24話 密室
◇真壁
俺は、まるでカップルがデートをするかのように学園内を連れ回された。
三十分後、ようやく目指していたと思われる部屋に連れ込まれた。この部屋は診察室か保健室にあたる部屋なのだろう、ベッドが複数用意されており、それぞれがカーテンで仕切られている。
ベッドは板張りでクッション性はなく造りも甘い。こんなもので寝ては背中を痛めかねない。用意されている布団は薄く、冬の寒さを耐えるには適当とは思えない。寝具に限らず、どれもウーヌスにある一般的な製品より遥かに劣っていた。
灯りが欲しかったら自分でライトを唱えて灯せばいい。
寒ければ自分で放熱を唱えて温めればいい。
魔術師にしろ、魔法士にしろ、彼らは自己完結的に対応をする。それ以外の人々とは明らかに異なる存在。排斥されないのが実に不思議だ。或いはより異常で脅威である魔獣という存在と相対しているため、問題とされないのかもしれない。
違うか、世の理不尽さに諦めているというべきか。
エレンの街は居心地が良すぎるため、ドォオの持つ残酷さをつい忘れてしまう。
寝具以外に目に付いたのは用途が理解出来ない魔道具――道具というよりは設備と形容した方が適切かもしれない――の数々だ。診察室とレントゲン室を合体したような部屋というのが第一印象だ。落ち着いて休めるような部屋とは思えないが、こんなベッドが複数もあるということはそれだけ需要があるのだろう。
だが、今この部屋に医師も患者もいない。
「良かった。真壁、精密検査をするから服を脱いで」
何が良かったのかは分からないが、ユースティアは部屋の鍵を締めた。
これで完全な密室になった。
殺人事件か色恋話の一つでも書けそうなシュチュエーションだが、ユースティアの声音に変化はない。
彼女らしいと言えば、らしいか。
ベッドがある部屋で男女が二人っきり。
しかも、密室。
質の悪い冗談かと思ったが、彼女の目は真剣だ
この状況で服を脱ぐのは流石に躊躇しなくもない。最悪ハニートラップの類ならばジ・エンド。いくら事前に承諾したとしても通常なら絶対拒否するケースだが、今回は大人しく脱ぐことにした。
何故か?
俺と彼女が五日間を二人っきりで過ごしていたという事実がある以上、今更ハニートラップの一つや二つ警戒しても仕方がないのだ。
つまり、もう手遅れ。
あの五日間、俺は自分一人では身動き一つ取れないほどの重症だった。だが、動けないという事実と何もなかったという推定がイコールになるとは限らない。
勿論、何もなかった。
では、風呂はどのように入ったか? と問われれば、彼女の入れてもらったと答えるしかない。
そのとき彼女はどのような恰好だったか? と問われれば、彼女はタオルで体を覆っていたが裸だったと答えるしかない。
似たような問題を上げれば切りがない。そんな状況で何もなかったと言ったところで、誰が信じるだろう。
くどい様だが何もなかった。
だとしても余人が納得するとも思えない。故に、このことは二人だけの秘密になっていた。アリアにも、だ。
ユースティアの身内にばれたらと思うとゾッとする。仮にイスラム教徒のような倫理観の持ち主だとしたら殺されても文句を言えない。否、ドォオは倫理観においても十世紀レベルだ。殺されるか否かの問題ではなく、どのように殺されるかの問題だったとしても不思議ではない。
いずれにしても俺の退路は断たれていた。
今更都合の悪い事実が一つや二つ追加されたところで、どうだと言うのだ。なによりジタバタするのは見苦しく、なにより男らしくない。ユースティアの視線がこれ以上冷たくなる前に脱ぐとしよう。
上着を脱ぎ、ネクタイを外し、先程ジュリエッタに止められたYシャツと肌着を脱ぐ。
これで上半身、裸だ。
「まだ残っている、全部脱いで」
いつの間にか白衣に着替えたユースティアは、計測用の魔道具を調整しながら更に脱げと告げる。ドォオでも医療行為に白衣を着るかは知らないが、エミリオ学長辺りが知識を持ち込んだのかもしれない。
栗色の長い髪は髪留めで奇麗にまとめられ、今まで見えなかったうなじが見える。つい見とれてしまい、彼女の発言に反応が遅れてしまった。
「……一応確認しておくが、下着もなのか」
「私は全部と言った」
「下着まで脱ぐ必然性を理解出来ないのだが」
「それは正当な疑念。わかった、説明する」
「助かる」
意味不明に裸にされるのだけは回避された。
脱ぐという結果は変わらないだろうが、理由を知っているか否かでは心構えが違う。
「これから使用する魔道具は、全身に魔力を流すことで健康状態を詳細に検査できる。けれど欠点が一つある」
「CTやMRIみたいな魔道具だな」
「その名前は知らない」
「知らなければいいさ、気にしないでくれ」
「分かった、気にしない」
「話の腰を折って悪かったな。それで欠点とは?」
「途中に何らかの障害物があると、検査出来ない個所が発生してしまう」
「なるほど、だから衣類が邪魔なのか」
「分かったなら早く脱ぐ」
ユースティアは冷たい目で俺を見る。その視線には男をゾクッとさせる危険な魅力があった。俺はマゾではないが、この時の彼女に魅了されかかっていたのは事実だ。
医療行為をするユースティアにこれ以上変な感情を持つのは不見識か。諦めて下着も脱ぐとしよう。彼女の前では裸になるのは一週間ぶりだが、女性の前でこれほど頻繁に裸になったのは久しぶりだ。男女の関係ではないのが、些か味気ないがな。
「そこのベッドに寝て」
全裸でベッドに寝ると黒い革のバンドのようなもので拘束された。自動発動する拘束呪式の類だろうが、傍からみたらSMにしか見えない。俺を拘束したベッドはそのまま空中に浮き、脇に置いてあった魔防具から放射される魔法陣がベッドを十重二十重に取り囲む。
本当にCTやMRIにかけられる患者のようだが、ある面においてはCTやMRIより優れているかも知れない。なにより密閉されていないため圧迫感がない。また放射能被爆や磁場の影響を受けないので人体にも優しい。
衣類を全て脱がされることに伴う精神的苦痛を無視さえすれば、だが。しかも密閉されていない。つまり検査担当者に全てが晒されるのだ。俺はそれほど気にしないが、女性には受け入れがたい代物かもしれない。その辺がまったく考慮されていないのは、流石はドォオといったところか。
解析中の状態が空中に表示される。
ウィンドウズに似た画面が次々投射され、それらが高速で処理されているといえばイメージしやすいだろう。十世紀の文化レベルにこのような設備があるのに些か不自然を感じる。
来訪者の誰かがSFをイメージして趣味に走って造ったのか?
ウィンドウズに似た画面というのも不自然だったが、起動画面に比べれば俺の動揺はなかった。それだけ起動画面で表示された文面が異様だった。
表示されたのは次のような文面だった。
...orandum est ut sit mens sana in corpore sano.
fortem posce animum mortis terrore carentem,
qui spatium uitae extremum inter munera ponat
naturae, qui ferre queat quoscumque labores,
nesciat irasci, cupiat nihil et potiores
Herculis aerumnas credat saeuosque labores
et uenere et cenis et pluma Sardanapalli.
monstro quod ipse tibi possis dare; semita certe
tranquillae per uirtutem patet unica uitae.
『風刺詩集』第10編第356行にあるラテン語原詞。
「健全なる精神は健全なる身体に宿る」で世に知られる物議を呼ぶ詩。本人の意図するところは別らしいが、この際そんなことは問題ではない。
ドォオにラテン語が存在するという単純な違和感。
ウーヌスでもラテン語を使うのは、バチカンの連中か学者共が学術論文を発表するときくらい。それ以外で使用するのは魔術士だけだろう。
そんな言語が何故ここにあるのだ?
