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その手に取るもの  作者: 佳景(かけい)
5/22

諍い

ご注意下さい!!

この物語には女体化、百合、露出プレイ(精神体なので、脱いだりはしません)といった要素が出てきます。

大丈夫という方のみ本編へどうぞ。

――御前試合だと?


 魔王は精神を介して、概念で神にそう問い返した。


 ここは黒水晶でできた城の最深部にある魔王の居室。


 居室と言っても調度どころか、天井や壁、床すらもない、ただ虚ろだけが広がるだけの場所だ。


 今でこそこの世界の外側にはこうして城が存在しているが、本来ここは光も闇もない茫洋とした空間しかなく、この居室と他のいくつかの部屋だけが本来の在り方を留めている。


 この城がある領域全ては自分の一部だが、慣れ親しんだ有り様の方がやはり落ち着いた。


 仮初のこの体に空気は必要ないため、この部屋には普段空気を通していないし、重力すらもないが、今は紅玉めいた色を楽しみながら赤ワインを飲んでいるところなので、どちらも初めからそこに在ったような自然さで存在している。


 味覚がなくとも、肉体を持つ者のように飲み食いするのはちょっとした娯楽になって良かった。

 

 透明な水晶のグラスを片手に虚空に腰掛けた魔王のすぐ側には、神が佇んでいる。

 

 足元まで伸びた、絹糸を思わせる白く美しい髪。


 真珠のように滑らかで艷のある白い肌が作る面差しは、化粧を施していなくともあまりに完璧で、ただそこにいるだけで辺りが清められていくような美しさだった。


 抱き締めたら折れそうに華奢な体を包む純白のドレスの豊かな胸元を、薄紅色の石と長い飾り布が飾っている。


 その背には白く大きな二枚の翼が折り畳まれていた。

 

 神はわずかに目線を上げて、グラスの中のワインを揺らす魔王を見ながら言う。


――お前がここに引き篭もってばかりで、まともに顔を合わせることもないから、一度きちんと配下である自分達の力を示しておきたいのだそうだよ。

――見え透いているな。どうせ体のいい見合いの場を設けたいだけだろう。


 魔王は神の言葉を一笑に付した。


 王位に就いてからというもの、配下の有力者達が娘を妃に薦めてきていて、神を娶った後も側室に迎えて欲しいという申し出が幾度もあった。


 娘を使って自分に取り入ろうという魂胆があまりに露骨過ぎて、その手の話はもう聞きたくもない。


 配下達は原則一夫一妻制ではあるものの、十位以上の実力者は五人までの伴侶を持つことを許されているため、神と婚姻関係を結んでからも持ち込まれる結婚話は一向に減らなかった。


 少し前までは神も同じような状況だったのだが、神の方は婚礼の儀を境にぱったりとその手の話は来なくなっている。

 

 夫婦どちらもが十位以上の場合は重婚も行われているので、神が他の伴侶を持つことに何の問題もない筈だが、自分の不興を買うことを恐れているのだろう。


 神は何も悪くないとはいえ、自分ばかりが面倒な思いをしているのは少々面白くなかった。

 

 魔王は膝に頬杖を付いて、不機嫌に言う。


――我に出席するつもりはないぞ。ただ眺めているだけでいいのなら、其方一人で問題ない筈だ。

――でも裏の理由はともかく、表向きには王であるお前に力を示すのが目的なのだから、お前が出席しない訳には行かないよ。

――断る。我が公の場に出るのが好きではないのを知っているだろう。


 目立つこと自体は嫌いではないが、恋慕や憧れを込めた眼差しで見られるのはどうも鬱陶しくて好きになれなかった。


 極力公の場には出たくない。


 公の場どころか、城にいる時は大抵居室や宝石の保管庫といった私的な場所に引き篭もって、配下達の前には姿を現さないようにしていた。


 それらの部屋には扉を創っていないため、配下達に部屋を出入りされることもない。


 政は基本的に配下の裁量に委ねているし、上申すべきことがある時はほぼ毎日配下達と接触している神を通すように言ってあるので、少なくとも現状において不都合は特になかった。


――嫌なことを無理にさせるのは私としても本意ではないけれど、もう好悪だけで気楽に物事を決めていい立場ではないよ。王になった時に、どうしてもの時はちゃんと行事に出席してくれると言ってくれたじゃないか。

――これが『どうしても』と言う程重要な行事か? ただ延々と連中の面白くもない手合わせを眺めるだけで、我が出席しなければならない道理がどこにある?

――道理ならあるよ。お前は王で、これは皆にとっては名誉あることなのだから。

――知ったことか。つい先日、婚礼の儀で衆目に晒される不快感に耐えたばかりだぞ。

――今回やめさせても、どうせ別の名目でお前を引っ張り出そうとするだけだよ。この際、自分の口できっぱり「側室は置かない」と言ったら? お前が引き篭もっているのをいいことに、連絡役である私が持ち込まれる話を握り潰していると思っている者もいるようだし。

――邪推したい者にはさせておけ。そもそもこの城は我の一部である以上、この姿の我がその場に立ち会わずとも全て見えているのだから、出席しなくても何の問題もないだろう。

――見ていればそれでいいというものではないよ。わかるだろう?

――生憎と、さっぱり理解できぬな。


 白々しく嘯く魔王に、神は苛立ちを隠そうともせずに言った。


――全くお前ときたら、本当にああ言えばこう言うね! もういい加減にしてくれ!


 神の力が動いたのを知覚すると同時に、魔王は神が創った球体に閉じ込められた。


 空間が完全に外と断絶しているため、空間を跳び超えることはできず、球体を破壊しなければ外には出られない。


 だが球体に力をぶつけてみても、一撃では壊し切れなかった。


 最大一割の力しか使えない自分と違って、神は持てる全ての力を一時に発現させることさえできる。


 今は球体に五割の力を使っているため、後四回力をぶつけないと破壊できないが、神はその前に居室の空間と壁を打ち壊して、魔王を廊下に放り出した。

 

 魔王はワインが床に溢れる前にグラスごと消すと、裾を払って廊下に降り立ち、背後の神を切れ長の瞳の端で捉えて言う。


「ふざけるなよ、この粗忽者が……!」


 精神の繋がりがとうに切れていたこともあり、魔王は配下達が使う音声言語を使った。


 辛うじて、まだ怒ってはいない。


 怒ってはいないが、意に反して強引に部屋から引き摺り出されたとあっては流石に怒る寸前だ。


 自らの居室を配下達のそれから離れた場所に拵えておいて良かったと、つくづくそう思う。


 こんな醜態を見られようものなら、もう自死するしかなかった。


「今すぐ城から叩き出してやろうか?」

「お互いが上手くやっていくためには別居というのも一つの手だとは思うけれど、元々はお前が駄々を捏ねたからだろう? でなければ、私だってこんな荒っぽいやり方をしようとは思わなかった。お前は出席すると皆に言っておくから、また同じ目に遭いたくなかったら、当日は素直に部屋から出てくれ。配下達の前に引き摺り出されたいなら、話は別だけれど。ではね」


 神は言うだけ言うと、長いドレスの裾を捌きながら自身の居室へと向かい始めた。


 魔王はその背中に射るような眼差しを向けていたが、騒ぎを聞き付けた配下達が近付いて来るのを感知すると、壊れた居室の壁を修復して空間を超越し、居室の中へと戻る。


 虚空に腰を下ろして再び創出したグラスにワインを注いでいると、少し気持ちが落ち着いてきて、これからのことを考える余裕が出てきた。

 

 神は本当に自分を引き摺ってでも御前試合に連れ出すだろう。


 こうなったら出席するしかないが、しかし配下達の思い通りに事が運ぶのはどうにも癪だった。

 

 さて、どうするか。

 

 グラスを傾けた拍子にふと浮かんだ思い付きに、魔王は満足して唇の端をわずかに吊り上げた。

 


 



 御前試合当日。

 

 魔王は迎えに来た神と居室で向かい合った。

 

 喧嘩と言うか、先日の件を自分が一方的に根に持っている状態が続いているので、いつでも音声言語が使えるよう、このところ部屋には空気を通したままにしてある。

 

 招き入れた神はいつも通り化粧っ気はなかったが、普段より着飾っていた。


 純白のドレスは裾が二段になっていて、短い方の裾は優美な襞を細かく描いている。


 もう一つの裾は身長よりもかなり長く、緩やかに虚空に広がっていた。


 豊かな胸元を飾る薄紅色の大きな石からは、同じ色の小さな石を連ねた二本の飾りが左右に伸びている。


 いつもと違うそのドレスは、しかし神によく似合っていた。

 

 神は魔王を見て少し意外そうな顔をしたが、すぐにくすりと笑みを漏らして言う。


「考えたね」


 魔王は艶やかな紅を引いた唇を引いて笑みを作った。


 普段は背に流している濡れたように光る長い黒髪は、頭上で一つに纏めて大輪の薔薇を象った深紅の水晶で飾っている。


 裾の長い黒衣は、今は漆黒のドレスになっていた。


 神よりも少し背が高い、ほっそりとした肢体を包むドレスは肩が出る意匠で、豊かな胸元も大きく開いている。


 だが裾が透ける黒い外套を羽織っているため、それ程肌を晒している訳でもなかった。


 細い腰には赤い水晶を嵌め込んだ銀のベルト。


 右手に嵌めた指輪の石も今日は赤かった。


 ドレスと外套の裾は身の丈よりも長く、虚空を黒く切り取っている。


 いつもと変わらないのは肌の白さと虹彩まで黒い瞳、黒く長い爪に背中の蝙蝠めいた黒い二枚の羽だけだった。

 

 女の姿をした魔王は、赤い唇をゆっくりと動かして言葉を紡ぎ出す。


「どういう姿で出席するかに関しては特に指定がなかったのだから、この姿でも構わぬだろう?」


 低く落ち着いた、美しい女の声で魔王が問うと、神は鷹揚に頷いた。


「皆は当てが外れて不服だろうけれど、私としてはきちんと出席さえしてくれればそれでいいよ。そのドレス、お前によく似合っているしね」

「其方も美しいが、仮にも女の姿をしているなら、公の場に出る時くらい紅の一つも刷いたらどうだ?」


 魔王が当てつけがましく自らの赤い唇に触れながら言うと、神は少し不愉快そうに眉を寄せた。


「余計なお世話だよ。化粧は好きじゃない」


 神はすぐに気を取り直すと、眉間の皺を消して言った。


「そろそろ時間だよ」






「王并びに王妃様、ご入来!」

 

 大広間に配下の声が響き渡るのを待ち、魔王は神を伴って空間を跳躍した。


 黒い鏡にも似た黒水晶が作る部屋は立ち回りをするには十分過ぎる広さだが、観覧席も設けているため、実際手合わせをする者達が使えるのは床面積の六割程度だ。


 そこをぐるりと囲むように見下ろす席が、すり鉢状に並んでいる。


 席はほぼ埋まっていて、高い壁を刳り抜いて作られた特別席に現れた神と魔王に、配下達が歓声と戸惑いの声を上げた。


 先に特別席に来ていた十位以上の配下とその娘達も多かれ少なかれ困惑の面持ちで席を立ち、一様に礼を取る。

 

 肉体を持たない者にとって外見上の性別など無意味だが、肉体に性別を固定されている配下達が、男の姿ではなく女の姿で現れた自分に戸惑うのも無理からぬことだろうと魔王は思う。


 配下達が力を知覚できなければ、まず同一人物だとは思われないだろうが、そうではないし、有する力の質は個々で異なるものだ。


 個人を特定する上でこれ以上の決め手になるものはないため、普段と違う女の姿をしていても、別人だと疑われることはまずなかった。

 

 魔王が仕方なく手を上げて配下達に応えていると、隣でにこやかに手を振る神が精神を繋げて注意してくる。


――表情が硬いよ。せめて少しくらい笑って。

――媚を売るのは性に合わない。少なくとも、不機嫌そうな顔はしていないつもりだが?


