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夢の舞台はポラリスで  作者: 藤波真夏
Program No,04「虹色の向こう側」
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Practice2 耐えて、走って

Practice2 耐えて、走って

 稽古一日目。

 レッスンルームには全員が集まる。しかも大宙はやる気満々でいつもの陸上部の練習と同じようにウォーミングアップを行っていた。準備運動に始まり、ストレッチ、軽い腿上げなどやることはたくさんだ。

「やっぱりスポーツマンって大変なのね。あんなにウォーミングアップしなきゃいけないなんて・・・」

「怪我をしないためですよ!」

 瑠衣が七海に言った。大宙の指示で全員が丹念に準備運動を行う。膝の屈伸運動を行い、アキレス腱を伸ばす。アキレス腱が切れたら即救急車行きだ。全員が救急車に乗るなど絶対嫌である。怪我を防ぐため準備運動の徹底を行う。

 一時間ほどかけて準備運動を終わらせた後、まずはフォームのレクチャーを行う。

 走ることで一番大切なフォーム。本物では風の抵抗なども考えていかなければならない。よーいドン! でクラウチングスタートの状態から前のめりのような形になる。そしてどんどん体勢を上げていく。そして一気に走りきる。

「ここで大事なのは体幹なんです」

「体幹?」

「はい。体幹がしっかりしてないと体のバランスがおかしくなってタイムが伸びなくなるんです。体幹はスポーツの基本ですから」

 へえ・・・と五人は呟いた。

 ハジメから演出上、陸上選手を演じる、大宙、弦、夜、瑠衣、鈴には陸上の基本であるフォームや走り方をなんとかマスターしてもらいたいと思っている。そのためには演技指導だけではこの演目は成り立たないのだ。

「体幹ならバランスボールとかであげられないかな?」

「それでも上げることは可能です」

 鈴が聞いた。それに大宙は肯定する。それに付随して弦が言う。

「黒川が言った体幹は演劇でも必要とされるスキルだ。体幹がしっかりしていればアクションといった激しい動きでも演じれる。役柄の幅や演技の幅を広げることにつながる。身につけておいて損はないスキルだ。今は体幹を鍛えるトレーニングを重視していこう」

 弦がうまくまとめる。

 次なるチームポラリスの課題は「体幹」。スポーツでも演劇でも必要になってくるスキル。この体幹を得ればもっと良くなると弦は考えていた。そして今回の演目では陸上で鍛えていて体幹をしっかりと持っている大宙というお手本がいるから絶好の機会なのである。

 六人のトレーニングを静かに見ていたハジメも話を入れる。

「確かに弦の言う通りだ。演劇において体幹は武器になる。体幹を鍛えれば、もっと演技の幅も広がる。僕はみんなにもっと色んな役を経験してもらいたいって思ってる。公演もたくさん打ちたいって思っている。体幹を鍛えるにはいい機会だよ」

 弦は頷いた。弦は大宙よりは演技の経験が豊富なのではあるが体力・体幹で比べると圧倒的に大宙の方が上だ。経験者として体幹の大切さを身にしみて感じている弦は、このような提案をしたのである。

 六人は体幹を鍛えるトレーニングを始める。バランスボールに乗り、必死に耐える。そしてバランスを少しでも崩せば冷たい床に叩きつけられる。六人は必死になって耐える。そして大宙はその中でもずば抜けてボディーバランスがいい。絶妙なバランスをキープしている。

「さすが!」

 ハジメも大絶賛している。

 しかし体幹トレーニングだけをしているわけにはいかない。他にもやらなければならないことが山ほどある。体幹トレーニングを数時間続けたのち、今度は劇場の外へ出てある場所へ向かう。

 それは夜の実家・桜田神社。桜田神社に来た段階で全員の背筋が凍る。

 第四回公演の演目は『虹色の向こう側』。ジャンルで言えば絵に描いたような青春モノ。そして舞台は高校で陸上部が舞台である。演出上、走り方やフォームを取得しなくてはいけない。ということは必然的に体力アップも付いてくる。

「ということで、久しぶりに極楽坂登ります・・・。俺は不本意ですが・・・」

 大宙も顔色が良くない。現役陸上部であり、チームポラリス一番の体力を持つ大宙でさえ、極楽坂の特訓は嫌である。

 『ベストフレンド』の時の記憶が蘇る。走り終わると誰もが立ち上がれなくなるくらいの体力を奪う魔の坂道。ハジメのよーいスタートで極楽坂を駆け上がった。今回は競争ではない。各々のペースを守って極楽坂を数往復していく。

 運動が苦手で『ベストフレンド』の時も苦戦していた夜であったが、少し体力が上がり最初よりはマシにはなった。それでもまだ後ろの方を走っているのであまり実感は湧かない。

 往復を終えてやはり全員が体力がそぎ落とされてへたり込んでいた。

「だ、大丈夫?」

「大丈夫じゃ・・・ないわよ・・・。この地獄坂・・・!」

「違います、七海さん・・・。極楽坂です・・・」

「突っ込みどころはそこじゃ・・・ない」

 やはり喋るにも一苦労のように見えた。体力が回復するまでしばらくの休息が必要になる。早速チームポラリス全員は起き上がり、桜田神社の境内にある閉じている社務所を借りてそこでつかの間の休息だ。

