Practice8 スキップ&ステップ
一日にもう一度更新するなんて思いもしませんでした。今日は調子がいいらしいです。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏
Practice8 ステップ&スキップ
本番まで残り稽古2回。
チームポラリスも真剣そのものだ。それと同時にハジメの指導にも自然に熱がこもった。
「弦! 表情をもう少し!」
「はい!」
「七海! 足の先、指先まで神経を尖らせて! バレリーナのように!」
「うん!」
ハジメの激が飛ぶ。劇団員たちはすぐに修正を入れる。時間がかかってちょっとずつ修正を加えていく。舞台の上での稽古では靴の滑る音、息遣い、裸足で擦れる音---。「音」一つだけでも種類がある。
激しい稽古が続き、休憩時間に入る。全員が息を切らし、飲み物をがぶ飲みする。
すると痛っ! と声がした。振り返ると七海が足を見つめていた。大宙が近づくと、七海の足は床で完全に擦れて皮膚が剥けてしまった。あの時とはわけが違う。まるで針山の上に立っているような痛みが七海を襲う。
「血だらけですよ?! 大丈夫ですか?!」
「クレオパトラは指先、足先まで全身系集中しなきゃいけないから、裸足でね・・・。自業自得だわ・・・」
「もうすぐ本番ですよ! どうするんですか?!」
大宙は言うが、七海は以前から皮がめくれ始めていたと釈明する。今日その限界が来て大量出血を起こしたと。
ハジメがすぐに救急箱を持ってきたその直後のことだった。七海の足首を弦が掴んだ。七海がキャッ! と甲高い声を出す。その光景は少し衝撃的で滑稽だ。
「弦さん?!」
夜が驚いている。七海は何をするんだ、と反論する。しかし弦はしばらく怪我をジーッと見つめる。ハジメは弦の横に救急箱を置いた。それに気づいた弦はハジメに礼を言うと、救急箱からガーゼと消毒液を取り出す。
消毒液が傷口に触れるとさらに傷口から全神経に痛みが伝わる。七海は顔を強張らせた。
「いっ・・・!」
「東。我慢しろ。ったく、無茶しやがって」
弦がブツブツと小言を言っている。その詳しい内容は読み取れなかったが、慣れた手つきで消毒を終わらせ、絆創膏を貼る。ただの絆創膏ではない。出血多量だったために、絆創膏も特大サイズだ。
「これで完了、っと」
「あ、ありがとう」
七海は礼を言う。立ち上がろうとして瑠衣と鈴が支える。ハジメは七海のそばまで寄る。
「七海。今日は大事を取って見学だ」
「で、でも」
「本番で何かあったら困る。七海は頑張ってる。誰も責めない」
確かにハジメの言う通りだ、と七海は思った。すぐに靴下を履いて靴を履き、客席に座ってみんなの稽古を眺めた。
休憩時間には「大丈夫ですか?」と集まってくれる。
「大丈夫だよ」と言うまでがお約束だった。
すると客席にある扉が思い切り開いた。振り返るとそこには管理人がいた。
「どうしました?!」
「た、大変です!」
管理人の焦りように全員が息を飲む。何か知らないところで大惨事が起きたのか、それともハジメのことで何かあったのかも、と様々な人が思いを巡らす。
「これを見てください!」
管理人が持っていたのはノートパソコン。客席の通路を通り、それをハジメたちに見せた。パソコンの画面を覗き込むように見ると、そこには数字が映し出されていた。
「旗揚げ公演のチケット完売いたしました!」
一瞬時が止まる。
「今、なんて?」
「だから! チケットが完売したんです!」
全員の中に湧き上がる嬉しさ。数秒後に遅れて全員が嬉しさを爆発させた。大宙は体全体を使って喜びを表現した。
「やったね!」
「ねっ!」
鈴もガッツポーズをして喜びを表現した。夜も瑠衣も喜びに満ちている。
弦も嬉しさのあまり拳を強く握りしめていたが、七海だけはただ呆然としていた。呆然としている七海にハジメが聞く。
「七海。嬉しくないの?」
「いや・・・、嬉しいよ。でも、同じくらいプレッシャーが・・・」
七海の言葉は非常に重いものだ。チケット完売、言い換えれば満員御礼。多くの観客がチームポラリスの舞台に期待を寄せているということだ。プレッシャーは計り知れない。
「七海もみんなも頑張ってるんだ。むしろプレッシャーを楽しんだほうがいい。押し潰されないようにするおまじないだ」
七海はありがとう、と呟いた。
ハジメは手をパン! と叩いた。
「さ、稽古を再開しよう。止めたところから始めよう。そして、七海。君は見学だよ。いいね?」
「はーい」
七海はハジメに返事をした。少し悔しい気持ちではあるが、ハジメの言う通りである。今自分が無理を承知で舞台に立てば、一瞬で血に染まる。
七海は客席に座って見守る。膝には先ほどのパソコン。ディスプレイに表示された「完売」の文字を見て笑う。
目の前にあるのは夢ではない、現実だ。
プレッシャーが嘘みたいに引いていく。むしろワクワクする気持ちが湧き上がる。管理人も客席に座り稽古を見守る。
「この劇場に人がいっぱい入るなんて、何年ぶりだろう」
「私たちがその記念すべき出来事に加担しているなんて、なんだが照れくさいです」
七海がそう言うと管理人は舞台で稽古を始めている弦達に視線を移す。最前列の客席には役者の息遣いが直に感じることができる特別席。
弦の息切れの音。凜がドリンクを飲んで喉が震える音。瑠衣が激しく動いて稽古着が擦れる音。夜が足音を殺して歩いているがわずかに聞こえる音。それとは逆に大宙の靴がキュッと舞台の上で擦れる音。様々な音がその場を作っている。
「頑張ってくださいね」
「はい、頑張ります」
七海はそう答えた。といっても動けない七海は特別席から一人、役者の発する生きている音を楽しみながら稽古を見守っていたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏




