Prologue1 夢の続き
新しく投稿させていただきます。
かわらずに不定期更新とさせていただきます。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏
Prologue1 夢の続き
「今日は空が一段と綺麗だ」
東京の都心近く、しかも比較的緑化政策が進んでいる地域に宮原ハジメはいた。ハジメは大きなキャリーケースを持ち、キャリーの上に大きなボストンバッグを乗せてある目的地に向けて歩いていた。
都心から離れてやってきたのは大きくも寂れてしまった劇場。そこには人ひとりいない寂しいものだ。ハジメは劇場の関係者通路から中へ入る。中に入るとそこにはかつての名声を物語る演目ポスターや看板俳優の宣伝ポスターが貼られたままだった。
「なかは意外と大きいんだな。時間はかかるけど掃除をすればなんとかなるかな」
ハジメはそう言うと、目玉である舞台へ向かう。
やはりホコリをかぶっている。驚いたのは演出機材が全部古く買い替え必須だと思っていたが全てが現代に近いほぼ最新式のものだった。
「最新式ってことは今までに誰かここで公演をしたんですか?」
ハジメは一緒にやってきた劇場の管理人に聞いた。すると管理人は汗をぬぐいながら、言う。
「ああ、二年前くらいかな・・・、使ってくれたよ。でもそれが最後だったかな・・・。久しぶりの公演だったからこちらもいいものを使ってもらおうと思って全て最新式のものに変えたんだ。でも結局は宝の持ち腐れになってしまいそうだがな」
ハジメは手を握る。ハジメには夢がある。その夢を諦めたくなんかない。見た目は優しそうな草食系なのに中身は熱血な男。俗にいるロールキャベツ男子というやつだ。ハジメは目に意思を強く持ち口を開いた。
「この劇場、借用できませんかね?」
「借用? 買取とかではなく?」
「僕、お金ないんで・・・。でも新しい劇団を立ち上げたいと思うんです」
「劇団? 宮原さんとあろう人がですか? あなたはドラマや映画、舞台に引っ張りだこの人気俳優宮原ハジメさんでしょ? どうして引退なんかしちゃったの、まだまだこれからでしょ〜に」
ハジメは痛いところを突かれた。実はハジメはドラマや映画、舞台と活躍した伝説的舞台俳優。その演技力は多くの演出家から好評を頂くほどの実力で、ハリウッド近しと期待されていた。
ところが突如として現役引退を発表し世間を騒がせた。多くのマスコミが様々な憶測をし、言及を要求するもハジメ本人は決してその理由を語ろうとしなかった。それでも演劇の才能や想いはそう簡単に消すことはできなかった。劇場を訪れたのは「夢」を何かに託したいという想いからなのかもしれない。
「でも人集めなきゃいけないでしょ? それはどうなんです?」
管理人から聞かれハジメは苦虫を噛んだような顔をして話す。
「実は、スタッフさんはこちらから声をかけてなんとか確保はできたんですけど、役者が・・・」
「役者さん集まらないの?!」
管理人が驚いている。裏方スタッフが集まってくれても、肝心の役者がいなければ話にならない。だからと言ってハジメが舞台に立つわけにはいかない。
宮原ハジメ、夢へ挑む前に立ちはだかる最初の壁にぶち当たった。なんとか役者を集めようと募集をかけることにした。残念なことにハジメは機械音痴。パソコンといった機械類は壊滅的にダメだ。
情報社会の今日に至ってはアナログではあるが手書きのチラシを作り、それを大量にコピーして劇場の前に貼ったり、配ったり、はたまた近所のお店に頼み込んで貼ってもらうことを行った。
新劇団発足! 役者募集!
