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夢の舞台はポラリスで  作者: 藤波真夏
プロローグ
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Prologue2 チームポラリス

最新話を更新します。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏

Prologue2 チームポラリス

 翌日は休日。

 昨日オーディションを無事に合格した夜、大宙、鈴を始めとして弦も劇場へやってきていた。今日も掃除に追われる日々だ。

「そういえばこの劇団って名前とか決まったんですか?」

「考えてなかったなー。劇団員が集まるかどうかの問題だったからなー」

 ハジメは頭をかいた。

「監督ってなんかどこか抜けてるところありますね」

 大宙が舞台を掃除機でかけながら言った。確かにあるかも! と鈴も同調する。ハジメはあまり認めたくなくてどこが?! と反論した。

「劇団立ち上げるのに名前も決まってないってところですよ」

「僕、新劇団って名前の劇団かと思った」

 モップがけをしていた夜も言った。夜に言われたら最後かもなとハジメは頭を抱えた。ハジメも何か思いついた? と劇団員たちに投げかけるが全員が唸った。そう簡単にはこれという名前は思いつかない。

「ここは星川町じゃないですか。何か、お星様に関係する名前はどうです? と言ってもあまり思いつかないんですけど」

 夜が言った。

 ハジメは星の名前か・・・とつぶやいた。しかし舞台上の天井部分を掃除していた弦に呼ばれ、これ以上のことは考えることができなかった。

 お昼になると劇場に管理人がやってきた。

「宮原さん。東さんが来ましたよ」

「来たか・・・」

 ハジメが立ち上がり、劇場を出て行く。状況がつかめず困惑する弦以外の三人。鈴が弦に聞いた。

「弦さん。東さんって?」

「東は及川たちが来る前に来た奴だ。弁当の出前で来たんだが、彼女をハジメさんは劇団員にスカウトしたんだ」

「スカウト?!」

 弦から詳細を聞いた鈴は驚いた。もしかしたらその返事を言いに来たんじゃないか? と弦は推測する。もしかしたらその東さんという人が仲間になるということに、と期待を膨らませる大宙。

 一方のハジメはロビーにいた。そこには普段着の七海が立っていた。ハジメはお待ちしていました、と迎い入れる。

「決めていただけましたか?」

「ええ」

 七海は言った。ハジメは七海からの応答を待つ。七海は息を吐いた。二人がロビーで対峙している様子を四人は静かに扉の隙間から覗いていた。

「そのスカウト・・・」

 七海の口がゆっくりと動いた。ハジメを含め、全員が固唾を飲んで見守った。

「お受けします」

 ハジメは顔をあげた。また時間が止まった。ハジメは本当?! と聞き返した。七海は本当だよ、と笑った。どうして受けてくれたのかとハジメが問いかけると七海は笑ってこう言った。

「私、高校卒業してすぐに実家を継いだ。でも心のどこかでもし別の選択をしていたらどうだったろうって考えるようになった。そんな時にハジメがスカウトしてきた。演劇なんて興味はからっきしなかったけれど、やってみたくなった」

 七海は寂しそうな顔を隠すように無理やりに笑顔を作って笑いかけた。その顔は最初に出会った時の仕事をこなしている働き者の七海の姿ではない。

 新しい世界に飛び込もうという選択をした一人の女性の姿がそこにあった。

「ありがとう!」

「私のことは気軽に七海って呼んでよ。私もハジメって呼ぶから。いいでしょ?」

「それのほうが気楽でいいよ。好きに呼んで」

 こうして七海が劇団員の一員になった。

 その様子を見ていた四人もロビーに飛び出してくる。ハジメは新しい劇団員となった七海を紹介し、四人は改めて歓迎した。ちなみに七海は二十四歳。弦と同い年だったことも判明し、少し浮かれていた。

 まだ七海と顔を合わせてしばらくも経っていたいが七海よりも年下である夜、大宙、鈴にとってみれば頼りになる姉御のような存在になりつつあった。

 すると何かを思い出したかのように七海はクーラーボックスを出す。

「そうだ。みんなお腹空いたでしょ? うちの弁当持って来たから食べな!」

 クーラーボックスの中からは大量のお弁当が入っていた。しかも人数分。

「どうしてこんなに?」

「なんかもしかしたら誰かしらが集まってるかも、って思って。多めにね。食べて」

 七海がお弁当を配り、各々で包装を取り外し、割り箸を割って料理にありつく。口に運ぶと全員が口を揃えて言い放つ。

「おいしーい!」

 全員大絶賛だった。七海はでしょ? と笑った。七海が持ってきたコロッケ弁当は七海の実家である東弁当の定番にして大人気メニューである。その料理を口にすれば誰もが病みつきになる不思議なお弁当だ。

「今後は差し入れで持ってくるからリクエストは今のうちに受け付けるからね」

「コロッケ弁当、次回もよろしく」

「よりによってなんで役者年上の弦が言うのよ。大宙とかが真っ先に言いそうことを・・・」

 七海は弦に対して少し呆れた顔をする。

 しかし七海も次第に笑顔になった。ハジメはお弁当を食べる箸を止めた。目の前には楽しくそして嬉しそうにお弁当を頬張る劇団員の面々。劇団員は五人になった。これだけ集まれば上々ではあるが欲を言えばもう一つある。

 あともう一人、役者が欲しい。

 しかしそう簡単に来るはずがないか、とハジメは自嘲した。



 七海も合流して再び劇場の掃除に取り掛かる。

 無事に劇場内の主な場所の掃除は完了した。しかし、あとはロビーの細かいところの掃除と劇場前の掃除もある。

 時間を少しでも早く短縮するためにここからは二手に分かれて掃除をすることになった。

 ロビー掃除は弦、大宙、ハジメ。

 劇場前掃除は七海、鈴、夜。

 ロビーは掃除機などを使ってゴミを吸い取り、雑巾で拭き取る。案外体力を奪われる作業が続いた。受付の片付けをして備品を設置、古いものや不要物は撤去していく。中には掘り出し物が出てきてワクワクする血が騒いだ。

「監督! この電話見たことないです」

「これ黒電話だよ! こんな年代物が出るとは思わなんだ」

 大宙が見つけたのは年代物の黒電話。電話線は繋がっていないがこの劇場は最盛期の時はたくさんの電話を受けて仕事をしていたのかと思うと感慨深い。

「大宙は知らないよな〜。これは倉庫にでもしまっておこう。電話線は無事だから、楽屋に置いてある段ボールの中に新しい電話があるからそれを持ってきてくれるかい?」

「わかりました!」

 大宙はハジメに指示された通りに楽屋の方向へ向かった。ハジメは黒電話をしまい、埃を雑巾で拭いた。弦はロビー内にある掲示板を修繕していた。新しいポスターなどを貼るためだ。実はポスターを貼る場所は外にもある。しかも夜でもわかるように電球付きだ。

「電気切れてる・・・」

 弦は管理人を呼び電球のストックがあるかどうか確認し、取りに向かった。

 一方の劇場前では花壇の雑草抜きから始まった。劇団員が集まって初演を迎える際には花壇は綺麗な花で埋まる予定だ。そのためには雑草を抜かなくてはならない。軍手をつけて七海と鈴は抜き始めた。一方、夜は劇場へと続く階段などの外装の汚れを落とすため、高圧洗浄機を取りに倉庫へ向かった。

 雑草を抜きながら七海は手際の良い鈴に言った。

「鈴は早いね。手際が」

「実は雑草抜きのバイトしてたんでそのせいだと思います」

 七海はへえ、と呟いた。すると鈴が七海にキラキラな視線を向けて言った。

「花壇の花、私たちで選んで良いって宮原さん言ってたんです」

「へえ。じゃあこの花壇は女子担当ってわけか。責任重大だね・・・」

 七海は汗をぬぐった。何を植えようかと話し合っていると不意に劇団員の男女比の話に移り変わる。

「男女比って男子三人、女子二人じゃないですか。女子もう一人くらい入ってくれたら人数比ぴったりで良くないですか?」

「それは確かに。鈴に言われてみれば女の子もう一人欲しいかも。そうすれば花壇もより一層良いやつになるかも」

 二人は笑いあった。そして心の中で新しい劇団員に女の子来ないかな、と思い続けた。この願いは七海と鈴二人の願望である。叶うかどうかは神様しか分からない。

 すると倉庫から高圧洗浄機を運んできた夜が戻ってきた。重いよ〜、と小言を吐いた時夜が何かに気づいて「ん?」と声を出す。

「夜さんどうしたんですか?」

 鈴が聞くと夜はその場所に指をさした。夜が指差した方向を見るとそこには女性が一人劇場の前で尻込みをしていたのだ。その光景が少し不自然に見えてしまった。

 女性はセミロングの髪の毛に水色を基調としたカーディガン、白いシャツ、膝が隠れたズボンを履いている。動きやすい格好だ。勇気が一歩でないのかずっと劇場の前にいる。

 それを見た鈴は七海に耳打ちをした。

「七海さん! これはチャンスですよ!」

「は?」

「さっきまで話したじゃないですか! あと一人女の子欲しいですねって!」

「そうだけど・・・、まさかのフラグ?! ありえないわ・・・」

 嬉しさ半分複雑さ半分を抱えることになった。しかしこのままにしておくわけにもいかず、七海と鈴が声をかけた。

「あの・・・」

「っ?!」

 女性は飛び上がるほどに驚いて七海と鈴を見た。人と話すことが苦手なのか言葉が出てこないようだ。口火を切ったのは鈴だった。

「もしかして入団希望者?」

「え、あ、そ、そうです・・・」

 女性はかろうじて返事をすることができた。そんな彼女の手には握り締められた団員募集のフライヤーがしっかりと握られていた。それを見て七海はなんとなく察した。目の前にいるのは勇気を踏み出そうとしているまさにその時だった。

