08 近付けない場所
2016. 6. 10 23:00投稿分
少年を見送り、静かに立ち上がった青年に何と声をかければいいのかと考えあぐねていると、優香が口を開いた。
「お兄さん。見た目に似合わず熱い人なんだね」
「はぁ?」
思いっきり顔を顰め、鋭い眼光を向ける青年に、優香は臆さず言った。
「うちの響華も大概だけど、お兄さんも神様贔屓なんだ? 見た目のギャップが凄いね」
「優香ちゃんったら。それを言うなら、優香ちゃんもじゃん。巫女さんやってるのに、それっぽい感じしないもん」
「あたしはいいんだよ。オンオフしっかりしてるし、所詮ばぁちゃん家の手伝いしてるだけのバイト巫女だからさ」
優香の母方の実家は神社だった。家から数分の距離にある為、夕方と休日はほとんど巫女として売店にいる。
「それで、お兄さんはなんでここにいんの? お参り?」
「っ……うっせぇ」
仏頂面のまま、青年は歩き出す。そこで響華が気付いた。それは、神様の庭の気を整えた後の気配に似ている。だが、それよりももっと繊細で力ある術の気配を青年は纏っていたのだ。
神社の周りにはここ最近、近付いていなかった。響華にはとても近付き難く感じていたのだ。それは空気。負の気が凝っていたから。
それが今、晴れているように感じた。
「清めてくれたんだ」
その呟きに、青年が足を止める。だから、響華は社のある方を見上げて続けた。
「社の方はまだ乱れてるみたいだけど、周りはきれいになってる。お兄さんがやってくれたんだよね」
響華はずっと気になっていたのだ。
このところ、先ほどのように子どもが飛び出し、事故に合うという事が度々起こっていた。
ガードレールを急遽増設し、仮に塞いだとしても、子ども達は構わずすり抜ける。
そのせいで、本当の意味で事故を防止できてはいなかった。
元々ここはカーブと勾配によって見通しが悪くなっているのだ。事故が起きやすい場所であった。だが、それでもこれまでそれほど目立つ事故は起きていなかった。だからこそ、大人達も対策をしかねている。
事故が起こる要素は分かるのに、なぜ今まで起きなかったのかが分からなかったのだ。その理由は神にあった。
「ここの神様は、飛び出す子ども達を止めて守ってくれてた。けど、最近それがなくなった」
響華もわざわざ会いにいくような事はしなかった。社に行ったのは、高校に通うようになって挨拶にいった時くらいだ。
ここの神は、社から出てこの場所で座っている事が多かった。
「ここに座って、飛び出そうとする子どもの襟を杖で引っ掛けて止めてた。間に合わない時は、車の速度を落とさせて……そうやって守ってくれてたのに……」
気付いた時にはその姿はなく、社に近付けなくなっていた。
響華の耳は、音を聞かずにはいられない。神を取り巻く場所に響く楽の音。それを聞き、調律するのが役目だ。
しかし今、社の周りには良くない陰の気が渦巻いている。音は大きく狂い、社を荒れさせる。それは当然、神にも影響する。
酷い不協和音が辺りに鳴り響き、それに響華の耳は耐えられない。ここまでくると、調律もできないのだ。
その場所に立つと、まるで三半規管を揺さぶられるようなそんな感覚に襲われる。そしてその後、数日耳が聞こえなくなってしまうのだ。
調律をしたくても近付けない響華が社へ行く為には、この場を清めてもらわなくてはならない。
清める事。つまり、気を整える事で一度音を抑える事ができるのだ。
そして、それができる人の存在を、響華は話に聞いて知っていた。
「お兄さん。影の館の人?」
そう言えば、青年がようやくこちらを振り返った。
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