Practice9 舞台の魔物
ストックもそろそろ尽きてまいりました。スランプとは真逆の状態に狂喜乱舞しています。
最後まで読んでくれましたら幸いです。藤波真夏
attention!
語句の中で「*」のマークがあるものは舞台で使われている用語です。最後のあとがきでまとめて解説文を入れさせていただきます。その部分も含めて舞台の裏側や世界観を楽しんでいただければ嬉しいです。
Practice9 舞台の魔物
本番前の最終稽古日。
今後は本番に向けて準備をしなくてはいけない。本格的な稽古は最後になる。
六人は続々と舞台に集まり、それぞれ準備体操やストレッチなどを行う。ハジメが入ってくると全員が「おはようございます!」と挨拶をする。
「集まって!」
ハジメが六人全員を集めた。
「今日が最終稽古日だ。気を引き締めていってね。あと、七海。足は大丈夫?」
「ああ。裸足じゃできないけど、今日は靴を履くから大丈夫。今日は参加する」
そうか、とハジメは頷いた。
じゃあ、始めよう。
その言葉に全員が大きな声で返事を返した。
今日行うのは最終確認だけだ。お互いに不安なところを話し合い、不安を消化し合う。そして不十分なところは全力で修正していく。できる限りだ。
大宙と瑠衣は動きなどの最終確認。夜と鈴はそれぞれの動きを再確認していた。そして弦と七海も動きを再確認していた。
「東。もう少し振り回せ。そうすればリアリティが出る」
「わかった。ふっ飛ばさないように手がっちり握っててよね」
七海はそう言って弦の手を握り、本編内で行う動きをし始めた。するとハジメが二人に声をかけた。
「さっきよりもリアリティがでたね。弦は少し息切れを入れても構わないけど、七海。君は息切れをあまりしないようにしたほうがいい。セリフが切れないように」
「わかった!」
ハジメから指摘をもらった七海はすぐに実践する。
弦の手を握り、舞台の上を動き回る。聞こえるのは二人が風を切る音。舞台の上をスニー靴がキュッと擦れる音。そして、呼吸音。弦はまだ息切れを起こさない。しかし、七海は少し危なくなってきた。
『私は嘘などつかない。さあ、私に付いてきて』
『ちょっ?!』
セリフの中にザラっと息切れの音が小さく混じる。その音を弦は聞き逃さなかった。
「東。呼吸」
「ごめん・・・」
止まった瞬間、息切れと疲れはドッと増した。
この稽古に関して言えば、できる回数が限られているということだ。当初よりは七海の体は役者になりつつある。しかし、すぐに変化するわけではない。七海の体力には限界というものがある。一日稽古時間があればできるのはせいぜい五回が限界だ。
七海は息を整えながら飲み物を喉に流し込んだ。
砂漠に水が浸みわたるように潤いが七海の喉に戻り始める。
弦もそれは重々承知していた。未経験からここまで追いついてきた七海にこれ以上の無茶をさせれば本番前に倒れてしまう。弦は一番それを懸念していた。
演劇未経験者でありながら準主役。弦と並んで最年長。
しっかり者で姐御肌、チームポラリスのお母さん。そう言われている七海の肩には大きなプレッシャーが乗っかっているに違いなかった。
もちろんチームポラリス全体にもプレッシャーはある。しかし、七海はその何倍ものしかかっているように弦には見えた。
すると弦は七海の頭に手を置いた。七海が頭上を見ると弦の大きな手のひらがある。
「弦?」
「そんなに追い詰めると舞台の魔物に食われる」
「舞台の魔物?」
七海が聞き返す。舞台の魔物という言葉に稽古をしていた四人もぞろぞろと集まってくる。
「弦さん。舞台の魔物ってなんですか?」
大宙が聞くとそれはな、と弦が口を開こうとした。それを遮ったのは瑠衣だった。
「人には見えないもの。気持ちを飲み込まれたら最後。思い通りの演技はできなくなる・・・」
「瑠衣さん?」