 少し走っただけなのに、全員は起き上がれなくなるくらいになってしまっていた。

 ハジメはこの光景に日本のスポーツ界はたまた世界のスポーツマンはものすごい体力を持っているんだな、と実感する。

 数時間後。体力が回復したところで桜田神社の境内で大宙のレクチャーが始まる。

 今回の演目では男子一〇〇メートルを走る設定になっている。虹ヶ崎高校のライバル校七園学園の選手を演じる瑠衣と鈴はもちろん男役をする。避けては通れない。境内に敷き詰められた砂利の上で大宙はレクチャーを始める。

「まずは姿勢です。腕の振りがしっかりしないと体の軸がぶれて動きに無駄が出てしまいます。腕の振りをしっかりすれば見栄えは良くなります」

 大宙は腕の振りを見せる。四人は見よう見まねだ。大宙が行っている腕振りを形から会得しようとしている。今まで陸上などやったことのない人が多い、チームポラリス。腕の振り方ひとつとっても勝利を左右することをしみじみと感じた。

 大宙の指示は的確でそれはハジメもできないことであった。腕の振り方を練習したら次はスタート体勢の確認だ。大宙がレクチャーするのはスタート体勢クラウチングスタートだ。クラウチングスタートは体育の授業で習ったため、不安がる声は一切なかった。ところが我流になってしまっている部分が否めないため、改めてレクチャーを行う。

 よーいドン! で一気に走り出す。

 その疾走に五人は度肝を抜く。大宙が走り抜いた後には風が生まれて髪の毛を揺らした。全員が大宙の実力に脱帽した。

「これやるの・・・? 大丈夫かな・・・」

 不安がる鈴。鈴の不安は最もだった。しかしそれと同じくらいにこれを会得すればもっと前へ進めるという向上心もあった。不安と向上心のせめぎ合いが続く。

 大宙は早速クラウチングスタートの体勢や走り出した時の体勢を軽く説明していく。体全体をフル稼働して行うため、疲労はすぐに溜まりだす。

 チームポラリスは丸一日を走り方レクチャーに費やしたのだった。



 夕方になり、稽古は終了した。

 久しぶりにいやそれ以上に体を使い、「運動しました」と言っても差し支えないほどに疲労が溜まっている。大宙は家に帰ったら必ずストレッチなどのクールダウン、お風呂で筋肉をほぐすと言った筋肉痛対策をするように伝えた。

「みんなお疲れ様。ちょくちょくこういう練習はしていくからそのつもりで準備してきてね」

 ハジメがそう言うとチームポラリスは解散した。夜はそのまま家へ入り、全員がそれぞれの家へ帰っていく。大宙も家へ向かって歩き出そうとすると弦がしゃがみ出してその場で軽いストレッチを始めた。

「弦さん?」

「気にするな。俺が勝手にやってるだけだ」

 弦は演劇経験こそあるものの、大宙ほどの化け物級の体力は持ち合わせていない。弦も体力と陸上の形を会得しようと必死なのだ。

「弦さん」

「俺は黒川ほど体力がないからな。これくらいやらないと本番が陳腐になってしまう」

「俺も・・・頑張ります! 演技指導、お願いします!」

「お、おう・・・」

 帰るつもりが結局、数時間極楽坂付近で自主練習をすることになった。自主練習を終えて帰り道の途中、大宙は弦にあることを話した。

「実はもうすぐ大会があるんです!」

「陸上の? 大丈夫なのか?」

「大会日程は二ヶ月後です。公演の後なのでスケジュール的には問題ありません!」

 大宙が話したのは自身が出場予定の陸上大会のことだった。まさに演目の舞台そっくりである。弦が心配した日程に関して大宙は大丈夫だ! と言い切った。部活と両立する状態でチームポラリスに参加しているであるが日程調整に関しては大宙が注意を払って行っている。

 陸上部との練習がかぶるというのは何かのっぴきならない事情がない限りない、ましてや大会などはあり得ない。

「なんか、部活の時とあんまり変わらない気がします」

「それだけチームポラリスが黒川の中に浸透してるってことだろうな。ハジメさんや桜田、東に綾瀬、及川もお前の中に日常として入ってるんだな。不思議なものだ」

 弦が感慨深そうに言う。すると大宙が笑い、今のセリフを七海に聞かせてあげたいと言うと弦が慌てた。弦は第一回公演以降弱みを握られており、いつ何か手の内を見せていじり倒されるか分からない。東に言うのだけはやめてくれ、と大宙に言った。

「言いませんよ! 千切りキャベツの刑は嫌なんで・・・」

 大宙の顔が一瞬で真っ青になる。チームポラリスの男性陣はある意味一番恐れているのは七海なのかもしれない。チームポラリスが劇場に寝泊まりする場合や今後合宿などを行った場合ある意味必然的に台所番長になるのは七海である。七海を敵に回してしまうと美味しい料理は一切なくなる。地獄の千切りキャベツのみになってしまう。

 チームポラリスのリーダー的存在である弦ですら、料理が関わると七海には一切逆らえない。ある意味、七海こそが弦にとっての唯一の弱点になりつつある。

「とりあえずは演技と同時進行で体作りだ。それに関しては俺よりも黒川のほうが詳しいだろうからな」

「わかりました! 俺、頑張ります!」

 大宙は意気揚々と頷いた。そして再び、主演頑張るぞーっ! と拳を夜空に築き上げた。それを近所迷惑になるからやめろ、と大宙を弦が諌めるのは数秒後のことであった。

 夜空の星が静かに瞬き二人を見守っている。

 弦という頼もしい準主演を得て、大宙はさらにやる気と自身に満ち溢れるのであった。



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