Practice2 一触即発
長い間更新できず申し訳有りません。最新話を更新します。最後前読んで頂けたら幸いです。藤波真夏
Practice2 一触即発
稽古三日目。
ついに事件は起きた。
事のきっかけは七海が台詞に詰まったことがきっかけだった。七海演じるクレオパトラの大事な台詞だ。噛むとなかなか恥ずかしい台詞だ。七海が台詞に詰まったその瞬間、弦がツカツカと七海に向かって歩いてきた。
「東! なんでそこで詰まる?! 台詞全然入っていないじゃないか?!」
「弦?! そんなに怒らなくても・・・」
「お前には自覚がないのか?! 演劇に対してもう少し真剣になれ!」
「私は真剣だよ?! まだ足りないというの?!」
「お前にはクレオパトラを演じる資格も、舞台の上に立つ資格もない! とっとと降りろ!」
弦はついにタブーとも言える言葉を発してしまった。
一触即発の展開に夜が間を割って入る。弦さんも七海さんも落ち着いてください、となだめた。それを見たハジメも止めに入った。
「弦。七海。落ち着いて! 今日は二人は自主練にするよ。二人で打ち合わせでもしてなさい!」
ハジメがそう言うと弦は落ち着きを取り戻した。弦と七海は少し離れた場所で自主練をする事になった。二人の様子を心配するハジメだったが、今は目の前の稽古を進める事を優先した。
しかし、稽古をつけたこともつかの間。
弦と七海はぶつかり合いを未だに続けていた。夜と瑠衣が間に入るがなかなか落ち着いてくれない。弦と七海の中にある「真剣さ」という物差しの違いによるぶつかり合いだ。
「弦! 私の何がいけないの?!」
「お前から真剣さなんてひとかけらも感じられない。だいたい、台詞が入らないのは論外だぞ?! この公演を陳腐なもので終わらせる気なのか?」
弦のこの発言に対し、そんなことを考えたことは一度もないと反論した。
七海は今この場にいるチームポラリスの面子はそれぞれ想いがあってここへ入っている。それ以上に本業を持つ人間が多いことを主張した。
現役高校生が二人、現役大学生が二人、そしてお弁当屋の若女将一人。全員が本来こなすべき本業がある。その本業の合間を縫って来ているのにその言い方は許せなかった。
しかし弦は七海の言い分に耳を貸すことはなかった。
「俺は演劇に関しては絶対に妥協はしない。たとえ初心者でもだ。俺はお前たちとは違う! 演劇に人生を賭けているんだ! 真剣じゃない人間は今すぐ舞台から降りろ!」
またタブーとも言える言葉が七海の心をえぐる。しかし今回弦から投げかけられた言葉は今舞台の上で芝居をする夜、鈴、大宙、瑠衣の心さえもえぐり出す。ついに七海の堪忍袋の緒が音を立てて切れた。
「いい加減にして! そんな暴言、人として許されない! 今すぐ舞台を降りるのは、弦! あなたのほうよ!」
七海が怒鳴った。
すると弦は七海を突き飛ばし、舞台から降り劇場から出て行ってしまった。
「弦さん!」
鈴が追いかけようとするが、今まで沈黙を守っていたハジメが声をあげ鈴を止めた。客席から立ち上がり、舞台上にいた五人の前に立つ。
「派手にやってくれたね」
ハジメの声色が怖い。これは予想以上に説教されるかもしれない、と五人は覚悟した。しかしハジメは鈴の頭に手を乗せた。
「ぶつかり合いは大事だ。ぶつかり合いの果てに良いものが出来るのは舞台に限ったことじゃない。でも、君達も君達だ。弦の気持ち、僕には痛いほどわかる。だけど、お互い言い過ぎだ。クールダウンが大事だな。特に弦は・・・」
