18話、それぞれのエピローグ - 後篇 -
◇真壁
パトロン決定戦終了から既に五日が経過していた。
ハンデ権を保持していることにより立場的に上位である俺を五日も待たせるのは、非礼な行為と言えるかもしれない。
要求内容次第では多額の報酬の支払いという形式を経た実質的な財産没収や、公職からの自主的な退場などが要求されるかもしれない身であることを考えれば、待たせることで相手の心証を悪くすることは賢明な選択ではないだろう。
とはいえ物事には先方の都合というものがある。今回のケースは会談相手が相応の社会的地位があり多忙であることを考慮すれば、先方の都合に合わせる事は致し方ないことだろう。なにより先方がどう思っているかは別にして、こちらとしてはギルドに喧嘩を売るつもりがないならば尚更だ。
俺なりに礼を尽くすつもりだが、ギルドにしてみれば何を要求されるか戦々恐々としているに間違いない。奴らは少しでも会談を優位に進めるため、会談場所をアウェーであるエレンではなくホームであるアレシアで行う事を提案してきた。
正直受けてやっても良かったが、それだけは却下した。
理由は二つある。
一つ目の理由は、俺が上位でありギルドが下位である関係を変えかねない提案は、好ましくないという形式の問題だ。馬鹿馬鹿しいと思うことなかれ、どちらが上位かが暈けることは会談の行方を左右しかねないことがある。
もう一つの理由、それは瀕死の重傷を受けた身で旅などする気になれなかったという身体的理由だ。自動回復といえども万能ではなく五日で傷が癒えることはないが、明日や明後日にと言われるよりは遥かにマシだ。五日あればどうにか動ける程度には回復することだろう。
だが、都合が良かったと考える人物は俺一人ではないらしい。
パトロン決定戦終了から五日間、俺は学園内に存在するとある屋敷に軟禁されることになった。
自力では動くことが出来ない状態なのだから監禁も軟禁も大した差はないが、形式的には監禁まではされていない。問題は軟禁した人物が俺に止めの一撃を加えた女性、ユースティアだったという点にある。
ユースティアは控室で容体が徐々に回復しつつあるのを確認しただけでは満足しなかった。見舞いに留まらず一日中付き添おうとするためマイヤーはやんわりと説得を試みたが、あまりに頑なな態度に説得を放棄してしまう始末。
おかげで事務所に帰ることも間々ならず、学園内に存在するとある屋敷に軟禁されることになったのだ。
幸いマイヤーから治療に関する諸注意として、治療魔法の類の使用禁止や薬剤等による治療の禁止などの指摘だけは、ユースティアは不承不承ながら受け入れてくれた。
俺も男だ、美女は嫌いではない。
見事な頂を真近に眺めつつ看病されるのも悪いものではないな、当初はそんな甘い考えもあった。だがその認識が甘すぎた、相手に看護する技量があると思い込んでいたのだ。
重症により思考が鈍っていたのか、或いはユースティアの魅惑的な身体に惑わされたのかは分からない。
いずれにせよ、高い代償を払うことになった。
例えば、軟禁二日目のことだ。
包帯の交換時間になると、俺はユースティアに運び出された。
行先は大浴場。
汗を拭き、垢や汚れを落として清潔な包帯を巻きたいのは分かる。だがユースティアは包帯を無造作に外すと俺を湯船に放り込んだ。今にして思えば縫いぐるみを洗う感覚だったのだろうが、今回のケースでは対象者が縫いぐるみではなかった。
魔術士であろうとも水中呼吸の呪文も無ければ溺れ死ぬ。なにより俺は水属性の魔法は使えず、さらに四肢も動かせぬとあれば溺れるしかない。
人はどうしようもない環境に置かれるとある種の諦めが出るらしく、ユースティアが大浴場に入って来るのが遅ければ死ぬのだろうなと客観的に見る自分がいた。
幸いそれは杞憂となった。
予想より早く、タオルを巻き付けたユースティアが大浴場に入って来た。
急ぎ助け出そうとする過程で巻き付けたタオルが外れ、ユースティアは羞恥心と俺の命を天秤にかけることになるが、幸い俺の命を選択してくれた。
基本的に表情に変化のない人物の心情は読み取るのは困難だが、どことなく反省しているように思えた。少なくとも俺が人形ではなかったと再認識してくれたようだが、どこまで理解しているかは甚だ怪しい。
まったく酷い目にあった。
その代償として裸体のユースティアから隅々まで洗われるだけでなく、大理石の彫刻もかくやというほど白い肌と完璧なプロポーションを堪能できたと思えば悪いものではないかもしれない。
不器用でやや猟奇的な側面があるが、ユースティアは決して悪い女性ではないと思ってしまうのは男の悲しい性なのだろうか?
