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その手に取るもの  作者: 佳景(かけい)
4/22

深き交わり

ご注意下さい!!

この物語には人間で言うところの十八禁シーンが出てきます。

どちらも精神体なので、全く脱ぎませんし、喘ぎ声もありませんが、官能的な表現を心がけたため、一応十五禁とさせて頂きます。

十五歳以上で、艶っぽいシーンを読むことに抵抗のない方のみ、本編へどうぞ。



 神は魔王の居場所を探して、意識を研ぎ澄ませた。


 人ならざる者達と邂逅してからというもの、魔王とはあまり話をしていない。


 彼等を守るために魔王に人殺しをさせてしまったことが後ろめたかったし、今や配下となった彼等に自分達のことを知って欲しくて、このところそのことばかりに時間を割いていた。


 彼等に関心がない魔王とは自然と別行動を取ることが多くなっていたが、たまには以前のように二人で過ごすのもいいだろう。


 一応、十日ばかり前には結婚もしたのだから。


 魔王はすぐに見付かり、神は居室を後にした。


 ここは城の最深部である上に、配下達の居室からかなり離れているため、廊下に人気は全くない。


 辺りにはドレスに隠れた高い踵が床を叩く音だけが響いた。

 

 目指すはすぐ近くにある扉のない部屋――魔王が蒐集した宝石の保管庫だ。


 城を丸ごと黒水晶で作ってしまうくらいには、魔王は宝石の類が好きで、時折原石を掘り出してきては磨いて飾っている。


 とはいえ、形を有した瞬間から崩壊へと向かう物に対してそれ程執着はしていないようなので、たとえ蒐集した宝石全てを破壊したとしても多少残念がるくらいだろう。


 今のところ、そんなことをするつもりはないけれども。

 

 神が壁に手を付くと、魔王はこちらに気付いたらしく、壁の内側へ転送された。

 

 そこは壁も床も天井も何もない、ただ漠たる空間が広がるだけの場所だ。


 音のない真空。


 色とりどりの宝石が重力や引力から解放されて、虚空に浮かんでいる。

 

 その中にあって、魔王は周りの宝石が只の路傍の石にしか見えない程に美しかった。

 

 癖のない髪は腰より長く、濡れたように艷やかな漆黒。


 いつも静かな眼差しの奥には、髪と同じ漆黒の瞳が輝いている。


 すらりとした長身を包むのはこれもまた漆黒の長衣で、銀細工に紫の石、銀糸の刺繍が施された長い飾り布が魔王に更なる美しさを添えていた。


 魔王は手近な宝石を優雅に手に取りながら神と精神を繋げると、言葉ではなく概念で問いかけてくる。


――どうした?

――特に用と言う程のものはないのだけれど、強いて言うなら記憶を見せて欲しいかな。ここしばらく、あまり一緒にいることがなかったから。勿論私の記憶も見てもらっていいよ。

――記憶か……見て面白いものでもないぞ? 世界の内側を散策したりもしていたが、大半はこうして宝石を眺めて過ごしていただけだからな。

――面白いかどうかは問題ではないよ。今までずっと一緒に過ごしていたから、お前に私の知らない時間があると少し気になって……。

――其方、存外束縛がきつくて悋気の激しい気質か?


 揶揄の響きを混ぜてそう言った魔王を、神は軽く睨んだ。


――誰もお前の浮気を疑ったりはしていないよ。お前が私以外の者を虫けらくらいにしか思っていないのは知っているし、私達はそもそも恋愛感情があって結婚した訳でもないから、いちいちそんなことを心配したりはしない。ただ、このままだとお前のことがどんどんわからなくなりそうで……それが少し嫌なんだ。


 遥か昔にこの世界の外側で覚醒したその瞬間から、魔王とはずっと共に在り続けている。


 一人きりではとても耐えられなかったであろう長い時の中、互いの他には誰もいなかったから、本当に互いこそが全てだった。


 ずっとあのまま定形すら持たずに二人きりで時を過ごすのだと思っていたが、今はお互いこうして配下達に合わせて姿形を有するようになったし、共に過ごす時間も減っていて、このままいろいろなことが変わって行ってしまうような気がしてならない。


 離れている間に魔王が全く知らない誰かになってしまいそうで、それが少し怖かった。


――駄目かな?

――構わぬぞ。見られて困るものでもない。


 許しを得た神は、するりと魔王の精神の奥へ滑り込んだ。


 同時に魔王も宝石を放し、神の奥深くへと入り込む。

 

 記憶を読み解くには、ただ会話をする時よりも深く繋がる必要があるのだ。

 

 いつもより濃密な繋がりの中で、記憶を晒し、晒されていく。


 自分が魔王のものになり、魔王が自分のものになっていく。

 

 初めて経験するその感覚はとても心地良く、甘美なものだった。

 

 もっとこうしていたい。

 

 そう思った時、目当ての記憶を全て見終わった魔王の精神がすっと離れた。


 魔王も確かに心地良さを感じていた筈なのに、これ以上深く触れてはいけないと己を律する思いが伝わってくる。


 物足りなさを感じて思わず追い縋ると、魔王が少し困って言った。


――もう用は済んだ筈だが。

――そう、だけれど……このまま全て見せ合うのは駄目かな?

――我等にとって、それは肌を重ねるにも等しいことだと思うが、本当に構わぬのか?

――いいよ。時々こうしてお互いの記憶をそっくり写し取っておけば、もし記憶の大半を失うようなことになったとしても、簡単に元に近い状態に戻れるし。私達のような者は存在を定義する肉体がない分、記憶の予備はあった方がいいだろう?


 尤もらしいことを言ってはいるが、こんなものは只の口実に過ぎない。


 魔王が気付いているとわかってはいたが、本当の理由は恥ずかしくてとても言えなかった。


 尤も、そのことすらも精神を繋げた魔王には全て知られているのだけれども。

 

 神は辺りに浮かぶ宝石を払い除けて魔王に近付くと、その首に両腕を回し、魔王を真っ向から見つめて言った。


――私の全てをあげるから、お前の全てを私にくれ。


 神は魔王とどちらともなく唇を寄せ合い、そっと重ねた。


 軽く触れるだけの優しい口付け。


 配下達がこうして互いの愛情を示し合うことを知識として知ってはいたが、実際にするのは婚礼の儀に続いてこれで二度目だ。


 慣れないせいか、少し奇妙な感覚を覚える。


 だが、これはこれで悪くなかった。


 自分達の間にあるものが愛情でなくとも、互いをかけがえのない存在だと思っていることに変わりはない。


 せっかく今は二人共姿形を有しているのだから、たまにはこういうやり方で好意を示すのもいいだろう。

 

 ゆっくりと唇を離すと、魔王がほんの少し離れた体を抱き寄せながら精神の奥深くへと入り込んでくる。


 神も魔王の記憶を辿り、更に奥を目指した。


 記憶ばかりでなく、感情と思考をも貪り合い、存在の境界が解けて曖昧になっていく。


 魔王に触れている仮初めの体が、魔王のそれに溶けていくようだ。


 望んでいた快感に、思考が白く塗り潰されていく。

 

 こんな快楽が存在するとは思わなかった。

 

 もっとこの快楽を味わいたい。

 

 味わい尽くしたい。

 

 交わりが深くなる程に互いを求める動きは性急なものとなり、開かれていく精神が軋んで、記憶のいくらかが壊れた。


 苦痛に苛まれているというのに、それでも求めるのをやめられない。


 求められることが嬉しくて堪らない。

 

 苦痛と快感と歓喜が混ざり合って、おかしくなりそうだった。

 

 ほんの少し恐怖を覚えた時、魔王が動きを止めて言う。


――やめるか?

――大丈夫だから、やめないで。もっとお前が欲しい。


 一際強く魔王の奥を探ると、魔王から強過ぎる苦痛と快感が伝わって、余計に昂ぶってしまう。


 早く一番奥まで来て欲しいのに、魔王はそうしてはくれなかった。


 折れる程きつく指に歯を立てて、痛みの中で高まった感情の波をじっとやり過ごそうとしている。


 知覚を感覚器官に頼っている訳ではないので、抱き合ったままでも魔王が切ないような、どうしていいかわからないような、そんな顔をしていることがわかった。

 

 こんな魔王は初めてで、尚のこと魔王が欲しくなってしまう。


――焦らさないで。

――冷静さを取り戻そうとしている時に、煽り立ててくるな。抑えが利かなくなる。加減を誤って精神そのものを破壊しても知らぬぞ。

――少しくらい荒っぽくしても構わないよ。そう簡単に壊されたりはしないから。寧ろ私の方がお前を壊してしまうかも知れない。


 魔王の精神を辿って最奥に程近いところを抉ってやると、先程以上の苦痛と快感が突き抜けて、魔王の理性が大きくぐらつくのがわかった。


 神は魔王の首筋に口付けながら、甘い響きでねだる。


――ねえ、早く一番気持ち良くなろう?

――……どうなっても文句は言うなよ。


 魔王は噛んでいた指を離して神の背中を掻き抱くと、衝動に突き動かされるままその精神を蹂躙し始める。


 その激しさに精神が歪み、記憶が剥がれ落ちては消えた。


 神は同じ強さで魔王をまさぐりながら、魔王が最奥へ辿り着くのを待つ。

 

 最高の瞬間は共に味わいたかった。

 

 程無くして魔王がやってくると、神は歓喜に震える心で魔王の最奥を喰らい尽くす。


 同時に自身の最奥を魔王に滅茶苦茶にされ、苦痛とそれを上回る凄まじい快感が、存在の根幹を揺るがす強さで駆け抜けた。

 

 何という満ち足りた気分だろう。

 

 記憶も感情も思考も全て共有し、互いの物になっていないものは何一つない。

 

 こんな幸福は初めてだった。

 

 できることならずっとこうしていたかったが、余韻を楽しむでもなくゆっくりと離れていく魔王に、神は何とも寂しい気持ちになる。


――早過ぎるよ。もう少しこのままでいたいのに。

――馬鹿を言え。この状況が長引けば、自我を保てなくなるぞ。


 精神体である自分達にとって、他者の思考や感情を完全に共有している今の状態は自己の存在が揺らいでいることに他ならない。


 魔王の言う通り、あまり長い時間このままでいるのは危険だが、少しつまらなかった。


――たとえ私がお前になって、お前が私になっても、それはそれで悪くないと思うけれど。

――我としては願い下げだな。今の己でない自分は想像できない。

――つれないね。


 神は魔王の首に絡めていた腕を解いたが、魔王は神を抱いた腕を下ろすどころか、更に力を込めて言った。


――せめてこの身だけでももうしばらくこうしていようかと思うのだが、どうだ?

 

 神はわずかに目を細めると、黙って魔王の背を抱き返した。






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