Practice3 極楽坂の特訓
昨日は眼精疲労悪化でひどい目に遭いましたが、現在は徐々に回復して少し楽になっています。最新話を更新します。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏
Practice3 極楽坂の特訓
稽古日二日目。
今日はハジメの予告通り体力作りを中心にやっていくことになった。筋トレに始まり、腿上げといった運動部顔負けの練習メニューが組まれた。どれも弦が監修した演劇に必要な要素ばかり。手を抜くことは絶対にしてはいけない。
現役陸上部の大宙も少し苦しい顔をしている。
体力にはあまり自信のない夜はもう息切れを起こして半分死にかけていた。ハジメもこまめに休憩を入れるものの、疲労は溜まる一方だった。
「夜さん。大丈夫ですか?」
「あ、うん。でも大宙はピンピンしてるね・・・」
「そんなことないです・・・。体力もってかれます」
夜の状況を聞きに向かった大宙。夜は答えるのもやっとであった。ハジメはレッスンルームで出来る体力アップの練習メニューに限界を感じていた。これ以上やれば、疲れが残っていい演技ができる前に倒れてしまう。
「ハジメさん。一時間以上の休憩が必要です」
弦がそう言った。女性陣も顔が引きつってしまっている。ハジメはそうだね、と了承して長い時間休息をとった。
ハジメは考えていた。
前回の公演を踏まえてわかった体力不足。アンケートでもその体力不足のことを指摘されていた。それは準主演だった七海が身をもって証明し、そして七海本人も体力不足が身にしみていた。今後アクロバットのような激しい動きをする演目をやることもあり得る。
体力アップはチームポラリスにとって最大の課題であった。
ハジメが頭を抱える問題であった。夜もハジメと同じことを考えていた。
体力を上げないと大変なことになる・・・。でも、レッスンルームだとできることが限られてくる・・・。もうちょっと体力アップに適した場所があれば・・・。
しかし疲れている夜には思考を働かすことはできなかった。
結局、明日に疲労が残っては元も子もないということで稽古は早急に切り上げた。夜は一人で家路に着こうとすると後ろから待ってください! と声をかけられた。振り返ると、ジャージ姿の大宙が走ってやってきた。
「稽古であんなに体力消耗したのにまだ走れるの? すごいね」
「そんなことないです!」
夜と大宙は並んで歩き出す。そして今日の稽古のことを喋り合う。やはりどうしても話題は体力アップ稽古だ。レッスンルームでの稽古だけでは限界があることを大宙に話した。それは大宙も薄々感じていたのだという。
「俺たちは学校のグラウンドだけじゃなくて、学校外の場所使ってやってますよ」
「例えば?」
「高校の前の坂道。あそこで全力ダッシュしてます」
夜はへえ、と言い返す。そんな場所が近くにないか、と考えたが二人には思い当たるものはなかった。結局結論も出ずにそれぞれの家のある方向へ帰って行った。
夜の家は神社の境内にあり、裏手のあまり目立たないところに建っている。真っ赤な鳥居をくぐり、神社の境内を突っ切るのが家への最大の近道だった。その近道を使い、家にたどり着いてドアを開ける。
「ただいまー」
疲れた足でリビングに向かうと夜の父親と母親がいた。
「おかえり。あらあら、だいぶお稽古でお疲れってところかしら? まずはご飯でも」
母親に急かされて夜は手を洗い、夕飯にありついた。白いご飯を帆張りながらやはり考えるのは練習場所だ。
「夜。どうだ、初めての主役は?」
「大変だよ。一回目のオクタウィアヌスとは比べものにならないくらいのセリフ量で覚えるのが大変だよ。それに俺は座長もしてるからさ・・・」
「座長?」
「ああ。リーダーってことだよ。でも、精神的支柱みたいな感じのリーダーだからね。公演の決定権は宮原さんにあるから」
夜は父親にそう話した。それを聞いた父親は大変そうだな〜と新聞に目を移した。夜は思い切って父親に聞いてみた。
「父さん」
「どうした?」
「このあたりで全力ダッシュできるような坂道とかあったりしないかな?」
なんと夜は父親にチームポラリスが抱えている問題を打ち明けた。それにう〜んと唸るとあそこはどうだろう? とある案を出してくれた。しかしそれを聞いた夜は凍りつく。
「大丈夫? あそこ使っていいの? 神様に怒られない?」
「まあ確かに奥の院に続く場所ではある。でも過去に学生さんが沢山使ってる。大丈夫だろう」
父親は使うのは構わないと言ってくれたが、夜には抵抗感しかない。しかし、父親は使うのは全然構わないと言う。夜は最終判断を委ねられたのだった。
平日が過ぎ、土曜日がやってきた。稽古日三日目。
その日劇場に集まる、はずが、夜からの緊急提案がありチームポラリス全員が劇場集合ではなく桜田神社鳥居前集合になった。
理由も知らされず指定された時刻に鳥居の前に集まり出すハジメたち。ハジメも理由は分かっていない。
