Practice8 動き出した時計の針
夜遅くに失礼します。最新話を更新します。最後まで読んでくれたら幸いです。藤波真夏
Practice8 動き出した時計の針
原宿大作戦から早数週間。本番まであと三週間足らずまで差し迫った。稽古は佳境に突入し、細かい修正と演技指導、さらに夜は止まっていた時を動かすようにクリスという人間を作り上げていく。
『いった・・・』
『大丈夫かい? クリス』
『うん。大したことないよ』
『うわっ?! でもクリス、膝から血が出てるよ!』
『血・・・。真っ赤な・・・うっ!』
クリスが怪我をして血を流しているシーン。しかしこのシーンはのちに重要な箇所となるため一切の妥協はできない。夜はあの時感じた感覚を静かに演じる。夜の吐いた息の音。その瞬間レッスンルームを包んだのは静寂。静寂が夜の演技を助ける。夜は静寂すら味方にする。
ハジメが手打ちをする。その瞬間、静寂は終わり夜は現実に引き戻された。
「夜。とても良くなってるよ! 見違えたよ」
「ありがとうございます」
「夜だけのクリスができて僕も安心だよ。時間は少ないけど夜ならできるって信じてるよ」
「はい!」
夜は返事をする。そしてすぐに稽古に戻る。夜は今まで以上に生き生きしている。やはり原宿大作戦の効果が出ている。
夜は肩をぐるぐると回してほぐす。夜にはもうクリスができない、という不安は殆どない。演じきってやるという意気込みで燃えていた。
大宙が近づいてくる。
「夜さん。最高です! 見違えましたね」
「本当? ありがとう」
夜は汗をタオルで拭った。表情も柔らかくなり、自然体。最初よりとても良くなっていた。その様子を見ていた七海が笑って言った。
「大宙と夜は『ベストフレンド』に見えるわ。微笑ましい」
二人は顔を見合わせた。年が離れたベストフレンド。なぜかくすぐったい。夜は七海にこう言った。
「それは第一回公演で弦さんと七海さんの姿が頭の中に焼き付いているからです。二人はぶつかり合っても、互いを信頼してました。弦さんは演技指導で、七海さんは俺たちを励まして代わりに弦さんにぶつかってくれました。その姿が本当にかっこ良くて」
七海は夜と大宙の頭に手を置いた。
「そんなに慕ってくれたなんて、嬉しい。だけど、今は二人が中心なんだから二人のやり方でやるのが一番よ」
「そうだ。座長が変わればカンパニーの作り上げ方や色も全部変わる。カンパニーを自由に作る権限を持っているのは座長の桜田だけだ」
弦も乱入し、言葉を述べる。弦にもありがとうございます、と頭を下げて礼を言った。夜はレッスンルームのパイプ椅子に腰掛ける。するとハジメがやってきた。夜はハジメにあることを言った。
「なんだか、クリスって中学生のくせに無邪気ですよね。みんなが想像するようなものじゃないんで・・・」
「クリスは田舎出身で競争社会を知らない純粋少年っていうイメージなんだ。だから中学生になっても小学生の時の無邪気さを引きずっている」
夜はそうだったんですか、とつぶやいた。すると夜は大宙に呼ばれ、稽古に戻っていった。
稽古終了後。
夜は大宙と一緒に少し居残り稽古を行っていた。止まった時計の針を動かして少しでも早く追いつこうと必死だった。
セリフ回しは問題なく、演技面は微調整して、さらに動きのアドバイスも受けて夜はどんどん成長していった。第一回公演の時こそセリフ量は少なく、声を大きく張り上げる必要はそこまでなかった。しかし今回は違う。オーディションの時に見せた、あの迫力のある声がきっと活かせると。
夜は演技の他に発声練習もメニューに追加した。腹式呼吸というものを手にいれた夜は、今まで以上に声が出た。声があまり枯れなくなったのももしかしたらこれのおかげかもしれない。
「夜。もう遅いからおしまいにしなさい」
「はーい」
夜はハジメに止められ居残り稽古は終了した。夜が稽古着から普段着に戻り、帰ろうとした。その時、机に置かれていたパソコンからけたたましい通知音が響く。驚いて残っていたハジメと夜と大宙が画面を覗いた。
「チケットの売り上げが!」
フライヤーを各自で配り、様々な方法で情報を伝えた結果チケットの売れ行きが一気にあがった。
「うそっ?!」
「フライヤー効果かな?」
大宙とハジメが驚いている。経験則から言えばフライヤーを渡してすぐにチケットの売り上げが上がるわけではない。ゆっくりと上がってくるようなものだ。
「そういえばフライヤーをうちの神社の掲示板に貼ったけど・・・その影響かな?」
すると大宙はそれだ! と指差した。ハジメは意味がわからずキョトンとしていた。すると夜はハジメに意味を答えた。
実は桜田神社は芸事の神様を祀っている。しかもご利益のパワーがすごいとい噂も相まって星川町以外からも多くやってくる。その人たちが見て、チケットを買ったのでは? と。
初めて見た演目で得体の知れない劇団にお金を払う人間がいるのだろうか?
