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夢の舞台はポラリスで  作者: 藤波真夏
Program No,09「終末のさすらい人」
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Practice4 Secret special training

Practice4 Secret special training

 本番まで残り一ヶ月半。

 まだ台本が手放せない状況があるが、すでにおおよそのセリフは覚えた。そのセリフを口に鳴らしていつどんな場面の立ち稽古が来ても対応できるようにする。まだ場面を区切って稽古をしている。

 そして始めなければならないことがある。

 ハジメは六人を呼んだ。

「いよいよアクションの基本を教えていくよ」

「ついにこの日が来たか・・・」

 弦が呟いた。

 全員がいつハジメからこの言葉が出るのか待っていた。アクションと聞けば聞こえはいいがあまりにも大きな壁が立ちはだかっているようにチームポラリスには感じ取れた。

 実際大きな壁であることに変わりはないが、この壁を乗り越えればきっと別の景色が見えるに違いない。アクションを習得する前提としてハジメから注意事項が伝えられる。

「今回の公演ではあまりハードで技術力の高いものは使わない。あくまで基本を大事にしてできる限りのアクションをベースに組み合わせていくよ。経験者の弦には稽古に参加するだけではなくて、指導補助に回ってもらう」

「はい」

 弦が返事をした。弦はチームポラリス唯一のアクション経験者だ。ハジメは弦を指導補助に指名した。一人より二人の方がまとまりやすいからだ。しかし弦に対してハジメから注意事項が伝えられる。

「弦は五人に高度な技術を必要とするアクションを教授しないこと。あくまで基本を教えて欲しい」

「わかりました」

 ハジメが弦に打ち込んだ楔。一つはあくまで基本を教えること。二つ目は高度な技術を必要とするアクションを絶対に教えないこと。この二つだ。これにはハジメの思いが込められている。

「この演目の発表があったときにも言ったけどあくまで基本に忠実に。怪我ゼロ、事故ゼロ、安全第一で進めていくからね。万が一、どこか捻ったり、ぶつけたり、アクション稽古最中でも終了後でもいいからどっか体がおかしいって思ったら必ず僕か弦に言うこと」

 ハジメの言葉に全員が返事をした。

 アクション稽古の前に全員で準備運動をする。ハジメも動きやすい格好に着替えて一緒に準備体操だ。念入りに体を動かし、手首足首などを十分にほぐし、アキレス腱もしっかり伸ばした。怪我を防ぐために行っている。

 まずアクションを始める前に体づくりから始める。

「アクションでは体幹が必要になってくるから、まずは体幹作りから始めるからね」

 始まったのは体幹トレーニング。いつもの体幹トレーニングのメニューに加え、弦考案の体幹トレーニングをいつもの倍の時間をかけてじっくりとトレーニングをする。

 二の腕や太ももに乳酸が溜まっていく。最初の笑顔がトレーニング終盤になってくると一切なくなってしまった。

 あまりのハードさに起き上がる気力さえなくなっていた。

 特にチームポラリス体力ランキング最下位にランクインしている年中組は体力の消費が著しく、起き上がることも難しくなっていた。

「大丈夫か?」

「休憩を・・・」

 弦が話しかけると夜はかろうじて話す。このままトレーニングを続行すれば、年中組がバテてしまうため、一度休憩を挟むことになった。

 太ももに痛みが走り、麻痺して動かない。年中組は休憩時間が終わるまで床の上に寝そべり体力回復を図ったのだった。

 大宙は少し休憩して体力は回復する。大宙が伸びをしている横で動けないほどに疲れている瑠衣の姿を見た。

「瑠衣さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないわよ・・・」

 瑠衣の言葉に大宙は苦笑いをした。

 瑠衣は太ももをさすりながら言った。

「本当に大宙は体力がすごいね。私なんか少しトレーニングしてバテバテよ」

「そんなことないですよ! 弦さんや鈴はさすがって思いますよ!」

「謙遜しない。素直に受け取りなよ」

 瑠衣はそう言って笑った。体力があまりない瑠衣にとってみれば、チームポラリス一番の体力を持つ大宙が羨ましくて仕方がない。性別というどうしても越えられない壁はあるものの、やはり欲しいものは欲しい。

 しかし瑠衣もそこは大人になる。ぐっとその欲望を抑えて再び厳しいトレーニングへと戻ったのだった。



 稽古が終わり、大宙が家に戻る。すると疲れはドッと押し寄せた。家のソファに寝転がる。行動する気力が大宙には残っていない。すると大宙に近づく人影がある。

「大宙。お帰り」

 大宙がゆっくりと目を開けるとそこには若い男性の姿があった。大宙は口を動かす。

「ふみにぃ。帰ってたんだ」

 大宙がふみにぃと呼んだこの男性は、大宙の兄である黒川郁人クロカワフミトである。すでに成人し、会社勤めをしている社会人である。大宙の兄弟は男四人兄弟だ。郁人は長男で、大宙は末の弟である。家にいない二人の兄はまだ学生でアルバイトや飲み会で今日は遅くなるのと郁人は言った。

「大宙。腹減ったか? 飯、あるぞ」

 郁人は夕食を出してくれた。すでに母親は眠っており、代わりに郁人が起きて大宙の帰りを待ってくれていたのだった。

「どうだった、今日の練習は」

「ハードだったよ。アクション稽古だったんだから」

「アクション? またすごいことをやるんだな」

 郁人は食器洗いをしながら答えた。すると大宙は郁人に今回の公演について話し始めた。

「ふみにぃ。今回の公演で主演することになったんだ」

「主演? マジか。すげえじゃないか」

 郁人は大宙の主演決定に驚きと祝福の言葉を述べた。しかし大宙の表情は曇る。

「でもさ」

「でもさ?」

「今回の公演は俺が初めて主演した『虹色の向こう側』とは桁違いなんだよね。アクションって予想以上に難しくて体力消耗が激しいんだもん」

 大宙はお茶を飲み、言った。郁人はそっかあと返す。すると郁人は大宙に言った。

「体力があるお前でさえ難しいって思うんなら、やりがいはすごく大きいんだろうな」

「・・・」

「本番はまだ先だろ? だったらそれまで必死に練習すればいいだけのことだ。練習しないときとするのでは全然違うだろ?」

 郁人はそう言うと締めていたネクタイを緩めた。そしてそのままお風呂へと行ってしまった。一人リビングに取り残された大宙はしばらく考えていたが、何かを決めてスマートホンを取り出して電話をし始めた。

「もしもし、黒川です。夜遅くにすいません。実は・・・」

 大宙はある人物へ電話をしたのだった。

 電話の翌日。早朝。

 大宙が待っていたのは星川町民会館の前。高校のジャージをして待っていると人が歩く足音が聞こえてきた。

「おはよう!」

 声を聞いた大宙は振りかえる。そこに現れたのは同じく運動用のジャージに着替えた瑠衣だった。瑠衣の姿を見た大宙は挨拶をする。

「おはようございます! すいません、急に電話してしまって」

「いいのよ。これも公演を大成功に導くため。座長のせっかくのお誘いを断るわけにはいかないしね」

 瑠衣は笑った。

 大宙が電話をした相手は瑠衣だった。昨晩の電話の内容はこのようなものである。


『もしもし?』

『もしもし。黒川です。夜遅くにすいません。実は、瑠衣さんにお願いがあって』

『お願い?』

『今回の公演、アクション演技するじゃないですか。でも俺、うまくいかなくて』

『でもそれは私も同じよ』

『だから、自主練習しませんか?』

『自主練習? いいじゃん!』

『急なんですけど明日の朝でも大丈夫ですか?』

『平気だよ。そうだなー。明日の朝七時に星川町民会館前に集合はどうかな?』

『それがいいです! じゃあまた明日、お願いします!』

『こちらもお願いします。おやすみなさい』


 大宙と瑠衣が行うもの。それは体力作りをメインにした自主練習だった。

 チームポラリス一番の体力を持つが初めてのアクションであまりうまく体が動かせない大宙とチームポラリスの中で体力ワーストランキングに上がるほどの体力のなさでアクションに不安を抱く瑠衣が手を組んだ。

 練習をするのとしないのでは全然違う。

 郁人の言葉に突き動かされるように大宙は自主練習を実行したのだった。大宙と瑠衣の二名は準備運動を念入りにした後で、星川町民会館を出発し、チームポラリスの劇場までをランニングすることになった。大宙は体力に自信のない瑠衣にペースを合わせて走る。

 朝の少し肌寒い気候の中、二人の吐く息だけが聞こえてきた。そして無理をしないようにこまめに水分補給と休憩を取り、自主練習は続けられた。

「ふう」

「ごめんね、大宙はもっと早いペースで走りたいのに」

「いいんですよ。稽古に響かない程度にやらないと」

 大宙は笑った。

 二人は自主練習終わりに東弁当へと足を運んだのだった。

 時刻は現在八時半。東弁当は仕事へ向かう人たちがやってくるため、すでに店を開けている状態だった。七海も割烹着を着て料理を作っている。

 東弁当から漏れる美味しそうな匂いにつられて、大宙と瑠衣は東弁当の中へ入る。

「いらっしゃいませ、って大宙に瑠衣?! どうしたの?!」

 七海が料理の手を止めて驚いている。しかし二人が練習をしていることを漏らすことはなかった。それは二人で秘密の特訓として約束を交わしたからだった。

「いろいろですよ。それよりもお腹空いちゃって」

「塩鮭弁当二つ、お願いします」

 七海に瑠衣がそう言うと「そうなの?」と七海は深追いしなかった。そして七海から塩鮭弁当をもらうとそのままイートインスペースで食べ始めた。

 二人はまだ朝ごはんを食べていない。運動した後は空腹で体が栄養を欲しているのだ。

「朝ごはん二人して食べてないの? 何があったんだか」

 七海は少し呆れながらもお弁当作りを続けていたのだった。

 そこで二人は密約を交わす。


「この自主練習はトップシークレット。主演と準主演の二人だけで行う大事な練習。チームポラリスのみんなには他言無用」


 全ては公演を成功するため。アクションを少しでも円滑にするため。

 二人はチームポラリスのことを第一に考えた。

 しかし大宙にはもう一つ乗り越えなければならない壁がある。それは、リックの役作りだ。まだ役を掴みきれていない。それどころか、大宙は「男のかっこよさ」がよく分からなくてつまづきさえあった。

 こればかりは準主演の瑠衣にも話しにくい。大宙は家でいつもそのことをずっと考え込むことが多くなってしまった。その様子を心配そうに見守っていたのは大宙の兄・郁人だった。

 あまり干渉しても煙たがられる。郁人は干渉の一線を引いて常に見守っていた。まるで保護者のように。

 そんな郁人の見守る中、大宙は台本とにらめっこする日々が続いた。

 まだ自分には男が惚れる男になりきれていない。それは自分がよくわかっていた。大宙のため息が尽きることはなかった。



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