Practice10 独裁者が消えた日
また今日も調子がいいみたいです。反則技をまた使いますね。最後まで読んでくれたら幸いです。藤波真夏
Practice10 独裁者が消えた日
そして、ついに本番の日を迎えた。
劇場内では早朝から騒がしい。大道具は搬入され、何もなかった舞台がエジプトの世界観へだんだんと変わりだす。
出演者の六人は各自でストレッチや声出しを開始する。衣装を着て動きたい気持ちを抑えて念入りに体を動かしていく。
「宮原さん! 大道具なんですがどこに設置しますか?」
「上手のほうにお願いします」
「宮原さん! 音響の準備がほぼ整いました。舞台設置完了しましたらレベルチェックを行いたいんですが・・・」
「わかりました! 完了しましたら僕から知らせます!」
ハジメは裏方スタッフたちと連携を取りながら舞台面を作り上げる。その様子に初舞台を踏むメンバーはその姿に目を奪われた。
ハジメの口から出てくるのは何回な舞台用語。初心者にとってみれば魔法の呪文。
ストレッチの合間に弦に聞く。
「上手は客席から見て右側のこと。レベルチェックは音響や照明の大きさや効果を調整することを言うんだ」
弦の説明にへえ〜、と返す。忘れないように頭の中に叩き込みながらストレッチを続けた。
そしてストレッチが終わった頃に舞台へ出てみると全員が言葉を失った。
「すごい・・・」
「どうやって作ったの、これ・・・」
何もなかった殺風景な舞台の上には黄土色の階段や金色に塗られた豪華な柱が立っていた。舞台の上がエジプトの世界に変化したのだ。
これには経験者の弦も驚いている。
「板の上が・・・すげえ」
弦ですらこの反応なのだから自分たちはこんなすごいところで演じるのか、と息を飲んだ。すると舞台裏にいるヘアメイク担当のスタッフが呼んだ。
「東さん! 綾瀬さん! 及川さん! 楽屋にお願いします!」
「あ、はい!」
女性陣全員がスタッフの後ろをぞろぞろとついていく。女性陣はこれから衣装とヘアメイクで自分とは違う「役」の姿に変身する。
先に衣装を身にまとった三人はそれぞれメイクを施す。全員が古代エジプトの女性。エジプト女性独特の太いアイライン。ミステリアスな雰囲気を醸し出すため瑠衣のまぶたには紫色のアイシャドー。明るい印象を出すため鈴にはオレンジのアイシャドー。そして、七海には実際にクレオパトラが愛用したであろうエメラルドグリーンのアイシャドーを塗った。
ファンデーションを塗り、アイラインを描き、それぞれのアイシャドーを塗り、リップグロスを塗る。
七海は髪の毛をアイロンでまっすぐにしてクセをなくし、鷹の掘られた冠をかぶる。冠にはキラキラとスパンコールが散らばっている。
瑠衣は同じく髪の毛をまっすぐにした。頭にはベールのついた冠をかぶる。
鈴も髪の毛をまっすぐにした後、ヘアバンドをつけて髪の毛を一つに結んだ。
一方の男性たちもメイクを施されていた。普段はメイクをしない男性たちは不思議な気持ちだった。
女性たちよりは簡単なメイクではあるが、衣装は豪華だ。
夜は頭に銀色のユーカリを形どった冠をつける。大宙も金色の冠をつける。そして衣装のストレッチ素材を体になじむように形を整えた。
最初に舞台にやってきた男性陣は心が高鳴っていた。そして女性陣が舞台へ戻ってくると、男性陣は見とれた。
「やっぱすげえわ」
「それね」
「確かに」
再び語彙力が消えてしまう。今まで動揺すらしなかった弦ですら語彙力をなくすほどの破壊力があるのだ。今目の前にいるのは東七海、綾瀬瑠衣、及川鈴ではなく、クレオパトラ、ネフェルティティ、カルミオンなのだ。
「七海さん、綺麗ですね!」
「よっ! 絶世の美女!」
「そんなによいしょしなくていいからね〜」
七海の豹変ぶりには瑠衣や鈴も驚いているのだ。役者の準備ができたことがハジメに伝えられた。
「みんなよく似合ってるよ」
ハジメがそう声をかけると呼吸が抜けるような音がした。
「緊張してる?」
「してます」
「だよね。僕だって緊張してるよ。でもやれることはやったし、君たちは上達してる。自信を持って堂々と舞台に立つだけだ。でもまずはゲネプロだね。怪我なく事故なく、確認の意味も込めて演じるんだよ」
ハジメの言葉を受けて六人は所定の舞台裏の位置に移動する。そしてお互いにワイヤレスマイクを装着していく。最初は全部弦にやってもらったものだが今では全員がつけることができる。
「全員準備はいいですか? それではゲネプロを始めます!」
ハジメの掛け声とともに最終リハーサルの幕は開いた。
ゲネプロ終了後、舞台裏で七海は息を整えていた。本番まであと数時間。その間に休息をとって息を整えなければ息切れを起こしてしまう。飲み物を取りながら深呼吸をしていると大宙が通りかかる。
