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第一話「チート生活も金次第」



「うっひょー、銭じゃ銭じゃー♪」


 テーブルに広げた銀貨の海に飛び込んで、ご機嫌な様子ではしゃぐ妖精の声が響く。

 正確には妖精の姿をした女神、なのだが……現金に目が眩んで顔をとろかせるその様には神々しさの欠片もない。

 そんな彼女の様子を眺めながら、高野たかのかけるは溜め息をついた。


「その金は俺達二人の物なんだから、はしゃぎまわって無くすなよー」


「ああ、癒される……お金さいっこー!」


「聞いちゃいねえなあ、まったく……」


 翔は愚痴りながらベットに寝転んで、ぼんやりと天井を見上げる。

 この世界に転移してきてからお世話になっている冒険者向け宿屋の一室だが、すっかり見慣れた天井となった。

 世界の転移――そう、翔は異世界トリップという、何ともテンプレな小説のような出来事に遭遇した。

 翔が科学万歳な日本から、魔法マンセーな異世界『ネマツルティア』へトリップしてきたのはもう数ヶ月前のことになる。

 最初はどうなることかと思ったが、女神の助けのおかげで何とかやれている。

 まあ、そもそも異世界に導いたのが女神であるし、助けになる代わりに代償を支払う契約なのだが。


「うっふふー、今は銀貨だけど、いずれは金貨の山を……いや、銀河を!」


「ほんっと、金が好きだなあ」


「あったりまえよ! 私は金を司る女神だからね!」


 それは契約時に説明を受けたし、ちゃんと覚えている。

 金銭、商売、賭博など、金に関わることを司る神族が末裔、ヘルミーナ。

 人間大の姿で行動してると神様的パワーの消費が大きいとかで、普段は省エネな妖精モードで過ごしているが、初めて会ったときは大人の女性の姿をしていた。

 神様だけあってその辺りは変幻自在な様子だ。酒場で飲み食いする時なんかは人間の姿ではしゃいでいるし、気分次第で変身しているらしい。


「……金貨が欲しいなら、クエスト報告の時に金貨で報酬もらえばよかったじゃんか」


「そうしたら今回の報酬、金貨数枚になっちゃうでしょ? こうやって泳げないじゃないの!」


「そのためだけに銀貨で受け取って俺に持たせたんかい。重たかったんだぞ、それ」


 飽きもせず銀貨の海で泳ぐヘルミーナを横目で眺めながら、翔はふと思い返す。

 自分がこの世界に転生トリップすることになった、数ヶ月前のことを。



   〇



 込み上げて来る笑みを抑えきれずにやけながら、高野たかのかけるは信号待ちをしていた。

 一生に一度あるかないか分からない、そんな特大の幸運が転がり込んできたのだ。周囲から「なにこいつにやけてんだ」的な視線を向けられても、まったく気にならなかった。

 宝くじ1等当選。積もりに積もったキャリーオーバーでなんと10億円が、もうまもなく手に入るのだ。

 しがないフリーターとして細々と生きてきた彼には一生拝めなかったはずの大金が、信号を渡った先の銀行に行けば、あとは簡単な手続きをするだけ。

 それだけで、ギャンブルにでも突っ込まない限り一生遊んで暮らせるだろう大金が自分の物になるという事実は、彼の気分を最高に幸せなものにしていた。


(10億、10億だぞ? 毎日牛丼特盛り汁だく味噌汁付き食いまくっても、一生食いきれないよなあ)


 思いつく贅沢があまり大金持ちのそれではない彼だったが、それも無理からぬ話。

 貧乏というほどではないものの、ただの小市民として生き続けた日々は実に28年。

 両親は数年前に他界しており、安月給でなんとか食いつなぐためには節約し続けるしかなかったのだ。

 自炊は当たり前。外食なんて仕事等の都合でどうしようもない時だけの最終手段。

 そんな生活を送り続けるために染み付いた金銭感覚というのは、中々すぐには変わらないものであった。


(最新のテレビやパソコン……いや、まだまだ十分使えるし、もっと他のことに……つっても思いつかないなあ。

 け、けど……焼肉は行こう。数十年ぶりの焼肉食べ放題だけは、絶対行こう。うん。一人焼肉だけど……)


 せいぜい思いつく贅沢なんて、家電製品の買い替えや豪華な食事くらいだった。

 ギャンブルや株でもっと増やそうという思考はない。失敗したら目も当てられない。

 そもそも宝くじだって気まぐれで購入した後で「無駄遣いしなければ晩飯のおかず一品増やせたな」と後悔したくらいだ。

 だが、その気まぐれで人生が大きく変わるのだから、何が最善なのか分からないものである。

 宝くじで運を使い果たしていそうなので、これ以上ギャンブルに挑む気にはまったくなれないが。


(お、信号青になった。よっしゃ、待ってろよ10億円――)


 青信号を確認して道路へと踏み出した彼を。

 信号を無視して暴走してきたトラックが跳ね飛ばした。

 何が起きたのか理解できぬまま、翔也は木の葉のように呆気なく吹き飛ばされる。

 アスファルトの地面に頭を強打して、そのまま彼の意識は遠のいていった。



  




「んーと……あ、あれ? 俺どうしてたんだっけ? てか、ここどこだ?」


 翔が意識を取り戻すと、見渡す限り真っ白な世界にいた。

 初めは病院にでもいるのかと思ったが、ベットどころか壁も天井もない。ただどこまでも続く純白の世界が目の前に広がっていた。


「ええと、俺は銀行に行こうとして、それで……そうだ、宝くじ!」


 大事に宝くじを仕舞っていたリュックは見当たらない。慌ててポケットを探るが何もない。

 服こそそのままだけど、財布や家の鍵などの身の回りの物が何もかも無くなっていた。


「そ、そんな! どこだ、どこにいったんだ俺の10億円!」

「――うふふ、お探しの物はこれですか?」


 ふと、何もなかったはずの空間に眩い光が生まれた。

 きらきらとした光の中心に浮かぶのは、まぎれもなく探していた宝くじ。


「じゅ、10億!」


 光の中へ手を伸ばして、宝くじを掴み取る。

 当選番号も、何度も確認した当選くじのそれで間違いない。

 何故光ってるのかとか疑問はあるが、何よりも手元に10億円、になるくじがあることで一安心できた。


「さて、落ち着いたらちょっと私のお話を聞いてくれるかしら、高野翔さん?」


 そこでようやく、翔は自分に声を掛ける女性の存在に気付いた。

 その女性は、宙に浮かんでいた。

 淡い光に包まれて、柔らかに微笑み、翔のことを見つめている。

 思わず見惚れる美しい黄金の髪がふわふわと踊るように靡く。澄んだ宝石の様に輝く藍色の瞳。

 頭の天辺から爪先に至るまで丁寧に磨きぬかれたような、芸術品の様な美貌。

 女性と触れ合う機会の乏しかった翔にとって、そんな美女に声を掛けられる機会なんて、これまでの人生に皆無であった。


「え、ええと、すいません。気付かなくて」


「いいのよ、さっき来たところだもの。気付かなくても無理ないわ」


 確かに、先ほど宝くじを探して周囲を見渡したが、彼女の姿はどこにもなかったはずだ。

 天井も壁もないこの空間、光るくじ、突然現れた空に浮かぶ美女。まるで夢の中のような出来事ばかりである。

 思わず、頬を抓る。痛いだけで目が覚める気配はなかった。

 ならばこの状況は一体何なのだろう、と疑問が浮かぶが答えは分かるはずもなく。


「ええとね、まず最初に言っちゃうけど」


 様々な疑問に対する答えは。


「――貴方は死んでしまいました」


 目の前の女性が、とてもじゃないが信じられない内容とはいえ、教えてくれた。




 女性の名前はヘルミーナ。女神様であるらしい。

 何とも信じがたい話ではある。いきなり「私が女神です」と言われて、はいそうですかと信じられるはずがない。

 しかし、何もない空間に洋風のテーブルや椅子、ティーセットを出現させたかと思うと、風景を豪邸の庭風にしたりと、手品やトリックではどうしようもない現象を見せ付けられる。

 そして、自分の死んだ瞬間の映像を空中に浮かぶモニターのような光の板で見せられているうちに、轢き殺された時の感触が蘇り、納得させられてしまう。

 目の前の女性が普通の存在ではなくて、自分がもう、生きていないのだということを。


「在り得たはずの未来を、理不尽に奪われた不幸。お悔やみ申し上げます」


「……なんで、なんで俺が、死ななくちゃならないんだ」


 将也は呆然と呟く。呆然と、するしかなかった。

 ごくごく普通の、ありふれた人生だった。

 最後に宝くじの当選という凄まじい幸運に恵まれたが、それも事故死という不幸に押し潰されてしまった。

 今自分の手元にある宝くじも、こうなってはただの紙切れでしかない。


「不幸、としか言えませんね。稀に天界のミスで死ぬべきではない人を死なせてしまうこともありますが、今回は違います。

 貴方が横断歩道を渡る際に、たまたま暴走車が来てしまった。それが全てなのです」


「はは……天界のミスだったら、チート転生でもさせてもらえたのかな?」


 神様の手違いで死なせてしまったお詫びに、神様から様々な異能力を受け取り異世界へ転生する。

 無料で読めて良い暇つぶしになるからと生前に読んだネット小説には、そういったジャンルの物語があった。

 死後に神様と対話している現状は、それら小説の冒頭によく似ている。

 ただし、ヘルミーナの言葉を信じるなら、神様の手違いではないという決定的な違いがあるが。


「それなんだけどね、貴方……異世界転生トリップ、してみるつもりはない?」


「……え!? い、いいんですか!?」


 ヘルミーナの提案に翔は驚きの声をあげる。

 トリップというのは、ネット小説のジャンルとしては異世界に転移して、その世界で生きていくというのが主題となる。

 願ってもないことである。異世界と言っている以上、元の世界には戻れない様子だが、このまま死んでしまうよりはまだ生きていたい。

 だが、神様の手違いでなかったのなら、何故転生させてもらえるのだろうか。


「ただし、代わりに……」


 代わり。つまり転生する代償に何か要求されるのだろうか。

 悪魔との契約なら魂を代償にとか悲惨な末路が待ち受けていそうだが、神様との契約の代償とは一体何なのか、想像もつかない。

 ヘルミーナは、細く可愛らしい指先をすーっと動かして。


「その宝くじ、ちょーだい♪」


「……へ?」


 きらきらと目を輝かせながら、翔の手元にある宝くじを指し示した。


「貴方は死んじゃったわけだから、その宝くじを換金できないでしょ? けどそれを私にくれるなら、チート能力とかじゃんじゃん上げちゃうわよー」


 先程まで感じていた神々しさが一気に霧散して、ヘルミーナはとても俗っぽい笑顔を浮かべている。

 漫画なら目にお金のマークが浮かんでいそう。そんな様子だった。


「か、神様もお金とか欲しいんですか……?」


「そりゃあそうよ! 日本ならどこの神社でもお賽銭箱とかあるでしょ? お金はね、神様にもとっても大切なものなのよ!