 魔王は言葉ではなく概念で答えながら、神の精神の奥へと己のそれを滑り込ませた。


――ちょ、ちょっと、困るよ。こんな所で……。


 神が落ち着きなく視線を彷徨わせながらそう言った。


 自分達のような精神体にとって、精神の深淵を晒すことは肌を晒すようなものだ。


 とはいえ配下達にはまず何をしているかわからないので、気にする程のことでもないと思うのだが、神にとってはやはり恥ずかしいらしい。


 細い眉を寄せて困ったような、縋るような目で見てくる神はいつになく可愛らしく、もっと困らせてみたくなった。

 

 魔王が更に深く神の内へ潜ると、神が少し怒って言う。


――やめてくれ! 皆に気付かれたらどうするんだ!

――全ては心の内で起こっていることなのだから、どうせ誰も気付かない。其方が平静を装ってさえいればな。面白くもない場にわざわざ出てきてやったのだから、少しくらい楽しませてもらってもいいだろう?

 

 神は何事も起こっていないかのように手を振りながら、魔王を心の内から締め出そうとしたが、魔王は力を発動させてあくまで神の心に居座った。


 神は一度に総量の一割より細かく力を使うことができず、しかもその一割を解き放つだけで星一つを破壊してしまうため、配下達の前では力を揮うことができない。

 

 神が抵抗らしい抵抗ができないのをいいことに、魔王は次々に神の記憶を開き、感情と思考を貪っていく。


 干渉に耐えかねた記憶の一部が砕けて消え、神が苦痛を覚えるのを感じたが、同時に甘やかな快感も伝わってきて、魔王は構わず神の精神を蹂躙した。


 神はあくまで快楽には溺れまいと、魔王の深きへ入り込むことなく、絶え間なく己を晒されていく快感に心を震わせながらじっと耐えている。

 

 魔王が神の精神を思うがままに弄んでいると、配下達の中で最も強い力を持つ一位の男が歩み寄ってくるなり、恭しく一礼して言った。


「王と王妃様におかれましては、ご機嫌麗しく存じます。わざわざのお運び、恐悦の極みでございますれば――」


 魔王は長くなりそうな男の口上を冷ややかに遮った。


「挨拶は要らぬぞ。それより早く始めろ」

「御意にございます。それでは、どうぞお席へ」


 男が最前列の席を手で示してそう促すと、魔王はドレスの裾を優雅に揺らしながら天鵞絨ばりの上等な席に腰を落ち着け、神もそろそろと慎重な足取りで隣の席に腰を下ろした。


 何をしたところで力さえ満ち足りていれば、腰砕けになって歩けなくなったりはしないが、気取られることを恐れるあまり、ひどく慎重になっているのがわかる。

 

 魔王と神が座に就いたのを確かめると、男は欄干の前に進み出てて、居並ぶ配下達に朗々と宣言した。


「これより、御前試合を開始する! 審判が勝負ありと判じた時、もしくはどちらかが「参った」と口にした時に勝負は決するものとする! 飛び道具を含めて武器の使用は構わないが、相手を殺すことは禁ずる! 立ち回りは床の上でのみ行い、観客を決して巻き込まぬように! 各々、持てる全ての力を王の前に存分に示すが良い! 準備ができ次第、第一試合を開始する!」