「監督。夜さんが呼び出した理由、知ってますか?」
「ごめん、僕もわからない」
大宙が聞くとハジメもわからないんだ、と返した。しかし、弦が腕組みをした体勢で大宙に言った。
「何か考えがあるんだろう。桜田は『ベストフレンド』カンパニーの座長なんだからな」
「か、カンパニー?」
「座組み、いや、一つの舞台を作り上げるチームってことだよ」
ハジメは弦が言った何回な舞台用語を捕捉した。大宙はなるほど〜、と言うと神社の境内から砂利を踏む音が響く。誰かが走ってくる音だ。その音のする方向を見ると、動きやすいジャージ姿で夜がこちらへ向かってきた。
「すいません、宮原さん。急に呼び出してしまって」
「それは構わないけど、どうしたんだい?」
ハジメに対して夜は頭を下げた。そして呼び出した理由を話し始める。
「チームポラリスは体力アップが課題だってことはもうみんなも知ってると思うんです。でもレッスンルームでやるには限界がある」
「そうだね。それは僕も頭を抱えてたんだ」
「そのことを父に相談したんです。そしたらうちの神社に体力アップにはうってつけの場所があるって教えてくれました」
「それ本当?!」
ハジメは驚いた。それには五人もびっくりだ。五人にとってみれば桜田神社は初詣でもお世話になるほどの神社である。知っててもおかしくない場所を一切知らない。
「ついてきてください」
ハジメたちは夜の後についていった。
真っ赤な鳥居をくぐり、社の前を通過する。そして普段は決して行かない社の裏へ入る。ちょうど桜田家が住んでいる家の近くだった。夜が指差した先を見てハジメたちは言葉を失った。
目の前に現れたのは小高い丘。それに続く石段。その先はゆるい道。それを見たハジメはこれは何? と聞くと夜は答えた。
「桜田神社の奥の院に行くための石段で、別名極楽坂です」
「ご、極楽坂?!」
全員が目を凝らして見るが終わりを見つけることはできない。ハジメは極楽坂の迫力に圧倒されている。
「夜?! さっき奥の院って言ったよね?! 大丈夫かい?!」
ハジメが夜に聞く。するとハジメが慌てた意味を知らない高校生組が奥の院? と首をかしげる。
「社の奥にあって、仏様や神様を祀っている場所のことだよ。奥の院は神様の場所だから人間が安易に立ち入ったら大変なことになる」
瑠衣が言葉の意味を伝え、奥の院がいかに神聖な場所でハジメを戸惑わせているかを教えた。それを聞いた高校生組は震え上がった。
神様のお膝元で体力アップの稽古をするということと同じだった。
慌てるハジメに夜は説得する。
「父も大丈夫だって許可はもらってます! それに過去に学生たちが実際に使っていたみたいなんで大丈夫ですよ?!」
夜が必死に説得するが不安はやはり拭えない。そこで、夜の父を呼び改めて大丈夫だという旨を伝え、神社の本殿でお祓いまでしてもらった。準備満タンの状態でチームポラリスの極楽坂での稽古が始まる。
極楽坂は最初石段が続き、途中丘を回るような形で道がある。それを使うことで奥の院へ向かうことができるのだ。
チームポラリス全員が準備体操を済ませると、極楽坂の最初の試練・石段を登り始めた。ハジメは下から見守った。すると体力に自信のない夜や七海、瑠衣はペースが落ちてくる。
「はあ、はあ・・・」
誰だか分からない息の切れた音が極楽坂に響くが、草木の揺れる音で簡単に掻き消された。
全員が一往復を終わらせた。体力がある方である大宙、弦、鈴でも息を切らしてしまう。そして体力に自信がない瑠衣、七海、夜に至ってはしゃべる気力も失せ、半分魂が抜けたような状態になっていた。
「極楽坂、恐るべし・・・」
ハジメがそう言うと、実際に極楽坂を登った六人は違う違う! と首を横に振った。
「石段は楽勝だったけど、後の坂道がツラいですよ!」
「完全に体力を奪うための坂だ・・・」
「これなら新聞配達のバイトで走っているほうがまだいい・・・」
「死ぬかと思った・・・」
「極楽坂なんて嘘・・・地獄坂よ!」
「なんでこんなものが・・・、うちの神社に・・・。あ、無理・・・、死にそう・・・」
ハジメは極楽坂の影響を六人の態度と言葉から察した。全員疲弊し動けなくなっていた。
ハジメも興味本位で登ってみたが、それは後で後悔へと変わる。ハジメもハアハアと息を切らして立ち上がれなくなるほどに疲弊してしまった。
「確かに・・・地獄だわ・・・」
ハジメもその身をもって苦しみを味わった。しかしそれと同時にいい練習場所だと確信した。ハジメは夜にいい場所を見つけたね、と褒めた。夜は褒められていることは認識できたが、肝心のお礼は疲弊していたために言えずじまいになってしまった。
夜が提案した体力アップメニュー「極楽坂登り」。
正式に体力アップの正式メニューとして採用されたが、チームポラリス全員がしばらく筋肉痛に悩まされることになった。
最後まで読んでいたただきありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏




