10 その音を辿って
2016. 6. 12 0:00投稿分
響華は外に出ると、ゆっくりと呼吸を整え、耳を澄ませる。
すると、多くの人の音が耳に届いた。
普段の生活の中でも、人々の持つ音は聞こえている。聞こうと思わなくても聞こえてしまうのだ。
しかし、煩いわけではない。たいていの人の音は微弱で、これを聞き分けるには、まるで真剣に目を凝らさなくては全容が見えないようなそんな感覚に似ている。
だが、そんな中であっても、慣れ親しんだ者達の音は、自然と拾えてしまう。チャンネルが合っているとでもいうのだろうか。
どんな雑音の中であっても聞き分ける事ができるのだ。響華が今、そうして聞き取れる音は少ない。
どの辺りにいるかという距離までは分からないし、今何をしているかなんて事も分からないが、音の大きさに関係なく、物理的に距離があったとしても聞き取る事ができる。
試した事はないが、もしかしたら、距離に限界はないのかもしれない。
「……あった」
そうして聞き取ったのは、あの青年の音だ。その音が、一本の糸のように真っ直ぐに感じられた。
それを辿り、響華は駆け出したのだった。
◆◆◆
律樹は、講義に出なかった事がバレて、大目玉を食らって帰路についた。
「クソっ。あんな怒ることねぇのによ……」
あの電話の主は、キレたクズハだったのだ。腐っても鬼神の血を引いた者。その怒りは本当に恐ろしかった。
散々説教を受けた後、こうして自宅へ帰されたのだ。
だが、律樹としては、組織の宿舎に今日も泊めてもらうつもりでいた。
「参ったな……漫喫でも行くか……」
そう、今日もだ。律樹はほとんど自宅には帰らない。帰りたくないのだ。
だからといって組織に戻れば、またどやされて家に帰れと言われるだろう。クズハや組織の者の言う事だ。きっと帰る事に意味があるのだろう。
しかし、中学に上がる頃から今まで、律樹はどうしても家族と分かり合えないでいる。その為、未だに顔を合わせる事を避けていた。
夕日が完全に沈む頃。ぶらぶらと当てもなく彷徨い続けていたのだが、ふと気付いた時、なぜか自宅の前に通りかかろうとしていた。
「うっ、まさか……」
足を止めた律樹。もう数歩という所で、家の……神社の鳥居が見える。
その時、不意に後ろから手が伸ばされ、それが覆い被さってきたのだ。
《りっくん、お帰り〜ぃ》
「うげっ、篠神!」
後ろというより、その神は上からふわりと下りてきた。
《冷たいなぁ。そんな子に育てた覚えは……あるなぁ》
「納得すんなっ」
神を少々乱暴に振り払って距離を取る。そこで、顎に手を添え、頷くその神に、律樹は苛立ちを露わに言った。
「おかしいと思ったんだよっ。篠神、俺をここに誘導しやがったな」
《え〜、なんのこと?》
「ってめぇ……」
すっとボケる神に、拳を握る律樹。これだけでも、遠慮のない関係だと分かる。
《いやさぁ。月ちゃん所のお姫様が、りっくんを辿ってるっぽかったからさ。変な場所に連れ込む事になるよか良いと思わん?》
「はぁ?」
思いっきり顔を顰め、律樹は神の言わんとすることが何なのか考える。
《だから、ほら》
神が指をさす。律樹の後ろ。丁度神社の階段の前。そちらへ、反射的に顔を向けた律樹は、目を見開いた。
「っ……なんでここに……」
そこには、一人の少女が長い髪を風に靡かせながら律樹を見つめていたのだ。
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