ハジメは弦が出て行った扉のほうを見続けている。
「目の前のことにくらんでいる。弦が一番経験あるのにこれでは逆転だな」
ハジメはそう呟いた。
弦に突き飛ばされた七海は瑠衣と鈴に抱き起こされた。顔を顰めている七海に瑠衣と鈴が口々に声をかけた。
「七海さん。大丈夫ですか?」
「怪我してません?」
「瑠衣、鈴。大丈夫、---っ!」
七海がふくらはぎを抑えた。弦に突き飛ばされた時に舞台の床で擦ってしまい、皮がめくれてしまったらしい。出血こそしていないが風に当たるだけで激痛が走った。そして手首も擦れた痕が。
それを見たハジメは急いで救急箱を取ってくるから待ってくるように言った。
ハジメは急いで救急箱を持ってくると七海の傷の手当を始めた。消毒液で湿らせた脱脂綿を傷口に当てる。その瞬間に七海は顔を顰めた。
七海のふくらはぎに塗り薬を塗り、ガーゼを当てて包帯で巻きつけた。手首の傷は塗り薬を塗った後に耐水性の大きな絆創膏を貼った。
「七海。稽古やお弁当作りに支障はないかい?」
「うん。大丈夫。ありがとう、ハジメ」
そして七海は準主役である自分が弦と仲良くできず、意見がぶつかり合い、このようなトラブルを起こしてしまったことを詫びた。
ハジメはそんなことは気にしないでほしい、と七海に告げた。
「私たちは弦さんにとってみればド底辺ってことだよね・・・」
「なんだか・・・見下されて悔しいって以前に申し訳ない気持ちになりますね」
瑠衣が最初につぶやくとそれに同調して大宙が言った。それを聞いた七海は痛みをこらえながら立ち上がった。四人を見渡すとニッと笑顔になって四人の頭を順番にワシャワシャと撫で出した。
「東さん?!」
「そうね、こんなことでへこたれちゃいけないよね。みんな、お腹空いてない?」
そういえば、と全員がお腹を抑えた。もう正午はとっくに超えている。お腹が空く頃だ。
七海は楽屋に急いで戻った。数分後には七海がクーラーボックスを持ってきていた。中を開けるとそこには東弁当の看板弁当であるコロッケ弁当が人数分入っていた。それを見たその場の全員が息を飲んだ。
「差し入れ! いっぱい食べてね」
「差し入れって・・・。七海、これ売り物だろ? いいのかい?」
「いいの。チームポラリスに入ったこと、両親がかなり喜んでいたの。チームポラリスには育ち盛りの高校生がいるって知ったら、ご飯だけでも応援してあげたいって。これを持たせてくれたの。きっと今後も持たせてくれるかも」
七海は笑った。
一人一人お弁当を取り出し、一つずつ手渡される。ボリュームたっぷりのお弁当に腹ペコ高校生の二人が食らいついた。
「おいしい!」
「東さん! おいしい!」
「それは良かった! でも、腹ペコ高校生二人、もう少し語彙力のある感想はないの?」
七海はため息まじりに笑った。
「お弁当食べたら今日の稽古は終わり!」
「もう?! でも、そうですよね。こんなギスギスした状態で稽古なんて続けられませんね」
ハジメの稽古終了の言葉に夜は納得をした。あとは七海の怪我だ。大事をとって稽古は切り上げ、そして明日は完全にお休みにした。全員が集まりにくいということもあってだ。
ハジメはそれを言って見届けてお弁当を持ち、そのまま劇場を出て行った。
一方、七海を突き飛ばした弦は劇場のロビーのウェイティングソファに座っていた。最初こそ怒りがあったものの、七海を突き飛ばしてしまったことに気づいて頭を抱えた。
東を突き飛ばすなんて、なんてことを・・・。怪我はコンディションに影響することくらい分かっているのに・・・!