ドォオでラテン語に遭遇するのは、これで二度目。
一度目もエレンだった。
その一度目とは、ユースティアの名前を名札で確認したときだ。魔術を司る者はやはりラテン語を使用されているのだなと、今までは思っていた。
今までドォオを旅してきたがラテン語を見たことがない。だがウーヌスにおいてもバチカンか教会にでも行かなければ目にしない。俺は日本人だから日本語を主要言語とするが、魔術士である以上ラテン語にも愛着を覚える。そんな愛着をもつ言語が何処にも存在しない状況では、どうしても自分が一人なのだという孤独感を覚えてしまう。
らしくない、信じられないと思うなら一人で海外に行ってみるといい。
日本語に飢えるときが必ず来る。
俺の場合、海外でなく異世界レベルで孤独感を覚えていた。俺でこれなのだ、来訪者達が抱く疎外感やホームシックは相当なものだろう。
ユースティアに興味を覚えたのも、彼女の名札がラテン語で書かれていた事に対して親近感を抱いたのが大きい。勿論、彼女が美しかったというのも否定できない要因ではある。
だが、それ以上は深く考えなかった。
ユースティアとはラテン語の古い名前であり、古代ローマ帝国関連の書籍にも登場する。その人物の名札がラテン語で書いてあったとして、洒落ているなと思っても違和感を覚える筈がない。エレンの街やアマデオが所属するガデス王国ではイタリア語の名前が使用されているため、尚更疑問に感じなかった。
パトロン騒ぎが一段落すると、他の世界では魔術をどのように教えているのか興味を覚えたので調べてみた。結論からいえば内燃機関方式で魔術を使用しない点を除けば左程の違いはなかった。
唯一の違いはラテン語の有無だった。
ラテン語でなければ魔術が使えない訳ではないので、実のところ重大な問題ではない。
ウーヌスの魔術士がラテン語を取得するのは習慣に過ぎない。
ドォオではラテン語を取得する習慣がない、それだけの話だ。
急にラテン語云々を言い出して、今までラテン語など使用していなかったと思うかもしれない。
それは誤解だ。俺はずっとラテン語を使用していた。
『現代社会のある世界を仮に第一世界「ウーヌス」、異世界を第二世界「ドォオ」としよう』
ウーヌスとはラテン語で「1」を意味し、ūnusと書く。
ドォオとはラテン語で「2」を意味し、duoと書く。
もしかしたら、それぞれの世界には正式な名称があるのかもしれないが、少なくともアリアは教えてくれなかった。上の方である彼女は不必要な知識を教える事が出来ない、そういう規則になっているらしい。
致し方ないので、便宜上「1」「2」と呼んでいた。
話は少し逸れたが、使用されていない筈のラテン語でユースティアの名札が書かれていた。ウーヌスとドォオを繋ぐ文字が魔術に関わるものだったので、少し気になっていた。まあ、エミリオ学長は来訪者である可能性が高いのだから、彼がラテン語を伝えた可能性は十分あった。何かの機会に確認すればいいか程度に考えていた。
その文字が魔道具の起動画面に表示された。
妙な縁を感じざるを得なかった
起動画面だけがラテン語で、他の画面はドォオの言語か数値だけだった。
「ユースティア、起動画面で表示された文面に意味があるのか」
「真壁は読めるのね」
「以前、名札に書いている名前を読んでみせただろう」
「最初は他の男性と同じく、胸をイヤラシク見ていると思っていた。でも、名前を呼んだので名札を確認していたのだと分かった。ごめんなさい、真壁を誤解していた」
「それは誤解だ、俺はそんな紳士じゃない。ユースティアの胸を見ていたら、結果としてラテン語で書いている名札を見付けたに過ぎない」
「知っている。お風呂に入っている時もずっと見ていたので、最初の認識が誤りなのに気付いた。真壁はイヤラシイ」
ユースティアがクスッと笑う。
どうやら俺を嵌めようとしていたらしい。
誤解だと認めなければどのように扱われたものか。
単なる才女とは違う、小悪魔の一面があるのは意外だった。
「的確な認識だ。紳士が好きならアマデオ辺りがお勧めだ」
「彼は既婚者」
「そうなのか?」
「そうよ」
忘れがちだがアマデオは十八歳なのだから既に成人となっていた。しかも騎士として一度社会に出た人間が学生として在学しているだけだ。その彼が結婚しているのは不思議でなんでもないのだが少しカルチャーショックを覚えた。
「初対面でユースティアと呼んでくれたのは真壁だけ。他の人は名札を読めないか氷姫とか学園最強とかで呼ぶ。だから嬉しかった」
「失礼な連中か無学な奴らばかりだな」
「この言語を使える人はほとんどいない。だから無学は言い過ぎ」
「別に俺が博学なのではなく、ウーヌスの魔術士なら一般的に読めるだけだ。それで妙な親近感を覚えて名前で呼んだのだが、使える人間がいないなら驚く筈だ。人と人の関係は往々にして誤解から始まる、今回のケースではそれが良い方向に働いたのだろう」
「……真壁。せっかく好意的に評価したのに一言多い」
「ユースティアの評価を汚したようで悪かったな」
「真壁は正直だったから許す」
ユースティアが微笑む。
そこには人形から人間の女性になった顔があった。
◇
さらに三十分が経過した。
画面が忙しく切り替わるが未だ検査が終わらない。
明らかに様子が変だった。
「この設備の使い方は合っていると思う」
高級機だけあって操作性を無視しているのだろう、ユースティアの操作はぎこちない。
白衣を着こなすその姿は恰好こそ決まっているが、今の彼女からは学園最強の片鱗を垣間見れない。自分の得意とする方面のみを突き詰めた結果なのか、この魔道具がそれだけ操作が難しいのか。いずれにしても生徒達にとって珍しい図なのは確かだ。
全てを率なくこなせる才女のイメージが浸透しているようだが、それは思い込みに過ぎない。彼女の看護で殺されかけた、俺だからこそ知りえる一面だろう。
自分だけが知っている事実に不思議な優越感を覚えた。
「真壁、顔がニヤ付いている。私が苦労しているのがそんなに面白い?」
「そんなつもりではない。気にしないで作業を続けてくれ」
「気にする」
「すまない、悪かった。詫びの意味で正直に答えるが。学園最強と呼ばれるユースティアが苦労している姿を、俺だけが見ている状況に不思議な優越感が覚えた」
「悪趣味」
「自分だけが知っているというシチュエーションは独占欲を刺激すると思うがな」
「その表現はイヤラシイ。第一、私は私のもの」
「そういう意味で言ったつもりはない。ところで、この検査はいつ終わるのだ?」
「誤魔化すのは良くない」
「本当に気になっているのだが」
「……黙っていて、直ぐ終わる」
「俺は三十分以上拘束されている気がするのだが」
「気のせい。それと気が散るから黙っていて」
話しかけて来たのはユースティアだが、これ以上の会話を拒否されてしまった。これではやる事がない。仕方ないのでユースティアの観察でもするとしよう。
きめ細やかそうな肌は、かつて保護した来訪者「井上陽子」を思い起こさせた。
女性としての発達は陽子を越えている。彼女を抱いたら陽子以上の快楽を得られ最高だろう。邪だが男性として当然の想像をしていたが、幸いユースティアに気付かれなかった。
指先が奇麗だ。
案外、刃物を持った事がないのかもしれないし、郊外で冒険者の真似ごとなどやった事が無いのかもしれない。考えてみたら彼女の特徴である大理石のような白い肌は、外で活動していたら維持が困難だろう。
きれいな指の動きが徐々に速くなっていく。かなり焦っているのではないだろうか、随分乱暴な操作だ。ミスや遅れを取り戻そうとしているのだろうか?
魔道具が表示する画面の切り替わりも早くなっている気がする。彼女の操作速度が加速しているのも、その速度に対応しているのかもしれない。最初こそ覚束ない操作だったが、いつのまにか状況に対応している。学園最強と呼ばれる筈だ、見事な学習能力。
動作原理が科学にしろ魔術にしろ、設備とは案外デリケートな代物だ。設計時に想定しない組み合わせを選択したり、機能と機能の切り替わり時にキー操作を行うと予期せぬ不具合が発生しやすい。
それを理解していないユースティアとも思えない。慣れてきたのを考慮に入れても乱暴な操作という印象は拭えない。
らしくないが、流れ始めている汗からも彼女の動揺が読み取れる。
良くない流れだ。
「あっ、間違えた」
大音響の警告音と共に赤い光が点滅する。
悪い予感は当たるものだ。
このまま誰かが入って来るなど想像もしたくない。拘束されているため動けない以上、大人しくしているしかない。抗議の声一つ上げないのは、ユースティアに下駄を預けているからだ。毒食えば皿までではないが、ジタバタするのは俺の性に合わない。
出来れば煙草でも吸って気を紛らわせたいが、部屋に入ったときに真っ先に取り上げられていた。
五分後、ようやく警告音が止まる。
この部屋の防音性がどれだけ優れているのか知る由もないが、幸い誰も来る事はなかった。
「この設備は扱いが難しい。危うく暴走するところだった」
「不安を煽るのは、例え思っていても口にしない方が良い」
「大丈夫、私は気にしない」
「俺が気にする」
「私は困らない」
「そうか」
「……そうよ」
微妙な間が空いたのは、彼女なりに悪いとは思っているためかもしれない。
俺も非難する気はないのだが、なんとなく声が掛けずらかった。
事情を知らない奴はフラグが立った誤解するかもしれないが、大の男が裸でベッドに拘束されている状況はシュール以外の何者でもない。俺はそんな趣味はないし、彼女もそうでないことを望む。
最初に沈黙を破ったのは、ユースティアほうだった
「……真壁は私を信じて騒がなかった。嬉しかった」
「それは誤解だ。しっかり拘束されているので身動きが出来なかっただけだ」
「……さっきも言ったけど、真壁は一言多い」
「俺は正直者なんでな」
「嘘つき、ひねくれ者」
「実に的確な認識だ」
◇
ユースティアは結局魔道具の使用は諦めて、肉眼で全身に負った火傷の状態を確認している。時折、質問を投げかけてくるので暇にならず助かる。今は聴診器に似た器具で魔力の流れを確認していた。これでは精密な検査を行えないと思うが、現状ではこれ以上の手段が無いのだろう。
「信じられない。完全に治っている」
「俺の体は特別製だ」
「魔力を流したら妙な文字が浮かび上がってきた」
「詳しくは教えられないが、全身に魔法陣に似た呪式を書き込む事で魔術の効率化と効果の増大を可能にしている。お陰で自動回復を一々唱えなくて良く、怪我程度では死ねない」
興味があるのかと思って真壁家の人間が有する秘密を教えたが、生憎ユースティアの興味を惹かなかった。純粋に怪我の状態を確認したいだけらしい。だとしても真壁家の秘匿技術に興味も持たれないというのは、それはそれで悲しい。
「火傷の跡も残っていないのは不自然」
「そいつは治してもらった」
「そんな事が可能なの?」
「可能なのだろう。事実治っている」
「私は治療呪文を得意としない。それでも、そのような呪文を知らない」
「俺の体に施された呪式が影響しているのかもしれないぞ」
「そちらには興味が無い」
「言ってくれる。これでも真壁家の秘匿技術だ。本来、家の人間以外には見せない代物だ」
「怒っているのなら謝る。その呪式が私には真似が出来ないレベルの代物だというのは分かる。ただ良い意味でも悪い意味でも複雑な上に雑多。一定の決まった過程を辿る事で偶然を造り出しているのだと思う。技術というより芸術の類。魔法士の領分を越えているから興味を惹かれなかっただけ」
口数が少ないユースティアにしては随分喋る。俺の機嫌を損ねたと感じ、気を使って話しているのかもしれない。
俺の対応も大人げなかったか。
ユースティアの解釈では、この呪式は焼き物の類らしい。たしかに真壁家の秘術と釉薬が生み出す偶然の芸術品には似たところがある。
まったく同じモノを二つと造れない点は、特にだ。
「雑多とは言ってくれる。これでもうちの家の秘術なのだがな」
「真似できないのと技法として完成しているかは、別の定義」
だろうな。
技法として完成していれば、十二人兄弟中九人までも死ななかった。
いま生きている兄弟だって、天寿を全うできるか怪しいものだ。
「真壁、その姿は人に見せない方がいい」
「安心しろ。これを見せるのは女性限定、それもベッドか風呂のときくらいだ」
全身に書きこまれた呪式は魔力を流さなければ見えない。仮に見られたとしてもタトゥーとしか認識できないだろうが、用心に越したことはない。これのせいで俺は銭湯や温泉、そして水泳の類には縁が無い。
「五日間看病したとき、真壁の体に多数の傷跡があるのを確認した。その呪式では傷跡までは治せない。もし呪式が影響して火傷跡を治しているのなら、傷跡が残っているのは不自然」
「何が言いたい」
「誰かが真壁を治した、それも呪式に干渉せずに。下手な治療行為をして書き変わったりしたら極めて危険、多分真壁は死ぬ。少なくとも私に手が負えないけど、その人は治してみせた。それだけでも凄いのに痕すら残さず治すなんて、まるで真壁が生まれ変わったみたい」
「そうなのか」
「そうよ。これほどの変化には相当な代償か触媒がなければ不可能。それで何があったの?」
惚けたつもりだがユースティアの追及は収まらない。
相当な代償か触媒か、まるで見て来たかのような的確な推測だ。
それだけのモノとなればおおよそ限定される。古典的なところでは、龍の牙、不死鳥の羽、ユニコーンの角、等々。生憎、これらはウーヌスにはない。
世界共通の古典的触媒といえば、やはり女性自身。しかも処女と相場が決まっている。魔術を学ぶものなら知っていそうなものだ。あのときは流石に俺も動揺していたから気付かなかったが。
ドォオにおいて龍の牙や不死鳥の羽などは入手困難だが、入手自体は可能だ。単純にどれを使用したのか判断出来ないのか、敢えて俺の口から聞き出したいのか。いずれにしても射抜くような冷たい視線を向けてくる。
俺は肩を竦めるだけで事情を説明しなかった。
「教える気はないのね」
「どうかな。それより検査はもう良いのか」
「ええ。真壁、もう服を着ていい」
「そいつは残念だ」
「何が残念なの?」
「気にするな」
「……そう」
先程までの険呑な雰囲気はすっかり消え、きょとんとした顔で聞かれても俺も困る。
男性のイヤラシサは知っていても、異性や性というものに対する理解が根本的に足りないのかもしれない。
エミリア学長は、ユースティアにどのような教育を施してきたのか心配になってきた。さぞ、孫可愛さに、箱入り娘差ながらに育てたのだろう。気持ちは分からないでもないが、人の正しい育て方として適当なのかは疑問がある。
だが、これで分かった。
何を代償にして治したのかをユースティアは理解していない。
「真壁が旅に出れる程、万全な状態なのは分かった。これで余計な干渉が解決出来る」
「誰からの干渉だ」
「シンイチ研の講師達と教師陣よ」
それ以上は教えてくれない。俺は服を着終えると別の部屋に連れ出された。
相変わらず俺の意思は関係ないらしい。
まあ、らしいと言えば、らしい対応ではあるが。




