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夢の舞台はポラリスで  作者: 藤波真夏
Program No,02「ベストフレンド」
20/114

Practice5 雲に隠れた過去

最新話を更新します。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏


Practice5 雲に隠れた過去

「俺はずっと一人だった。その記憶が一番印象に残っている。休み時間は自分の席で本ばかり読んでいた。教室でクラスメイトが騒いでいても空気のように溶け込んで一人で静かに過ごしていた。いつしかクラスのみんなとも壁を作ってしまったと思うんだ。本当に暗くて、いい思い出なんてほとんどない。中学校の世界が自分の知っている世界すべてだったから、生きづらい世界だったよ。当然友達なんていなかった。俺と仲良くしてくれる人は誰一人としていなかった・・・。だから中学を卒業して高校・大学に進んでいくにつれて、中学の嫌な記憶は跡形もなく消えていった。自分が思っている以上に嫌で思い出したくない記憶だったからだと思うけどね。それが今になって思い出すなんて、驚きだよ」

 夜が話したのは中学時代の闇。

 まるでブラックホールに閉じ込めらてたような漆黒の闇がそこにある。大宙はそれを聞き終わると言葉を発するのも忘れて俯いたのだ。

「ごめんね、こんな暗い話」

「・・・そんなことないです」

「?」

 夜が振り返ると大宙が大きな声で言った。

「そんな辛い経験をしてもなお、生きてくれててありがたいです。もし・・・その、良からぬ方向に進んでたら・・・、監督や俺たちとは出会えなかったんですから!」

 夜が目を見開いた。

「大宙・・・」

 するとハジメがゆっくりと歩いてやってきた。ハジメに気づいた夜はソファから立ち上がった。うまくできずにすいません、そう言って頭を下げた、ハジメはすぐに頭を上げるように言う。頭を上げた夜の目に入ったのは、静かに微笑むハジメの顔だった。

「夜。急かした僕も悪かった。ただ、夜の思うように演じればいい。やりすぎだったら僕や大宙がブレーキをかける。きっとそれが、夜が役を掴むきっかけになるかもしれないからね」

 ハジメがそう言った。そして二人とも稽古に戻ろう、と声をかけた。夜と大宙は頷いてレッスンルームへ戻っていった。

 レッスンルームへ戻ると他のみんなが待っていた。

「夜くん。もう大丈夫なの?」

「大丈夫だよ、瑠衣ちゃん」

 瑠衣が話しかけると夜は返事を返す。瑠衣も安心しているようだ。夜は改めて自分には中学の頃の記憶はないことを伝えた。全員は驚いていたが、夜を追い詰めるような発言は一切なかった。

「俺から提案だ」

 それを聞いた上で弦が夜にある提案を持ちかけた。

「今度の休みに大宙と鈴の三人で原宿に行ってこい」

 全員がある意味凍りついた。弦の口からまさかの「原宿」がでてくるとは思わなかった。弦にその真意を聞く。すると弦はいたって真面目に理由を説明し始める。

「今更嫌な記憶を引っ張り出すより、高校生と一緒に遊びに行くことで、新しいクリス像に近づけるんじゃないかって思ったまでだ」

 弦にはきちんと理由があった。理由を聞いたおかげでこれがおふざけ一切ゼロだということが証明される。弦の提案にいいね、とハジメも反応する。大宙も鈴もお安い御用! と承諾した。