募集要項 身体的・精神的に健康な男女。未経験者歓迎。経験者も可。演劇をやりたいなと少しでも考えている人。
希望する方は主催の宮原までご連絡ください。
必要事項を書いてハジメ自ら町へ繰り出し、配り続ける。
劇団の拠点となる星川町は比較的のどかで落ち着いている町だ。人々も穏やかで基本的に優しい。劇団の拠点である劇場はかつて日本を包み込んだバブル景気の影響を受けて建設、そして演劇ブームを受けて数々の演目が上演されてきた。
古典演劇から日本舞踊などの伝統芸能、最近生まれた新進気鋭のミュージカルなど様々な演劇を見守ってきた。しかし、バブルは崩壊し人の影もなくなっていく。星川町に若者がどんどんと減り、公演を行う劇団も極端に少なくなってしまった。
そんな場所で役者など集まるのだろうか、と不安になる。しかしハジメは諦めない。せめて一人は役者を確保したい。公演ができる人数になるまで徹底的に教えられるからだ。
無理やりにこじ付けた言い訳を胸にハジメはチラシを配り続けた。もちろん、かつての大スター「宮原ハジメ」の名前を伏せて---。
そのチラシは星川町中を駆け巡り、小さな話題になった。しかも拠点は栄光の光を失ったあの劇場。劇場の名前すらも歴史の溝に埋もれた。名前のない劇場で新しい劇団が発足するという噂は町中を駆け巡った。
そのチラシを受け取った青年がある決意をしてチラシに印字された地図を頼りに歩き出す。
星川町にあるお弁当屋さんでも動きがあった。ちょうどお昼時、お弁当屋の電話がけたたましく鳴る。受話器を取った人物の声が聞こえる。
「はい、東弁当です。はい、コロッケ弁当一つですね。お届け先は如何しますか? はい、はい・・・、かしこまりました。ではすぐにお届けに参ります」
しっかりした女性の声だった。電話を切ると女性は言う。
「出前入りました! コロッケ弁当一つ!」
女性は着けていたエプロンを脱いだ。腰にポシェットをつける。そしてスニーカーの紐を結い直す。そして出来立てのコロッケ弁当を包み、それをクーラーボックスへ入れてそれを肩から下げた。
「いってきます!」
女性が弁当を届けるために店を飛び出したのだった。
ハジメはひとりで劇場清掃をしていた。長い間人の影を失った劇場は埃まみれだ。ハジメは汗を流しながら埃を一掃していく。
あらかた掃除が終わっているとはいえこのままでは時間がかかりすぎる。早く入団希望者から連絡がこないかとソワソワする。
ハジメは一休みをするために舞台に座った。お客のいない舞台はなんだか寂しさを与える。今まで立ってきた舞台は満員御礼。空席など決してなかった。ハジメは息を吐く。
「いつか、この客席を満員にしてみせる・・・。それが僕の、夢・・・」
人気絶頂のハジメが俳優を引退した真意を誰も知らない。知るのは彼だけだ。多くは語らないが「夢」だけは持ち続けているらしい。
すると管理人がハジメを呼んだ。
「若い人が来てますけど」
「若い人?」
ハジメが劇場のロビーへ向かう。少し大きめのロビーのソファにひとりの青年が腰掛けていた。黒いジャケットを着ている。ハジメが青年に声をかけた。
「あの、何かご用でしょうか?」
すると青年は手に持っていた紙を見せる。その紙はハジメが手作りした役者募集のフライヤーだった。ハジメはドキッとする。心のどこかで生まれる淡い期待。
「俺は役者をやりたいんです。俺を団員にしてください!」
ハジメは驚いた。青年は役者を目指し、ハジメのフライヤーを見てここまでやってきたのだった。青年はハジメに深く頭を下げた。
「オーディション、受けさせてください!」
ハジメはニッと笑った。青年の肩にハジメが手を置く。青年が顔を上げるとハジメの笑った顔が映る。一体どういうことなのか分からなかったがなんとなく気持ちを察せる。
「オーディションはなしだ。君を役者として受け入れよう」
「ありがとうございます!」
青年は勢い良く頭を下げて感謝を述べた。ハジメはここで自分が「宮原ハジメ」であることを明かす。青年は驚いた。有名な俳優を目の前にして驚きと震えが止まらない・
ハジメは青年に手を伸ばす。
「君を歓迎するよ」
「ありがとうございます! 俺、山崎弦と言います。これから宜しくお願いします!」
ハジメの劇団員第一号である弦が加入した。フライヤーを配って数時間後に起きた。これは幸先がいい。しかし弦ひとりだけではどうしようもないため、しばらくは舞台掃除などをすることになる。
するとロビーの扉が開いた。
「こんにちは! 東弁当です! コロッケ弁当をお届けに参り・・・ました?」
弁当を届けに来た女性がポカンとしている。ハジメと弦が固い握手を交わしている様子だった。女性は場違いだと気付き謝罪をする。
ハジメも一緒に頭を下げた。女性はクーラーボックスから弁当を出し、代金をいただく。女性はロビーを見上げた。
「星川町にこんなところがあったなんて知らなかった。舞台の世界は絶対に届かない夢だと思ってたわ」
女性の口から知らない内に言葉が溢れてくる。その様子を見てハジメはピンとくる。女性が店に戻ろうとしてロビーから出て行こうとするとハジメが引き止める。
「あの、もしよかったら僕の劇団で役者をやってみませんか?」
「・・・は?」
女性はさらに驚いた。弦も驚いている。実質的なスカウトだ。しかし、女性は戸惑っている。女性は自分は演劇などやったことがないし、舞台すら見たこともない、自分はお弁当屋で働いていてそれとの両立が難しい、と言った。
しかしハジメはどうしてもつかんだチャンスの糸を手放したくなくて必死に女性を説得する。
「新しい劇団では経験も経歴も関係なく、いろんな人を巻き込みたいんだ。それは君にも権利はある。どうかな?」
ハジメはそう女性に告げた。
するとハジメのまっすぐな眼差しに女性も次第に心を開いていく。女性は考えておきます、と一言。仕事があるからと店に戻るという。ハジメは礼を述べる。最後にハジメは名前を聞いた。
すると女性は振り返って言った。
「私の名前は東七海といいます。では」
七海は一礼を済ませると劇場の扉を開けて帰って行った。弁当屋に戻る途中で七海は劇場を見上げた。
「演劇か・・・」
演劇という未知のものに無意識に心躍らせた。七海は知らないうちに軽い足取りで弁当屋へ戻っていった。
弦は楽屋へ案内された。楽屋はたくさんあり、その一つをハジメが住まいとして使っている。空き楽屋に弦は荷物を置いて舞台へ案内された。
「すごい・・・」
弦は息を飲んだ。
まだ掃除段階ではあるが、たくさんの客席に大きな舞台、立派な設備。このような場所を拠点にできると考えた時身が引き締まり、そして心が躍った。
「弦。これからよろしく頼むよ」
ハジメと弦が握手を交わした。弦はよろしくお願いします、と礼をした。その時、劇場の扉が開き、管理人が顔を出した。少し慌てた様子でハジメと弦に近づいてきた。
「どうしました?」
ハジメが理由を聞くと管理人はハジメを弦もろともロビーへと連れてきた。言葉で説明するよりも見た方が早いということだ。
ハジメと弦がロビーへやってくるとそこにはそこには男子二人、女子一人がウェイティングソファに座って待っていたのだ。よく見れば男子一人、女子一人は制服姿であった。デザインが全く違うので高校は違うのではないかと推測を立てる。
女子は茶色の生地に黄色などの線が入ったチェックのスカート、胸元にはリボン、白いカーディガンを着ていた。髪の毛はショートヘアでどこか活発な印象を持つ。
もう一方の制服を着用している男子は紺色のズボンに赤いネクタイ、手には上着を持っていてワイシャツ姿で待ち続けていた。
残りの男子は私服姿。見た目的には高校生ではなさそうだ。大学生の雰囲気を醸し出す。見た目は本当に温厚で喧嘩を好まない平和主義が垣間見えた。
どこかしらが違って見える三人ではあるが共通していることは緊張していること。表情は固く相当緊張していることが汲み取れた。
「お待たせしてしまい、すいません」
ハジメが声をかけると三人とも一気に立ち上がり挨拶をする。ハジメも挨拶をする。
「僕が劇団主宰の宮原ハジメです」
ハジメが名前を出した瞬間、どよめきが走る。口々に呟いた。
「宮原ハジメって・・・」
「俳優の?!」
こういう反応になることはある程度想定内だ。ハジメは三人に入団オーディションをすると伝えた。その瞬間、ハジメを見て驚いていた表情とは真逆に不安の表情になる。
「三人とも演劇未経験だと思うのでそこまで不安にならないでください。プロのような演技や技術は不要です」
ハジメはそう言うがやはり一度抱いた大きな不安はそう簡単に拭えない。不安を抱えながらハジメは三人を連れて劇場の中へ入っていった。
大きな舞台に三人は言葉を失った。
「少しエチュードをしてもらうよ」
三人はポカンとしている。演劇用語がわからないようだった。それを見かねた弦が口を開いた。
「エチュードは即興劇のことだ。今思いついたままに演じるってことだよ」
それを聞いて緊張でさらに固くなる。弦が知らないうちに三人にプレッシャーを与えてしまったことは確実だ。
「気楽にやってください。今回は物を渡すのでそれを使ってエチュ、じゃなかった・・・、即興劇をやってください」
ハジメが言い直した。
三人ははい、と返事をした。
早速、入団オーディションを始めることになった。
最初に舞台に立ったのは私服姿の男子だった。ハジメは名前と学年などを始める前に言うように指示を出す。
「桜田夜です。大学二年生です。よろしくお願いします!」
夜が挨拶をするとハジメから受け取ったのは小さなペットボトルだった。
ペットボトルとしての機能を果たすエチュードをしてもいいがそれ以外のものにたとえてもいいという縛りだ。
「では始めてください」
ハジメが手打ちをする。その瞬間夜はペットボトルを持って舞台袖まで走る。ハジメはん? と首を傾げるがすぐに夜の行動はすぐに解決した。
舞台袖から少し慌てた様子で舞台センターへやってきた。
『あ〜、怖い緊張する・・・。でも、僕の歌でみんなを笑顔にするって夢が叶うんだ! ここで尻ごみなんてできない・・・』
夜の口から出たのは自分自信を震わせる言葉。
それを聞いたハジメは思った。
なるほど・・・。ペットボトルをマイクに見立てるとは。上等だ・・・。さあ、どう持っていく?
ハジメがそう思っていると夜は息を吸って口から歌が溢れた。その瞬間、ハジメは前のめりになった。夜の声量が予想以上にあることだった。少し動いてもなかなかブレない音程、そして変わらない声量。
どうやって鍛えたのか分からないくらいの大きさだ。
そしてハジメは手打ちをしてエチュードを終わらせた。夜は少し肩を動かして呼吸を整えていた。夜からペットボトルを受け取ると客席に座るように指示を出した。
夜の次は男子高校生だ。
「黒川大宙です。高校二年生です! 部活は陸上部です!」
大宙は言った。
早速ハジメは大宙にバインダーを渡した。最初の夜といい未経験ならではの発想を期待していた。運命を分けるオーディションであるにも関わらずハジメは楽しくて仕方がない。
オーディションが楽しいだなんて今は口が裂けても言えない。
「はじめ!」
ハジメが手打ちを始めた。大宙はバインダーを抱えて走り出した。
『すいません! 今回の件をどう思いですか?! 一言だけでもお願いします!』
政治家か何かを体当たりで取材を行う新聞記者を演じているようだ。ハジメを驚かせたのはその後。見た感じの設定ではその政治家にはたくさんの新聞記者が詰めかけ、おしくらまんじゅうのような状態。
大宙はそのおしくらまんじゅうに負けて外へ放り出される。その時の体勢の立て直しが素早く、そして息も切らさない。どんな体勢であってもすぐに起き上がって詰めかける。バインダーに書き込み取材を続ける体当たり取材。
もう一歩のところでハジメの手打ちが入り、エチュードは終了した。
大宙も礼をして席へ戻っていった。
最後は男性陣よりも少し小柄な女子高生だ。舞台の上に立ち名前を名乗る。
「及川鈴といいます。高校一年生です」
「あれ? 部活はしていないの?」
「あ・・・、私バイト何個も掛け持ちしているので部活はできないんです」
鈴は少し照れたように頭をかいた。ハジメから受け取ってのはスマートホンだった。ハジメは手打ちをして鈴が少し慌てたようにエチュードを始める。
スマートホンの画面を見て耳に当てた。
『もしもし?! うん、うん・・・。そう・・・、よかった・・・。何時から会えるの? 午後面会なんだ・・・。じゃあすぐに・・・、無理なんかしてないから。安心して。じゃあね』
安堵の表情をする鈴。スマートホンを家族か誰かの安否情報を聞いてホッとした人を演じているようだ。演技力はまだまだであるがこれは伸び代が期待できると踏んだ。
ハジメは手打ちをして鈴のエチュードを終了させた。
こうして三人のオーディションは終わった。ハジメは三人の元へ向かい、お疲れ様でしたと労いの言葉をかけた。そしてすぐにオーディション結果を伝えたのだった。
「今回のオーディションですが、全員合格です!」
一瞬時が止まったように感じた。ハジメの言葉がなかなか受け入れられないようだ。夢なのかと錯覚してしまう。
「合格?」
「君たち三人を劇団員として歓迎します」
ハジメがそう言うと三人は思わずやったーっ! と手を重ねた。ハジメは笑った。フレッシュな三人が入ったことで劇団は活性化すると踏んだ。
夜、大宙、鈴は早速ハジメに礼と挨拶、そして先に劇団に入っていた弦に頭を下げて挨拶をした。三人は順番に弦と握手をした。
集まった劇団員は計四人。実際には七海にもスカウトをしている。彼女の返答次第では劇団員が増えるか現状維持か決まる。
こうした怒涛の一日が終わった。
劇団員たちは帰宅の路につき、ハジメは楽屋に敷かれた布団に横になっていた。
ハジメの企画はうまくいったとはまだ思えない。劇団員が四人ではまだ不十分な気がしている。もう少し集めようと考えた。
「誰かいないかな・・・。もう一人・・・」
ハジメがそう呟き、眠りについたのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