15 誤解を受けます
2016. 6. 15
23:00投稿分
律樹との出会いから一夜明けた今日は休日。
響華は、今朝になってまだ律樹に拾った手鏡を返せていない事に気付いた。色々あり過ぎて混乱していた事もあり、すっかり会いに行った目的を忘れていたようだ。
疲れていたらしく、目を覚ましたのは九時過ぎだった。それから少々遅い朝食を済ませると、手鏡を持った事を確認して優香の家へと向かった。
昨晩はもう遅いとの事で解散したのだが、律樹は家に帰る気はなさそうで、響華は宿を優香に頼んだのだ。
優香がバイト巫女をする神社では、家出人を泊めてやることもあると聞いていたからだ。響華の提案に、優香も問題ないと言って、律樹を連れ帰っていった。
そして今日。優香はいつもの休日と同じで、巫女バイトの為に神社にいた。
「響華、こっちこっち」
神社へ入ったところで、待ち構えていた優香が、響華の姿を確認して元気に手を振りながら駆けてくる。
巫女さん姿で爆走してくる優香に目を見開き、その場から動けなくなっていた響華を捕まえると、優香は社務所の裏へと強引に引っ張っていった。
「なんか、ばぁちゃんが朝叩き起こして掃除やらせてたみたいなんだ」
「掃除って……」
響華も優香の祖母の事は知っている。とてもパワフルな今年八十になるお婆さんだ。
金髪、革ジャンの青年の尻を叩いて掃除をさせるなんて、まさに朝飯前だろう。
そうして連れて来られたのは、控え室の一つだった。
「入るよ〜」
優香が言いながら戸を開ける。そこに、今まさに着替えを済ませたという律樹がいた。
「てめぇ……返事を待ってから入れよ」
「心配しなくても、パンツ一丁になってる所を見ても悲鳴上げたりしないよ」
「そういう事じゃねぇだろっ」
優香は兄が三人いる末っ子だ。確かにそんな事で女の子らしい反応は見せないだろう。
律樹の足下には、きれいに畳まれた袴があった。どうやらそれを着て掃除をしたりと、今まで神社の仕事を手伝っていたようだ。
「おばちゃん達が感心してたよ。金髪の兄ちゃんが、ちゃんと挨拶してくれたって」
「けっ、見た目で判断してんじゃねぇよ」
「うんうん。見た目から入る、ちょっと反抗してみた良いところの坊っちゃんなんだって納得してた」
「おい!」
確かに、昨日の対応といい、見なりの整え方といい中身は相当良いやつだ。
その辺の黒髪で大人しい若者よりも礼儀やものを知っているだろう。
昨晩父親に殴られて腫れてしまったらしい頬には、湿布が貼られており、おばちゃん達には、親と喧嘩して出てきたお坊ちゃんと映ったはずだ。
それもあながち間違いではないのだが、律樹には不本意だろう。
響華が中に入り難く思っていると、そこへ優香の祖母がやってきた。
「おや、響華ちゃん。いらっしゃい。体の調子はどうだい? その子に無理させられたみたいだからねぇ。気をつけなきゃダメだよ?」
「あ、はい。ご心配をお掛けしたようで、ありがとうございました」
「いいんだよ。響華ちゃんの事は、ここの神様も気にしているからねぇ。悪い男に引っかかったんじゃないって分かって、ほっとしていらっしゃるさ」
優香の祖母は、巫女として強い力を持っているらしく、神の声が聞こえるという。占いもよく当たると、この辺りでは有名だった。
「なんか、誤解を受ける言い方だな……」
「ばぁちゃんは私よかあからさまな物言いが得意だから、気を付けたほうがいいよ」
なぜかそれまでからかわれ、からかっていた二人が大人しくなった。
「優香、着替えてきな。今日はその坊と、響華ちゃんについて歩くように」
「え? 日曜なのに、売り子はいいの?」
祖母の指示に疑問を抱くのではなく、巫女のバイトはいいのかと聞く優香。
「お前一人いないくらいで困りゃしないよ。いいから、さっさと着替えといで」
「はぁ〜い」
それなら、普段から手伝う必要ないんじゃないかとか呟き、口を尖らせながら、優香は部屋を出て行く。
「それじゃぁ、あたしも失礼するよ。坊、響華ちゃんに怪我させんじゃないよ」
「……わぁってるよ……」
「ふっ、これも神のお導きじゃて……」
改めて響華と律樹を見つめると、軽やかな笑い声を響かせながら、優香の祖母は廊下に消えていった。
取り残された響華と律樹は、互いに気まずげに目をそらしながら離れて立ち尽くす。
しばらく無言で時間が過ぎていく。そこで、先に口を開いたのは律樹だった。
「体……本当に大丈夫か……」
「うん……朝はまだちょっと頭が揺れる感じがしたけど、今はもう平気」
「そうか……けど、ちょい診せに行くか。力を使った後は、不安定になってるからな」
「そんなのを診てくれる所があるの?」
「おう。専門のがな。そこでついでに道具とか揃えたい」
そう言ってこの後の予定を決め、真っ直ぐに見つめ合う。
そこへ戻ってきた優香が、顔を半分だけ覗かせてぼそりと言った。
「今の会話も誤解を受ける可能性があるけど、気付いてる?」
「ばっ、てめぇは本当にっ……もういい。行くぞ」
「うん……?」
昨晩よりも真っ赤に顔を染めて、律樹が足音を乱暴に響かせながら出て行った。
「あっはっはっ。面白いお兄さんだね。響華の事もしっかり意識してるみたいだし、楽しい一日になりそうだわ」
「何が?」
「う〜ん。そのうち分かるよ。そんじゃぁ、私は今日一日、響華のボディーガードね」
「えっと。よろしく?」
優香は、訳がわからないと首を傾げる響華の頭を撫でると、二人で律樹を追うのだった。
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次回は1時ごろ投稿予定。