「七海さん。大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫。大宙の教えてくれた攻略法のおかげよ。ありがとう」
「い、いえ!」
七海に感謝されて照れ出す大宙。じゃあまたあとでね、と大宙を見送る七海。そして引き続き呼吸を整えていると今度は弦がやってきた。
何かゲネプロ中に不備があったのかと七海はどんな暴言を言われてもいいように構えた。弦はもう辛辣な言葉は当初に比べたら言わなくなったら、そんなことはないと思いながら弦の言葉を待つ。
「悪かった、東」
「・・・へ?」
いきなり謝り出す弦に七海はあっけにとられた。意味もわからずにしていると弦が口に出す。
「空を駆け抜けるシーンの時、舞台につまずいた。それをカバーしてくれただろ? 悪かったな」
「気にしない。いつも助けられてるんだからお互い様でしょ?」
七海はそう言った。弦も東の言う通りだな、と言いながらジャケットを直した。その様子を見た七海は弦にこう言った。
「もう独裁者じゃないね」
「え?」
「何があったのかわからないけど、弦はもう一人で好き勝手する野蛮人じゃないってことよ」
「独裁者に野蛮人って・・・もう少しマシな言い方なないのか?」
「弦にはそれで十分です」
七海は立ち上がった。もう平気なのか? と弦が聞くと七海は頷いた。弦は衣装のジャケットを着直して歩いていく。その後ろ姿を見ながら七海は思った。
独裁者なら大丈夫か? なんて言わないわよ。
最終調整が終わり、ついに開場時間となった。舞台には幕が降り、客席はスタッフがピッカピカに清掃を施し暖かい光が照らす。
ハジメも手伝いをしたいが、やはり「宮原ハジメ」を知っている人は多い。まだ出られない。しかし、ちゃんとスーツを着て手伝いをする。
一方楽屋では六人が本番を今か今かと待っていた。聞いているのは満員御礼。目の前にあった観客席は全部埋まる計算だ。
心臓が大きく鼓動を打ち付け、それはだんだんと早くなっていく。隣の人に心臓の音が丸聞こえではないかとさらに不安になってしまう。
すると楽屋にスタッフがやってきた。
スタッフは六人に手招きをした。六人は立ち上がってスタッフのあとへついていく。通されたのは客席に取り付けられたカメラの映像が映されたテレビ。開場してまだ十分。空席がどんどんと埋まっていく様子が映し出されていた。
「あんなにいっぱいあった席が・・・」
夜がそう言った。モニターの前に連れてきてくれたスタッフは六人を前にして言う。
「宮原さんから全員初舞台って聞いたわ。大変かもしれないけど、お客さんに最高のものを見せるのがあなたたちキャストの使命。そしてそのキャストを最高にキラキラさせるのが私たちの使命。お互い、頑張りましょうね」
スタッフの言葉にはいっ! と思わず返事をしてしまった。その後、客席に漏れる! と口を押さえたのは数秒後のことだった。
開演まであと五分。
キャストは全員位置持ち場につくため、ここで散り散りとなる。その前に弦が五人を呼ぶ。そして言う。
「俺はお前たちのおかげで変われた。本当にありがとう」
感謝の言葉だった。その言葉に七海はバカね! と返した。
「その言葉の言うのは幕が降りたらにしましょ。終わったあとに弦の言い分はみっちり聞いてあげるから」
七海の言葉に弦はフッと笑って、そうだな、と呟いた。弦は気合を入れるため、「円陣!」と言った。それぞれが肩を組んで円陣を組んだ。
「チームポラリス最初の公演だ。俺たちはここから新しいステップを踏み出すんだ。今までの稽古を信じて、俺たちができる最高のパフォーマンスを見せるんだ! 行くぞ!」
弦の檄におおーっ! と響いた。その後各々激励をかけながらそれぞれの場所に散っていく。
音楽がどんどんと遠のく。
聞こえる観客のざわめき。
それを打ち消すハジメのアナウンス。
今、この瞬間で様々な音が溢れて心を揺らし背中を押す。
そして---、
カランカランカランカラン・・・!
開演を告げる鐘の音が劇場中に響き渡る。その瞬間、客席を照らしていた光は徐々に力を弱め、暗闇に変わる。
ゆっくりと幕が開く音が聞こえてきた。これはキャストだけが聞こえる特別な音。弦はすぐにカイルへと姿を変えて舞台へ一歩を踏み出した。
チームポラリス第一回公演。
現代、そして古代エジプトを舞台に繰り広げられる摩訶不思議な時間旅行の始まりである---。
最後まで読んでくれてありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏




