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夢の舞台はポラリスで  作者: 藤波真夏
Program No,02「ベストフレンド」
19/114

Practice4 弱音

今日はなぜか調子がいいみたいです。なので反則技を使います。なかなか小説の構成が安定しないのが難点です。頑張ります。最後まで読んでくれたら幸いです。藤波真夏

Practice4 弱音

 極楽坂登りから一週間後。

 未だに全員が筋肉痛で悩まされていたそんな頃だった。舞台稽古も本格化してくる。全員が台本の中のおおまかなストーリーを頭に入れて台本片手に動きをつけていく。

「じゃあ、レイがクリスのクラスに転校してきたシーンをやるよ。夜、大宙、七海、鈴! 出番だよ」

「はい!」

 名前を呼ばれた四人が所定の位置についた。

 椅子と机を使い、教室に見立てて立ち稽古を行う。七海が演じるアンナはクリスのクラス担任。そして鈴が演じるトニーはクリスと仲のよいクラスメイトである。

 ハジメの手打ちが始まると早速その場面を演じる。


『このクラスに新しい仲間が加わります。さあ、入ってらっしゃい!』

『・・・』

『さあ、名前を黒板に・・・』

『初めまして。レイです。よろしくお願いします』

『みんな! 仲良くするのよ〜』


 七海演じるアンナが大宙演じるレイをクラスのみんなに紹介するシーンである。そして次に動いたのは鈴演じるトニーだった。


『ねえねえ、クリス! 転校生だって!』

『うん、そうだね』


 そしてアンナによってクリスの隣の席にレイが着席する。ここで二人がファーストコンタクトを交わすことになる。


『よ、よろしく』

『・・・』

『・・・?』


 大宙が静かに微笑んだ瞬間、ハジメの手打ちが響いた。そして各自改善点を上げていく。

「大宙。表情が固いよ。ここではクリスに印象付けなきゃいけない重要なシーンだから、表情をしっかりと。夜も同じ表情が固いよ。そこを改善してね」

「はい」

 大宙と夜は返事をした。夜はレッスンルームの鏡に向かって一人顔を動かして表情を作る。しかし納得いくものが見つからずため息をつくばかりだ。

「夜さん」

 呼ばれて振り返ると大宙だった。

 表情ですよね〜、と笑い出す。夜はそっちもか、と笑い出した。二人並んで表情の練習だ。お互いに変な表情をして笑いあった。しかし、すぐに立ち稽古になると表情が固まり、再び注意されてしまった。

 休憩時間に夜が汗を拭っていると大宙がやってきて、やっぱりダメですよね・・・と反省し合う。その空気を払拭するため、大宙が話題を変える。

「レイを演じてると中学生の時を思い出すんです」

「へえ・・・。どんな?」

「そうですね・・・。勉強が嫌いで、いつも部活ばっかりしてました! だからテスト前が一番苦しかったです。補習常習犯だったんですよ!」

 大宙は一つずつ思い出すように中学生時代のことを話し出す。勉強のこと、部活のこと、テストの点数がいつも悪くて毎度補習を受けていたことなど様々。

 夜はそうなんだー、と相槌をするばかり。そして大宙は夜に踏み込んだ質問をする。

「夜さんってどういう中学生だったんですか?」

「・・・え?!」

 驚いて身を引くと興味津々の大宙は身を乗り出した。大宙の提案は中学生を演じるならば中学生の思い出を話し合って、中学生の気持ちを作り上げませんか? というものだった。

 夜の瞳が動揺して揺れた。その動揺をあまり気に留めず大宙は夜からの思い出話が口から出るのを待っている。

 夜の頭の中はこれまでにないくらい働く。しかし思い浮かぶ映像はごくわずか。大宙が話してくれたような出来事が映像として全く浮かばなかった。夜はついにうつむいてしまった。大宙がどうしたんですか? と聞くと夜は立ち上がり、レッスンルームから静かに出て行ってしまった。

「あれ? 夜は?」

 ハジメが聞くと大宙は出て行ってしまいました・・・、と抜けた声で言った。大宙も何が起こったのか把握できていないらしい。平和に稽古が進むと誰もが思っていた。しかし、舞台の魔物が新しい爆弾に火をつけてしまったようであった。

 出て行った方向を静かに見つめるのは大宙ではなく、瑠衣であった。



 レッスンルームを出た夜がいたのは劇場のロビーだった。そこのソファに腰掛けて息を吐いた。夜は自分が中学生のクリスをうまく演じることができない理由がなんとなくだが察していた。

 自分に中学生の頃の記憶がほとんどないからだ。最初の稽古の時に無理やり引き出してしまったせいでフラッシュバックを起こし、断片的な記憶を思い出したもののそれが気持ち悪くなってしまったのだ。

 夜は頭を抑えてうなだれた。するとこちらに向かってくる足音がする。ゆっくりとその足音は夜に近づいてくる。その足音は夜に緊張感を生み出して、心臓の鼓動が大きくなる。

 足音が夜の前で止まった。そして夜の肩に優しい手が触れた。

「?!」

 夜が顔を上げるとそこにいたのは、瑠衣であった。瑠衣が心配そうな顔をして夜の顔を見上げている。

「夜くん。大丈夫?」

「る、瑠衣ちゃん・・・」

 放っておいて欲しい。そんな感情があるのに、どこにも行かないで、一人にしないで、と心のどこかで思ってしまう。

「焦らなくていいんじゃない?」

「え?」

「中学生の役掴めなくたって、夜くんは夜くんだけのクリスになればいいんだよ?」

 瑠衣が優しい声で夜に話しけた。あまり人を励ますことをしなかった瑠衣が思い切った行動だ。夜はハッとなって顔を上げた。

 瑠衣が夜の隣に座り、覗き込んでいた。夜は心のどこかで瑠衣が言った言葉を求めていたのかもしれない。中学生の感覚を掴めなくても自分にしかできないクリスになればいい、と。

 一時的に閉じられていた夜の心は瑠衣に開きはじめていた。夜は瑠衣にならこのことを話してもいいかもしれない、と考えた。

「ねえ、瑠衣ちゃん。実は、俺・・・」

「それを言うのは、私じゃないよ」

 瑠衣がそう言うとレッスンルームに続く廊下に視線を移した。そこには大宙が立っていた。大宙の姿に驚いている。

「夜くんは主演。大宙くんは準主演。こういう時こそ支え合うんじゃないの? 第一回の時の弦さんと七海さんのようにね」

 その言葉には夜はハッとなった。夜はぶつかり合いを繰り返してもなお、支え合い、舞台を作り上げた弦と七海を見てきた。その光景が頭に浮かんだのだ。

 瑠衣は立ち上がって、私は稽古に戻るね、と戻っていった。

 残された夜と大宙はしばらく立ちすくしたままになっていた。しかし、その沈黙を大宙がすぐに破った。

「夜さん・・・」

「大宙。ごめん。俺、全然中学生の感覚つかめなくてさ・・・。主演なのに、座長なのに・・・。演劇は楽しい。いつか、自分も主演になれたら! って考えてたけど・・・、まさか役柄に苦しめられるなんて想像したことなかった」

 夜が漏らしたのは弱音。この弱音はきっと瑠衣に吐かれるものだったのかもしれない。しかし今はそんな思いとは裏腹に口からどんどん言葉が出てくる。

「実は、瑠衣さんに怒られたんです」

「え? 瑠衣ちゃんに?」

 大宙はそう言うと照れくさそうに頭を掻いた。大宙によると、瑠衣は夜が中学生の役の感触を掴めないことに薄々気が付いていたらしい。そして先ほどの稽古で確信に変わったという。

 瑠衣はそれに気づかない大宙に怒ったという。もう少し、主演に寄り添ってあげたら? と言われたという。それにハジメも気が付いて大宙の背中を押してくれたのだという。

「宮原さんも瑠衣ちゃんも・・・。全く」

 夜が自重したように笑った。すると大宙は確信に迫ることを夜に聞いた。

「中学生の頃になにかあったんですか?」

 大宙の質問に夜は息を一度吐いて、口をゆっくり開いた。


「俺は中学の頃の記憶がほとんどないんだ」


 大宙は驚きのあまり目を見開いた。

「え・・・? ド忘れ・・・、とかでは?」

 大宙がそう聞いたが夜は首を横に振った。

「ド忘れのほうがどれだけ楽だったか・・・。高校生の時の記憶ははっきりと残ってるのに、中学生の頃の記憶だけがごっそりとない・・・。だから、全然クリスの気持ちが分からないんだ・・・」

 夜はそう言った。

 大宙はそうだったんですね、とつぶやいた。そして夜に向き直ると頭を深く下げた。

「気がつかなくてすいませんでした!」

 夜は謝らなくてもいいよ、と言う。隠していた自分が悪かったし、と夜も謝った。

 しかし、このままでは夜はクリスになれない。らちがあかないと夜も思った。

 『ベストフレンド』を演じていく中で断片的な記憶がだんだんとつながっていき、なにがあったのかおおよそわかる。夜はこう切り出した。

「俺の中学時代になにがあったのか、話すよ」

「是非」

 夜は大宙に自分の中学時代のことを話し始めた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏

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