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俺が嫁だ!  作者: リゼ
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タイトル1 今回予告:記念すべき二十歳の誕生日、僕の運命は動き出した。(止まっていてくれ頼むから!)

 

 麹谷伊織 (こうじたに・いおり)は、本日を持って記念すべき二十歳の誕生日を迎えた。時代は平成、季節は寒い真冬の事である。

 大学二年生である彼は、誕生日イブから当日を泊まりがけで祝ってくれた仲間達との馬鹿騒ぎの後、初めての飲酒によるほろ酔いを抱えたまま、夕方の地下鉄に乗り込み、実家の最寄り駅までの距離を長い座席の一角に収まり揺られていた。誕生日である今日ぐらいは、久々に実家に帰ってきてはくれないかと、可愛い妹からおねだりされたのであった。


 遠方の大学へ進学したのを機に悠々自適の一人暮らしを始め、冠婚葬祭盆と正月ぐらいしか実家に帰らない息子を、もとより共働きかつ放任主義であった両親は、家に呼び戻す事をどこか諦めている節がある。

 しかし、五つ年下の、半ば伊織が育てたような立場である妹は、一人暮らしを始めるなり家に寄り付かない兄に、少しばかり寂しい思いをしているらしかった。まだまだ身内に甘えたい年頃なのだろう。


 利用客がまばらな車内では、荷物から物を取り出し広げていても、満員電車の時ほど迷惑にはならない。どうせ彼の近辺では、同じ長座椅子には仕事帰りらしきスーツ姿のサラリーマン風の男が、少し距離を空けて伊織と彼だけが座っている状況であるし、後は柱に掴まって立っているお姉さんだとか、他の座席に着席している。大きな音を立てたり、電話をしなければ問題は無いだろう。

 伊織は傍らに置いていた、仲間達からのプレゼント品を詰め込んであるリュックの口を開いて手を突っ込んだ。目的は彼への贈り物ではなく、一緒に放り込んでおいたスマホである。

 すいすいと操り、妹からの帰宅願いのメールに、共に添付されていた画像を表示させる。


 年若い少女達が魔法少女に変身して悪と戦うというテーマは、様々な人物の手により脈々と受け継がれて息の長い一大ジャンルである。

 今、伊織のスマホに表示されているのもそれらの作品のうちの一つ、愛くるしいケモミミっ娘である魔法少女達が活躍する少女漫画、アニメ化もした『マジカル☆S☆アニマール』の一番人気キャラクター、『ネコミミマジシャン・小鳥遊 (たかなし)あずさ』の気合いの入った似顔絵である。

 ちなみにタイトルの『S』は攻撃的な人間性のヒトを表現する方ではなく、小動物に変身するので『small』の頭文字が入っているだけだ。ヒロイン達は見た目も中身も清く正しく美しい、そして可愛らしいお嬢さん達である。決して嗜虐的に敵をいたぶったりはしない。そして伊織は、断じてそっち系の二次創作には加担していない。


「彩音 (あやね)の奴、しばらく見ない間に腕を上げたな……!」


 じっくりと細部まで観察し、覚えず唸る。伊織の妹、彩音は現在中学三年生の受験生であるが、小学生の時分から後戻り出来ない分野に足を突っ込んだ娘さんでもあった。それでいて、何故か不思議と腐敗進行しない謎のメンタルの持ち主である。

 きちんと受験勉強をしているのか、この趣味に半ば引きずり込んだ元凶であるところの兄は、妹の受験が心配になってくる。

 いや、決してこう成長して欲しいと願いその道を見据え、子育て……もとい妹育てをしたのではなく。年の離れた兄と妹が円滑なコミュニケーションを図るにあたり、少女向けアニメという分野は実に有能なツールだったのだ。

 放任主義であり、なおかつ日本が世界に誇る娯楽文化にまったくと言って良いほど興味を示さないワーカーホリック気味の彼らの両親は、成績の維持と節度と良識さえ保っていれば、子どもの趣味にさえ口を挟まない。

 祖父母は父方母方、共に子らを厳しく躾て教育方針を強要する束縛系家庭だったらしく、親類は皆ガチガチの生真面目な気質であり、つまらない親戚の集まりで隙を持て余した伊織や彩音がアニメを観たがれば、冷ややかに却下されるような人々であった。

 そんな家だったから、自分達の子どもに同じ辛さを味わせたくない、という感情が両親の根底にはあるのかもしれない。


 さて、『マジカル☆S☆アニマール』における推しキャラは、兄妹揃ってネコミミマジシャンこと、あずさである。幸いな事に、彼ら兄妹間において同担拒否といった概念は無い。電話やメールで萌え語りを交わしたり、イラストを描いたり、一風変わった兄妹関係ではあったが、紛れもなくご近所ではどこの家よりも良好かつ結束力の強い兄妹でもあった。