 男は声の余韻が完全に消え去るのを待って配下達が動き出したのを確認すると、魔王に向き直って躊躇いがちに切り出した。


「失礼ながら、一つよろしいでしょうか?」

「何だ?」


 魔王が神の感情を撫ぜながら平然と問い返すと、男が再び問いかけてくる。


「そのお姿は如何なされたのでございますか?」

「少々ドレスに袖を通してみたくなったのでな」


 魔王は唇にわずかに笑みを乗せてそう答えた。


 嘘ではない。


 ドレスには男物の服にはない華やかさや美しさがあるので、その内一度着てみたいと思っていたのだ。わざわざ今日着たのは勿論嫌がらせだが。


「大変よくお似合いでございますよ。王妃様も実にお美しい」

「世辞なら我等にではなく、奥方達に言ってやるといい。女は愛する男に賛美されてこそ、美しく輝くものだろう」

「仰せの通りですな。私めの娘共にも、是非王からお褒めの言葉を賜われればと存じますが」

「其方には今の我が男に見えるのか?」


 魔王が皮肉げに赤い唇を歪めて見せると、二位の女――一位の男の細君がしゃしゃり出てきた。


「まあまあ、そうつれないことをおっしゃらずに」


 二位の女が娘達を手招きする前に、同じく一位の男の妻である八位の女が二位の女を押し退けるようにして言う。


「どんなお姿でも王が王であらせられることに変わりはありませんもの。娘達は王にご挨拶できるのを、それは楽しみに……」


 八位の女が皆まで言い終える前に、一位の男の三人目の妻である十二位の女が二人に負けじと割って入ってきた。


「王妃様には及ぶべくもございませんが、私にも自慢の娘が一人おりますのよ。是非一度ご挨拶させて頂きたいですわ」


 三人の女の間で見えない火花が散り、辺りの空気が険悪なものになった。


 たとえ自分の娘が側室に選ばれたところで、実力に応じた妻としての序列が覆る訳でもないが、自分の娘が選ばれずに他の二人の女の娘が選ばれることが余程我慢ならないらしい。


 一位の男には他にも五位と十九位の妻がいるが、その二人の間には男児しかもうけていないため、この場での争いには参加していなかった。


 そしてその夫は面倒は御免とばかりに、さり気なく女達から離れて事の成り行きを見守っている。


 一位の男にとっては選ばれるのはどの妻との間にできた娘でも構わないのだから、わざわざこんな争いに巻き込まれたくはないのだろう。


 関わり合いになりたくないのは、こちらも同じなのだが。

 

 女達の矜持と意地をかけた戦いに心底うんざりして、魔王は現実逃避を兼ねてまた少し深く神の中へと入り込んだ。


 記憶と感情と思考を滅茶苦茶に掻き混ぜてやると、強い快感が駆け抜けて、神が堪らないとばかりに魔王の腕を掴む。


 その面には隠し切れない恍惚があった。


――お願いだから、もうやめて! 何でもする、何でもするからぁ!

――何故だ? 気持ちがいいのなら、やめる必要はないだろう? もっといい思いをさせてやるぞ。

――意地悪っ!


 蕩けた面持ちを見られまいと顔を俯けた神が魔王を罵った時、審判が第一試合の開始を告げた。


 しかし、三人の女とその娘達は誰一人として試合を見ようとはしない。


 仮にも御前試合を名目に自分を引っ張り出したのだから、関心のある素振りくらい見せるべきだと思うのだが、つくづく厚顔な連中だと魔王が呆れていると、二位の女が八位と十二位の女に向かって言った。


「ねえ、このままだと埒が明かないわ。とりあえず、皆の娘を同時に王にご挨拶させるというのはどうかしら? これなら皆平等でしょう? それぞれ王にお話したいこともあるでしょうけれど、そこはまず私の娘からお話させて頂くということで」


 二人の女は不承不承ながらも頷いた。


 多少の譲歩も引き出したことであるし、これ以上ここで互いを牽制し合っていても仕方がないと判断したのだろう。

 

 三人の女は側に控えていた五人の娘達を手招きした。ドレスを摘んで足早に魔王の元へとやって来た娘達は皆決して不美人という訳ではないものの、華やぎに欠けていたり、品位に欠けていたり、神と比べると相当に見劣りする。


