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夢の舞台はポラリスで  作者: 藤波真夏
Program No,09「終末のさすらい人」
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Practice8 Passion! Action!

Practice8 Passion! Action!

 本番まで残り十五日。

 本日より劇場と星川町各所にポスターが掲示され、大々的に宣伝が開始される。早速劇場では管理人ができたてのポスターを大量に掲示していった。瑠衣が寝そべり、それを上から見下すように見る大宙。ギリッと睨みつけるその目は誰にも負けていなかった。

 稽古期間も残り少ないことからあまり時間も無駄にできない。しかし、宣伝活動をしないと知名度は全然上がらない。そこで午前中はフライヤー配りを行った。

 準備したフライヤーは無事に全部配り終えた。

 すでにチームポラリスの公演も九回目となり、星川町だけの知名度は上がっている。しかしそれに甘えることなく宣伝はしっかり行うのがチームポラリスである。

 フライヤー配りが終わったらその足で劇場のレッスンルームへ移動する。全員が動きやすいジャージに着替え、念入りにストレッチを行う。今日はアクションの精度を上げるためのアクション稽古になる。

 本番まで残りわずか。怪我は禁物だ。体育の授業の前の準備体操以上の準備体操を行う。すると、ハジメが六人の前へ立った。

「ではこれからアクション稽古をやるよ! 本番まであとわずか。絶対に怪我をしないように!」

「はい!」

 ハジメの号令と共にアクション稽古が始まった。

 大宙演じるリックが瑠衣演じるアンリを守りながら、弦演じるバンと一戦交える最初のシーンだ。リックは拳銃を持っているが、今回は使わない設定だ。

 最初に仕掛けるのは弦だ。弦の手を止めて、その次にその手を払いのける。その動きがしばらく続き、大宙が劣勢のように思わせる演出だ。少し押されている? という不安感を与える。

 しかし、大宙がそれを巻き返す。ずっと守りに入っていた大宙が攻撃に転じる。

「っ!」

 大宙の足が高く持ち上がった。その足を振り下ろす。それを弦は避けながらもろに当たった演技をする。ここで弦は地面に叩きつけられる演出だ。

 アクションが終了すると、ハジメの手打ちが入る。

 床に座った弦がゆっくり起き上がり、大宙に近づいた。

「最初よりかなりマシになった」

「ほんとですか?!」

「今の感じを忘れるな。あと、本番では思いっきり来い。そうしないとお客さんに伝わらない」

「はい!」

 弦からのアドバイスを聞いて大宙は返事をした。アクションの最初はゆっくりとやっていったものが今ではスピード感が増していき臨場感が増した。

 確実に大宙が成長している。それはチームポラリス主宰のハジメも、演劇経験者である弦も感じている。

 その後も激しいアクションを何度もこなしていくが、さすがチームポラリス一番の体力を持つ大宙である。息が全然上がらず、勢いはまるで落ちない。天性のアクションの才能すら感じてしまう。

 アクションに近いものは準主演の瑠衣も行う。大宙ほどの激しいアクションはしないが、やってくる攻撃を華麗に避ける技術を必要としている。闇雲に避けると役のイメージを損ない、アンリではなくなってしまう。

 アンリが避けることを意識し、さらに美しい避け方を研究していた。いつも瑠衣は稽古中は長い髪の毛を結んで挑んでいるが、アクション稽古をする際は髪の毛を解いている。

 アンリは髪の毛を結んだ状態ではないからだ。

 衣装は着れないが、髪の毛だけは本番同様の状態にできる。長い髪の毛も障害の一つだが、それを捌ければ瑠衣の勝利が見えてくる。

 瑠衣は夜の攻撃すら華麗にかわす。足をドン! と力強く踏み込み、体を一瞬で低くする。長い髪の毛がバサッ! と空気に切れてなびいた。その瞬間に瑠衣の額に滲んだ汗が飛び散った。



 アクション稽古は一時中断し、休憩時間に入った。

 膨大な運動量に疲弊していると思いきや、疲れてはいるがひどい疲れではない。日々の体力アップトレーニングが効果を出しているのだった。極楽坂の特訓や日々のアクション稽古のおかげでチームポラリスの体力は確実に上がってきていた。

 大宙がスポーツドリンクを飲み干すと、伸びをした。

 すると隣に瑠衣がやってくる。

「大宙くんすごい!」

「そ、そうですか?」

「うん! こういうこと言うと大宙くん、嫌かもしれないけど…大宙くんじゃないみたい。すごくかっこいい」

 瑠衣が言うと大宙は「え?」と目を丸くした。

 瑠衣は嫌な思いをさせてしまったのか、と慌てるが大宙は驚いただけだと続けた。瑠衣は大宙に言った。あの極楽坂の特訓の際に早退をしたあの日から何か変わったと。

 大宙は瑠衣に言った。

「役作りの答えが見つかったんですよ」

「答え?」

 大宙は三人の兄のこと、その兄の中でも長兄である郁人が答えであったことを伝えた。郁人のような人物を今回のリックに取り入れることで心の中にあったモヤモヤが解決したことを話した。

 すると瑠衣は笑って大宙に言った。

「大宙くんにとってお兄さんは理想の男性像なのね。きっとお兄さんも嬉しいと思っているんじゃないかな?」

「照れ臭いって言ってましたよ」

「年下の、しかも実の兄弟から言われたら嬉しいに決まってる。お兄さんの気持ち、私にも分かる気がする」

 瑠衣がそう言うと大宙は目を丸くした。瑠衣がお兄さんの気持ちが分かる気がするという言葉だ。大宙は詳しく説明を求めると瑠衣は隠すことなく教えてくれた。

 実は瑠衣は三姉妹の長女だった。瑠衣の下には高校二年生と中学三年生の妹がいるという。それゆえに瑠衣はお兄さんの気持ちが分かると大宙に言ったのである。

「俺、瑠衣さんの妹に会ってみたいかも!」

「そ、そうね…。何か機会があったら会えるとは思うよ」

 瑠衣は苦笑いをしたのだった。そんな会話を展開しているとハジメの手打ちが聴こえてくる。稽古再開の合図だ。

 大宙と瑠衣は立ち上がり、稽古へと戻っていった。



 そして次のアクションは瑠衣演じるアンリと夜演じるイリヤが登場するシーンだ。アンリは基本的には武器を持って戦うことはない。基本的に「避ける」ことをアクションとして取り入れている。

「ではスタート!」

 ハジメの手打ちが聞こえた瞬間に瑠衣と夜は演技のスイッチを入れる。場面的にはリックが追い込まれ、イリヤ単独でアンリを捕まえるために追いかけるシーンだ。

 瑠衣は避ける瞬間に一瞬で重心を低くして夜の手から逃れる。夜は必死に手を伸ばすが、瑠衣は一定の間合いを保ったまま後ろへ下がったり、段の上へ上がったりと縦横無尽に動き回る。その度に瑠衣の長い髪の毛が風になびいた。

 その髪の毛の束がばさりと瑠衣の目の前に流れ、視界が奪われる。すると瑠衣は体制を低くして演出指示にはない動きをした。

「…ふぅ」

 顔にかかった長い髪の毛を後ろへ掻き上げた。表情は窮地に追い込まれた引きつった顔をしていた。その表情に夜は思わず息を飲んでしまった。髪の毛を掻き上げる仕草、そして頬を伝う汗の雫。

 チームポラリスの中でワースト二番に入るほどに運動が苦手な瑠衣は、すでに限界を迎えていてもおかしくはないがそれすらもこの場面では魅力的に見えてしまうのだった。

「…瑠衣ちゃん」

 夜が小さく呟いたところで、ハジメの手打ちが鳴りアクション稽古は終了した。その瞬間に瑠衣は激しく呼吸し、床に仰向けになった。

「綾瀬」

「…い」

 弦が瑠衣に話しかけた。しかし、あまりの疲れと息切れで返事がうまくできない。かろうじて出たのは、「はい」のうちの「い」だけだった。それを聞いた弦は目を細めた。

「欲張りすぎだ。ただでさえ体力がないのに最初から飛ばしすぎると、無様な姿を観客に晒す」

「…すいません」

 弦がそう言って瑠衣に背中を向けた。それを聞いた七海がムッとなって歩き出そうとした瞬間、ハジメが七海の肩を掴んだ。

「ハジメ?!」

「七海。待って」

 すると七海の前を弦が通る。そしてハジメに言った。

「桜田も綾瀬も上出来です」

 ハジメは静かに笑って頷いた。それを聞いた七海は驚いて先ほどの怒りがスーッと収まっていった。ハジメはそれを分かっていて七海を止めたのだった。もう、弦は独裁者ではないと改めて思い知らされた瞬間だった。

 アクション稽古は夜遅くまで続けられ、全員が汗を流しながら最終確認をしてアクションの精度を上げていくのであった。



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