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振り向けば、そこに探偵事務所  作者: 大本営
File No.000 落下
8/41

第零話 その八 アリアの憂鬱

 

 ◇アリア 



 アリアが学校行事の一環として四泊五日のスキー旅行で訪れていた土地は、蔵王いう名の観光地でした。山間にあるその土地は、樹氷とスキー場と温泉地で世界的に有名なのだと現地の人は言っています。

 宿泊四日目の今日もクラスメートと一緒にまでリフトに乗り、冷たい風を切るようにスキーやスノーボードで滑っていると何もかも忘れてしまいます。管理者としての重圧も後悔も、そして私を憂鬱にさせる感情も。



 ◇



 それは宿泊三日目のことです。

 アリアはもう何日も征志朗の声を聞いていなかったので、少し寂しくなってきていました。でも、征志朗は家に帰っているか分からないですし、なにより電話をかける理由がありません。

 そんなときです、あの情報が入って来たのは。

 ボーイング737型機の乗員乗客二百名全員がドォオに落下したと知ったとき、目の前が真っ暗になりました。

 私のせいです、私のせいで乗員乗客二百名は死を体験する羽目になってしまったのです。ドォオでの死がウーヌスでの死を意味しないとしても、正当化はできません。

 私は『異世界に無意識に拉致された者達』の件について、あまりに無力です。出来た事と言えば、どうにか強制介入の申請を通して救出については征志朗に丸投げしただけ。一方の当事者である人物の対応としては、あまりに無責任です。分かってはいます、でも、アリアにはどうする事も出来ないのです。

 でも、でも、アリアを送り出してくれたあの人なら。先々代の管理者だったあの人ならもう少し上手く立ち回れたと思います


 無能! 怯懦! 虚偽! 杜撰!

 顔も知らない乗員乗客二百名が私を取り囲み、激しく責める声が聞こえます。

 目を閉じ、耳を塞いでも消え去る事はありません。

 そんなに私を責めないで、アリアには本当にどうすることも出来ないの!!


 後悔が私を苦しめていたときに、葛宮 麻人がウーヌスに帰還をしていない事を知りました。葛宮 麻人という方には悪いと思いましたが、これで征志朗に電話をする口実が出来たと思ってしまいました。人の不幸を利用するなんて、アリアは浅ましい女です。


 やっとの思いで電話をかけたというのに、征志朗は電話に出ません。

 意地になって何度も、何度も、かけました。

 三十分以上粘ったのに電話に出ないなんて。分かりました、征志郎()()()がそのような態度を取るなら仕方ありません。ここはマイヤーの協力を仰ぐとしましょう。


「お(アリア)、まだ旅行の最中かと思ったがどうかしたか」

「どうかしたではありません。征志朗、貴方は何故携帯には出ないのです!」

「生憎、その時間帯はシャワーを浴びていた」


 マイヤーから取り次いで貰いやっとの思いで電話をしたのに、征志郎の態度はどこか余所余所しいです。まるでアリアに知られたくないような事があったかのようです。


「……という訳で、征志朗は今すぐに第二世界『ドォオ』に行ってください」

「すまない、TVを付けていたのでよく聞こえなかった。もう一度、用件を話してもらえないか」 

「征志郎()()()、単に私の話しを聞いて無かったのではないのですか」

「そんな事はない。今し方のニュースで――某市発のボーイング737型機がタービュランス(乱気流)に遭遇、乗客乗員の一部に軽傷を負った方が発生した――という事実を知ったところだ」

「そのニュースを知っているのでしたら話しは早いです。およそ一時間前、タービュランス遭遇と同時刻に、ボーイング737型機の乗客乗員が全員『ドォオ』に堕ちました」


 嘘です、征志郎は私に嘘を付いています。根拠はありません、女の勘が征志郎は嘘を付いていると告げています。でも、征志郎の嘘は巧妙に事実を織り交ぜてくるので、何処までが嘘なのかまでは判断できません。

 ただ、なにかが引っ掛かります。

 今日の征志郎は嘘を付いているだけでなく苛々しています。でも、苛々している原因がアリアの電話ではなく、何か別の要因な気がします。少なくとも征志郎は疲れているという理由で、アリアを邪険にしたりはしません。

 その推測が間違っていなかったのは、直ぐに判明しました。


「パラシュート無しで高度四千メーターからスカイダイビングとは、レミングも顔負けの集団自殺だな」

「馬鹿な事言わないで下さい!」

「その様子だとウーヌスに帰還できなかった不幸な奴がいたようだな。助かったのが不幸というは何とも皮肉な話だ」

「……未だに意識が戻らない人物は、葛宮 麻人(くずみや あさと)、学生、十四歳、男性です」

 管理者であるアリアを責めるような言葉に思わず泣きそうになりましたが、征志郎の言葉は一面の事実を突いています。非難をする事は出来ません。それでも、直ぐに返す言葉が出てきませんでした。


「人物を特定できるとは珍しいケースだな」

「旅客機ごとという特異なケースでしたから人物の特定は容易でした。幸い迅速に状況を把握できましたので、彼が飛ばされたおおよその座標も分かっています。征志朗は早急に葛宮 麻人を救出してください」

「了解した」

「アリア」

「何ですか、いいから早く行きなさい!」

 私を挑発するような態度に思わず声を荒げてしまいました。そんな風に話したかったのではないのに。ただアリアは征志郎と会話をしたかっただけなのに。

「済まない、気晴らしに軽い冗談を言ったつもりだったのだが少しからかい過ぎた」

 征志郎との最後の会話は、謝罪と労わりの言葉で終わりました。この会話の流れから優しい言葉をかけられると思いませんでした。嬉しさと気恥しさで自分でも意味の分からない事を話し出します。でも、そのときには電話は切れていました。

 するいです。自分だけ言うだけ言って、最後は謝罪するなんて。


 あの時から、自分でもよく分からない感情が渦巻いています。それが私の心に小波を引き起こしました。征志朗はどのような事に対して苛々し、アリアに何を知られたくなかったのでしょう。

 元々、征志朗は平気で私に嘘を付きます。いえ、時に嘘を付いているという事すら隠そうとしません。それが今回は隠そうとしています。だから気になるのです。いつもは頼りなるマイヤーも、今回は何故か助けてくれませんでした。最初は小さかった小波も、今では大きくなってアリアの心を揺さ振ります。


 ウーヌスで独りぼっちになってしまった気分です。


 でも、だとして、どうしたらいいのでしょう。

 大人であり私の保護者である征志朗が何をしようとも、本来私に干渉する資格はありません。姪といってもあくまで名義上の対外的な肩書で、私と征志朗の関係は兄妹でも、親類でも、……恋人でもありません。個人的な関係は依頼人と探偵の関係であり、あの人が征志朗にお願いをして預かってもらっているだけ。

 征志朗にとってアリアはどのような存在なのかと思うと憂鬱になってきます。



 ◇



 四泊五日の旅行も今日で最後なので、思い残す事のないように一日中スキー場で滑っていました。お陰で汗も流したし、もうクタクタ。早く温泉で汗を洗い流したいです。でも、考える事は皆同じだったのか脱衣場は満員でした。

 旅館ごと貸し切っていなければ、他の宿泊客の方に迷惑をかけていたでしょうね。四泊も貸し切るなんて無茶をしたと思いますが、アリアが通う学園には所謂いいとこの出の方が多いため、防犯等の問題を考えれば安い出費なのだとか。

 脱衣場で服を脱ぎ下着を外していると、隣にいるクラスメートの方がどうしても目に入ってしまいます。最初は何気なく見ていましたが、よく見るとその人と比較して自分の成長が遅い事が思い知らされました。思わず目を反らしてしまいますが、反らした先にいる人の成長もアリアより上。


 征志朗も、大きい方が好きなのでしょうか?

 アリアのも、もっと大きかったら子供扱いしないのでしょうか。


 只でさえ落ち込んでいたのに、更に落ち込んでしまいます。

 でも、いつまでも脱衣所にいる訳にはいきませんね。邪魔になるので、慌てて中に入ります。まず髪と体を洗うと、露天風呂の隅に移動して肩まで湯に浸かります。


 このまま溶けてしまえば、こんな惨めな思いしなくていいのに。


 一人になりたかったので隅に移動していたのですが、それでも見ている人はいるものです。特に親しい友人が私を見つけると近付いてきました。いつもは明るい性格で大好きですが、今日は前にぶら下げた物体が目ざわりです。

「アリアさん、怖い目で見つめてどうかしたの?」

「……いいですね、大きくて」 

「そうかな、結構重くて大変だよ」

 持てる者の悩みですか、なんという胸囲の格差社会なのでしょう。その言葉に嫌みがないのは分かりますが挑発にしか聞こえません。私の心境など気にも留めず、友人は話し続けます。

「昨日電話をしていたときから様子が変だけど、大丈夫?」

「そんな事はないですよ。私はちゃんとこの旅行を楽しんでいます」

「ははは、嘘を言っても駄目だよ。アリアさんは深刻な悩みを抱えている、それは恋の悩みだ、いや、恋の悩みに決まっているよ」

「何で、そう言い切れるのですか」

「それはアリアさんが私の嫁だからだ!」

 何を言っているのでしょう、この人は。会話のペースに付いて行けません。

「……アリアは貴方の嫁になった覚えはありませんよ」

「ムキになって否定するのも可愛い。まあ、可愛いのは顔や性格だけではないけれど、っね」

 アリアの背後に素早く回り込むと、後ろから抱きしめる様に胸を揉み始めました。

「アッ、やめてください。征志朗にだって、……アッ、触られた事ないのに」


 必死に抗議をするとようやく解放されました。思わず溜息が洩らしてしまった自分に顔が真っ赤になります。私達があまりに騒ぐので、他のクラスメートの方の注目を集めてしまいました。

 ゆっくり湯に浸かりたい人の抗議の視線と、妙に何かを期待する熱い視線が集まってとても恥かしい。


「……女同士だからって、あんなの酷いです」

「ごめんごめん、アリアさんが可愛くて、つい」

「つい、でも、しないでください!」

「で、悩みの原因は()()征志朗さんだね」

「……そうです」

「また思いっきり甘えて、意地悪言って、振りまわせばいいじゃない」

「私はそんな酷い事してません!」

「そうかなあ。寝不足の征志朗さんを連れ回したり、ショッピングで高額なプレゼントをさせたり、ドライブに連れ出したりしているんでしょう」

「あれは、約束を守らない征志朗が悪いんです。その見返りを得るのは当然ですよ」

「やっぱりデートをしていたんだ。この浮気者!!」

 自分から白状したと気付いた時は手遅れでした。遠巻きに私達を囲んでいたクラスメート達も追及に加わり、彼女達の取り調べは夜遅くまで続きました。


 初めて会った時、ドライブに出かけた時、クリスマスはどのように過ごしていたか等々。

 一つ一つ告白させられ、恥しくて仕様がありません。

 何故、アリアはここまで追及されなければならないのでしょう。

 アリアは何も悪くないのに。


 と疑問に思いながらも、誰かに話す事で鬱屈していた気持ちは楽になっていきました。

 こんな気恥しい思いをした事はありません。

 全部、征志朗が悪いのです。

 そうに決まっています。



 ◇



 そんな騒ぎもありましたが、四泊五日のスキー旅行を終えて新幹線で征志朗の街に帰って来ました。この街に来てからそれなりの月日が過ぎましたが、最近になってようやく家に帰って来たと思えるようになりましたね。


「私達は一旦家に帰ったら打ち上げをするけど、アリアはどうする?」

「駄目だよ、アリアさんには愛しの彼が待っているのですから」

「アリアさんは私の嫁だ! 浮気は許さない!」

「恥ずかしいですから、駅の出口でそんなこと言わないで下さい」

 流石に出口を封鎖して騒いではいませんが、出口付近には違いないので否応にも悪目立ちします。通行する方々の『仕方がないな』『邪魔だ』という視線が痛いですが、盛り上がった女性達の前では無意味です。

 私達がそんな騒ぎをしている時、目の前に黒い流線型のスポーツカーが止まります。フェラーリに似たその車の名は『パガーニ・ゾンダ C12S7.3』、征志朗の愛車です。

 助手席側のドア・サイドガラスがパワーウィンドォで開くと、運転していたのはやはり征志朗でした。

「お帰り、アリア。迎えに来たから乗るといい」

 いつもだったらお嬢としか言わないくせに、こんなときだけ名前で呼ぶなんてずるいです。きっと女生徒達の前だから格好良い大人の男性を演じたかったに決まっています。

「……ただいま、征志朗」

 クラスメートの注目を浴びて恥ずかしいですが、不思議と悪くない気分です。

「相手が悪い、諦めなよ」

「いやだぁ、アリアさんは私の嫁なんだ」

 色々言っていますが気にしてはいけません。いつまでも駅前に車を止めている訳にはいかないので、急いで車に乗らないと。

 乗り込む直前、私を嫁だ、嫁だと言っていた友人が声をかけてきました。

「大丈夫、私達は応援しているよ。頑張って」

「……はい」

「行くぞ」

 征志朗は発進合図のようにアクセルを踏み込むと、パガーニ・ゾンダ C12S7.3の誇る7.3L555英馬力エンジンを唸らせます。そのまま0-100km/h加速3.7秒の性能をもつ加速力で急発進します。あっという間に駅は遠くなりました。途中に信号が幾つもありますが、何故か一度も捕まらずに高速道路に乗ります。

 そこからはゾンダの性能をさらに解放して高速走行。道路交通法に対して完全に喧嘩を売っていますね。

 でも、私はこの加速が大好きです。魔術で行うのとは一味違う人間味のない無機質で、凶悪で、唸るようなエンジン音。それらがもたらす高速走行がとても気持ちいいのです。


「征志朗。どうしたのですか、家とは逆方向ですよ」

「たまにはドライブも悪くないだろう?」

 確かに気持ちがいいですが、何かを企んでいるような気がします。

「他の人には聞かれたくない話ですね」

お嬢(アリア)は察しが良くて助かる。まず先にドォオでの活動報告をしよう。先日連絡を受けた葛宮 麻人の身柄を無事確保した。また捜索中の『異世界に無意識に拉致された者達』の件だが一人救出した。その人物は、井上陽子、年齢一七歳」

「流石に仕事が早いですね。井上陽子さんには聞き覚えがあります。もしかしたら、何日も前から入院している次期副会長 井上陽子さんと同一人物かもしれないないですね」

「……知り合いか」

「ええ、その可能性があります」

 数秒間の沈黙。

 征志朗は感情に揺らぎがあったとき必ず間を取りたがります。可能なら煙草を吸ったのでしょうけど、高速走行中は流石に遠慮しましたね。

 彼女と何かあったのでしょうか?

 気になりますが、征志朗はそれ以上語りません。


「葛宮 麻人の件だが、少し不味い事態が発生した」

「それで、このような密室で話をしたかったと。ウーヌスに戻ってからの問題でしたら精神的なケアも含めて、私が責任を持って対応しますから大丈夫ですよ」

「麻人はウーヌスに戻していない」

「はっ? いま、何と言ったのです」

「麻人の身柄を無事確保した、だがウーヌスには戻していない」

「どうして、そんな勝手な事をしたのですか!」

「俺も勝手な判断だと思う。だから依頼人に状況を報告している」


 ゾンダは市街地を抜け、湾岸地帯を爆走します。途中に設置されたオービエンスが道路交通法を無視する不届き者を画像に収めようとしますが、魔術で迷彩塗装されたこの車を捉える事は不可能です。


「余程の理由があるのですね」

「葛宮 麻人はドォオに落下したとき、幾つかの偶然が重なって自身にマナを宿してしまった。問題なのはこのままウーヌスに戻った場合、マナを宿した人間を魔術士達が黙っていないという点だ。魔術が衰退の一途を辿り始めて随分歳月が過ぎたが、今回のような受け継がれない形でマナを宿した例を俺は知らない。分かるか? その価値が計り知れないとことを」

「麻人君に危険が迫る可能性があると」

「迫る可能性ではなく、いつ迫るかの問題だろうな」

「でも、それなら征志朗の実家で保護、養育して貰えばいいのでは?」


 私も何度か連れて行ってもらった事がありますが、感じの良い方々だった思います。あの人達なら信用できると思いますが。


「魔術士の家を信用するな。お嬢(アリア)に手を出さず大人しく協力しているのは、君が『上の方(管理者)』だからだ。だが麻人は違う、彼は一般人だ。妖怪爺や親父達のことだ、事故だの適当に理由を付けて麻人をホルマリン漬けにするのが目に見えている」

「私が保護を依頼するのですよ。それでも無視をすると」

「するな。俺が親父の立場だったとしてもする」

「信じられません。あの優しい人達がそのような事をするなんて」

「俺は十五人兄弟だが生き残ったのはたった三人。魔術を受け継ぐというのはそれだけ危険だ。このリスクを減らす方法があるとしたら。自分の孫や子孫が死なない方法があるとしたら、それを探求するのは親として当然の選択だろうな」

「でも、麻人は殺されるのですよ」

「この場合のホルマリン漬けとは殺す事を意味しない、生け作りの標本のようなものだ。魔術士の道を捨てればいいと思うかもしれないが、魔術士は俺も含めて家族が死に絶えるリスクを許容している。親兄弟達が狂い死のうとも魔術を受け継ぐのを止めやしない。お嬢(アリア)には理解出来ないかもしれないが、魔術士とはそういう屑の集団なんだよ」


 征志朗は更にアクセルを踏み込み、ゾンダは加速を増します。


「麻人を救う方法は一つしかない。アイツが魔術士として一人前になり独力で身を守る事だけだ。まあ、それでも根本的な問題は解決しないが、そこから先までは面倒見切れない」

「直ぐに麻人を帰すのが危険というのは分かります。でも、それなら私が教えれば問題ないでしょう?」

「自分が何を言っているか分かっているのか? お嬢(アリア)が何処の世界から来たか、その世界の魔術体系、ウーヌスとの知識の相違を俺は問わない。だが、教えるという事は、ウーヌスにない知識を『上の方(管理者)』である君が持ち込むという事だ」

「……」

「自分がどれだけ馬鹿な提案をしたか分かったか?」

「はい」

 いつの間にか私達は征志朗の家があるビルに戻ってきました。地下にある駐車場に車を止めると、エレベーターで最上階にある探偵事務所兼自宅に移動します。


 玄関を上がり赤い絨毯を歩いていると、黒いスーツに身を包んだマイヤーが私達を出迎えました。

「お出迎えが遅れて申し訳ありません。征志朗様、アリア様、お帰りなさいませ。アリア様、蔵王への旅行はどうでしたか?」

「最高よ、マイヤー」

「それはようございました」

「マイヤー、麻人は無事だろうな」

「このマイヤー、招かれざる御客様は例えデルタフォースであろうとも御通ししません」

「いい返事だ」


 所長室でのある征志朗の自室の扉を開けると、そこには一人の少年がいました。

 彼が葛宮 麻人なのでしょう。女性に好かれそうな顔していますね。うちのクラスに連れてきたら、多分玩具にされるタイプの可愛さですね。


「麻人。彼女が俺の姪であり、依頼人の真壁アリアだ」

「こんにちは、麻人君」

「……初めまして、アリアさん」

「麻人、集中力が乱れているぞ。会話をしていてもコントロールを失うな」

 机の上には直径十センチの小さな竜巻が発生していました。恐らく彼が発動させたのでしょう。汗を流しながら必死にコントロールをしているのが分かります。でも、その顔は楽しそうです。

 征志朗と私は机を挟んで相対すように座ります。勿論、所長である征志朗は上座で、私は下座ですけどね。麻人は私から見て右側で正座しながら、机の上にある竜巻をコントロールしていますね。

 話しながらコントロールするなんて、本当に魔術を覚えたての少年なのでしょうか。


「麻人の異常さはマナを宿しているだけではない。こいつは魔術をフィーリングだけで使いこなしている」

「使える過程を完全に無視しているというのですか」

「そういう事だ。今のままでは街中で車に轢かれそうな人物を見掛けたとき、咄嗟に車を破壊して助けかねない。(先程の理由もあるが)こんな奴は危なっかしくてウーヌスに帰せない」

「そういうことですか(先程の理由は伏せておくのですね)」

「アリア、麻人は暫く家で預かる事にするが構わないな(そういうことだ)」

「事情が事情ですし、今回に限っては仕方ないでしょうね」

「お世話になります、真壁さん」

「またコントロールが乱れているぞ!」

「すいません」


 二人は楽しそうに魔術の授業をしています。

 なんでしょう、アリアだけ除者されているような感覚は。

 そもそもアリアはもっと征志朗と仲良くなろうと覚悟して帰って来たのです。

 という事は、麻人は間に入って邪魔をする敵?

 いえいえ、アリアは麻人の境遇に理解と同情をしたじゃないですか。

 その彼を追い出すなんて。


「征志朗、すいませんが今日買い物に付き合ってもらえませんか? 冬モノが足りなくなってしまったので」

 このまま麻人ばかり構われるのが、何かしゃくに障ります。征志朗と久しぶりに会ったのですから、一緒に出かけない手はありません。

「真壁さん、次はどうしたらいいんですか?」

 アリアの変化に気付いたのか、麻人が同時に口を挟みます。冷静になって考えてみると単なる偶然だったのかもしれませんが、その時のアリアにはわざと邪魔をしたように思えました。

「お嬢、すまないが今日は麻人に付き合うから、また今度にしてくれないか」

 麻人がアリアを邪魔する敵なのではないかという疑念は、征志朗が麻人を優先したことで決定的となりました。今まではアリアが一番だったのに。

「征志朗!」

 思わず大きな声を上げてしまいました。その声に驚いたのか麻人がコントロールしていた竜巻は直径に一メートルに急成長します。舞い上がる新聞、紙、吹き飛ばされる机などの家具。私も必死にソファーにしがみ付きますが、そのためにスカートを押さえる事が出来ません。


 十分後、ようやく竜巻が収まりますが、征志朗の部屋は滅茶苦茶になってしまいました。

「すみません、真壁さん。部屋をこのようにしてしまった。片付けの方は僕が責任を持ってやります」

「いや、いいんだ。部屋に設置した結界が問題なく発動するかのテストも兼ねていた。どうやら結界が弱いようだから、もっと強力な防御結界を敷くとするさ」

「でしたら、私も手伝います」

「お嬢。言いにくいが、俺の手伝いより着替えを優先した方がいい」

「えっ」

 私はあまりの事態に気付く余裕もありませんでした。スカートには切れ目が入ってしまい下着が見えそうになっていますし、ブレザーも右半身の部分で千切れています。それだけでなくお気に入りのブラが切れて肌が空気に触れています。

 これって、つまり……

 思わず悲鳴をあげて体を隠しますが、既に手遅れです。

 私の異常に気付いた麻人は顔を真っ赤にして目を背けます。征志朗の方は顔色一つ変えず淡々と片付けをしているのが、なんか悔しいです。まあ、それでも羽織っていたスーツで体を隠してくれた優しさがあるから良しとしましょう。

 私は左手で体を隠しながら、右手で麻人を思いっきり引っ叩きました。麻人は自分でも悪いと思っていたのか、抵抗せず、抗議もせず大人しく叩かれました。

 それが、なんか癪に障りました。思わずかっとなってしまい、続けざまに返す手でもう一度平手打ちをしてしまいました。

 アリアも理不尽だと分かっています。

 麻人がとった行動は潔く、どちらかと言えば褒められるべきものです。

 でも、その時の私には、征志朗のしそうな態度を麻人が真似しているみたいで気に入らなかったのです。


「幾らなんでも二度も叩くことないじゃないか!」

「麻人、貴方、私に何をしたのか分かっているの!」

「アリアだって、その年齢で黒い下着は早すぎると思うよ!」

「何よ、このスケベ! 変態!!」



 私と麻人の出会いは、このように最悪な形で始まってしまいました。



 --振り返れば、そこに探偵事務所   File No.0000 落下 完--

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