 これは後押しが欲しいところだ、と思った七海は女性の背後に回り、背中を押す。

「っ?! な、何をするんですか?!」

「オーディション受けに来たんでしょ? 大歓迎だからどうぞ!」

 七海に感化されて鈴も女性を引っ張ってロビーへと連れて行こうとする。七海は夜にロビーで掃除をしているハジメにこのことを伝えるようにと言った。

 夜は急いでロビーにいるハジメのところへ行った。

「宮原さん!」

「どうした、夜」

「にゅ、入団希望者が来ました!」

「マジか?!」

 ハジメは驚いた。掃除は中断して七海と鈴がその入団希望者を連れてくるのを待った。

 そしてロビーへと続く扉が開き、七海と鈴に連れられて女性が入ってきた。すると、女性は呟いた。

「宮原・・・ハジメ?」

「僕のこと、知ってるの?」

「あ、まあ。テレビドラマとかでよく拝見しましたから・・・」

 女性はハジメにそう言った。入団希望者かい? とハジメに聞かれ、最初こそは尻込みをしていたが女性も覚悟を決め「はい!」と返事をした。

 ハジメを含めた劇団員たちは自己紹介を済ませた。驚くことにロビーでオーディションをすることになった。女性は困惑したが腹をくくる。

 女性は荷物を置いてウェイティングソファに座っているハジメたちを正面に立った。

 ルールは先ほどと同じ簡単な物を使ったエチュードだ。その物の機能を生かすもよし、それ以外に例えて使ってもよし。

 女性は息を吸うと目を開いた。

綾瀬瑠衣アヤセルイと言います。大学二年生です。よろしくお願いします」

 瑠衣に渡されたのはスマートホン。鈴のオーディションと同じ物を渡された。それを見た瑠衣はしばらく考えて意を決した。

「はじめ!」

 ハジメの手打ちがロビーに鳴り響いた。

 瑠衣はその場に立ち続けた。少し表情を変えながら周囲を見ている。


『・・・』


 しかも言葉は一切発していない。そしてスマートホンを取り出す。画面を一瞬だけ見てまたしまい、前を向いた。表情と所作だけが織りなすサイレントエチュードの世界が繰り広げられていた。

 ハジメは一瞬で見抜いた。


 なるほど。待ち合わせの様子だったか・・・。スマホは時間を確認するために見たんだ。それを表現するとはなかなかだ。もしかして演劇経験者か?


 ハジメがそう思った瞬間に手打ちをして瑠衣のエチュードは終わった。

 ついハジメは今までのオーディションではしてこなかった質問をしてしまう。

「もしかして演劇経験者?」

「・・・いいえ。初心者です」

 瑠衣はそう言った。ハジメはそうとはなかなか思えないが、もしかしたら天性の才能なのかもしれない。これ以上の詮索をするのはやめた。

 瑠衣は結果を今か今かと待ち続けていた。するとハジメは瑠衣を呼び言った。

「瑠衣。合格だ」

「・・・へ?」

 瑠衣が驚きの表情に変わる。ハジメは瑠衣の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「僕の劇団へようこそ。瑠衣」

 瑠衣はようやく現実に引き戻されて勢い良く頭を下げた。それを見た鈴と七海はやっぱりフラグだったね、と笑いあった。瑠衣を鈴と七海で挟んだ。

「よろしくね、瑠衣」

「よろしくお願いします、瑠衣さん」

「こちらこそ、よろしくお願いします。七海さん、鈴さん」

 鈴は瑠衣よりもろ紙しただから呼び捨てでもいいですよ、と一言。瑠衣はためらいがちに鈴のことを呼び捨てで呼んだ。

「なんか新たな一歩って感じ!」

「そんなこと・・・、あるかも?」

 瑠衣は少し悪戯っぽく笑った。



 天がハジメに味方したのか、こうして新しい劇団が発足した。

 劇団員は合計六人。

 山崎弦、黒川大宙、桜田夜、東七海、綾瀬瑠衣、及川鈴である。彼らを導く主宰は誰もが知る元俳優の宮原ハジメ。演劇すら知らないメンバーが多いなかどのような演目を世に送り出すのか、楽しみだ。

 散々劇団員にバカにされていた劇団の名前がようやく決まった。ネーミングセンスが皆無のハジメは必死になって調べた。その結果、拠点の劇場が星川町にあることにあやかって、このような名前をつけた。


「チームポラリス」


 ポラリスという星の名前を拝借してチーム名になった。

 真っ向からダサいと言われることを覚悟していたハジメであったが、劇団員は反対する者はだれ一人としていなかった。反対意見なしということで正式に劇団名が「チームポラリス」となった。

 ハジメは夜遅くまで脚本の構想を練りながら考えていた。

 これこそ夢の続きと。人気絶頂にして現役を退いた俳優がその夢を若い彼らに託して、夢を見るのだと。


 こうしてチームポラリスは発足したのであった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。次の更新より、本編がスタートします。藤波真夏

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