少し疑問はあるが、今は売り上げが上がったことに喜んだ。
劇場を出て歩いて家路に着こうとすると、二人は夜空を見上げた。今日はどこか曇っていて星はなかなか見れない。
「稽古すぎるの早いね」
「わかります」
「時間が過ぎ行くのが早いってことだよね。なんだか虚しく感じちゃうかも」
夜はそう言った。大宙は夜に聞いた。
今と昔、どっちが楽しいか? と。夜は簡単だよ、と言って笑っていた。
「今に決まってるよ」
大宙は少し嬉しい気持ちが生まれて俯いた。すると、夜が急に走り出した。
『ほら、レイ! 早く! 学校に遅刻するよ!』
口から出たのはクリスのセリフ。大宙は夜さん?! と驚きを隠せないが、振られたフリは乗るのが基本。大宙はしゃがんで靴紐を結び直して同じように口を開いた。
『ごめんごめん。急ごう!』
夜と大宙は夜道を全力疾走し始めた。大宙は夜の足の速度に合わせて走る。二人は走りながら笑っていた。笑い声とコンクリートの上を打ち鳴らす靴の音だけが聞こえた。そして走り終わると肺呼吸をして上半身が動く。
「ハアハア・・・」
「疲れた・・・」
夜と大宙はニッと笑った。さすが陸上部早いね、と夜は言った。しかし大宙はそれに対して首を横に振った。
「そんなことないですよ。陸上部には俺よりも足の速い奴いっぱいいますから!」
「大会とか出たりしないの?」
「出ますよ。もうちょい先ですけど、エントリー決まってます」
へえ、と夜は口をあんぐりさせて驚いた。
しかし大宙は公演を優先して陸上部の練習も決して手を抜かないで頑張っています、と伝えた。両立する力も夜には頭が上がらない。そして分かれ道があり、そこで夜と大宙は別れた。
それぞれが家に向かって歩き出す。
大宙の陸上の大会、チームポラリスみんなで応援に行けたらいいな。
原宿に行ったときもチームポラリスへのお土産を買ってくる。仲間の中でイベントがあればチームポラリス全員で応援に向かう。自分よりも人の幸せと応援を大事にしていることがわかる。
お人好しが過ぎるかもしれないが、どこか憎めない。それが夜なのだ。夜は次の稽古に向けて考え始めていた。
そして、大宙が陸上の大会に出るのはまた別のお話となる。
そして稽古はあと二日。
大きな劇場の舞台でワイヤレスマイクを付けて実践的に稽古をする。舞台の上をたくさんの足音が響く。靴のキュッキュッと滑る音が聞こえて来る。しかもかなりの数で。
極楽坂の特訓が効果を出し始め、最初よりも少しのことでは息が上がらなくなった。肺活量も相まっていい傾向だ。
今回は客席の後ろから登場するという演出を取り入れた。そのため、少し暗い客席用通路を歩かなくてはいけない。夜は本番同様の証明に設定して通路を歩く。段差は低く、転ぶ可能性はほぼ皆無に等しい。
「夜。歩けるかい?」
「大丈夫です!」
「少し怖がっているのが分かるよ。お客さんはすぐ真横だ。だからそれを悟られないように気をつけてくれ」
「はい!」
夜はそう言って再び舞台の上へ戻る。
大宙もある課題に取り組んでいた。それは静かな演技だ。前回のツタンカーメンとは真逆のキャラクターを演じる。そのため、前回のような全力疾走はほぼできない。静かな演技でお客さんを魅了するのが最大の目玉。
それを引き出すのは主演である夜の役目。クリスがレイを連れ回すことによって熱量の対比を狙う。
