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振り向けば、そこに探偵事務所  作者: 大本営
File No.002 学園内政治力学
33/41

23話 ゆっくり急ぐ

 

 ◇ユースティア



 麻人達との食事を終え、約束通り真壁には付き合って貰うことにした。

 ネミ湖調査隊の出発まで期日が余り無く少し苛立っていたと思う。間に合わないかもしれないと半分諦めていたけれど、どうにか真壁の身柄を確保出来た。時間も惜しいし早速移動する。


「おいおい、俺は用件があって学園に来たのだ。悪いが、君の用事はその後にしてくれないか?」

「……ユースティア、私の名前」

「ああ、そうだったな」

「君というのは失礼」

「つい、口癖でな」


 年下であるユースティアに指摘された事に対して、真壁の態度はムキになるでもバツが悪そうでもない。よく言えばどこか自然体、悪く言えば太太しい。これ以上、糾弾しても無駄。これが真壁という男性なのでしょう。

「先程、真壁は『悪いが後にしてくれ』と言ったので私は充分に待った。これ以上待たせるなんて、あの言葉は嘘?」

 お爺さまは言いました、男の方は嘘付きなのだと。ということは真壁も嘘付きなのでしょう。

「嘘付きとは人聞きの悪い。今日は麻人の授業料を払いに来たから、その要件を済ませてからでも良いだろう」

「そんなのはどうでもいい」

「そんなとはいかない。金の切れ目は縁の切れ目、金の支払いは常に正確に行われなければならない。まったく口座振り込みがない世界は面倒で困る」

 口座振り込みとは聞いた事のない言葉、ユースティアには何を意味するのか分からない。

 分かるのは真壁もやっぱり来訪者だという点。彼らは私達が知らない機構、道具に頼りきっていて、それがない不便さについてよく愚痴を言う。

 まったく来訪者とは現実に適用できない困った人達。


「いいから、ついて来る」

 真壁は私の制止を気にも留めず事務室のある棟に移動しようとする。そちらは、これから行こうとしている建物とは逆方向。冗談ではないです。今逃げられた、今度は何時捕捉できるか分からない

 逃げようとする真壁の手を握ると学園内のある部屋に連行する。

 麻人の授業料くらい、なによ。ユースティアを三日も待たせておいて、さらに後回しにするとはいい度胸している。


「ユースティア、一体何を急いでいる。せめて理由くらいは教えてくれてないか」

「ネミ湖調査隊の出発まであと数日しかない。私は行きたくないのだけど断れそうもないから、真壁に一緒に行って欲しいの」

「もし、俺が断ったら?」

「お爺さまに直訴して強引に断って貰う」 

「よく分からないが、かなり面倒な事態に陥っているのは分かった。だが、その説明では俺が行かなければならない経緯が理解出来ない。そもそも学生でもない人間が行く必然性が理解出来ないし、学生でなくても良ければギルドに掛け合えば良いだろう」

「真壁が一番適任だと私が判断した」

「なるほど」

 真壁は納得していないけれど、これ以上は無駄と諦めたのかもしれない。そのように言って話を打ち切った。


 ユースティアは元々他の人と一緒に行動するのが得意でない。だから冒険者のような真似をする課外授業は避けてきた。幸い、課外授業を避けても単位取得は可能だったのも大きいと思う。 

 魔法士は本来都市生活の向上を本文にしている。そのため魔術師のように実戦による研究成果の確認をする必要は少ない。卒業生には田起こしやインフラ整備のような労力を要する仕事を、魔法士が肩代わりする事に生き甲斐を見出す人もいるくらい。

 勿論、いつ襲ってくるかもしれない魔物への自衛も魔法士には要求されているけれど、それはやはりメインではない。いずれにしても私の見解では魔法士の性格上、冒険者になる必然性は少ないと思う。同様の考えの人は学園内にそれなりにいる。

 それでも攻撃系魔術を覚えると、やはり使用したくなるらしい。学園内に演習場のような施設があるのも一つの例。攻撃呪文を合法的に使用するために冒険者になる困った人もいる。そんな手段と目的が逆になっている人もいるけれど、その人の生き方なのでユースティアは文句を言うつもりない。その代わりに、ユースティアの生き方に干渉して欲しくない。

 話は逸れたけれど、ユースティアは外の世界に行きたくないから魔術師ではなく魔法士に選んだ。なのに下手に成績が良いためか他人は放っておいてくれない。他人の目を気にしないで研究室で大人しく――他の人に言わせると大人しくはないらしいけど――研究している方が性に合っている。


 今回、面倒ごとを持ち込んできたのは魔術師協会。

 迷惑にも先方はユースティアを指名してきた。


 どうやら氷姫、学園最強と噂される私に興味を持ったらしい。文面には盛んにその単語が書いてあったから間違いないと思う。

 やや安直なネーミングセンスだと思うけど、人の興味を引き易いのは認めるしかない。ユースティアが好んで得たのでないから、迷惑でしかないのだけれど。

 異名そのものに興味はないけれど、何故自分がそのように呼ばれるかは気になって調べてみた。三、四年前だったくらい前、『あの』の称号欲しさに喧嘩を売って来た誰か達を――あまりに面倒な相手だったので顔や性別も覚えていない――全員まとめて大規模冷却呪文で始末した。そのことが原因だと噂好きの先輩が怯えるように教えてくれた。

 そういえば、あの後、教師陣や生徒会が大騒ぎしていたような気もする。特に興味もなかったので普段と変わらず学生生活をしていたら、いつの間にかユースティアには変な異名がついていた。


 異名の話はもう良いと思う。

 とにかく一ヶ月前、魔術師協会より挑戦状のような文面でネミ湖調査隊への協力要請文が届いた。

 興味が無いのでゴミ箱に捨てたけれど。

 返答しないのが私の回答。

 以来、その事は頭の中から消し去っていた。


 潮目が変わったのは一週間前。


 今度は魔法士協会を通して学園に共同調査という御題目で話を持ってきた。それも随分、怒っているような文面だった。私は回答をしたのに、何を怒っているのか分からない。きっと我儘な人物達なのでしょう。魔術を志す者なら、もっと冷静であるべきだとユースティアは思う。

 私にはその気が無いのに、無理やり引きずり出されそうで迷惑している。

 こんな事になるのだったら、変な異名を付けた方達をもっと早くに氷漬けにしておくべきだったかもしれない。


「ところで真壁はネミ湖についてどの程度知っている?」

「三、四ヶ月前にあの近く行った事がある。木一つない山々が連なる寂しい土地で、秋田県の寒風山やスコットランドのハイランドのような土地だったな」

「聞いた事のない地名だけど、真壁の国にも似たような場所があるの?」

「まあな」

「少なくともネミ湖よりは安全な場所でしょうね」

「御明察通りだ。それにしても、あの木一つない風景は谷間から吹く強風のせいなのだろう。そんな高地に強大な湖があったのでよく覚えている」

「どうやら本当に行った事があるようね」

「麻人を保護したのが、その土地だったからな」

「保護? 真壁はパトロンになる前から麻人を知っていたのね」

「そういう事になるな。因みに学園内でその事を知っているのは、ユースティア、君だけだ」

 真壁は狸。

 理由は分からないけれどパトロン決定戦は真壁が仕組んだ。

 別に言いふらすつもりはないけれど、誰かと秘密を共有するというのは何故か嬉しい。


 目的に部屋に急いで移動する私達は、どうやら少し目立っているみたい。まだ休み時間中なので人も多いため注目を浴びているけれど、そんな事はどうでもいい。

「かなり目立っているのだが」

「そうね」

「俺は見世物じゃない、なんとかしてくれ」

「私は困らない」

「探偵は役者じゃない。不必要に目立つのは勘弁して貰いたい」

 真壁は先日行われた演習場での姿から有名になっているのは当然。これは有名税みたいなもので、ユースティアにどうこう出来る問題ではない。

「そう思うなら、その服装を直す事から始めたら」

 流石に真壁から反論はなく、肩を竦めるだけ。

「やれやれ、これも商売のうちか」

「真壁は何か目的があって着ているのね」

「そいつは職業上の服務規定に触れるから答えられない」


 また意味不明な単語。

 知らない言葉でユースティアを煙に巻いて一人納得して不愉快。

 不愉快なので真壁を振りまわすように歩きまわっていた。五分程してから少し冷静になった頃、いつの間にか他の人達の視線が集まっているのに気付いた。遠巻きにされているわけではなく、すれ違う人達の視線が集まっている。

 そんな感じ。

 だからどうという訳でなく、ユースティアにとって視線を浴びるのはいつものこと。いつもとは少し違う気がしないでもないけれど、気にしないことにした。


「ユースティア、どうやら状況を理解していないようだから言っておくが。大の男が君みたいな美人から引っ張り回されている。この状況を他人がどのように見るか分からないか?」

「分からない」

「そうか」

「そうよ」


 それっきり真壁は抗議をしてこない。 

 静かになったのはいいけれど、何かを諦めたらしくその態度が気に入らない。

 大体、目立つからどうだというの。

 ユースティアは物心ついた頃から、周囲の人たちから好意や嫉妬や怖れの視線を常に浴びてきた。彼らに言わせれば、ユースティアの魔術の才は脅威以外の何物でもないらしい。

 彼らが上手く出来ない理由は分からない。

 出来ない方を非難したつもりはないけれど、ユースティアに近付く人が少ないのは事実。

 自分が一人であるのを寂しいと思ったことはない。

 けれど、真壁も私と居たくないのだろうかと聞きたくなってしまった。


「真壁は、ユースティアと歩くのが嫌?」

「何故そう思う。美人と一緒歩くのが不満な男がいるとしたら、そいつは病院に行くべきだ」

「……ユースティアと一緒に歩いてくれる人はいない」

「なら、この学園の男共は全員病気だ」

「……そう」

「御蔭で俺はこの時間を独占出来ている訳だが、不満か?」

「分からない」

「そうか」

「そうよ」


 少し気分が楽になったような気がする

 ユースティアが思うに、真壁は私が先導する形で連れ回されるのが嫌らしい。

 男性のプライドの問題?

 そのどこが良くないのかは理解できないけれど、ゆっくり歩く事を要求しているように思う。時間が惜しいけれど仕方ないので譲歩してゆっくり歩く。

 ……でも逃げられては堪らないから、逃げられないように腕を組む事にする。

 胸に真壁の温もりを感じる。

 よく分からないけど変な気分。


 先程より接近したため真壁がよく見えない。

 ユースティアは背が低い方ではないけれど、真壁とは頭一つ分身長が違うため見上げる形になってしまう。考えてみたら、こんなに近くまで来た男性はお父さまやお爺さまを除けば懇意にしているスルガヤさんくらい。

 そういえば、以前スルガヤさんから家で世話にならないかと誘われた事があった。特に断る理由もなかったので拒否しなかったら、何故かお爺さまが殴りこみに行った。お陰でエレン中が大騒ぎになったけれど、そもそも原因はなに?

 お爺さまもスルガヤさんも怪我がなかったから、どうでも良いけど。


 ゆっくり歩くことにしたので強引に方向転換するはできない。面倒だけれどその度に見上げるように方向を指示する。

 オープンテラスがあった通りを右に曲がり、下級生達が使用している棟を通り過ぎ、中庭を横断する。

 中庭では未だに休憩を楽しんでいる人達が結構いた。一面芝に覆われ、中心に噴水が設置されている中庭はユースティアも気に入ってるけれど、今は先を急がなければいけない。

 真壁の抗議に譲歩しているので、ゆっくりと急ぐけれど。

 腕を組みながら横断する私達に、何故か分からないけれど奇異と好奇心に満ちた視線が集まる。注目されるのはいつものことだけれど、やっぱりいつもとは何かが違う気がする。なにがそんなに気になるのかは分からないけれど、そんな視線は気にも留めず横断を続ける。


「なあ、君はわざとしていないか」

「ユースティア」

「失礼、ユースティア。もしかして俺と一緒にいる事を意図的に強調しようとしてないか」

「気のせい」

「そうか」

「そうよ」

「実際、先程の発言に譲歩してゆっくり歩いている。それに、このルートが目的の施設にショートカットで移動できる。人が多かったのは結果論」

「確かに引っ張り回されるのは、どうかとは言ったが」

「私は間違っていない。それとも、やっぱり真壁は私と歩くのが嫌?」

「そんな事はない」

「私は楽しい」

 真壁はそれ以上返事をしないで煙草を口に咥えた。

「校内は禁煙」

「咥えているだけだ」


 珍しく子供みたいな言い訳をする真壁がやや幼く見えてしまって面白い。

 私達が目的の部屋に移動まで三十分間、このまま寄り添うように歩き続けた。

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