 それでも誰もが色目を使って自分の気を引こうとしていたが、この女の姿のせいで見事に失敗しているのを見て、魔王はひどく痛快な気分になった。

 

 ドレスの裾を摘んだ娘達が揃ってお辞儀をして見せた時、一位の男がずっと顔を俯けたままの神に尋ねる。


「どうかなされましたかな? 先程からずっと俯いておいでですが」


 神が答えるより先に、魔王が横から口を挟んだ。


「これは争い事が好きではなくてな、配下の者達が手合わせとはいえ、力をぶつけ合っているのが見るに耐えないのだろう」


 尤もらしい魔王の言葉に、神は俯いたまま小さく頷く。


「……すまないね、皆にとっては晴れの舞台なのに」


 神はこれ幸いと魔王の尻馬に乗ってそう言った。


 行為をやめさせることができないなら、この場を離れるしかないと考えているのが、繋がった精神から魔王に伝わってくる。


 好都合だった。


「我はこれと共にしばし下がるとしよう。これが落ち着いたら、すぐ戻る」

「しかし……」


 一位の男は何とか引き留めようとしてくるが、魔王は自分の腕を掴む神の手に自らのそれを重ねて言った。


「我はこういう時に伴侶を放っておく程、薄情ではないのだ。それと、我に側室を娶るつもりはないぞ。自分より美しさで劣る女を妻に迎えるのは気が重い」


 一堂に会した娘達にとってはさぞ痛烈な皮肉だったことだろうが、こう言っておけばこの女達も大人しくならざるを得ないだろう。


 この上まだ娘を勧めようとしたら、それは王である自分より娘の方が美しいと言っていることになる。


 自分に喧嘩を売りたいなら話は別だが。


「ではな」


 魔王は神と共にその場から姿をかき消した。 






 魔王は神と共に居室に下がると、嬲っていた神の精神を解放した。


 神は快楽の余韻を振り払うようにして魔王の手を跳ね除けると、険しい声音で音声言語を口にする。


「もう、本当に信じられない! 私が抵抗できないのをいいことに、あんなことをするなんて!」

「そう言う其方もつい先日、我を力任せに部屋から引き摺り出しただろうが」

「だからって、皆の前であんなことをするなんてあんまりだよ!」


 神はあんまりだと言うが、意趣返しもできた上に中座する口実にも使うことができて、我ながらなかなかの思い付きだったと魔王は思う。


 互いにいい退屈凌ぎになったことであるし。

 

 だが神は怒りが収まらないらしく、罵詈雑言を叩き付けてきた。


「馬鹿! 最低! 変態!」

「公衆の面前であれ程乱れていた被虐趣味の其方の方が、我より余程倒錯的だと思うがな」

「その公衆の面前で平然とあんな真似をしてくる加虐趣味のお前の方が、明らかに変態だよ!」

「其方を男が欲情せずにはいられないような姿にして晒し者にするという案もあったのだが、そちらの方が良かったか?」

「どうしてお前の発想は、いちいちそう厭らしい方向に向かっていくんだ!?」

「その方が其方が嫌がるだろうと思ってな。嫌がらせというものは、相手が嫌がることをしないと意味がない」


 とはいえ、これでも自重したのだ。


 神が最も嫌がることと言えば、配下や人間を目の前で大量虐殺することだろうが、意趣返しでそんな真似をするのは流石にやり過ぎというものだった。


 尤も神にとっては、公衆の面前でああいう真似をするのも十分やり過ぎということらしいが。


「私もお前への嫌がらせに、今度こそお前を配下達の前に引き摺り出してあげようか!?」

「ほう……ならばその礼に、我は其方が発狂するまで犯してやるとしよう」


 魔王は一歩も引かずに神としばし睨み合っていたが、やがて神の方が先に目を逸らした。


「……一つ、提案があるのだけれど」

「受け入れるかどうかはともかくとして、聞くだけは聞いてやろう。何だ?」

「お互いこのまま延々と報復を続けるのも不毛だから、取り決めをしない? 私はもうお前に力尽くで無理強いしたりはしない。その代わり、お前も私が頼んだ時には素直に部屋から出てくれ」