 地上界で人に混じって買い物するのに使ってもいいし、天界の通貨に両替してもよし。あって困ることなんてないわ。

 あと、私が金銭や商売に賭博とか、お金に関わることを司る神族ってのもあるけどね」


 意気揚々と語るヘルミーナの様子は、神様らしさなんてなくて、ただのお金好きな女性という感じだった。


「神様にとっては普通の金銭的な価値だけじゃないんだけどね。

 人の世を巡り回る中でたくさんの人々の感情に触れた金銭には色々な想いが宿るものよ。

 例えば、飢えに苦しむ人が苦労して手に入れたお金とか、ギャンブルで最後の最後に残ったお金で一発逆転した時。病気の子供のために集められた募金。

 そういうお金には人々の神への感謝の想いも宿ったりするのよ。例えば同じ1000円札でも、宿る想いで価値は何倍にも変動したりするのよね」


「は、はあ。そういうものなんですか」


「まああれよ、神様だってお金好き! 私は特に大好き! って覚えておけばそれで大丈夫よ」


「……なんというか、神様に対するイメージが、こう、がらっと変わりました」


 もっと超常的な存在として君臨しているような想像をしていたのだが、神様も随分と人間っぽい様子だ。

 目の前で満面の笑みを浮かべながら楽しそうに天界のことを語る女性の姿は、どうみても人間にしかみえない。


「けど、神様なら俺なんかに頼んだりしなくても、このくじ持っていっちゃうくらいできたんじゃないですか?」


「そういうのは、やったら駄目な決まりごとなのよ。無断で人の物を取ったりしたら、罰せられてしまうわ。

 悪いことをしてないか、上位の神様達に見張られているから、隠そうとしてもばれちゃうのよね」


「な、なるほど……でもそれなら、勝手に俺を転生させるとか、してもいいんですか?」


「ちゃんとした理由があればいいのよ。貴方の場合は……得られるはずだった人生を変えうる大金を手にできず死んだ無念で自縛霊になる可能性が高かったわ。

それを防ぐには死んだことを納得してもらった上で、昇天か転生をしてもらう必要がある。

けど正直さ、大金得て幸せになれるはずでしたが、死んだので諦めて成仏してねって言われて……納得できる?」


「……できる、わけがない」


 金が全て、とは思わないけど。それでも金は生きていく上で大切なものだ。

 お金で買えないものがあるように、お金がなければ買えないものだってたくさんある。

 それらはどちらも、人生に欠かせない大切なものだ。

 生活を豊かにする物や、日々生きていくための食事に、病を治すための薬。


 愛は金で買えない、お金より愛が大切。そんな言葉を聞いたことがある。

 確かにそうかもしれないけど、愛のためにお金が必要になることだってあるだろう。

 愛を示すために指輪を買ったり、結婚式をして誓いを交わしたりするのにも金がいる。

 愛する人に、そして生まれてきた子供に安定した良い暮らしをしてほしくてお金が必要になるだろう。

 翔は彼女いない暦=年齢なので、もしかしたら愛に目覚めればお金より愛、と意見が変わるかもしれないけど。

 それでも、お金が大切だということはよく知っている。


 10億円が手に入ると知った時、未来を夢想して心躍らせた。

 良い暮らしが出来る。恋人ができても安心して養っていける。子供にも豊かな暮らしをさせてあげられる。

 仕事に費やしていた時間を婚約活動に回せば、それは決して無理な未来ではなかったかもしれない。

 もちろん金だけ持ち逃げされることのないように注意して、自分自身も金に物を言わせて横暴な振る舞いをしないよう心掛けなければいけないだろうけど。

 そんな幸せがあったかもしれない未来を唐突に奪われて「そうですか、では成仏して消えます」なんて、とてもじゃないけど思えなかった。


「そうよね。誰だって、幸せになりたいもの。理不尽な不幸があっても納得して成仏してね、なんて言えないわ。

 だからこういうケースでは記憶を保持したままの転生は認められているの。

 選択は人それぞれで、成仏を選ぶ人や、残された家族の幸せを代わりに願う人とか、色々だけどね」


「……ええと、それなら宝くじがなくても、転生はできるってことですか?」

「そうね、転生自体はできるわ。けど貴方は天界のミスと関係なく、特別に善行を積んできたわけでもない普通の青年。

 だからチートな能力とかは、得られないわ。こちらの都合で選ばれた、剣と魔法のファンタジーな世界に転生するだけになる」


 それは、厳しい来世になりそうだ。

 往々にしてファンタジー世界というのは、モンスターが闊歩する危険な世界だ。

 それでも平和に生きていける可能性はあるが、確実とは言えない。

 最も、今まで自分が生きてきた世界でだって、命に関わる危険はいくらでもあり、突然命を奪われてしまうことは十分に在り得る。

 仮にファンタジー世界への転生を拒んで、今までの世界と酷使した世界へ転生したとしても、理不尽な目に合わないとは限らない。

 どの世界に転生したって、絶対に安心ということはないだろう。

 けど神様から異能力を与えられるかどうかで、不幸を跳ね除けられる確率も変わると思う。


「そこでその宝くじの出番ってわけ。私はお金の神様だから、金と引き換えに様々な能力を授けてあげるわ。好きな能力や才能、10億円分もあればかなり選びたい放題よ?」


「チ、チート生活も金次第ってことですか」


「そういうことね。等価交換は商売の基礎よ。

 貴方はチート転生でうはうは。私は儲かってうはうは。

 実に素晴らしいWIN-WINな関係だと思うけど、いかがかしら?」


 考えるまでもない。

 せっかくの幸運を捨て去ってしまう理由なんてないのだから。

 翔は女神ヘルミーナをまっすぐに見つめて、答える。


「よろしく、お願いします」


 そう言って、手元の宝くじを差し出す。

 女神ヘルミーナはそれをしっかりと受け取って。


「まいどありー♪」


 とても可愛らしい、弾けるような笑顔を浮かべた。

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