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振り向けば、そこに探偵事務所  作者: 大本営
File No.001 パトロン
27/41

19話、振り向けば、そこに探偵事務所

 ◇真壁


 アレシアのギルドマスター『グレゴリー・アームストロング』との会談を終え、俺は例のごとく所長室に戻って来た。

 シンイチ教授の保護に始まった今回の件は、『エレンに在学する来訪者達の身柄確保と教育道楽者の思惑に関する調査』というタイトルで既に報告書を書き終えている。


 この件は、とりあえず終了といっていいだろう。


 勿論、来訪者の疑惑があるエミリオ学長に関する調査は着手すらしていない。マイヤーの話しによればスルガヤが独自に接触を行い会談について好感触を得たらしい。だが報告がない以上、この件について過度に期待すべきではない。

 今回一番の収穫は、やや押し付けがましくはあったがグレッグの協力が得られようになった事だろう。おかげで他のギルドから協力を得にくくなったかもしれないが、調査の効率を考えたら致し方ない。

 学園都市エレンといっても在校生だけで都市が運営されていない以上、在校生以外の人物にも来訪者がいるのかもしれない。ギルドの協力も約束された以上、現時点では当てもなく流離うのは控えた方がいいだろう。

 スルガヤやグレッグの協力は得られたが、社会的地位のある人物の助力はあくまで過程を提供するに過ぎない。もし仮に俺が誘拐のような手段に訴えれば、彼等との友好関係は瓦解する。

 社会的地位のある人物に接触するには、相応の理由と証拠が必要なのだ。『ドォオ』における法体系を尊重する気は俺にはなく税金を払う気もないが、手順を踏む必要があるというのは別の次元の話だ。


 何事も時間が必要なのだ。



 ◇



 一応の区切りがつき報告書を書き終えるとシャワーを浴びる。

 後は酒を友として語らうとするか。

 そう思いながらシャワー室にいると、これもまた例のごとくバスルームからでも気配で分かることだが、所長室にある黒いレザーのソファーに誰かが座って待ち構えている。

 恐らく依頼人なのだろうが、今回は呼び付けられた覚えはなく報告書は既に提出済みだ。

 これ以上の超過勤務要求はご免こうむる。

 と言いたいところだが、致し方ない。

 依頼人をなにより女性を待たせるのは俺の道義に反する。シャワーをそこそこで切り上げると、スラックスを履き隣の部屋に移動する。



「女性が男の部屋に来るには適切な時間とは思えないが」

 ソファー越しに声をかけると今度は学習したのか、アリアはいきなり振り向くことはしなかった。一々反応されても厄介なのでこの方が助かる。

 アリアの姿をみると、通学しているミッション系学校の制服を着ていた。 

 登校する前に、叔父である俺の顔を見に来たのだろう。

 名義上だけの叔父にまめなことだ。


「ご生憎様、『ウーヌス』では七時三十分です」


 アリアは遠隔操作で部屋のブラインドを上げると、そこには西側の窓には夜の貴婦人(エレンの街灯)に照らしだされるエレンの街並みがあり、東側の窓には朝日に照らされるビルディング街があった。

「時差ぼけですよ、征志朗()()()

 一本取ったことに満足したのか、彼女は笑った。

 そろそろ着替えたと思いアリアは振り返るが、包帯を巻き付けている姿を見て笑顔が凍りつく。


「どうしたのですか、その包帯は。何ですか、この傷は!!」

 せっかく巻き付けた包帯を強引に解かれ、火傷の跡が露わになる。

 女性に服を脱がされるのも悪くはないが、包帯となるとシチュエーション的に劣るものがある。なにより、年頃の女性がそのような態度を取るのは叔父としてどうかと思う。

 激痛が走るものの悲鳴は上げず、俺は悠長にそんなことを考えていた。


「戦えば傷の一つも出来るさ。なるほど『ドォオ』に行く前から疑問に感じていたが、俺の体は『ウーヌス』のまま移動しているのだな」

 自分の意思で移動してきた人物の場合、その人物の肉体はどのようになるのか。個人的には重要な事だが、諸般の事情により管理者であるアリアに聞くことが出来なかった。

 俺は長年の疑問を実体験でようやく確認する事ができた。

 何を調べようとしていたのか、或いは感付いているかもしれないが、アリアやマイヤーにも話してはいない。

 些細な事だ。自分の意思でいなくなった人物は『ウーヌス』いた頃の肉体のまま移動したのか。アリアに断じて聞くわけにはいかない以上、俺には他に確かめる手段はなかったのだ。

 最早いなくなった人物の、その後など知ったからとてどうなる事ではない。

 他の人物がこのような行為をしたと聞いたら間違いなく笑い飛ばしていただろう。

 だが、それでもただ知りたかった、それだけなのだ。

 我ながらつまらない感傷だと思う。


 ユースティアの元で介護されたものの、基本的に自動回復頼みで治療は今までしていない。火傷はほぼ治ったが、だからといっても痕は残るし、グレッグと殴り合ったダメージとパトロン決定戦の傷は未だ完治してない。

「当たり前です。貴方は『ウーヌス』の側の人なのですよ。世界を移動したからといって精神が移動していない以上は新たな肉体を得るものですか! そんなことより征志朗の身に起こった事は私に責任があります。いいから脱いで、傷を見せなさい!! マイヤー、マイヤーはいないの?」

 マイヤーには有給休暇を強制的に取らせたが、未だ事務所に残っていたためアリアに気付かれないように顔を見せる。お呼びでしょうかと視線を寄越すが、いいからとっとと休暇に行けと送り出す。

「あいつには溜まっている有給休暇を強制的に消化させたので、暫く家には居ないぞ」

 正確にまだ居るため微妙に虚偽の発言が混じっているが、最後まで去りゆくマイヤーに気付かなかったアリアは俺の説明に納得したようだ。


 念のために言っておくが暇をやったのではない。

 当事務所がウーヌスに所属する以上、ドォオにおける法体系を尊重する義務はないと考えるが、逆説的ながらウーヌスにおける法体系を尊重する義務はある。故に労働基準法を順守する義務があり、所長として溜まっている有給休暇を強制的に取らせていた。

 病人である主を置いて休暇に入る事をマイヤーはかなり渋ったが、主の命令とまで言われれば従うしかなかった。

 話しは逸れるが、我が忠実な執事マイヤーは顔が崩れることなく年老いており、執事という特異な職業も相まってあの年齢ながらかなり女性にモテる。

 マイヤーは執事という職業上の特技を最大限生かすため、まとまった休暇の得るたびに夜の職場(ホスト)に出かけている。かなり人気があるらしく、執事として得られる報酬より余程給料は良いらしい。だとしても休日にわざわざ疲れることをすることないと諌めてはいるが、「いえいえ、彼女達が私を待っていますから」とのたまった。

 マイヤーの数少ない悪癖である。

 アリアはマイヤーが休日に何をしているか知らないし、俺も教える気はない。

 知ったところで双方に益が無いのならば、教えてやる事もないだろう。


「ああ、もう、なんでこんな時にいないのよ! なによ、この火傷は!!」

 普段着用しているスーツが実は優れた魔道具であるが、それでも熱を完全に遮断できないのだ。致し方ないので棚から友人を一本取りだし消毒くらいはしておこうとするが、その手を払いのけられる。


 ここまで治れば死にはしないと視線を送るが、睨みつけられた。


 これでも土属性の自動回復呪文により多少の治癒は継続的に行っているため、炎症は抑えている。ただ少々激痛が走り、火傷の痕が残っているだけだ。ユースティアの介護を受けていたときはそれほど苦痛を感じていなかった筈だが、彼女は俺になんらかの処置をしていたのだろうか? 


 いつの間にか冷や汗が出てきた上、意識が飛びそうな気もする。


 俺の体に何が起きていたのかこの時点では知るよしもない。はっきりしているのは、死の危険に晒されていた事を、俺やマイヤーばかりかアリアすらも理解出来ていなかった。


 そのままスローモーションを描くように床に倒れる。


 アリアは俺に近寄り容体を確認すると、一瞬躊躇したが意を決して呪文を唱え始めた。


 生来、風と土属性の魔術しか会得できない俺には未知の呪文だが、唱えている内容から光属性だという事は分かった。

 部屋が光に包まれる。

 眩しく目が眩むような光ではなく、優しく包むような光だった。

 五秒、いや十秒だったのだろうか。

 光が消滅すると激痛は止み、傷は消失していく。


「征志朗、貴方は無茶しすぎです。何かあったらどうするのですか!」

「あの程度では死にはしないさ」

「そういう問題ではないです!!」

 先ほどは睨みつけられただけだったが、今度は怒鳴りつけられる。

 今日は良く怒鳴りつけられる日だ。

「……すまなかった、アリア」

 アリアは小さな声でなにか返答しようと試みるが言葉にならない。

 それと、徐々に顔が赤くなっているような気がする。


「あの呪文は相反する事象を増幅する事で強力な回復力をもたらす魔術ですが、その反動も大きい魔術なのですよ。」

「言いたいことがよく理解できないのだが、土属性の魔術のように新陳代謝を即したわけでないのはわかる」

「ですから……死の反対の呪文なので……ということです」


 悪いが小声で言われても聞き取れない。


「? 死の反対は生だとは理解出来るが、それの何が問題なのだ」

「死の反対は誕生です!」

 アリアは今度こそ顔を真っ赤にさせて言い放つ。

 誕生か。

 かなり遠まわしな言い方だが、俺は盛りのついた雄の状態になるらしい。

 確かに年頃の女性に言わせるべきではなかった。

「で、反動が訪れるにはどのくらい時間がかかる?」

「……落ち着いているのですね」

 私があんなに恥ずかしかったのに、と涙目で言われても困る。

「起きたことは仕方ない。相応の対応を取るからお嬢(アリア)はもう学校に行け」

 何時盛りのついた雄となるか分からない状態で、アリアを脇においておくわけには行かない。追い出すような仕草に不満なご様子だが、時計を見ると既に八時を回っており渋々部屋を出て行く。


 アリアの後ろ姿を確認してから十分程経過する。


 どうしたものかと暫く考えていた。

 致し方ない。

 携帯を操作して、最近ご無沙汰だった彼女達に連絡をとろうとした。


 そう、連絡をとろうとしたのだ。

 直後、アリアは走って戻って来た。


「征志朗。貴方、今、何をしようとしていました!?」

「君も納得したではないか、相応の対応を取ると」

「その相応とはどのような手段で、誰とのことですか」

 持っていた携帯を素早く払いのけられ、かなりの速度で壁に叩きつけられる。

 恐らく壊れていることだろう、後でデータを復旧しなければ。


「征志朗()()()、貴方がどなたに連絡しようとしていたのか教えて頂けませんか?」


 あの目だ。

 決意と狂気を感じさせる目。

 まるであの夜と同じ目だ。


「他にどんな手がある。夜の街はもう眠りに就いた以上、直ぐに来れる人物は限定される」

 恨み声が聞こえるが、気にしてはいけない。

 もしユースティアがこの場にいたならば、何とかしてくれたのだろうかと埒もないことを思い付く。

 もっとも、この場で口にするのは余りに危険な気がした。


 結論の出ないやり取りが五分程続く。


 今、思い出してもちょっとした思い付きだったのかもしれない。

 単にムキになったアリアをからかっただけかも知れないし、時間的余裕がなくなって来たことによる強がりだったのかもしれない。

 或いは今はいなくなった人物、その人物の面影を残すアリアに甘えたのかもしれない。

 本当はこうなることを心のどこかで望んでいたのかもしれない。


 だとしても、何故、あのようなこと言ってしまったのだろうか?


「だったら、君がなんとかするのか?」



 ◇アリア



 予想もしなかった事を言われて、アリアの心臓の鼓動が早くなるのが分かります。


 いえ、正直に告白します。


 私が戻るということが何を意味することに繋がるか、考えないではありませんでした。でも私が部屋から出ていくとき、征志朗は止めてくれませんでした。


 否、征志朗は私を追い出したのです。


 とぼとぼと通学路を歩いていると、偶然出会った同級生達が笑顔で挨拶をしてきます。同じく笑顔で挨拶を交わしながらも、その笑顔が今の私には辛いです。

 気分転換になるかと思い、分かれ道で思い切ってその方々とは異なる、いつもと違う道を選択しました。

 残念ながらいつもと違う通学路は、いつもと違う同級生と出会うだけでした。この道をどのように行ったら学校に着くのか知らない私は、いつもと違う同級生と話しながら一緒に着いて行くしかありません。

 いつもと違う道のため、予想もしなかった方向から直射日光が目に入ります。

「眩しい」

 思わず目を背けると、一緒に歩いていた同級生に抗議します。

「ははは、そうだよね。この道はビルの谷間から朝日が見えるから、直射日光が目に入るんのだよね」

「先に言ってください、意地悪です」

「ごめん、ごめん。だってアリアさん、なんか寂しそうだったから、つい」

 直射日光を避けるため顔を反らしながら抗議をしていると、あのビルが見えました。


 振り向けば、そこに探偵事務所が見えたのです。


「ごめんなさい。大事な用事を思い出しましたから、先に行っていて下さいませんか」

 その方は理由を聞かず、がんばって、と声をかけくれました。


 征志朗が私を追い出したのに、何故戻ったのか?

 征志朗の言葉に、私はどのような返答したのか?

 その後、私は登校したのか、遅刻したのか?


 それらは個人的なプライバシーに関わる問題ですので、お答えする気はありません。


 私はあの部屋に戻って行った、それだけなのです。



 --振り返れば、そこに探偵事務所   File No.001 パトロン 完--

 

個人的にはアリアが振りかえった後に、City HunterのEnd曲「Get Wild」が流れていますw

TM NETWORKの名曲「Get Wild」を聴きながらもう一度読み直すと、イメージがわきやすく別の面白さがあると思いますね。

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