するとハジメは夜を呼び、こう言った。
「夜。クリスのいつもの演技をやってほしい。だけど、セリフは言わなくていいよ」
「動きのみですか?」
「そうだよ。そんな心配そうな顔しなくても大丈夫。夜がいつものやっている通りにやればいいんだよ」
夜はわかりました、と少し自信なさげな声で舞台の上に立つ。客席ではハハジメたちが見守っている。夜は一度深呼吸をして役に入る。
劇場は一瞬で静寂に包まれた。夜はセリフを声に出さず、口パクで代用する。そしてレイがいることを意識して、劇中で披露する動きを行う。聞こえて来るのは舞台の上を滑る靴の音だけ。あとは空気を掻っ切る音。その時、夜はものを触る時に優しく触っていた。それを見た大宙は立ち上がり、舞台へ上がる。
「ちょっと! 大宙?!」
鈴が立ち上がって大宙を止めようとするが、それを弦が手で制する。
「弦さん?!」
「及川。心配するな、見てみろ」
鈴が舞台を見ると夜に合わせて大宙が動く。セリフは皆無だったが、知らない間に二人の間合いも呼吸も揃っていた。これをシンクロと言わずして何がシンクロか。
「揃ってる・・・。大宙の動きに静が入った気がする」
弦がそう言った。ハジメも弦もそう見える? と聞く。そう夜のサイレントの中でヒントを見つけたのだ。それを実行した瞬間、稽古の成果がシンクロという形で現れたのだ。
「終わり!」
ハジメが手を叩いて二人の動きを止めた。
「すごいシンクロ率だね。僕もびっくりだよ。今の感じを忘れないために稽古をしていこう」
二人は返事をした。夜と大宙は弦のところに行き、詳しく話を聞いた。静と動をはっきりさせて、二人がそれぞれの演技をした時に双子のようなシンクロが起こるのだ。そう弦は語った。
「これをものにしなきゃいけない。みっちりやれ」
「はい!」
二人は弦と一緒に静と動の演技を徹底的に行う。その様子をハジメは見ていた。夜と大宙の成長も著しいが、弦の指導スキルも上がってきている。第一回という大事な公演を主演・座長として乗り越えて、彼自身も心持ちが変わった。
今ではハジメと同じくらいに演技に関する知識などの信頼が厚い。
「そうだ、瑠衣」
「なんですか?」
ハジメは瑠衣を呼んだ。瑠衣は夜の異変に気がついた最初の人物である。彼女の助言なければもしかしたら大変なことになっていたかもしれない、とハジメはお礼を言った。
「お礼を言われるものではないです。私はただ・・・みんなと演劇をやっていたいだけです。ここにいると息苦しくない」
「瑠衣?」
ハジメがそう聞くと、すいません戻りますね、と逃げられてしまった。瑠衣の言葉が少し意味深とも取れる。しかしハジメはそれを重くは受け止めなかった。
再び舞台には音が鳴り響いた。
弦の声。七海の声。瑠衣の稽古着が擦れる音。鈴が激しく動いて靴が舞台に擦れた音。そして風に乗って走る夜の軽やかな足音。それとは逆に一切の音をなくし、静かな演技をする大宙。
今回の舞台では「静」と「動」が綺麗に分かれ、様々な音を鳴らす。聞こえてくるのは役者たちの生きている証拠、呼吸音。
それだけが平等。
こうして稽古はどんどんと進んでいくのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏




