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振り向けば、そこに探偵事務所  作者: 大本営
File No.001 パトロン
9/41

1話、プロローグ 学園都市エレン

  僕こと、シンイチは日がすっかり暮れた街を家路に急いでいた。


「新年度は、毎年毎年この有様だ」


 愚痴る相手もいないが、新年度になってから毎日定時より三時間も帰宅が遅れれば、愚痴のひとつもこぼしたくなる。夕食は既に済ませたからいいとしても今日という日は残り少ない。残り時間を有効に使うには、やはり大通りから路地に入るのが最短ルートになるけど、果たしてどうしたのもか。


 思案、この間約三秒。


 ふと気がつくと街灯にライトの呪文を唱えている生徒達がいる。

 かつて僕がいた世界では人力で街灯に明かりを灯してはいなかったけれど、何故か生徒達を見ていると、もう帰れない故郷の街灯を思い出してしまう。眠らない街と呼ばれた故郷の明るさとは比べものにならないけれど、それでもこの灯りこそが不夜城の名に相応しいと思える程度には、僕はこの街に慣れてきていた。



 ◇



 学園都市であるこの街はエレンと呼ばれている。


 この街は多数の魔法士を輩出する学園を抱えており、生徒達を動員することで街灯にライトの呪文を唱えて夜の装いに模様替えすることを可能としていた。

 街中の街灯にライトを唱えると言うが易いが、大陸広しといえどエレンくらいしかやっている街はない。

 エレンでも人海戦術的に全校生徒を動員しているから可能であり、他の街ではそれほど大量の人材を抱えてはいない。魔法士養成コストと燃料代を天秤にかけると、採算が合わないというのが一般的な認識である。


 不夜城、夜の貴婦人などと称えられるエレンの街灯は各都市の羨望の的であり、一種のステータスともなっていた。電気もガスも無いこの世界、炎のみが夜を灯す一般的な生活手段なのだ。

 ライトの光は炎の光と比較しても光源としての光量は段違いに上であり、利用方法の多岐に渡る。他の都市からは別世界に見えたとしても無理もないと思う。


 この光景を見るたび僕は、自らも教鞭をとる学園に誇りを感じることが出来た。



 余談になるが魔術の探求を重視する魔術師に対し、魔術の利用方法に重点を置くエレンのような一派は魔法士と呼ばれる。

 前者は従来から存在し、後者は近年台頭してきた思想である。

 両者に思想的対立こそないが、一般的な認識では魔術師側が魔法士より格が高いという認識は確かに存在する。それを象徴する一事例に魔法士を魔法師と呼ばないことからも分かるかと思う。



 ◇



 魔法士の思想を支持する現学長の方針により、街灯以外にも治安、経済など様々の方面でエレンに貢献している。今では学園都市エレンと呼ぶ市民も多いが、学長はその声を事あるたびに否定していた。


「学園はエレンの一部であり、断じてエレンが学園の一部ではない。 魔法士の諸君、驕ることなかれ、魔法士とは社会を司る構成要素の一部なのだ」


 学長の言いたいことは異世界人である僕には理解できる理屈です。だとしても、エレンにこれだけ貢献している我々はより多くの称賛を受ける権利があるのでは? 

 少なくとも魔法師とは呼ばれたいよな。


 僕でもこれなのだ。

 生徒達は年若いため血気に流行りやすく、魔法士が社会に従属する存在に徹すべきだという意見に納得するとは到底思えない。彼らの抱く意識の差に配慮がない学長は、もしかしたら自分と同じ身の上なのでは? 

「良くないことが起きなければ良いのだけれど……」

 まだ大きな問題になっているわけではないが、時間をかけて啓蒙していかなければならない問題なのだろう。


 溜息を一つ吐き出すと、特に意味があったわけではないがやはり路地に入ることにした。



 エレンの街灯と言えども、路地に入るとやはり数が減るため薄暗くなるのは避けられない。


 あまり気味が良くないから入ったことに後悔が無いでもないけれど、戻ることは何かに負けた気がして癪に障る。意味のない、誰に対するわけでもない見栄と分かっているが、前に進むしか選択肢がなかった。

 路地をさらに右に曲がると隣の大通りまでは一本道。五軒目の店を通り過ぎようとした時、違和感があった。


 確かあの場所は、空き地だったような。



 ◇



 あらかじめ計算された都市計画の元に整備されたエレンには、公園は多いが空き地というに値する土地は少ない。


 計画されて用意された空き地の用途など教鞭を採るシンイチも知らないが、余程のことがないと建造物を建てることがないのは知っていた。ということは、あり得る可能性としては違法建造物か建造物に見えたのは幻術の類。


 生徒が空き地に対してゲリラ的に幻術を用いるということは、嘆かわしいことによくある。

 昔から行われた行為ではあったが、現学長になってからその頻度は飛躍的に上昇しており、頻度に比例して技巧も上昇している。


 あれもある種のアートだと現代人だったシンイチには理解できるが、住民から苦情も少なくなく、教師達や行政を司る貴族には受けが悪い。教師の職にある我が身としては、個人として好感を持とうとも防止する立場にならざるをえない。



 残業か。残業代が出ないのに。

 諦めて通り過ぎようとした建物に振り返る。

 えっ、と、あっけにとられて思わす声がでた。

 目がおかしくなったのかと思い、目を擦るが見間違いではなく塔がそこにあった。

 いや、あれは塔なのではない、ビルだ。


 付近の建造物より明らかに5倍以上は高く、表面はコンクリートで作られ、各階には窓ガラスが塔を覆うように配置した建造物をライトアップするかのように次々切り替わるネオン。


 夜の貴婦人と言われるエレンのライトも、シンイチにしてみれば程度のよいガス灯でしかない。この世界にあるからこそ貴重であり優美であれども単調な色彩でしか飾ることのできない貴婦人。貴婦人に対するならば、ネオンは享楽と快楽に人を誘い込む魔性の娼婦。

 差し詰め僕は魔性に魅入られた愚か者だったのだろう。


 それほどまでに僕の心を、あのネオンは捉えていた。


 惚けるように彼女を見つめていると、電飾に彩られた看板に目に留まる。余人なら装飾かと見間違うかもしれないが、看板には「真壁探偵事務所」と書き込まれていた。


「このビルが真壁探偵事務所? しかもビルが、どうしてエレンに?」


 もう遠い存在となったあの世界。

 その建造物がどうしてエレンにあるのか。

 幻術の類という線は対象を正確にイメージ出来ることが前提なので既に消去している。自分と同じ異世界人が幻術を使用した可能性も排除できなくはないが、エレンと言えどこれほどの幻術を駆使できる人物は限定でき、彼らが異世界人ではないことをシンイチは知っている。残る可能性はビルごと異世界に移動したか、白昼夢を見ているかいずれかだよな。こんな巨大な建造物にエレンの住民が気付かない事も妙だけれど、現実問題としてここに存在している事実は変わりない。

 だけどどうして、どうやって? 想定外の事態に考えがまとまらない。落ち着けシンイチ、ようやく手にした手掛かりだ、冷静になれ。


 ポケットから煙草らしきものを取り出し、魔術で火を付ける。


 大きく煙を吸い込むと、大きく吐き出す。


 いいでしょう、現実を受け入れましょう。

 ビルは存在する。


 ビルが転移してきたのは、もしかしたらさほど時間が経過していないのかもしれない。

 そうでなければライトで照らされたエレンで住民が気付かない筈がない。いや、逆にライトで照らされたエレンだからこそ、ネオンの灯りに驚かない可能性も否定できない。

 いくら考えても、これ以上結論は出ない。いずれにせよ、騒ぎになっていないということは自分が第一発見者ということになる。

 吸っていた煙草が短くなり、新しい煙草に火を点けた。


 本来、学園か衛兵にいち早く報告すべき一大事だが、シンイチはその気がなかった。


 20年だ、僕はこの時を20年待った。

 誰にも邪魔はさせない、あの世界への手掛かりは誰にも渡さない。


 その間も2階の外壁に設置してあった電光掲示板が3秒置きに次々に情報を表示する。スポーツ、天気予報、為替情報などと次々切り替わり、電気によって作られたネオンも浮かび上がり薄暗い路地を照らし始めた。

 入口と思われる扉の前に移動すると扉が自動的に開き、赤い絨毯の上に黒のスーツを着こなす老人が礼をしたうえで挨拶をする。


「ようこそ、真壁探偵事務所へ。所長であらせられます征志朗様は上の階におられます。御同郷の方、どうかこちらへ」


 僕を同郷と理解しているという事は……。

 ゴクリッ、唾を飲みこむ音が漏れる。


 シンイチはビルに一歩を踏み入れる。

 これがエレンの街が見たシンイチの最後だった。



 次の日以降、シンイチが学園に来ることはない。

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