 夜は少し緊張したが、新しい世界と自分自身のために弦の提案した自称「原宿大作戦」を承諾した。

 しかしそれは今度の休み。今は目の前にある稽古をこなさなければいけない。再び稽古に戻った。



 ハジメが見ている中で夜は中学生の感覚を一旦忘れ、自分の思うクリスを演じてみることにした。


『僕、クリス。よろしくね』

『僕はレイ。よろしくね、クリス』

『ねえ! あっちにいい広場があるんだ! ついてきてよ』

『クリス! 待って!』


 クリスとレイが打ち解け、クリスがお気に入りの遊び場へと誘いそのまま退場するシーンだ。ここは夜と大宙だけが舞台に残っている状態だ。

 そして、再び舞台に登場しその広場のブランコで遊ぶという設定だ。夜はレッスンルームに置かれたパイプ椅子をブランコに見立ててこぐ真似をする。


『どう? レイ! 僕だけが知っているとっておきの場所だよ!』

『すごーい! 僕も気に入ったよ!』

『でしょ! ここは、トニーも知らない僕だけの秘密の遊び場さ!』


 夜が溢れるばかりの笑みを浮かべたところでハジメの手打ちが入り、夜と大宙は現実に戻される。ハジメの元へ行くと好評を言う。

「やっぱり中学生感は皆無だな・・・。だけど今は言及しない。でもさっきりより良くなっている。よくやったね」

 ハジメに褒められて夜は少し俯いた。この結果を踏まえて、やはり弦の提案した「原宿大作戦」は決行することになる。

 やっぱりか・・・、と夜は呟いた。

 落ち込むのはまだ早いよ、とハジメは言った。そしてハジメは笑顔で全員を集めた。

「このあとは、極楽坂登りだよ」

 それを聞いた瞬間にチームポラリスは一瞬にして凍りつく。あの地獄をもう一度と思うとトラウマを思い出す。しかしやらなければならない理由がある。

 体力アップ。チームポラリスの課題だ。

「行きましょうか・・・」

「夜さん?」

「極楽という名の地獄に・・・」

 セリフのような言葉に全員が覚悟を決めてレッスンルームに置いていた荷物を持って劇場を出て行った。



 そして場所は変わって桜田神社の裏手にある極楽坂。

 全員が荷物を置き、十分すぎるストレッチをした後極楽坂を登り始める。石段を半分過ぎたくらいに夜は息が上がり始める。足が止まりそう、と思ったその瞬間、最初を突っ走っているはずの大宙が声をかけた。

「夜さん! ペースを落としてゆっくりと登りましょう!」

「ああ、うん・・・」

「あと足を止めたらさらに辛くなるので足をできるだけ動かしてください!」

 疲れ始めて返事をするのもやっとであるが、大宙の言葉を意識して足を動かし始める。そしてできだけ止めないを意識した。

 石段を駆け上がり、次は緩やかで鋪装された道。ここを登れば桜田神社の奥の院へつながる。ほぼマラソンコースのような道をひたすら進む。

 息の切れる音は木々のざわめきでかき消され、完全に己との戦いになる。足を止めない。それだけを意識して走り続ける。

 無我夢中で走り続けた夜の目の前にようやく奥の院が見える。ようやくたどり着いて夜は地面に両膝をつけた。

「夜。お疲れ様」

 七海が背中をさすってやる。夜はゴホゴホと咳を激しくしたが、すぐに呼吸を整える。大宙に手を引っ張られて立ち上がった。

「帰りましょうか」

 呼吸を整えたあと、六人は奥の院のある頂上からぞろぞろと降りて行った。もちろん走ってだ。少しは楽になるかと思いきや疲労を抱えて降りる為、辛さは倍増する。

 夜はその辛さをバネにして一歩ずつ前へ進んでいった。

 半分死にかけの状態で石段を降りると、夜以外の五人が息を切らして座り込んでいた。

「お疲れ・・・さまです」

 大宙は手を差し出した。夜は肺呼吸で上半身を激しく上下させながら大宙の手を握った。

 しかし疲労のせいか大宙も夜も地面にゆっくりと倒れた。肺呼吸をしながら仰向けになる。目に映ったのは高い木々。風が吹いて葉っぱを揺らし、カサカサと音を鳴らす。その風がどこか気持ち良くて、夜は静かに目を閉じた。

「あ〜あ・・・」

 極楽坂の下で息を切らしている六人は起き上がる気力もなく、各々別々の方向を向いていた。ハジメは頭を抱えて苦笑いをした。夜の額に流れた汗は風で消えていくのであった。



 夕方。

 夜が目を開けた。すると天井が見えた。だんだんと意識がはっきりしていく。

「?!」

 夜は勢い良く飛び起きた。夜が寝ていたのは桜田神社の社務所に備え付けられた縁側だった。意識を手放す前の記憶といえば極楽坂の下。どうしてここにいるのか分からない。

「夜。お疲れさん」

「父さん?!」

 袴姿で夜の父親が姿を現した。夜は他のみんなは? と聞くと夜の父親が指をさす。後ろを向くと、社務所の隅で弦、大宙が並んで眠っていた。そして男性陣とは少し離れた場所で七海を中心にして瑠衣が寄り添うように、鈴が瑠衣に身を任せて眠っていた。

 夜は安心した。が肝心のことがわかっていない。ハジメの行方とどうしてここにいるかだ。

「父さん。宮原さんは?!」

 夜がそう聞くと夜の父の背後からハジメが顔を出す。

「夜。起きたかい?」

「宮原さん! どういうことですか?!」

「どういうことですかじゃないだろう?! 極楽坂の前で疲弊していたのを宮原さんが運んでくれたんだぞ? 本当にうちの息子が申し訳ありません」

 夜の父が頭をさげる。ハジメは大丈夫ですよ! と弁明する。これでさらに上を目指してくれたらいいんです、と伝えた。夜はハジメに礼を言った。

「夜は・・・やれてますか?」

 夜の父がそうハジメに問いかけた。その質問の真意は不明ではあるが、夜が主演であるということを踏まえて少し不安なのかもしれない。そしてチームポラリスに明かされた中学三年の記憶を全て吹き飛ばすほどの闇。ハジメはその質問にこう返した。

「桜田夜くんはとてもいいものを持っています。主演として稽古も一生懸命です。最初は不安が勝っていました。だけど、きっと・・・」

 ハジメの視線の先には眠っている五人。

「あの子たちは夜くんの全部を受け止めてくれます。たとえ、嫌な記憶があっても逆に記憶を失ってしまったとしてもフルカラーの美しい思い出に塗り替えてくれると僕は信じてます」

 夜の父はそうですか、とつぶやいた。愚問でしたね、と夜の父は笑った。

「息子をよろしくお願いします。公演頑張ってください」

「はい」

 夜の父に言われたことをハジメは重く受け止めた。そしてハジメは夜に伝言を頼んだ。

 今日の稽古はここでおしまい。夜遅くならないようにみんなを起こして家に帰すようにすること。そして夜の父に精一杯お礼を言うことだった。

 ハジメは荷物を持って帰って行った。その後ろ姿を夜は見送り、お疲れさまでした! と頭を下げた。

 そして夜は暗くなる前に全員をたたき起こし、詳細を伝え、そのまま家に帰らせた。一人になった夜は改めて父に礼を言った。

「夜。今日はゆっくり休みなさい。公演、父さんと母さん行くからな」

「うん!」

 夜はそう返事をした。



 その夜。劇場に戻ったハジメはロビーに置かれた荷物を楽屋に運んでいた。ハジメ宛の荷物で、ダンボールを開封するとそこにはジップロックに入れられた衣装があった。ハジメは早速衣装を取り出し、チェックしていく。

 主人公クリスは半袖白ワイシャツに黄土色のジャケットに紺色のベレー帽、ズボン。

 レイも同じく半袖白ワイシャツに黒リボン、黒いズボン。

 リリーは真っ白なワンピース。アンナは薄緑色のワンピース。トニーは白いシャツに茶色の半ズボン、黄色のパーカーにさらし用布。ジルはワイシャツに全身黒のジャケット。

 丁寧に梱包されたものを開封し、ハンガーにかけていく。

 今回も素晴らしい衣装が届いた。ちょっと古風な柄がさらに雰囲気を醸し出す。ハジメは衣装の確認をしてすぐに眠りについた。

 中学の頃の記憶がほとんどない。

 夜の衝撃発言にはハジメだけではなくチームポラリス全員を驚かせた。しかし、夜は変わっている。それを確信しながらハジメは疲れた体を癒すのであった。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。


*この物語はフィクションです。登場する地名、店名などは架空のものであり実在の物とは一切関係ございません。今後、地名が登場する部分があるかと思われますが、実在の物とは一切関係ございませんのでどうぞご了承ください。


藤波真夏

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