 逡巡したのはほんの束の間のことで、魔王はすぐに頷いた。


「……いいだろう」


 部屋から引き摺り出されたことに関してはまだ根に持ってはいるが、とりあえず意趣返しも済ませたことであるし、神の提案を拒否する合理的な理由はなかった。


 お互い利害は一致している。


 配下達の前に姿を現すのが気が進まないことに変わりはないが、またあんな真似をされるくらいなら、大人しく自分から部屋を出た方が良かった。


「その……すまなかったね」


 神がその白い面に少しばかりの罪悪感を浮かべて言うと、魔王も素直に謝罪の言葉を口にする。


「いや、我も悪かった」

「じゃあ、これで仲直りだね」

「ああ」


 魔王は神と淡い微笑みを交わすと、その豊満な胸を神のそれと押し付け合うようにして神と唇を重ねる。


 親愛の情を込めたそれは優しく、心地いいものだった。


 そっと唇を離すと、神は魔王の頬を細く白い指でなぞりながら、心を繋げて問いかける。


――ねえ、いつまでその姿でいるつもり?

――我としてはずっとこのままでも構わぬが、其方は嫌か?


 神は魔王の細い体の線を確かめるように指を滑らせて肩へと落とし、豊かな胸まで来ると、その柔らかさを楽しむように指の先で軽く押しながら問いに答えた。


――嫌ではないし、女の体は柔らかくていいけれど、やっぱりいつもの姿の方が好きかな。ねえ、抱き締めてみて?


 魔王は言われるままに神の背を抱いたが、大きな胸が邪魔をして男の姿をしている時程体が密着しない。


 神は少し不満そうな面持ちになった。


――やっぱり、男の姿のお前がいいな。男の体の方が抱かれた時に安心感があるし。

――では御前試合が終わったら、また男の姿になるとしよう。

――うん、そうして。


 神は満足気に微笑むと、魔王の背中をを抱き返した。


――無理に部屋から出したりして悪かったね。お前があんなに気分を害するとは思わなかったんだ。お前のことはよく知っているつもりだったから。でも、違ったんだね。

――まあ、共に過ごした時間が長かったというだけで、ただ側にいただけのようなものだからな。あれで互いを深く理解し合える方がおかしい。


 互いしかいない静けさの中で過ごした時はあまりにも平穏過ぎて、ほとんど心を動かされることもなかった。


 つい先日、神とは互いの記憶と感情と思考の全てを共有したが、記憶の大半があれでは細かな事象に対する快・不快を知る手掛かりにはならないも同然だ。


 あまりそういうつもりはなくとも、自分でも自分のことがよくわかっていないのだろうから、神が自分のことを深く理解できている訳がなかった。

 

 自分達は永遠にも等しい時を過ごすことができるので、これからいくらでも理解を深めていくことはできるだろうが。


――私達、もっとお互いのことをよく知らないといけないね。あと、意見が対立した時には、まずよく話し合うようにしないと。

――異論はないぞ。手が出ると、お互いにそれなりの不利益を被る羽目になる。

――じゃあ、早速お願いがあるのだけれど、もう人前でああいうことはしないでくれ。本当に恥ずかしいから。

――そこまで嫌か? 其方は恥じらっている時が最も可愛らしいぞ。

――そんな顔を褒められても、嬉しくないよ。寧ろ恥ずかしい。


 神は少し拗ねたように言ってから、魔王を促した。


――そろそろ戻ろう?

――早過ぎる。我としては、もうしばらくここで時間を潰したいのだが。

――駄目だよ。先程取り決めをしたばかりだろう? 素直に部屋から出てくれ。

――……そうだったな。


 魔王は渋々、神を連れて大広間へと転移した。






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