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振り向けば、そこに探偵事務所  作者: 大本営
File No.002 学園内政治力学
32/41

22話、昼食

 ◇ジュリエッタ


 お父様と真壁さんが貴賓室を破壊してから一週間が経過しました。

 この一週間はいろんな事がありましたね。

 あの後、ジュリエッタはお父様からお叱りを受けました。もしかしたらギルドの切り札というべき宝玉を破壊されたかもしれませんから、お叱りを受けたのは仕方ありません。口調こそ大変厳しいものでしたが、罵倒されることはせず窘めるような内容でした。分かっています。お父様は娘であろうとも叱責する立場であり、叱責しながらも実は私を庇ってくれていた事も分かってはいるのです。

 そこまで分かっていても、あまりの迫力と自分の浅はかさに泣き出してしまいました。

 意外だったのはあの(ブルータス)までがジュリエッタを庇い、補佐しきれなかった自分の罪を強調した事でしょう。勿論計算された行動でしょうし、お父様もブルータスがそのような言動をするのを承知した上で、落とし所として利用されていました。

 それでも憎たらしい事ではありますが、ジュリエッタはブルータスに貸しを作ったのでしょう。

「アレシアのジュリエッタお嬢様、この件は別に貸しと思わなくて結構ですよ」

「貴方にしては殊勝な心掛けですのね」

「そう思われるのでしたら、たまには麻人君とご一緒にギルドに顔を出して下されば何も申しません」

 それが目的ですか。

 ブルータス、貴方はやはり私の敵なのですね!

 敵意の籠った視線もどこ吹く風。

『職員共々、お二人のご来店を心より御待ち申し上げております』とだけ言って、お父様を追いかけて行きました。



 ◇



 そんな嫌な約束もありましたが同じクラスに麻人が転入してきたり、麻人が私の隣の席になったり、一緒に昼食を食べたり、麻人目当てに集まってきた方々を追い散らしたりと怒涛の日々でした。

 ジュリエッタは麻人が友人関係を構築するのを邪魔する気はありませんし、ジュリエッタの友人が同席するのも気には止めません。麻人には女性を惹きつける魅力がありますから、『可愛い猫を見つけたとき抱きつきたくなる、あの感情』を抱いたクラスの女性徒が仲良くなりたいと思うのも無理もないのです。

 でも、あの方々(女性陣)は別なのです。

 あの方々もブルータスと同じく、ジュリエッタから麻人を奪おうとする不倶戴天の敵です。(ブルータス)への牽制だけでも手一杯ですのに、まったく余計な手間をかけさせてくれます。私が注意不足で狸に後れを取ってしまい、麻人がそちらの世界に踏み込んでしまったらどう責任を取ってくれるのでしょうか。

 もっともあの方々も、ここ二、三日は大人しくしています。

 残念ながらジュリエッタと麻人の仲を認めて諦めた訳ではないですが。


 私達はいつもオープンカフェタイプの食堂で昼食をしています。同席できなかったあの方々が、私達を遠巻きに席を確保していますが気にしてはいけません。

「食券長者の麻人がいてくれるおかげで、毎日列に並ばずに済むのは助かります」

「ジュリエッタだってかなり勝ったじゃないか」

「私は一ヶ月分に過ぎませんから、麻人の四十ヶ月分には到底及びませんよ」

 真壁さんの勝利に賭けて大穴を当てた麻人は食券長者として、『並ばない、待たない、好きな席に自由に座れる』の三大特典まで手にしていました。ジュリエッタも知りませんでしたが、三十六ヶ月分以上食券を購入するとそのような特典が付くようなのです。混雑する昼時にこの特典が有難い限りです。


「ゆっくり食事が楽しめて、麻人様様ですね」

「よしてよ。僕一人で食事を食べても美味しも楽しくもないし、気にしなくていいんだよ」

 遠回しにジュリエッタと食事をするのは楽しい、と言ってくれたと解釈します。そのように解釈したのはジュリエッタだけではなく、あの方々が箸を割る音が聞こえました。食堂でその態度は品のないとは思いますが、勝者の余裕で許して上げる事にします。

「今日は、まだユースティアさんが来ませんね」

「来なくていいよ」

「そんな事を言っては失礼ですよ」

「失礼なのは向こうの方だよ」

「でも、ユースティアさんの御蔭で静かに食事が出来ますよ」

「……それは否定しないけど」

 そう、あの方々が近寄れないのは、氷姫の異名を持つユースティアさんが三日前から姿を見せるようになってからです。あの方々は御札を恐れる幽霊のように、私達の邪魔をしなくなりました。ユースティアさんに好意的な印象を持たない麻人も、渋々ながら同席を認める程です。

「それにしても流石に麻人は来訪者だけあって、器用に箸を使いますね」

「そうかな、僕達はこれが普通だからそうは感じないけど。フォークとナイフを器用に使いこなすジュリエッタの方が凄いと思うけど」

「そうでしょうか」

「そうだよ。でも、道具としては箸の方優れていると僕は思うな。使いやすいし、何よりこれ一つで用が足りる」

「使いこなせれば、が抜けていますよ」

 来訪者が広めた道具の中で社会に溶け込んだ道具といえば、やはり箸なのでしょう。来訪者達が器用に箸を使いこなす姿に最初は物珍しさで、そのうち扱いに慣れた人達が箸を選択するようになってきたのです。使用する人はまだ少数派ですが、それでも確実に増えていますね。今では箸で食事するのがマナー違反と思われなくなる程度には、社会に浸透してきます。

 もっともジュリエッタもお父様も箸を使いこなせないので、フォークを選択しています。

 麻人と同じ行動をしたかったけど、三日で諦めたのはここだけの話です。

 いいじゃないですか、別に何で食べたって。


 高い学費を取るだけあってエレンの教育設備は充実していますが、それにも劣らず食事の質もメニューも充実しています。決して人には優しくない世界でこれだけの事が出来るとは、やはり御金の力は偉大です。

 さて、今日はなにを食べましょうか。久しぶりに麺類も捨てがたいですし、最近体重が気になってきたので軽食も捨てがたいのですが、今日も私達はA定食を選択しました。選択肢が多い中からあえて少し値段が高いA定食を選択したのは、A定食には季節の果物やお菓子やらのデザートが付いてくるからです。女の子はやっぱり甘いものに弱く、A定食を選択する男女比率は明らかに女性が多いです。

 そのA定食のデザートは冷却魔法でシャーベット状にされたオレンジでした。今日は当たりのようです。他には南瓜のコーンポタージュ、ハムと野菜のサラダ、そして黒パンかご飯を選択できます。私は黒パンを、麻人はご飯を選択しました。

「麻人はまたご飯ですね」

「まあね。以前はそれほど拘らなかったけど、食べられないと思うと寂しくなるんだよ」

「そういうのもなのですか」

「そういうものだよ」

 南方の主食であるご飯を、来訪者は何故か選択する傾向があります。麻人も食堂でご飯を食べられると知ったときは驚き、そして喜びましたね。ジュリエッタには良く分かりませんが、来訪者にとってご飯とは重要な食べ物のようです。


 私達が楽しく食事をしていると、トレーも持たずに栗色の髪の方が近づいてくるのが見えました。あの長い髪はユースティアさんです。

 トレーは持っていませんが、あの人は席についてからトレーを転移魔術で移動させる荒技を何時もするのです。座標を間違えたら食事は御釈迦になると思うのですが、ユースティアさんはそのような心配などどこ吹く風で必ず成功させます。いつも同じ席に座るのでもないのに良く成功させられるものだと思います。少なくともジュリエッタには無理です、というかジュリエッタには転移魔術自体が使用できないのですが。

 この一つを取っても学園最強と噂される片鱗を垣間見せてくれます。


「真壁から連絡はまだ来ていない?」

「席にも付かないうちに、その話題はやめてくれない?」

「そう?」

 ユースティアさんは麻人の向かいに座ると、テーブルの空いているスペースにトレーを転移させました。四人掛けのテーブルですから少し広くはありますが、既に私達が使用しているのでそれほど空いていない場所によく転移できるものです。

「ユースティアさんもA定食ですか」

「デザートが美味しいから」

「ですよね!」

 氷姫の異名を持つユースティアさんも甘いものには弱いようです。余り表情を変えないユースティアさんが嬉しそうでした。

「それにしても何度見ても見事な魔術ですよね」

「出来ない方が私には不思議だけれど」

「ジュリエッタは転移魔術自体が使用できませんよ」

「貴女はまだ四学年。転移魔術自体を習っていないのだから、出来なくとも恥じる事はない」

 この瞬間、辺りの空気が凍りました。

 特に上級生の方のプライドがズタズタになりましたが、ユースティアさんは気にする様子もありません。というか、気付いていません。この嫌みのない点がジュリエッタは好きなのです。だとしてもジュリエッタが転移魔術を習う七学年だとしたら、果たして好きと言えたかは分かりません。

「ユースティアさんはいつから転移魔術を使用出来たのでしょうか」

「私は入学した時から使用出来たけれど、最初は隣の席に転移させたりもした」

「ユースティアでも失敗した時期があったのですね」

 入学時点で転移魔術を使用出来るのは規格外ですが、学長が子供の頃から英才教育を施したのでしょうね。学園最強と噂される才女の意外な過去に、ジュリエッタや周囲の生徒も安堵しました。

「一度失敗してコツを掴んでから失敗したことが無い」

 間違いました、ユースティアはやはり規格外です。今度は上級生だけでなく、下級生のプライドもズタズタになりましたが、やはりユースティアさんは気にする様子もありませんでした。

 このようなユースティアさんを前にして、割り込んでまで麻人に接近しようとするのは相当な勇気がいります。お陰で私達は静かな昼食を送れるのですが、ジュリエッタだって麻人が絡んでいなければ遠慮したいです。

「ユースティアさんは毒舌だよね」

「そう?」

 ユースティアさんは麻人の言葉が意味するところを気にも留めず、黒パンを千切るとコーンポタージュに浸してから一口食べました。

「で、真壁から連絡はまだ来ていない?」

 一口食べると、もうその話題ですか。

「数時間ごとに聞かれても答えは同じだよ。真壁さんから連絡は来ていないし姿も見せていない」

「いつ来るの?」

「知らないよ」

 最初こそジュリエッタと会話をしてくれましたが、三人で食事をしている間もジュリエッタを無視し麻人を詰問するのは止めて頂けないでしょうか。でも何故でしょう、ここまで存在を無視されるといっそ清々します。

 もっともこれが麻人目当てでしたら氷姫(ユースティアさん)が相手でも追い払っていたでしょうね。麻人のほうもユースティアさんの絵画か人形のような端正な顔立ちや――あの大きな胸とかに――に目を奪われていないようです。

 あんな大きなのを見せ付けられるのは、本人にそのつもりがないと無いとしてもショックが大きいです。同じ年頃の女性と比較してジュリエッタは大きな方だと自認していますが、ユースティアさんの前ではジュリエッタのプライドはズタズタです。この件について麻人は私を慰めてくれませんし。いえ、慰められたら、それはそれでショックは大きいですが。

 あの方々が麻人に近づけないのはユースティアさんの毒舌だけでなく、この胸もあるのかもしれません。いいんです、ジュリエッタのプライドがズタズタになろうとも、あの方々への魔除け代わりになるのなら。

 ……麻人のいけず。


「真壁さんにどんな用事があるのさ」

葛宮(くずみや)には関係ない。私は真壁に早く会いたいの」

「君の都合は知らないよ」

「私も葛宮の都合は知らない」

「……ユースティアさん、僕に喧嘩を売っている訳?」

「? 何故、葛宮に私が喧嘩を売らなければいけないの。葛宮以外に真壁の居場所を知っている人はいないから聞いているだけなのに」

 このやり取りにイラっと来たのでしょう、麻人は何かを口走ろうとしましたが言葉にする事はありませんでした。もっともユースティアさんはそんな麻人の態度を気にする素振りはありません。ブルータスと違い意識してない点に好感を持つべきか否かは疑問がありますが、少なくとも悪意がないのは分かります。絡まれている麻人は別の意見なのでしょうけど。


 堂々巡りというべきなのか、執念深いというべきなのか。よく飽きもせず同じ質問を何度も出来るものです。

 私の代理である炎の魔人を真壁さんが倒したあの日の出来事が、余程ユースティアさんに印象に残ったのでしょうか。まあ確かに男性の方が体を張って自分を守ってくれたというシチュエーションは、女性の感情に訴えかけるものはあります。

 ジュリエッタが思うに、それだけではないような気がするのです。私の知らないところで真壁さんとユースティアさんの間では何かあったと、乙女の勘が告げているのです。

 もっとも麻人さえ無事ならばジュリエッタは感知しませんけどね。




「俺に何か用件があるのか?」

 えっ、いつの間にいたのでしょう。

 いつの間にか私達から少し離れた後ろの席に真壁さんは居ました。確かに私達の死角ではありましたが、ユースティアさんも真壁さんに気付かなかったのは僅かな表情の変化で分かりました。

「……真壁、意外なくらい元気ね」

「まあ、色々あってな」 

「そう」

 真壁さんが現れたせいかユースティアさんが纏う雰囲気が少し和らいだようです。

「反応が軽いな、俺に用があったのじゃないのか」

「服を脱いで」

 いきなり何言い出すかと思いましたがユースティアさんの目は真剣です。その真剣な眼差しに何か感じたのでしょう、『仕方ないな』と呟きながら羽織っている上着を脱ぎ捨てます。それから首から巻かれるように吊るしている赤い布――麻人はネクタイだと教えてくれました――を外し、Yシャツとか言う白く薄い衣類に手をかけたところで流石に止めに入りました。

「真壁さん、神聖な教育施設で裸になるような真似はしないで下さい」

「ここはオープンテラス」

「何かを勘違いしているかは知らないが、彼女は俺の怪我を確認したいだけだ」

 ジュリエッタの抗議にユースティアさんは素で、真壁さんはややおどけながら答えます。

「そんな事を問題にしているのではないです。麻人も何か言ってやってください」

「そうだね、ジュリエッタ。僕も二人っきりになってからにした方がいいと思うよ」

「私はそんな事を言っているのではありません!」

 私の大きな声が原因で余計に周囲の注目が集まります。

 これじゃあ、自分がとんでもなく恥ずかしい行為をしているようです。

 ジュリエッタはなにも悪くないのに理不尽です。

「ジュリエッタの言う事にも一理ある、悪いが後にしてくれ」

「分かった」




「それにしても酷いじゃないですか、真壁さん。『二週間は帰って来るな』なんて、いきなり言い出すなんて」

「俺はそんな連絡をしていないが」

「アリアさんから連絡がありましたよ。まあ、彼女の言う事ですからどこまで本気かは分かりませんが」

「……そいつは悪い事をしたな」 

「そう思うなら、帰ったらアリアさんにキツク言っておいて下さいよ」

 多分、アリアさんという方は以前教えてくれた同居人の姪なのでしょう。麻人の話しぶりから、あまり麻人に好意的な人物ではないようですね。ユースティアさんはアリアさんについて興味なさそうにしていますが、表情が変わらない人なので本当のところは良く分かりません。

「おかげで僕は危うく浮浪者となるところだったんですよ」


 いいえ、麻人は事実を知らないから勘違いしています。

 お父様と真壁さんが仲良くケンカしたあの日、麻人は何故か家に帰ることが出来ませんでした。その理由をジュリエッタは知りませんが、麻人の滞在先を巡って私とブルータスが激しく争っていたのです。もしブルータスに出し抜かれていたらと思うとゾッとします。

 ではジュリエッタがブルータスを出し抜いたかというと、残念ながら少し違います。

 私達より先に麻人の身柄を確保したのはアマデオさんでした。毎日街を照らすライトの魔術を行っていたアマデオさんが、偶然麻人を発見し保護してくれたのです。

 街の各所を照らすので割りと面倒な作業ですが、多少の賃金が出るため学生の貴重な収入源になっています。懐が寂しいジュリエッタもよくやってはいますが、とても毎日はやる気にはなれません。これを毎日やっているとは頭が下がります。

 その日以来、麻人はアマデオさんの部屋に滞在しています。協力してくれたのは感謝しているのですが、アマデオさんは私に麻人を渡してはくれませんでした。


「騎士団というのは男性ばかりの集団ばかりだから、中には少し趣向が違う奴も所属していて色々トラブルがあるのだよ」

「アマデオさんもそういう方なんですか?」

「私? 私は違うが、だからといって偏見は持っていない」

「偏見だなんて、来訪者のような言葉使いですね」

「あんな奴らと一緒なんて止してくれ。私が手助けしたのは(麻人)にはまだ早いと思ったまでさ。なによりブルータスには色々キナ臭い噂もあるからね」

「だったら、麻人の身柄は私に任せて下さい」

「だから言ったじゃないか、彼にはまだ早いと」


 ジュリエッタも疑っているのですか!

 猛抗議をしますが、『君を疑う訳じゃないけど、覚悟を決めた女性は何をするか分からないから』と言って麻人を渡してくれません。何故か麻人も納得したようですし、ジュリエッタとしては諦めるしかありませんでした。

 いいんです、ブルータスの野望を止めらましたから。

 それでいいのです、ちぇっ。




 ジュリエッタの想いも知らず麻人は真壁さんに絡んでいますが、その表情はどこか嬉しそうでした。麻人が楽しそうなら、ジュリエッタはそれでいいのです。

 私達は少し騒がしくしながらも昼食を続けました。


 昼食後、ジュリエッタと麻人は授業に戻り、真壁さんがユースティアさんに引っ張られるように連れていかれました。

 次に二人と会うのが一ヶ月後になるとは、この時知る由もありませんでした。

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