21話、プロローグ あの日の翌朝 - 後篇 -
◇真壁
午前十時三十分
俺達はやや遅い朝食を済ませ食器を片づける。
食器の片付けといっても食洗器に入れるだけなので、ハムエッグや味噌汁を作るときに使用した調理器具の片付けがメインになる。
この家のシステムキッチンは無駄に広いスペースを使用しているだけでなく、業務用と思われる過剰な設備だった。俺もアリアもそれなりに料理は出来るが、正直なところ使いこなせていない。我が家で性能を引き出せているのは、家事に置いても万能の才能を有するマイヤーだけだ。
やや意外だったのだがアリアはこのシステムキッチンを使いこなすべく、暇を見つけてはマイヤーから手ほどきを受けている。ただし、ことこの件についてだけは鬼軍曹の如く軍隊式で教育していた。アリアは涙目になりながらも扱きに耐えていた。
俺より料理が出来なかった事実が、アリアのやる気を促したのかもしれない。
だとしても料理人になる訳でもないのに、果たしてそこまでしてやる必要があるのだろうか。
ある日、見るに見かねて口を出したことがあった。
「征志朗は口を出さないで下さい、これは女の戦いなのです」
「征志朗様は口を出さないで下さい、これはいずれ必要となることなのです」
二人同時に拒絶されては、俺としては静観するしかない。
以来、好きなようにさせている。
いずれにしても二人だけの朝食を用意するには過剰な設備だ。
またこのシステムキッチンの水回りやガス台は、何故か比較的高い位置で使用することを前提に設置されていた。最初の持ち主がどのような経歴を持つ人物だったかは分からないが、少なくとも彼らの体形に合わせて設計しているのは間違いない。
比較的背丈が高い俺やマイヤーは苦にしないが、同年齢の女性と比較しても小柄なアリアは料理するにも片付けするにも踏み台を必要としていた。
ふっ、十六歳もなって踏み台とは。
いや、個人の身体的特徴を笑うのは失礼だろう。
まあ、あれはあれで見ていて微笑ましいとは思う。
そのような環境ではあるが、食器を片づけるだけならば食洗器に入れるだけという事もあり、アリアは『私もなにか手伝わないと』と言い出した。
だが、その申し出は即座に却下した。
あの足取りでは食器を落とすのがオチだ。別に食器がどうなろうと構わないが、踏み台から落ちて怪我をされては堪らない。俺の判断は妥当だと思うがアリアの気に触ったのだろう、意地になって手伝うと言い出した。
「征志郎、私を庇っているようにみせて馬鹿にしていますね。いえ、馬鹿にしているに決まっています。少しくらい届かなくても、私にだってやり様はあるのですよ」
「やめておけ、その体調では下手を打つに決まっている」
女性という生き物は理性ではなく感情を優先する傾向があるのだが、今日のアリアは妙に意固地なっていた。
実のところ心当たりがないではない。
自分の仕事を取り上げられたときに急に不安になる、あの感情を抱いているのではないだろうか。確かにマイヤーが不在のときは仕事を分担することはあっても、アリアの仕事を一時的とはいえ取り上げることはなかった。
今までは気が済むようにさせてきた。そのほうが被害を少なくするのだが、今回はそういう訳にはいかない。
致し方ない、俺の言う事を聞かずエプロンを着けるアリアの腰を軽く叩く。
『ひゃっん』と、可愛らしい悲鳴を上げて崩れ落ちそうになったので受け止めた。結果として抱き留める形になりアリアの顔が真っ赤になる。口をパクパクとさせて何かを反論を言おうとするが言葉にはならない。
本人も身体上の変化をようやく認めたらしく、大人しくエプロンを外して席に戻る。
「そんなに仕事を取られるのが嫌なら今日だけにしとく、だから今日は大人しくしているんだな」
「それだと私が役立たずみたいじゃないですか!」
『何故そういう理屈になる!』と言い放ちそうなったが、グッと堪えた。このような状況が初めてだったとしたら間違いなく言い放っていただろう、いや、十年前に居なくなった彼女には言い放ったというのが正しい。その経験が俺を自制させたとしたら、十年前の苦い記憶も無駄ではなかったのだろう。
面倒くさいと思ったが、おくびに出さずアリアを説得することに成功した。
「元を正せば征志郎のせいじゃないですか」
「俺がどうしたって?」
「なにもあんなにしなくても……、私は何度も死んじゃうかと思ったんですよ……」
自分がとんでもない事を口走っているのを気付き、先ほどよりも顔を真っ赤に染め声はしりすぼんでいく。
未然に防いだつもりだったが下手を打ったのは俺の方かもしれない。
微妙な空気と沈黙が支配した。
朝食時は上手く誤魔化したつもりだったが、やはりこの話題から逃げることからできなかった。
起きた事をまるで無かった事として振る舞うことほど不誠実な対応はない。
謝れば済む問題ではないし、アリアも謝罪を望んではいない。いや、そもそも俺は謝罪をするつもりはない。この場合の謝罪とは、都合のよい心理上の逃げに過ぎない。逃げてどうにかなる問題ではないし、そもそも俺は逃げるのが嫌いだ。従って俺としては何らかの落とし所を提案するのが妥当な対応だと、これも十年前の苦い経験から知っていた。
方針は分かっているが、手段が分からない。
キスの一つでもすれば収まるような気もしたが、却って状況に流されるような気がした。
どうしたものかと考えながらポケットを探ると、所長室のスペアキーが丁度入っていた。
『ポケットを探るとスペアキーが都合よく入っていた』などという状況は、不自然な言い分に聞こえるかもしれない。誓って断言できるが今日のような状況を期待して用意していた訳ではない。ただなんとなく、スペアキーが入っている予感がしたのだ。正確にはマイヤーならば有給休暇に入る前に、さり気なくスペアキーをポケットに入れていたとしても不思議ではないと予想、いや期待した。
ちっ、マイヤーめ。
出来た執事とは思うが出過ぎた真似を。
期待しておきながら勝手な言い分だが心の中で舌打ちする。
「そういえば、アリアにはあの部屋の鍵をまだ渡してなかったな」
スペアキーをアリアに向かって放り投げる。アリアは最初、何を渡されたのか理解できなかった。小さな手に収まったスペアキーと俺の顔を戸惑いの眼差しで交互に見つめる。
「片づけは俺がするからソファーにでも座っているといい」
話しの流れから所長室の鍵だと理解すると、予想しなかった提案に『いいの?』と聞き返してくるが『構わない』と答えた。アリアは大切な物を受け取ったような表情を浮かべ、やや覚束ない足取りで黒いレザーのソファーがある部屋に移動する。
アリアが大人しくなったので、ようやく片付けを再開する。
鍋とフライパンを洗い、使用した食器を食洗器に入れて起動した。
黒いレザーのソファーが置いてある部屋は、所長室であると同時に俺のプライベート空間として使用していた。俺の服装と同じく黒を基調とした家具で統一した部屋は、どこか他者を拒絶する雰囲気があるらしく、マイヤーや麻人も理由が無ければ立ち入らない。それがアリアと同居するようになってからは崩れ始めていた。
これ以上なし崩し的に侵入される事を防止するため、依頼人として用件がない限り不必要に立ち入らせはしなかった。
別に拒絶したのではない。
俺がアリアの自室に立ち入らなかったように、アリアにも俺のプライベート空間には立ち入らせなかった。もっとも俺が勝手に決めた不文律でありアリアの同意は取っていない。それでも色々と理由を付けて依頼人として所長室に入って来たが、そのときは依頼人と探偵の関係で対応してきた。
昨日から今日にかけての経緯が経緯だとしても、今更ルールを変えることに躊躇を覚えなくもない。今は居なくなった彼女も同じような経緯で立ち入って来たのだ。もっとも控え気味に入って来たアリアと違って、彼女は少し強引に立ち入って来たのだが。
彼女の面影を残すアリアは知人や縁者の類ではないだろう。恐らくアリアは彼女の家族ないし親族。そのような背景を持つ人物と、かつて辿った道を再びなぞるような予感がして言いようのない気分になった。
良い思い出もあれば、悪い思い出もある。
なにより苦い思い出だ。
それをもう一度繰り返したいとは思わないのだが……
やはりあのときアリアと同居することに同意したのは失敗だったのだろうか。とは言え、今更放り出すなど論外だ。
そこまで考えたら笑えてきた。
『上の方』だった彼女は職を解かれた今でも俺を縛り付け、俺は彼女の掌の上で踊っている。
男とは馬鹿な生き物だと自傷気味に笑うしかなかった。
◇アリア
午前十一時
私は所長室兼征志朗の私室の前で、受け取ったスペアキーを握りしめていました。
二、三度大きく深呼吸をして、緊張する自分を落ち着けようとします。
依頼人として入室したときだって、私はそれなりに心構えをしてから入っていました。入室前の緊張感から解放された後は少しテンションが上がってしまい、征志朗に突っかかるような態度になっていたのです。本当はあんな態度をしたいわけじゃないのに。過去の自分の行いを思い出し、軽い自己嫌悪に陥ります。
今回は事前に征志朗の許可を取っているので、緊張する必要はないのに。
なによりスペアキーを貰ったということは、つまりそういうことなのに。
理由を並べて自分を納得させようとしますが、鍵穴に差し込んだスペアキーを持つ手が震えて止まりません。心臓の鼓動は凄い勢いで加速して、今にも爆発しそうです。
『女は度胸でしょう』と言い聞かせ、最後の迷いを振り払い鍵を外し扉を開けます。
目に入って来るのは薄い黒の壁紙で装飾され、床は黒光りする石が敷いてある、いつもの征志朗の部屋。
恐る恐る中に入ると黒光りする床が私の姿を映し出すので、いつものようにスカートの裾を押さえます。この床は確かに綺麗なのですが、黒光りして鏡のように姿を映すのです。つまり裾を抑えていないとスカートの中が映ってしまい、盗撮されているようで嫌なのです。
ミニスカートではなく普通の丈のスカートを履けば、そこまで映ったりはしないのですが……
だってしょうがないじゃないですか。
クラスメイトの友人も同じような丈のスカートを履いていますし、その方が可愛いですし、征志朗には可愛い姿を観て欲しいですし。
はぅ、私は何を口走っているのでしょう。
とにかく入口付近や窓際など隅以外は、幾何学模様で装飾された絨毯を――征志朗はペルシャ絨毯だとか言っていましたが――敷いているので実際に見られることはないのですが。
でも出来れば全て隠して欲しいです。
もっとも征志朗は気付いていないようですし。
私から言い出すのも恥ずかしいし。
そもそもこの部屋は征志朗の私室なのですし、と言い聞かせて妥協することにしています。
でも、本当は何とかしてほしいのですよ。
征志朗の部屋の趣味はとりあえず置いておきます……
この部屋に自由に入れる事をようやく実感すると、急に恥ずかしさと嬉しさが込み上げてきました。私は堪らずいつも座っている黒いレザーのソファーにダイブしました。気恥しさのあまり顔に両手をあてると、そのまま暫く身をよじらせていました。
ソファーに横になりながら、改めて部屋を見渡します。
本当に特徴的な部屋ですよね。
先ほどの床は言うに及ばず、TVやソファーや事務机や机も黒。絨毯は黒一色ではないですが黒っぽい色合い。ブラインドも黒。照明は流石に黒ではありませんが、照明器具の色はやはり黒。
黒でない色を捜すと、机に置いてある刺繍が施されているテーブルクロスくらいです。
そのテーブルクロスは白でなく、何故か赤でした。
手作りのようですが、ぎこちない造詣から市販されているものではないようですね。征志朗に刺繍の趣味があると聞いたことがありませんから、御家族の方か、または私が知らない人物から贈られたのかもしれません。それにしてもなぜ赤なのでしょう? 考えてみれば征志朗が身につけているネクタイも赤でしたね。
なんでしょう、少しイラっとしました。
すいません、話しは逸れましたね。黒と一口に言っても濃淡には差がありますし、何らかの模様が別の色で描かれていたりもします。それをもって征志朗は黒を基調にした部屋だと言い張りますが、それは生優しい表現だと思います。黒で占領された部屋というのが正しいでしょうね。
魔術師が変わった趣向を持つのは知っていましたが、流石にどうかと思います。
今度私の部屋からお気に入りのクッションを持ってきて、色合いに変化を与えないと。
そういえば私が征志朗の家に着てから、もう半年以上過ぎたのですね。
ソファーの心地よさと朝からあるけだるさから、徐々にまどろみに落ちながらあの日を思い出していました。
あの日、私はマイヤーさんから征志朗がいる所長室に通されました。
あの人から預かって来た手紙を征志朗に手渡すと、征志朗はソファーに座るように勧め封筒を開け手紙を取り出します。手紙を取りだしたときに何か光る物が落ちましたが、私の位置からは見えませんでした。征志朗は落ちた何かに気付くと、何事もなかったように拾い上げて引き出しにしまいます。
それから三十分ほど経過したのでしょうか。
私が座って待っているのにも構わず、椅子に座ったまま随分長い時間読んでいます。
いい加減無視されているように思えてきたので、我慢できず声をかけようとします。でも、その度にマイヤーさんが御茶を用意してくれたり、話しかけてきたりしたため声を掛けられません。
ようやく読み終えると手紙を引き出しにしまいました。
私は不満の一つも言おうとしましたが、先に謝罪の言葉を言われてはどうする事も出来ません。
分かりました。これからお世話になる人です、ここは大目に見ましょう。
「遠い所から大変だったな――実際に遠くなのか、俺には観測出来ないのだからこの表現は正しくないか――とにかく『ウーヌス』にようこそ」
征志朗は少し複雑な表情を見せましたが、それも一瞬のことでした。
「手紙にも書いてあると思いますが、これからお世話になります。私は『ウーヌス』には不慣れですので、色々御迷惑をおかけすると思いますが宜しくお願いします」
「済まないが、俺は探偵であって君の身内や保護者ではない。戸籍等の諸手続きや住居の手配までは協力するが、それ以上は自分で身の振り方を考えてくれ」
「えっ、話しが違います。あの人は征志朗の家でお世話になれるように書いてくれた筈です」
「確かにそうだが、君は見ず知らずの赤の他人であり、しかも俺は男だ。君が男だったら同居を承諾したかもしれないが、そのような関係の人物と未成年の女性が同居するのは、一般的な常識で考えて問題があるとは思わないか?」
「それは、そうですが……」
「学生寮にでも入るのが一番無難だろう」
「それは駄目です。寮に入ったら私の職務に制限が加えられてしまうじゃないですか」
征志朗はそこに気付いたかと言いたげに舌打ちをします。
マイヤーさんは後ろで微笑んで無言のエールを送ってくれますが、今欲しいのはエールではなく援護射撃なのに。
「どこかに都合のよい部屋を用意してくれるのですか? 事前に調べた限り『ウーヌス』では、未成年の女性が一人で部屋を借りるのは困難だと思いましたが」
このまま押し切られては堪らないので、語気がどうしても強くなってしまいます。
『よく調べているよ』と言いながら、征志朗は端末を操作します。
「その点は安心すると良い。セキリティが整っていて君が滞在するのに望ましい、女性専用の施設というのがある」
何を安心すると言うのでしょう。私はあの人から『征志朗の所なら安心できるから大丈夫』と言われ、送り出されてきたのです。それを曲げられて納得できるわけがありません。
「こういう物件は空きが少ないのだが、幸い俺の方でも二、三件持っている」
私の不満など気にも留めず、征志朗は私を厄介払いしようとします。
それにしても持っているとはどういうことなのでしょう?
まるで家具か何かをのように気軽に話しますが、もしかして凄い資産家なのでしょうか。
考えてみれば、この部屋もビルの最上階を丸ごと使用していますよね。
「マイヤー、西区と北区にそれぞれ空いている物件があった筈だ。今すぐ確保してくれ」
マイヤーさんは『畏まりました』と返答すると携帯端末を操作して連絡を取りますが、一足遅く二件とも入居の契約が行われた旨を報告します。征志朗は不満顔ですが非難する事も出来ず、『契約が取れた事はいいことだ』と吐き出すように答えました。
その後は知り合いの不動産を何度も指名しますが、マイヤーさんの答えは私が滞在するに相応しい物件は空いてないと繰り返えすばかり。余りに同じ答えをするため虚偽の報告をしているのかと思いましたが、空いていない証拠をHP上で示してくれるので信じるしかありません。
理由は不明ですが、確かに何処も空いていないのです。
「征志朗様、次はどこにご連絡をすればいいでしょうか?」
「いや、もう十分だ。二人っきりで話をしたいので席を外してくれ」
征志朗は深いため息をつくと、椅子に深く座り天井を見上げます。
マイヤーさんは去り際にウィンクしてくれました。不自然だと思っていましたが、あの二人は裏で何らかの攻防をしていたのですね。
「すまない、煙草を吸ってもいいか?」
「この部屋も家も征志朗の持ちものですよ、私に許可を取る必要はないと思いますが」
「そうか。なら、次からは断らずに吸う事にしよう」
胸ポケットから煙草を取り出すると、机に置いてあるマッチで火を点けます。魔術師ならば道具に頼る必要はないように思いましたが、様式美なのかもしれません。
煙草を吸いながら征志朗はブラインドを上げます。
気を落ち着かせるため間を取りたいのかもしれませんが、そのお陰で私が今まで生きてきた世界にはない、コンクリートで造られた街を一望できました。
私の知らない世界、私の知らない街、あの人が暮らしていた場所に私は居ます。
「本当に俺と同居する事になっていいのか?」
「征志朗は信用のできる方だと紹介されてきましたが」
「どこのどいつから言われたかは知らないが、俺は聖人君主じゃない」
「そんな人と同居したら息が詰まってしまいますよ」
「違いない」
くすっと笑って返すと、肩を竦めて同意してくれます。
危うく路頭に迷うところでしたが、ようやく同居を認めてくれたようですね。
「だが、俺と同居する以上は学校には通ってもらうぞ」
「私は留学するために『ウーヌス』に来た訳ではないです。第一、そのような事に時間を取られては管理――」
「その名は言ってはいけない事になっている。何故言ってはいけないのかは自分で考えて貰うしかないが、俺達は『上の方』と呼んでいる」
征志朗は私が口にしようとした言葉を制すると、最初の忠告をしてくれました。少し癪に障ったので、『私は別に言いふらす気はないです』と反論しますが取り合ってくれません。
でも、有り難い忠告です。
部屋に通された時はどんな人かと心配しましたが、杞憂だったようですね。
途中で管理者の話題に切り替えられたため、いつの間にか学校に通うという前提で話しを進められてしまいました。後になって気付いたときはやられたと思いましたが、世界を知るという意味では結果として良かったのかもしれませんね。
「学校に行く以上、赤の他人しかも未婚の男と同居している事実は、色々都合が悪いのは理解出来るな?」
「それは分かっています。でもマイヤーさんも一緒に住んでいるのですよね」
「勘違いしてもらっては困るが、アイツは身内ではない執事だ」
「執事は家族も同然だと思うのですが」
「その辺は認識の差だろう。言っておくが、別に俺はマイヤーを家族のように思っていない訳ではない。この国の法では主人と執事の関係は、雇用者と労働者の関係が重視されていると言いたいだけだ。雇用者は労働者の勤務時間に応じて適度の休暇を取得させる義務があると、この国の法では決められている」
「悪くない制度だと思いますが、それの何が問題なのでしょうか」
言いたい事は分かりますが回りくどい、まるで何かを正当化するような論法です。
何か言いにくい事があるのでしょうか。
「この法をマイヤーに適応すると、労働時間から計算して年間百二十日程度休暇を取得させる義務が発生する。マイヤーは住み込みだから百二十日も不在という事は実際には発生しない。だが、休暇をどのように過ごすかは個人の自由である以上、マイヤーが家に居ない事態は確実に発生する」
「つっ、つまり征志朗と二人っきりになることが、あっ、あるのですね」
「それも二、三日ではすまない。それでも良いんだな?」
その可能性も覚悟していた筈ですが、声が上擦ります。
試されているのかと思いましたが、征志朗の目が事実だと告げています。
『分かっています』と答えましたが、今までの人生で一番重いかもしれない決断でした。
「なら諸手続きの話に移るとしよう。面倒事を片付けるついでだ、君は戸籍上の義理の妹にでも――いや、姪にしておくが構わないか」
「それに異存はないです」
「なら問題ないな。マイヤーから部屋に案内してもらってくれ」
「お世話になる身ですし、諸手続きをしてくれるのも助かります。ですが面倒だからというのは止めてくれませんか、私にとっては大問題なのです! 第一、君なんて言わないで下さい、私にはアリアという名前があるのです!!」
色々手配して頂いている身ではありますが、面倒などと言われたので沸々込み上げてくるものが抑えられませんでした。
「そうだな、不誠実だった。すまない、アリア」
「……えっ」
少し向きになって反発しましたが、意外と簡単に非を認め頭まで下げられたので少しバツが悪いです。
どうしたら良いか分からず戸惑っていると、ふっと征志朗が笑います。
「私をからかったのですね、征志朗!!」
「言っただろう、俺は聖人君主じゃないと」
征志朗はあの人が教えたくれたように意地悪です。
「改めてになるが『ウーヌス』に、そして当家にようこそ。アリア、君を歓迎する」
あの人は征志朗について沢山教えてくれました。
意地悪で。
意地っ張りで。
黒が何故か大好きで。
顔も姿・恰好も良いけど、いつも黒服を着ている魔術師。
どんな人かと思っていました。
冷静に考えて怪しい事この上ない人です。
そのことを指摘すると『ときどき優しくて親切な素敵な人よ』と、嬉しそうに話してくれた意味がようやく分かりました。
確かに意地悪ですし、意地っ張りです。
でも、でも、確かにときどき優しくて親切な人でもあります。
私はこのようにして、征志朗の家の一員になりました。
お断りとお詫びをさせて下さい。
労働基準法で労働者に何日の休暇を与えるように記述しているか、申し訳ありませんがこの点は正確には調べていません。
ググレ、カスとか言わないで下さいw
執筆に間に合わないため、僕が勤める会社で約年間120日程度の休暇を貰っていることを参考に書いています。
軽く法律を調べたら計算する気がなくなってしまいました。
法学部出身の友人に聞けば簡単に答えてくれるかもしれませんが、僕は無学なもので。
正確な数字を調べましたら修正しますが、現時点ではこのようなものだと御了承下さい。
追伸
頂いた感想を参考に文章を一部入れ替えた上で、「マイヤーが行う労働時間から計算する」と変更しました。