鈴が聞き返すと瑠衣はハッとして、なんでもないです! と取り繕った。瑠衣は以前に風の噂で聞いたことのある話だ、と言った。詳しいことはわからないという。
弦は今六人がいる舞台を見上げた。
「根拠はないが昔から舞台には魔物が潜んでいると言われてる。味方になってくれる時もあれば牙をむいて襲いかかることもある」
弦の言葉に背筋が凍る。それは舞台に立った誰しもが感じるプレッシャーや興奮、自信や欲望が混ざり合って生まれた摩訶不思議な存在。
「適度なプレッシャーならまだいい。だが東のその状態だと*ゲネプロに限らず本番で魔物に食われる」
それを聞いたハジメが六人の話の輪の中に入る。
「夜には前に話したと思うけど、舞台の魔物は必ず君達に牙をむけてくる。でも今までやってきた稽古はその牙を回避するために必要になってくる。回避しながらいかに魔物を味方につけるか」
ハジメの言葉を聞いて弦以外の五人も舞台を見上げた。もしかしたら魔物は今の自分たちをじーっと狙っているのかもしれない。残念ながら目で捉えることはできない。
「みんなは魔物を絶対に味方につけると僕は信じてるよ」
ハジメはそう言った。
七海は力強く頷いた。そしてゆっくりと立ち上がる。
「弦。やろうか」
「体力は回復したのか?」
七海はさあね、と笑う。弦は嘘だと確信する。このまま走らせれば七海は明日に疲れを残す結果となってしまう。
すると、大宙が前へ進み出た。
「七海さん。最初にペースゆっくりにしてどんどんとスピードを上げていっていくのはどうですか?」
「なんでそんな・・・?」
「シャトルランの攻略法と同じことを舞台の上でやるんですよ!」
大宙の説明がいまいち理解できない七海。陸上部で日々走り続けている大宙だからこそわかるコツだ。
シャトルラン。別名、往復持久走。
20メートルの距離を流れてくる音階の中で走る種目で一定のリズムで流れる音階は一分ごとにスピードがあがる。それを何回も往復しその折り返し回数を測る。
シャトルランはスタミナが重要な鍵となる。そのスタミナを少しでも維持できれば記録はどんどん伸びるのだ。
「つまりスタミナを切らさなければいいって話だけど、どうすればいいの?」
「簡単です。止まらないことです」
「は?」
大宙の答えは単純で誰でもわかる答え。しかし、その答えが本当かどうか七海には判別できなかった。
「足を止めたら疲れがドッと押し寄せてくるんです。少しでも前へ進むためには往復のときに一回も止まらずに軽いランニング程度で疲れが軽減できて、長く走ることができるんです」
「へえ・・・」
七海はそんな声を上げるが、それはその場にいた全員も知らなかったことだ。
「全力疾走でやるのは心臓に一番負担がかかってしまうのでオススメしません。でも、軽ランニング程度ならば有効的な方法です」
それを聞いた七海は大宙に礼を言うと、弦と一緒に舞台を駆ける場面を実践する。
大宙に言われた通り、最初からフルスロットルではなくちょっとずつスピードを上げていった。
他のみんなも各自稽古へ戻る。
アドバイスをした大宙にハジメが近づく。
「よくそんなアドバイスができるね! 僕には教えられないよ。大宙、ありがとう」
「いえ。ご飯のお礼です」
「七海の?」
「はい。七海さんは俺たちチームポラリスのオカンですもん!」
大宙はそう言って笑った。大宙も稽古へ戻った。
その様子をハジメは静かに見守った。ハジメも俳優の卵のとき、舞台に潜む魔物に幾度となく牙の餌食になった。ハジメも舞台の魔物に食われるあの瞬間を忘れてはいない。
ハジメは天井を見上げた。
この子達は強いぞ。さあ、食えるものなら食ってみな・・・。
ハジメは心の中でそう叫んだのだった。
*ゲネプロ…本番間近に舞台で行われる通し稽古。最終リハーサルのこと。
最後まで読んでいただきありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏




