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夢の舞台はポラリスで  作者: 藤波真夏
Program No,02「ベストフレンド」
21/114

Practice6 たとえ記憶がなくても

最新話を更新します。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏

Practice6 たとえ記憶がなくても

 稽古はどんどん進んでいき、ついに通し稽古の日がやってきた。

 夜が劇場に着いた時にはもうみんなが揃っていた。夜は急いで挨拶をすると、急いで荷物を置いてくるように言われた。

 荷物を置いてきてハジメの周りに集まる。

「今日は通し稽古だよ。衣装は各自楽屋に振り分けておいたから着替えておいで」

 ハジメに言われて全員が各々の楽屋に入る。

 数分後。

 全員が衣装を着用して舞台へ集合した。前回の古代エジプトの幻想的で華やかな衣装とは打って変わり、素朴な感じだ。汚しても怒られないほどかもしれない。大学生が昔の少年の格好をするというのも新鮮だった。

 初めての少年役をやる鈴も前回と打って変わった動きやすい衣装に気分が上がっている。世界観に合わせて素朴で優しい衣装にしてある。ハジメは六人の衣装を確認してゴーサインを出す。

 前回同様、衣装の動きやすさや役の完成度などを見る。ハジメに背中を押され全員が舞台裏へ移動する。そしてお互いにワイヤレスマイクを装着し、音量チェックを行う。全員の声をマイクが拾って劇場に響く。

 マイクの調子も良好。

 夜は息を吐く。夜はまだクリスの役をつかめていない。原因は中学の頃の記憶がなくて、うまく表現できないこと。しかし夜は記憶がないからできないという弱音を言わないと決めた。たとえ記憶がなくともきっとクリスは降りてきてくれる、と信じている。

 夜はそんな覚悟を胸に、通し稽古へ臨んだ。

 本番同様、開演を知らせる鐘の音が劇場に響き、緞帳がゆっくりと開いた。



 通し稽古終了後。

 全員が衣装を脱いで、ハジメのところへ集まり出す。舞台の上を無数の足音が響き、舞台を小さく振動した。

「みんな。通し稽古お疲れ様。じゃあ、気になった点を言うから・・・」

 ハジメが何を言うのか全員が構えた。

「まずは弦。演技力は申し分ないよ。あとは立ち居振る舞いかな。みんなの中でも一番いいものだからそれを生かす動きをしたほうがもっと良くなるよ。次は七海。ちょっと姿勢が気になったかな・・・。姿勢が良けばもっとよく見えるよ。そして瑠衣。前回よりも動かないから、ムズムズするかもしれないけどそれが悪目立ちしていたから落ち着いてやるといいよ。鈴はクリスにもう少し絡んでもいいと思ったかな。脚本のセリフの改善も必要だけど、自分でセリフを作ってみてもいいかもしれないね。大宙は表情が柔らかくなったね。それはすごいよ。でもツタンカーメンをまだ引きずっている感が否めないからね。レイのキャラクターをもう一回見つめ直してね。最後に夜。表情は改善されてきたけど、まだ感覚は掴めてないみたいだね」

 夜はやっぱり、と心の中で思った。やはり記憶が欠落しているからクリスを演じるのはもう不可能なのかな、と後ろ向きな考えが夜の脳内を支配してしまう。あの頃の真っ黒い気持ちが夜に支配されてしまいそうだ。

 夜の瞳から「生」がだんだんと消えていくような感じがした。するとハジメが続けた。

「でも、僕は夜に中学生らしさを求めないって決めてる。夜は夜だけのクリスを作り上げてもらおうと思ってる。だから夜、たとえ記憶がなくったって・・・君だけのクリスを作り上げてほしいんだ。これは、僕からのお願いでもある」

 夜が顔を上げた。

「記憶がなくても・・・、クリスになれる・・・?」

 ハジメはそうだよ、と笑った。夜は第一回公演の時に感じたあの気持ちを思い返す。キラキラと輝く舞台の上。そして身体中に響く拍手。お客さんの笑顔。あの光景がもう一度見たい、それが夜の心を支えていたものだった。

「前を向きなさい、夜。狭い学校だけが知っている世界じゃないはずだよ。きっと新しい世界を見れば・・・君は変われる」

 ハジメはそう言って夜の頭に手を置いた。ハジメの手は大きくてまるで父親に頭を撫でられているような気分になった。心がどんどん幼くなっていきそうだ。

「話の大元は中学三年間があまりいいものではなくて、時間とともに記憶が欠落してしまったって聞いたよ。だったらその三年間を埋める楽しい思い出を夜にプレゼントすればいいんだよ」

 ハジメの言葉に五人が頷いた。全員がハジメの言葉に同意の気持ちを示す。

「原宿大作戦。大宙、鈴! 任せたよ」

「はい!」

「おまかせあれ!」

 二人は返事をした。夜は静かに微笑んだ。



 夜になって稽古終了時間となり、各自解散した。その際、ハジメは各自二十枚ずつフライヤーを渡した。前回とは異なり、少し落ち着いたイメージで作られたものだった。

「フライヤーができたんだ。前回は休みに総出でやったけど、今回は『原宿大作戦』をやる関係だから各自で宣伝活動頼むよ。劇場のポスターは僕が貼り替えておくからね」

 夜はそうなんですか・・・とつぶやいた。

「夜さん。いいんですよ! 原宿大作戦、楽しみですね!」

「そうですよ! 夜さん!」

 大宙と鈴は夜を励ます。残念ながら全員では行けない。完全に高校生組頼みの作戦となる。次の土曜日に原宿へ向かう。

 目的はただ一つ。記憶が欠落してぽっかり空いた記憶の隙間に楽しい思い出を差し入れる、というもの。ハジメからのミッションをしっかり頭の中に刷り込んだ。

 そうして全員家へ帰って行った。

 ハジメは劇場に戻り、昼に届いたばかりの公演ポスターを広げた。そこにはクリスとレイが影で描かれている。題字の『ベストフレンド』は緩やかでどこか線が細い字体。それを持って劇場の外にある掲示板へ貼る。

 そして劇場前にもポスターを貼る。

 劇場の中に入り、戸締りを済ませるとウェイティングルームの受付へ急いだ。スリープモードにしたままのパソコンを開き、エンターキーを恐る恐る押して画面を明るくする。画面に映っているのは、『ベストフレンド』のチケット売上グラフ。

 実は通し稽古前にチケット販売は開始していた。数時間後に売れたのはまだ数枚。フライヤーを配り、情報を拡散すればもっと増えるだろうと考えた。

「これからだな・・・」

 ハジメはそう言ってパソコンを閉じた。

 楽屋へ戻り水を飲んだ。そして布団の上に大の字になる。天井を向いた。今劇場にいるのはハジメだけ。聞こえてくるのはハジメの呼吸音だけ。無音の世界に取り残されたような気持ちになる。

「記憶がない・・・か」

 ハジメがつぶやいた。

 夜が言ったある意味衝撃発言。ハジメはそれに対することを念入りに考えたのだ。


 嫌な思い出が記憶を消すほどの破壊力があるなんて知らなかった。でも、知らなかったこととはいえ・・・、夜を責め立ててしまった。相当悩んだし、怖かったにちがいない・・・。でも、夜は前に進んでくれると信じたい。たとえ記憶が欠落して、中学生の気持ちも感覚も、思い出が分からなくてもできる。夜が証明してくれる・・・。


 ハジメはそう考えた。

 目をつぶろうとしたが、また目を開けて天井を見つめる。

「誰しもがいろんな生き方をして、いろんな過去を背負って生きてる。七海や瑠衣、大宙に鈴はどういう過去を持っているんだろう・・・?」

 そうつぶやいた。

 するとハジメの頭に浮かんだのは断片的な記憶で、まるで写真のように頭に浮かんだ。レッスンルームらしき場所でがむしゃらに稽古をするハジメ。拍手喝采の舞台に立つハジメ。そして---、大粒の涙を流してうなだれるハジメ。

 ハジメは我に返った。

「これ以上思い出しちゃダメだな。余計な過去を詮索するのはよくないよね・・・。僕だって同じ。夜と同じで消えて欲しい記憶がたくさんあるんだけどな〜」

 ハジメにも今すぐに消し去りたい記憶がある。ハジメはそんなことを考えながら眠りについた。



 夜も家についていた。しかし家に行く前に神社の境内に入り、掲示板にもらってきたフライヤーを二枚、表と裏に分けて画鋲で掲示した。

 すでに父からの許可も得ている。掲示を終えて、ガラスのカバーで掲示を閉じる。墨汁で書かれた桜田神社の年中行事の貼り紙に混じって少しポップなフライヤーが並んだ。

 フライヤーを掲示した後はすぐに家へ戻った。

 部屋に戻ると通し稽古の疲れがきたのか、絨毯の上で大の字に寝そべった。

 夜の部屋も無音の空間へと変わる。服が擦れる音が聞こえる。夜がもぞもぞと動いたのだ。夜の目の前にあったのは、中学校の卒業アルバム。

 今までは頭に浮かんだ記憶の断片を卒業アルバムに写った写真に照らし合わせて、半ば強引に頭の奥深くに封印されている記憶の箱をこじ開けようとしていた。思い出すのは嫌な記憶ばかり。いつしか苦痛だった。自分が学校で「独り」だったと思い知らされるのだ。

 しかしもう開く必要はない。

 嫌な記憶を消してしまってぽっかりと空いてしまった場所は、今楽しい記憶で塗り替えて仕舞えばいい。たとえ中学の記憶がなくったって、息を吸って生きていられる。演劇ができる。舞台に立てる。・・・きっと、クリスにだってなれるはず!

 夜はそう言い聞かせた。自然と無理やりこじ開けようとしたのが馬鹿らしくなる。過去の自分や記憶と対峙するのはとても大事なことである。しかしそれは時として自分自身を束縛し、自由を奪い、心をバラバラにしてしまいかねない恐ろしい毒薬となってしまうのである。夜は軽く伸びをして再び天井を見上げる。

「原宿大作戦か・・・」

 夜はそう呟きながら息を静かに吐いた。夜の部屋には心地いいそよ風が吹いて、夜の髪の毛をさらさらと揺らすのであった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。


*このものがたりはフィクションです。登場する地名、店名などは架空のものである実在のものとは一切関係ございません。今後、地名が登場する部分があるのかと思われますが、実在のものとは一切関係ございませんのでどうぞご了承ください。


藤波真夏

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