのだ。
しかしスタッフが「これをつけてはいかがでしょうか?」の意味がさっぱりわからない。ハジメが根拠を聞いた。
「このライトはワイヤレスなんです。ボタン一つで光るんです。電池式なので災害用でよく使われるんですが、これをテープの貼っているところに配置するのはいかがでしょうか?」
ハジメの頭の中に浮かんだのはその照明器具を使った時の光景。ボタン一つで点灯し光のトラックが浮かび上がる。なんとも幻想的な姿だろう。ハジメの考えはすでに決まっていた。
「このライトを配置します。電池が全部あるかどうかの確認と電池を買ってきてください!」
強化プラスチックであるために踏んでも多少は大丈夫なのではないかとある。ガラスではないために役者が踏んでも観客が踏んでも問題はないと見た。
ハジメの指示に従いその場にいるスタッフが一斉に動き出した。これに便乗するような形で役者たちも動き出す。
役者の女性陣はスタッフの指導を受けながら照明機材の電池カバーを外し、電圧機で電池残量を調べる。そしてそれぞれの付箋を貼っていき、電池を交換すべきかそうでないかを判別させた。
交換不要が青。残量不足注意は黄。交換必須が赤というように貼っていく。
結果として青は一二個のみで残りは残量不足と交換必須という結果になった。予想以上にたくさんの電池を必要とすることがわかり、スタッフと弦、夜は手分けをして電池を購入しに向かった。
運良く気づいたのが本番より何時間も前だったために早急な対応が可能となった。ワイヤレススイッチを押してボタン一つで稼働可能にして通路に配置していく。大量の電池を開封して総出で交換作業を行う。点灯が確認されたものは配置していく。
一時間後には全てを並び終えることができた。そしてワイヤレスボタンの作動スイッチを押すと綺麗に通路が光り輝いた。
これには全員が感嘆の声を上げた。
「綺麗!」
「こんなの今まで見たことないかも!」
七海や鈴が目を輝かせて見ている。もしこれが本番中なら今まで以上に素晴らしいものになる予感がした。スタッフのとっさの機転により、テープ問題は解決した。
「そういえば電池買いに行った時、雨が降り出して」
「雨? どのくらい?」
「最初はポツポツだったけど、これからもっとひどくなるかも」
ハジメの耳に入ってきたのは夜と瑠衣の会話だった。最後に七海と一緒に外へ出たことを最後に状況がつかめなかった。外は土砂降りになる可能性が高いと踏んだ。ハジメは弦を呼んだ。
「雨が今後大荒れになる可能性が高い。今日は早めに迎えに行ってくれないか?」
「分かりました」
弦はハジメの言葉に首を縦に振った。
午後十二時---。
大宙はというと朝から練習の追い込みを行っていた。曇り空の下をひたすらに走ったが、雲がだんだん暗くなる。これには大宙も気づき、スタートラインまでランニングで戻る際も何度も天を見上げた。
「雨降りそう・・・」
そして案の定ザーッと雨が降り出した。陸上部の練習も一時中断し、全員が校舎内に移動する。最初こそ通り雨だろうと思ったが、やむ気配は一切ない。
「明日の大会大丈夫かな・・・」
大宙がつぶやいた。
結局グラウンド状況が最悪となり、室内で筋肉トレーニングになってしまった。二人一組になってトレーニングを始める。あちらこちらでうなり声が聞こえてくるが、そんなものにかまっている場合ではなかった。
昼になってもなお雨は止まることを知らない。大宙は七海が持たせてくれた弁当を広げておかずを口の中に入れた。何度も窓を見ては憂い顔をする。
「虹の向こう側に行くどころか虹すら出てないって・・・。なんか嫌な予感がする・・・」
コンクリート製の建物に容赦なく降る雨が大きな音を響かせる。昼食後はまた筋肉トレーニングを行う。廊下を走ることは禁止。大宙だけでなく陸上部全員が走りたくてたまらなかった。
『僕が見たいのは・・・、虹の向こう側の世界だよ・・・』
大宙の口が無意識に動いた。
「黒川?」
大宙はえ? と声のする方を向く。するとキョトンとしている友達の姿がある。大宙は無意識のために自分が一体何を言ったのか分かっていない。大宙が相手の言葉を待っていると、友達が声をかけた。
「それ、セリフってやつか?」
「セリフって・・・。まさか、勝手に?!」
「動いてたぜ」
大宙はようやく気づく。自然な流れで頭を抱えた。友達といえどもなんだか恥ずかしい。穴があったら入りたいというのはこのような時に使うのか、と思った。
「晴れて欲しいだけだったんだろ?」
「多分・・・」
「曖昧すぎる。本当に言った記憶ねえのかよ」
ごめんと照れ笑いしながら大宙は筋肉トレーニングを続けた。晴れて欲しいと願うのは大宙だけではなかった。今ここにいる全員が晴れることを望んでいる。しかしその思いとは裏腹に容赦なく雨は降り続けた。
午後十四時四十分---。
都立星川高校の駐車場に一台の車が止まった。車から降りたのは弦であった。雨の影響で早めに高校へやってきた。透明なビニール傘を差してグラウンドへ向かう。
「こんな雨の中練習はしないか。となると・・・」
弦は校舎の方へ向かった。
敷地内を歩いて行くとちょうど下駄箱の廊下で人が集まっているのを見つけた。
「弦さん?」
弦に気がついたのは大宙の方だった。その声に顧問の先生も反応して大宙の視線の先を見る。弦はこちらの様子にはまだ気がついていない。顧問の先生が昇降口の戸を開けた。その音に弦が振り返る。
「山崎さん。黒川ならこっちです」
「すいません」
顧問の先生は校舎内に招き入れた。白いコンクリート造りの校舎の中。生徒が上履きに履き替える下駄箱ですら年季を感じる。下駄箱の置いてある昇降口を曲がった廊下に陸上部の面々がいた。
「弦さん!」
「雨でグラウンドが使えなかったか・・・。この雨じゃ仕方ない」
先ほどよりも雨は強まる一方だ。弦は夜にかけて天気が大荒れになる可能性が高いことからいつもより早めに迎えに来たことを大宙と顧問の先生に伝えた。すると顧問の先生はグラウンドが使えないのでどの道練習は中止になる可能性があったのだという。なのでこのまま大宙だけ早退することを許可してくれた。
大宙はすぐに帰り支度を始める。
「今日が最終日と伺いました」
「そうですか・・・。天気で客足がどうなるか不安ではありますが・・・」
弦が顧問の先生と会話をしていると大宙が準備を終えて弦の元へとやってきた。大宙が行こうとすると部活の仲間たちから叱咤激励を多く受けた。
「黒川! 頑張れよ!」
「黒川! 俺、観に行くから! 失敗したら許さねえからな!」
「頑張れ!」
大宙は深く頷いた。そしてその決意を口に出していた。
「都立星川高校二年陸上部所属、黒川大宙! これからチームポラリスの舞台役者として頑張ってまいります!」
その決意はどこかその場を盛り上げるような文言に見えたが、ちゃんと大宙の決意は固かった。それを部活の仲間たちもわかっている。そろそろ行くぞ、と弦が促した。すると部活の仲間たちは「行ってらっしゃい!」という言葉をかけて大宙を見送った。
それに対して大宙は手を上げて振った。
「行ってきます!」
大宙は手を振り終えると車に飛び乗って、劇場へと向かった。
午後十六時---。千秋楽まで残り二時間。
役者陣全員がヘアメイクなどすべてを完成した。まだ開場していないが、外の様子が分からない六人は客足が気になって仕方がないようだった。
「雨、どうだった?」
「俺が劇場に着いた時は本降りになってた。もっと強くなってるかも」
鈴と大宙が楽屋で話していた。
天候が心配なのは二人だけではない。今待機している四人も気になっている。すると弦が楽屋のテーブルに置いてあったリモコンに手を伸ばす。リモコンのボタンを押すとテレビが反応して電源をつける。弦がつけたのは夕方のニュース。
ニュースの後、天気予報へと移る。
中継先の都内は激しい雨が降っている様子がテレビに映し出された。画面越しでもなんとなくわかる雨の激しさ。一気に不安が押し寄せる。
「夕方からの天気です。関東地方では発達した低気圧の影響で激しい雨が予想され、不安定な天気になるでしょう。時々雷が鳴ることもありますので、落雷にはご注意ください。・・・では、週間天気予報です」
テレビに映る気象予報士はそう言った。
「お客さん、来てくれるかな」
鈴がそう呟いた。鈴の思っていることを全員が抱えていた。雨の日は客足が遠のく。それは演劇に限った話ではない。これには弦もどうこういうことができなかった。
「大丈夫ですよ。お客さんが多くても少なくてもベストの舞台をするんです! それで来れなかった人も頑張ってくればよかった! って思わせるようなものをやればいいんです」
大宙だった。
少しでも不安を払拭するためのものだった。それを聞いた全員の表情がどんどん明るくなっていく。大宙の言う通りね、と七海が笑った。それを皮切りに夜、瑠衣、鈴もやる気を出して各々で気合い入れを行う。
大宙に弦が近づいて肩を叩いた。
「すっかり座長らしくなったな」
「弦さん・・・」
「上出来だ・・・」
本番前にあまり褒めるようなことをしない弦であったが、たった一言を残した。これは弦なりの褒め言葉だった。テレビに時折映される外の様子に少し不安を抱えながらも、ベストを尽くすという合言葉を忘れずに時間を過ごした。
午後十七時三十分。千秋楽まで残り三十分。
開演時間一時間前にはすでに開場がされた。ハジメは激しい雨のため、早めにお客さんをロビーに入れた。そして一時間前である午後十七時に劇場への扉を開けた。やはり雨の影響は大きかった。お客さんがまばらだ。チームポラリスが拠点としている劇場はそこまで大きくない。空席が目立つ。
ハジメはやはり天候には逆らえないかと息を吐く。しかし、来てくれてたお客さんの反応を確認していた。
「今回の主演、現役陸上部なんだって」
「へえ。適役ってことだね」
大宙の配役を絶賛する声が多数見られる。客席がざわざわと話し声が聞こえる。ハジメは再び仕事に戻った。
大宙の所属する陸上部の面々もジャージ姿、エナメルカバンを持ち、チケット片手に劇場内へ入った。口から出てくるのは大宙の活躍を楽しみにする言葉や、ストーリーを楽しみにする言葉が出てきていた。
要するにこの舞台に期待を込めていることが伺えた。
一方の役者陣は舞台裏に移動していた。幕の隙間からお客さんがどれだけ埋まっているか確認したいが少しでも動けば人は反応してしまう。気になる気持ちを抑えながら待機していた。
舞台裏で最後のストレッチを行う。念入りだ。
舞台裏は緊張感で張り詰めていた。秒針が一秒を刻むたびに心臓が鼓動を強く打った。まるでスタート待ちの陸上選手のよう。根本的に似通っているところがあるのだと大宙は思った。
息を吐いた。千秋楽までもうすぐだ。すると弦が大宙を呼んだ。
「さ、座長。気合い入れだ」
「え?」
「何トボけてんだ? お前は座長だ。気合い入れ頼むぞ」
大宙はハッとした。もうすぐ本番だ。座長としての仕事が残っていた。大宙は集まった五人の顔を見渡した。そして声を出す。
「円陣!」
大宙がそう言うと六人が肩を組んで円陣を組んだ。大宙は頭の中でかける言葉を冠葉えながらゆっくり紡いでいった。
「稽古の時、いろいろ迷惑をかけてすいません。俺は皆さんの助けがなければどうなっていたか分かりません。舞台に立てるこの時を楽しんでいきましょう」
そう言うと今まで以上に大きな声で言った。
「Ready・・・?」
「Go!!」
Goと共に体が沈み、気合いを入れる。お互いに頑張ろうね! と言葉を交わした後、それぞれの待機場所へと移動する。
大宙は衣装や小道具の最終確認をする。そして息を吐く。今この場には自分しか存在していないような錯覚に陥る。お客さんのざわめきもほとんど耳に入らない。陸上トラックに立っているように集中力が頂点に達しているのだ。
そして---。
カランカランカランカラン・・・!
開演を告げる鐘の音が響いた。舞台を照らしていた照明が動き出してお客さんに向けて照射されて次第に暗くなる。幕が上がる。
高鳴る胸を抑えて大宙は、一呼吸を置いた。そして口が静かに動く。何かを自分自身に聞かせているようだった。
「さあ、楽しい陸上の始まりだ!」
心の中でそう呟いて一歩を踏み出した。
チームポラリス第四回公演。
現役陸上部を筆頭に舞台の上を縦横無尽に走り回り、虹の向こう側に行くことを夢に見た高校生たちの青すぎる青春活劇が幕を開ける。