万事このような調子であったが、実に得難い経験であった。
◇ジュリエッタ
パトロン決定戦から5日後、私は学園内の貴賓室付近に用意された一室にいました。
最初はお父様と真壁さんの御二人で会談が行われ、一区切りが付いたら私達が呼びだされるという手順になっています。
あの人はアレシアでの会談こそ拒否しましたが、自分の影響下にお父様を呼び付ける事はしませんでした。お陰様でギルドが面子を潰される事態だけは避けられました。あの人が何を望んでいるかは分かりませんが、麻人の言うように悪いようにしないのかもしれませんね。
「私はそう思うのだけどブルータス、貴方の意見はどうなのかしら」
狸は豪華な装飾を施された箱を大事そうに抱えたまま、麻人の左隣に座っています。
ちゃっかりしていますね。
「アレシアのジュリエッタお嬢様の仰る通りかと」
私が麻人の右隣に座っているため麻人越しに話しかける事になりますが、近付いて話しかける気にはなりませんでした。麻人は少し迷惑そうで離席するため立ち上がろうとしましたが、私から右腕をつかまれた上に、狸から『君にも関係ある話ですから、少年』と諭されて大人しく席に座っています。
それにしても一々麻人に馴れ馴れしいです。
「ブルータスは男でしょう、少しは遠慮しなさい」との視線には気付かない振りをしているのが憎たらしいです。
「調べた限りでは真壁氏はどのギルドにも所属していませんでした。金銭的にも恵まれているようですし、このことから刺客の線も薄いでしょう」
狸は勿体ぶりながら自説を長々説明し続けますが、結論を先に言ってほしいです。
回りくどい言い方でジュリエッタは嫌いです。
「……という点から考えて、案外何も要求をして来ないかと」
何を言っているか、ジュリエッタは理解できませんでした。
何も要求をしないですって?
それはつまりギルドには魅力的なものが何一つ無いと言い渡されたのと同じです。
これほどの侮辱はあるでしょうか。
俯きながらも怒りに肩が震える自分がいるのが分かります。
落ち付きましょう、ジュリエッタ。隣には麻人がいるのですよ。
「ジュリエッタ、よく考えてみてよ。いま要求が無いからといっても将来要求が無いわけではないよ。例えば近い将来に備えて保持しておきたいとか」
何度か深呼吸をして気分を落ち着けようとしていると、心配そうに私を見ていた麻人が優しく話しかけます。
近い将来ですか。
私にとっての近い将来はなんでしょう。
学園を卒業して、お父様の手伝いをして、結婚して、家庭を築いて。
結婚して、家庭を築いて?
「私は真壁さんと結婚する気は断じてありませんよ!」
私の反応をまるで予想しなかったのでしょう。麻人だけでなくブルータスまでも驚いて、ジュリエッタをなだめようとします。
「アレシアのジュリエッタお嬢様、落ち着いて下さい。確かにあり得ない話でもないですが、少し論理の飛躍が過ぎます」
「あり得ない話でもないですって? ブルータス、やっぱりその可能性はあるのですね!」
麻人越しにいた狸の胸倉を掴み、手繰り寄せると続きを即します。
自分の余計な一言が私をさらにヒートアップさせたのに気づいたブルータスは、額から汗を流しながらなだめようとします。ですが説得を続けようとする言葉は、右から左に抜けてしまい理解できません。
嫌です、そんなの。
胸倉を掴んでいた手を離すと、麻人の右腕を思いっきり引き寄せ胸に当てます。
ちょっと落ち着いてと麻人も言いますが、一度走り始めたジュリエッタの思考は止まりません。
「真壁さんが悪い人でないのは分かりますが、嫌ですよ絶対! 私は麻人と結婚するのです!!」
興奮した私が落ち着くのに優に十分かかりました。
部屋に沈黙が訪れます。
思わぬ告白に返答できず、赤くなったまま固まった麻人。
いやはやと、心ならずも証人となったブルータス。
顔を真っ赤に染めて俯いてしまった私。
呼び出しが来るまで、奇妙な緊張感が部屋を支配し続けることになりました。
◇真壁
貴賓室
学園には貴族や王族の子弟も入学していることから、その父兄がやって来たときに使用される特別な部屋。俺がアレシアのギルドマスターの会談場所に選んだのは、学園内にあるその場所だった。
学園関係者なら寄付という形の利用料金を払うことで、パトロンなった今では俺でも利用することができる。
まあ、決して安くはない金額ではあったが。
ギルドの面子を保つには、なるべく中立的な組織の元で会談を行う事が好ましい。
中立という意味ではスルガヤも公には同じなのだが、使用することで俺とスルガヤの関係を疑われる可能性もあり好ましくはなかった。その点も加味してハンデ権の行方に関しては中立の立場を取る学園を使用することは、双方にとって色々都合が良かった。
「この度は娘が大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。私はジュリエッタの父『グレゴリー・アームストロング』と言います」
貴賓室に入って来た百九十センチを遥か超える巨漢の男性は笑顔似合うナイスガイだった。グレゴリーは挨拶を終えると俺の右手を取り握手をしながら、パトロン決定戦での俺の活躍を褒める。こちらが謙遜すると肩をバンバン叩き大笑いする。
遠慮なしに馬鹿力で叩くため、未だ完治していない傷が痛む。
こいつは、本当にアレシアのギルドマスターなのだろうか。
残念ながら髪の色、瞳の色はジュリエッタと同じであり、父親の良い部分だけを摘出するとジュリエッタに当てはまらなくもない。恐らくジュリエッタは母親似だったのだろう。
正直に告白するが、ジュリエッタの隣にいた神経質そうな事務型の男性を想像していたため、俺は毒気を抜かれてしまっていた。ギルドの面子を保つためあれこれ考え、今日という日を準備してきたのが馬鹿らしくなってきた。どれほど馬鹿らしくなろうとも、その背景を調べる義務があることを思い出す。
プロである以上、今の俺の感情と報告書の提出義務とは別の次元の問題なのだ。
ジュリエッタの父、グレゴリー・アームストロングを俺は完全に持て余していた。このようなタイプには遠回しな言い方は返って逆効果だろう、思い悩んだ末に率直に話しをすることにした。
「率直にお聞きしますが、なぜ貴方は来訪者にばかりパトロンとなるのでしょうか」
「異郷の地で学費に困る同胞に手を差し伸べることが、そんなに不思議ですか」
当然のことをしたまでだが? と不思議そうな顔で答えられ、俺の方が呆気にとられた。この親父は社会的身分があるにも関わらず、自分が来訪者であることを隠さないばかりか、パトロンになった理由が同胞だからだからとは。
実に単純な理由だが、無私の行為の為に私財を投げ打つ来訪者を俺は知らなかった。
この親父は外見に違わず、確かにナイスガイだ。
「おかげで私財の大半を学費に充ててしまい、一人娘には奨学金を受給させる始末。いや、まったく教育道楽者と誤解されても致し方ないですな」
逆鱗に触れても仕方ない話題を、この親父はこともなげに笑い飛ばす。
「ですが来訪者だからと理解されないだけ、こちらとしては都合がいいのですよ」
「失礼ながら意外なご意見ですね。貴方は来訪者であることを隠すタイプには見えませんでしたが」
豪快さが売りだけでなく、思いのほか底が深い人物なのだろうか。
「私はどうでも良いのですが、娘は、ジュリエッタはそうはいかないでしょう。やや思い込みが強い面があり今回のような事を仕出かしますが、私にとっては可愛い娘ですよ。その娘が色眼鏡で見られるのを避けたいと思うのは、人の親として当然の思いでしょう?」
こんな消極的意見を持つとは、自由の国を標榜する国出身者にはあるまじき意見ですな、とこの親父は高笑いしながら答えるが目は笑っていない。
言い知れぬ殺気のようなものが纏わりつく。
口にはしないが、口外したらただでは済まない事は理解できた。
「ここだけの話という事にしましょうか」
「いや、お若いながら話しが分かる方で助かる」
グレゴリーの手にはいつの間にか酒瓶が握られていた。良く見れば貴賓室に置かれたあからさまに高級な酒瓶を棚から無造作に取り出していく。傍若無人もいいところだが、俺にも共犯者になれとばかりに盃を差し出す。
無論、差し出された杯を断る気はない。
「ですが聞きたかったのはパトロン云々の話しではないでしょう。うちのブルータスから聞いた話では、真壁さんも随分と変わった方のようですな」
「真壁で結構ですよ」
「うむ、それは助かる。私もグレッグで結構、堅苦しくて敵わなかったわ」
互いに他愛もない話をする度、盃を飲み乾し新たな酒を注ぐ。空になった酒瓶が凄い勢いで増えていくが気にしてはいけない。
「来訪者達の実態調査と帰還をある人物から依頼されているのですよ」
酔っぱらっていたグレッグの目が細まり、俺が言わんとする意味を理解しようとしていた。
言葉だけでは信用できないだろうと思い、封を切らずに持っていたマルボロを一箱グレッグに手渡す。幸いマルボロはウーヌスで吸っていた銘柄だったのだろう、グレッグは懐かしそうに手に取ると封を開け久しぶりのマルボロの味を堪能する。
グレッグは煙草を吸い終えるまで一言も口にせず思いに耽っており、俺も言葉を即したりはしなかった。
「真壁は私がパトロンになっている人物を譲って欲しいというだけでなく、私にも帰れと言いたいのか?」
「いや、グレッグ、貴方は……」
「生徒の件はともかく悪いが私は結構だ。幼くして母を失ったジュリエッタが、今度は父まで失うわけにはいかない!」
妻帯者や子供持ちは対象外だ、という言葉を俺は告げる事が出来なかった。
次の瞬間、グレッグは右拳が俺に迫るが右腕を払い上げて回避する。
「グレッグ、落ち着いて話しを聞け」
この言葉が隙となり、間髪置かず放たれた左フックを喰らってしまった。
お互い酒を飲んで気が短くなっていたのもあるのだろう、お返しとばかりに左フックで応酬する。技術云々は最早関係ない、飲んだくれた二人の男が足を止めて殴り合いだした。
貴賓室が騒然としていることに麻人達が気付くまで、俺とグレッグはただひたすら殴り合い、途中から理由などどうでも良くなってきていた。
腹を割ってぶつかり合ったことで、お互いがどういう人間なのか理解出来た。
代償として貴賓室が破壊されるが、修理費が俺持ちでないのならそのような匙はどうでもいいことだろう。
◇ジュリエッタ
貴賓室の異常に気付いた私達は、かつて貴賓室であった慣れの果てを見て絶句しました。あまりのことに狸も声を失っていましたが、マイヤーさんだけは張本人達を叱り飛ばしています。
執事なのに主人を叱り飛ばすのに貫禄があるのは年の功からなのでしょう。隣にいるお父様まで一緒に叱られています。
二人は尚も反論を試みようとしますが、問答無用に蹴り飛ばされ暫く意識を失いました。
この方、本当に執事なのですよね?
「お父様、お酒臭いですから近寄らないで下さい」
額に濡れタオルを当てたお父様は私を抱き寄せようとしますが、断固抵抗します。
少しはこの惨状に反省すべきです。
「まあまあ、そう言うな。ジュリエッタ、お前は今回のことで真壁さんにお詫びをしとらんだろう」
ぐっ、それを言われると弱いです。
ジュリエッタはパトロン決定戦の後、謝罪と見舞いに行こうとしましたがマイヤーさんから拒絶されてしまい、会うことが出来なかったのです。余程の事情があるようで一切の面会拒絶しているだけでなく、療養している場所すら教えてくれません。この五日間真壁さんがどこにいたのか私だけでなく、麻人やブルータスすらも知りません。
本当にどこに行っていたのでしょうか?
「今回はこのような怪我を負わせてしまい、本当に済みませんでした」
神妙そうに詫びの言葉をかけると、あの人は笑いながら気にしていないと声をかけてくれます。私を見る目が、他の誰かを見るような目だったのは気のせいでしょうか。
「失礼ですが、真壁さんは妹さんか娘さんのような方と暮らしていたりしますか?」
このような場で変なことを口にしているは自分でも分かりますが、ジュリエッタはどうしても確認してみたくなりました。
「妹か娘ですか。ある意味言い得て妙ですが……」
返答に困るような態度を取りますが、鋭い視線で見つめるマイヤーさんを見つけると態度を改めました。
「知り合いから預かっている姪が一人いますよ。年齢はお嬢さんより二つばかり上ですが」
それがどうかしましたかと問い返されましたが、確かにどうということはありませんね。強いて理由を言えば、私は真壁さんのことをもっと知りたいと思っただけです。
それよりでもです。
いつまでジュリエッタを子供扱いするのでしょう。
初めて会ったときから今ままで、私を名前で呼んだことがない筈です。
このことに気付くと急に腹が立ってきました。
「真壁さん、私にはジュリエッタという名前があるのです。いつまでもお嬢さんなんて呼ばないで下さい!」
「グレッグ、お嬢さんは確かに貴方譲りの性格を宿しています。それでいて隠し通せているのはグレッグの教育の賜物でしょうな」
ジュリエッタは褒められているのでしょうか、馬鹿にされているのでしょうか。なんか釈然としません。
お父様はブルータスを呼ぶと、彼が大事そうに抱えていた豪華な装飾を施された箱をあの人に手渡します。
なんでしょう、あの箱は。
「本当はギルドに所属して欲しいところだが無理は言えん。だが、その箱に入った印を見せれば大抵の事にギルドは協力してくれる筈だ」
真壁さんは一瞬躊躇しますが、お父様から良いから取っておけと言われては返す事も出来ず受け取りました。こういう強引なところは、流石お父様です。
無造作に渡してますが話しの流れから推測すると、あの箱に入っているのは名誉会員証の筈です。稀にいるギルドには所属したくはないが実力的に無視できず、しかも人格的に認めた人物にだけ渡す事があると聞きます。それがあればギルドの最高幹部並みの権限が与えられるとか、ジュリエッタも見たのは初めてです。
恐らく画策したのは狸なのでしょう。
真壁さんが他のギルドや組織に所属することを防止するため、一手を打っておくとは抜け目がないです。それだけハンデ権を保持した人物を野放しにするのを恐れるのは分かりますが。
……ハンデ権?
そうでした、真壁さんは口にしませんがどうする気なのか確認しなくてはいけません。
ジュリエッタの将来に関わる大問題です。
貴賓室から立ち去ろうとするあの人を出口付近で私は捕まえました。
「すまない、ジュリエッタお嬢。少し疲れているので、デートの誘いなら今度にしてもらえないか」
名前で呼んでくれましたが子ども扱いは直っていないですし、ふてぶてしい態度は相変わらずです。
「お父様もブルータスもお聞きしませんでしたが、真壁さんはハンデ権で何を要求する気なのですか?」
真壁さんははぐらかそうとしますが、ジュリエッタにとっては一生を決めかねない問題なのです。答えを聞くまでは帰すつもりはありません。
「私は……さん……と結婚……」
一生の問題になるかもしれないことについて聞こうとしたため、心臓が落ち着きません。私は真壁さんが嫌いではありませんが、結婚するとなれば話は別です。後々問題にならないためにも、この場ではっきり拒否しておくべきだと分かっていますが、言葉がうまく出てきません。
「結婚?」
ジュリエッタが何を言いたいのか理解出来ないようでしたが、私が麻人とお父様を覗き見しているのに気付くと答えてくれました。
「確かに君の御父さんから殴られたら麻人は一たまりもないな」
そのくらいの年齢でもやはり女なのだな、そこまで考えているとは、と真壁さんは一人納得しています。
何を言っているのでしょうこの人は。話題に付いていけないジュリエッタを無視して真壁さんは話しを続けます。
「本当は使用せずに取っておくつもりだったが、ジュリエッタお嬢がそこまで必死に頼むなら仕方がない」
明らかに会話が噛み合っていませんが、真壁さんも酔っているからなのでしょうか。
「ジュリエッタが麻人と結婚しようとしたとき御父さんの説得が困難だったら、いや確実に説得は困難だと思うが、そのときにハンデ権を使用することで助力してあげるよ」
思いがけない言葉に私は目を見開くと、真壁さんに抱きついていました。
このときから、ジュリエッタは真壁さんが大好きになりました。