弦はため息をついた。
弦は思った。どうして誰も俺のことをわかってくれないのか、と。
弦は幼い頃から芸事の英才教育を受けて育った。才能は開花、何事にも一番になって嬉しさを感じた。そのおかげで俳優になるという夢ができた。夢を叶えるため、毎日厳しい練習にも耐え、ストイックに自分自身を追い込んだ。
一番という「称号」にこだわり続け、小さな大会の演技賞を総なめにした。
高校卒業後は進学せず、毎日稽古を続け他の劇団に客演として役者を続ける日々。アンサンブルキャストになってもなお、一番を総なめにしてきたキラキラするほどのオーラはそう簡単に消せなかった。
幼い頃の英才教育が裏目に出て、演劇ができないものは徹底的に排除をする独裁者となっていったのだ。それを続けた結果、仲間はおろか理解者さえ遠ざかり、いつの間にか弦はひとりぼっちになっていた。
弦がため息をついた時、ハジメがやってきた。
「ハジメさん・・・」
弦はハジメに会わせる顔がないと俯いた。ハジメは顔をあげさない、と弦に言った。
「弦の気持ち、僕にもなんとなくわかるよ。でも、言い過ぎだ。それは初心者にプロフェッショナルを求めるようなものだ。すぐにはできない。それは、弦でもわかるだろう?」
「はい・・・」
「弦だって最初は苦労したと思う。長い時間をかけて会得していっただろう?」
ハジメの言うことはもっともであった。
「俺は・・・陳腐な舞台にはしたくなかったんです。その一心で・・・」
「そうだな。それは七海たちだって同じことを考えている。だけど、七海たちは演劇を知らない初心者だ。もう少し、別のやり方があったんじゃないかな?」
ハジメは弦に投げかけた。確かにそうかもしれない、と弦は思い始めた。するとハジメは手に持っていたお弁当を弦に渡した。これはなんですか? と聞いた弦に七海の実家で作っているお弁当であることを伝える。
弦は包装を開けてコロッケを口の中に頬張った。
「・・・うまい」
「だろ?」
ハジメは笑った。そして五人はもう稽古を終えて劇場を出て行っている、明日はお休みであることを告げた。
弦はわかりました、と反応したがハジメはそんな彼にある提案をした。
「明日暇か?」
「え?」
「もし暇なら七海、瑠衣、鈴、夜、大宙がどんな風に休日を過ごしているか、観察してみないか?」
ハジメからの提案に弦は戸惑いを隠せない。隠密行動のようでなんだか怖い。下手したらストーカーまがいなことをすることになる。
しかし弦はもう独裁者からの脱却を考えている。ぶつかり合いを防ぐという意味でハジメの提案を受け入れた。
一人になった劇場。
ハジメは舞台の上に立っていた。そして弦演じるカイル博士の台詞を口に出して言った。
『クレオパトラ。どうして俺に幻想を見せた? お前はどんな思いであのように死んでいったんだ?!』
台詞の後、ハジメは動いてみた。しかし足が思うように動かない。挙げ句の果てには少し体勢を崩しただけで舞台の上に倒れこんでしまった。ハジメは倒れこんだ足を見ながら自嘲した。
「やっぱり、現役の時には戻れないか・・・。もう、僕は板の上では演じられない。立てない」
ハジメが涙を浮かべた。しかし、涙をすぐに拭って気を引き締めた。
「僕は絶対に諦めない。立てないならそれを見守ればいい。夢の続きを彼が叶えてくれる」
ハジメはそう呟いて、楽屋へ戻っていった。
布団を敷いた時、管理人がやってきた。
「私はそろそろ帰りますね。あと、荷物が届いているのでロビーに置いておきました」
「ありがとうございます」
「ではおやすみなさい」
「おやすみなさい!」
ハジメが挨拶をすると、管理人は帰宅していった。
ハジメがロビーへ行くと大量の段ボールが置かれていた。ハジメはその段ボールを部屋へと運んだ。開封するとそこには舞台衣装が入っていた。
ハジメの知り合いに頼んで作ってくれたものだ。ハジメが現役時代にお世話になった人で、ハジメが頭を下げて頼み込みプロ並みに立派な衣装を準備してくれたのだった。
カイル博士のジャケットに帽子、クレオパトラ、カルミオン、ネフェルティティの金が散りばめられたドレス、ツタンカーメンの衣装は動き回ることを考慮して動きやすいストレッチ素材。ローマ帝国将軍オクタウィアヌスの衣装は白を基調としたもので所々で美しいラインが入っている。古代エジプトとローマ帝国の差別化を図った。
ハジメはニヤつきが止まらない。
このような美しい衣装を着た六人がどのように舞台で映えるのか、とても楽しみでなかなか寝付けない。
ハジメは衣装を取り出して、衣装用ハンガーにかけておいた。
早く衣装を見せたい気持ちを抑えながら、一日を終えた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