 同じ趣味を持つ同志の関係とは、かくも眩いものである。


 しかし幾度見直しても、伊織の心の嫁たるあずさは可愛らしく愛くるしい。

 まず、これだけで世界が平伏すネコミミ。大事な事なので、心の文字サイズを極大に設定して高らかに。

 正義の魔法少女ヒロインであろうとも、萌えに忠実な八重歯チラリサラツヤ黒髪セミロング、変身でピョコンと生えるネコミミや尻尾も黒。鈴付きチョーカーを首に巻き、二の腕まである指無しの手袋に上半身をピッタリとフィットするデザインのワンピース風コスチュームになり、丈はミニスカ。黒いミニマントを靡かせ、絶対領域を確保したロングブーツで音もなく高所を駆け、肉球スタンプステッキを振り回して魔法をかける元気いっぱいお転婆系。

 更に尚、通を擽る事に、ライバルとして登場する敵側のメインキャストは、あずさとまるで対になっているかのような白猫魔法少女。その正体はもちろんお約束の、そしてあずさは……!


 高ぶる気持ちを抑えきれず、伊織は彼女へのこの想いを端的に舌に乗せる。


「……小鳥遊あずさは俺の嫁」


 ああ、まさに彼女こそ、俺の二次嫁の座を不動のものとしている……

 心の中で、無償の愛をぶつけていた伊織は、座席で隣に座っていた男が顔色を変えて立ち上がった事に、この時まったく気が付いていなかった。サラリーマン風の男はつかつかと近付き、俯いてスマホの画面を一心不乱に眺めて心の内にて萌えを叫ぶ伊織を見下ろし、頭上からカッと目と唇をかっ開いた。


「俺が嫁だ!」


 この瞬間、伊織の世界は確かに停止した。理解する事を放棄していたと言っても良い。


「……ええと、一風変わったお名前なんですね……?」


 あずさに夢中になっていた伊織は、突然頭上から大音声を浴びせかけられて、反射的に上半身を逃し仰け反りながらも、謎の主張を押し付けてくるサラリーマン風の男を呆然と見上げた。

 見ず知らずのオッサンによる「俺がヨメだ」などという主張は、『与芽さん』といった個性的な名前であるか、はたまた何かの冗談か、虫の居所が悪くて八つ当たりされたのか、書き言葉だけでなく日常会話においても『てにをは』の当てはめ能力が非常に残念な人なのかもしれない、と、伊織は彼の発言を否定するのではなくいなしながら男を恐る恐る見返すが、男は真剣な眼差しをひたりと外さぬまま、小さく首を左右に振った。


「違う。俺が、この俺が君の嫁なんだ!」


 目によりいっそう力を込め、片手をスーツの胸元にあてがい、ずずいっと上半身を近付けてきて、真剣大真面目に自らを伊織の嫁であると主張するサラリーマン風の男性 (見た目三十代後半?)


 (ハイ、キチガイ発言きましたーっ)

 伊織は冷や汗を流しながら、スマホをそーっとしまい込んだリュックをしっかり握って、腰掛けたままズザザザ、と長い座席のシート部分をズレていき、立ち上がった。

 折りよく電車は駅に停車する為に減速し始め、窓の向こうからホームの灯りが煌々と差し込んできている。


 訝しげな眼差しを向けてくるお姉さんに愛想笑いを浮かべつつ、伊織は一見ごくごく平凡そうなオッサンサラリーマンから、少しずつ距離を取って後退ってゆく。

 伊織の一挙手一投足を見逃すまいとばかりに、無表情でありながら眼だけは爛々と輝くオッサンの眼差しを浴びつつ、電車の扉が音を立てて開かれた瞬間、迷わず身を翻して飛び出した!


 強引に押さえ込まれるでもなく、引き止められさえせず。

 伊織は何の障害も無く、駅のホームに降り立っていた。背後を振り返って確認し、


「ひっ!?」


 思わず息を飲む。

 伊織の嫁を自称するオッサンは、伊織に訴えかけてきていた車内の先ほどの位置から微動だにせず、電車の窓から無表情のままこちらをじっと見つめてきていたのだ。身体は動かさずとも、視線だけは欠片も外さなかったに違いない。

 ひたひたと背筋を伝い上がってくる恐怖から、人が行き交うホームの床に尻餅をつく伊織の姿から目を放さず、オッサンはゆっくりと緩慢な仕草で車内にて移動を開始する。


「ひえっ!?」


 尻餅をついたまま悲鳴を上げ、ズザザザ! と後退る伊織の耳が、ピリリリ……と、電車の出発を告げる音が鳴り響いたのを拾い上げ、ゆっくりと移動していたオッサンの眼前で、電車の自動ドアが音を立てて閉じられる。

 息を飲む伊織の目の前で、電車は次なる駅を目指して移動を始めた。いつまでも視線が付きまとってこびり付くような、嫁を自称するオッサンサラリーマンを乗せたまま。


「な、何だったんだ、あれ……?」

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