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振り向けば、そこに探偵事務所  作者: 大本営
File No.001 パトロン
24/41

16話、死闘

 ◇真壁


 ギルド側の要求は、試合開始前からの詠唱と開始位置変更だった。


 五メートル程度の間合いでは、俺の攻撃を耐え続けることが出来ないという見解らしい。

 悪くない発想だろう。

 この間合いを取る限り、相手の攻撃に対応し続ける自信が俺にはある。また仮に相手が防御を固めようとも、打撃による衝撃を全て吸収することまで出来はしない。いずれ訪れる限界点に達した相手が敗れ去る姿を何度も見てきた。


 剣術であれ格闘技であれ、そして魔術であっても、あらゆる戦闘行為において間合いが重要な要素である事に変わりはない。

 例え高速詠唱と同時詠唱を併用したとしても、一定以上の距離を取られてしまえば、自分の間合いに持っていくには相応の時間がかかる。奴らは最初から距離を取ることで、開始時点から自分の間合いにいる俺の優位を消した事になる。


 もっとも『試合開始前からの詠唱』という破格な要求に比べれば、間合いの変更などちゃちな要求なのかもしれないな。

 魔術というものは同じ呪文であったとしても、然るべき詠唱時間、触媒、魔法陣等の事前準備が整っていれば、その威力はあらゆる面で格段に向上する。魔術の威力は術者の努力と才能だけで決まるものではない

 『これが余の○ラだ』という演出は、条件さえ整えれば誰でも出来る行為なのだ。

 時間と経費を度外視し、費用対効果を無視すればの話だが。

 それを承知の上で、ギルドは『費用対効果を無視した呪文を唱えさせろ』と要求してきた。それに加え、発動させる前に攻撃を受ける可能性や試合を優位に運ぶため、開始位置の変更まで要求している。


 念には念か。


 馬鹿馬鹿しいまで大げさ趣向だが、その割には慎重さを感じさせる要求だった。恐らくはお嬢さん(ジュリエッタ)の考えではない。彼女は完全に頭に血が上っていたし、麻人ならこのような無茶な要求自体をしない。

 ということは、大胆さと慎重さを兼ね備えた奴がバックに控えているのだろう。そのような奴が考えた作戦なら、要求自体が次への布石であることはあり得る。


 これは、思っていた以上に厳しい戦いになりそうだ。



 ◇



 場面は演習場に切り替わる。


 巨大怪獣とでも喧嘩をするため建造された施設は、施設の規模に似合わず今日も入りが悪い。

 全校生徒と教師、一部は前回見なかった人物達もいるようだが、基本的に入場者は前回と変わらなかった。もし客を入れやがったら見物料を支払うように要求する気でいたが、そのような事は杞憂だったようだ。

 このような茶番でも、一応学業の一環なのだろう。


「ハンデ権を使用してのパトロン決定戦のルールを説明します。使用する魔術に制限はありませんが相手を死亡させた際は失格となり、戦闘継続断念の意思表示を相手サイドが示された後の攻撃も含まれます。失格された場合はパトロンとしての資格を一年間停止します。尚、使用される武装、魔力を帯びた品等の使用制限はありません」

 前回ルール説明をしてくれた女性は、さらっと前回とのルールの相違点を流して説明しやがる。俺はハンデ権を付与されたとしても、ルールそのものが変更されるとは思っていなかった上、理事長室での式典でもそのような話は出なかった。


「軽く説明しているが、先日のルールと相違があるのは聞き違いか?」

「お聞きになった通りの内容です。尚、同じ内容を二度申し上げる事はありません」

 そっけない態度に悪意を感じなくもないが、女性は淡々と事実のみを説明する。

 前回は特に気にも留めなかったが、かなり特徴的な性格を持つ女性なのだろう。特徴的なのは身体的な部分のみかと思っていたが、とある部分に視線をやって再確認する。


 お嬢(アリア)が五年かかっても無理な領域だな。

 何かは敢えて言うまい。


 何度も確認していたわけではないが視線の先に気が付いたのだろう。彼女は冷ややかな視線を俺に送るが、そのような批判に滅入るわけにはいかない。

 何故なら、そこに山があるから。


「二、三、確認させてもらいたいが」

「どうぞ」

 眉ひとつ動かさず、女性は応対する。

 ある部分に視線をやったときに名札も確認していたが、ユースティアという名が珍しい文字で書かれていた。

 身体的特徴以外では栗色の髪の長く、肌は大理石のように白く、端正な顔立ちだがどこか印象が薄い。恐らく表情に変化がないため、結果として印象を薄く感じさせるのかもしれない。

「鉄壁」、これが第一印象だった。


「戦闘継続断念の意思表示を相手サイドが示したとあるが、どのように行うのだ」

 こうなりますと彼女が返答すると、警告を示すかのように演習場全体が赤い光で包まれ、随時点滅する。

 これでは死角に入って見えなかったとは言い訳できない。

「もし仮に、攻撃が決まる瞬間に合わせて意思表示してきたらどうすればいいのだ。意図的に攻撃を止める事が出来ない瞬間に意思表示をするのはあり得るのではないか?」

「それは正当な疑念です。そのような場合は私が体を張って止めますので、ご懸念は無用です。私が止める限りにおいては、攻撃は行われなかったと判断されます」

「俺に女を殴れと」

 いや、殴るけどな。

「嫌ならその前に攻撃を止めて下さい」


 つれない、ユースティアはやはり鉄壁だ。


「魔力による攻撃に限定の一文が抜けているようだが、俺の聞き違いか?」

「お聞きになった通りの意味です。そろそろいいでしょうか、既に宣言された三回の質問を行いましたが?」

 肩をすくめ『悪い、次で最後の質問だ』と合図するが、ユースティアは冷ややかな視線で応じる。発言と異なる行動をすることがご不満らしい。なるほどそういう性格をしているのか、以後気を付けよう。


「ユースティア、俺の対戦者が見えないようだが、いつ現れるのだ?」

「……対戦時に現れます」

 名前で呼ばれると思っていなかったのだろう、ユースティアの反応が遅れる。

 鉄壁は崩したが、攻略するのは至難な女性だ。命のやり取りの前にして、埒もないことをしていると自分でも思う。だが、このような馬鹿な事をして気を紛らわさないと、やっていられない時もあるのだ。

 自傷気味に唇を歪めると、ユースティアは理解不能という表情で俺の傍を離れる。


 理解不能、結構。

 興味対象外という認識より遥かに良い。



 ◇



 指定された開始位置に真壁は立つ。

 三十メートル程先に赤く光る物体が一瞬見えたかと思うと、巨人が現れた。

 全長七メートル、赤い肌を持ち、頭部には二本の角が生えた巨人は、その威容を包むかのように炎を身に纏っている。


 炎の巨人。


 炎属性が持つ強力な召喚魔術であるが、詠唱時間の長さと触媒である赤い宝玉の貴重さ故に実戦で見ることは先ずない。

 魔獣相手の都市攻防戦で切り札として使用される魔術を、ギルドは対人戦に投入してきた。



「確かに費用対効果を無視した魔術だが、無視するにも程がある」

 召還魔術は事前準備の多さ故に対人戦に使用する類の魔術ではない。このために試合開始前からの詠唱に関して一時間と取り決めをしていたのか。

 一時間と明確に決めていなかったら無制限と解釈されていたかもしれない。

 スルガヤの遠回しの警告から万が一を考えての対処だったが、取り決めていて良かったと思わざるを得ない。触媒に金を賭けたのもあるのだろうが一時間でこれだ。一日懸かりで詠唱を行い本来の姿になられたら、そもそも試合をする気にならなかっただろう。

 案外過去に最大の制裁を受けた家も、試合をする気にもならない状況に置かれたのかもしれない。


 自ら招いた事態とはいえ、ダビデとゴリアテの物語を再現しなければならないとは。せめてゴリアテの二倍を超える身長は勘弁してほしい。


 俺の心境を察する紳士さは巨人にはないらしく、ゴミか何かに対処するかのように右腕で俺を薙ぎ払う。即座に加速の魔術を唱え左に移動することで回避するが、先ほどまでいた場所は炎に包まれ熱風が肌を刺す。

 一度でも直撃すれば致命傷になりかねない威力の攻撃だけでなく、熱風まで使いこなしてくる巨人の脅威に冷や汗が流れるのが分かる。

 攻撃が当たらずとも熱風により体力が消耗していき、いずれは捕まるか。


 陰険な策を考える。


 このまま主導権を取られては試合の流れを決めかねない。サークルを描くかのように左回りに移動しながら数度の攻撃を回避しつつ間合いを詰め、お返しとばかりにカウンター気味にストレートを放つ。

 風属性により強化した拳圧により巨人が一瞬よろめく。このままいけるかと思ったのは甘かった、巨人が身に纏う炎がより激しく燃え上がると滝のように襲いかかって来た。咄嗟にサイドに飛び跳ねることで回避したが、態勢を崩してしまったことで追撃をすることができない。

 立ち上がり態勢を立て直そうとするが、目の前に巨人がいない、いや、飛び上がっていた。

 自らの重量に重力の加速を加えて踏み潰す気か。

 気が付くのが遅れたため巨人の両足は目の前にまで迫り、最早加速の魔術による移動速度だけでは回避できない。加速の魔術の上位魔術にあたる急加速を使用することで、猛威から逃れることが出来た。

 だが上位魔術を使用したことで魔力の消耗が早まり、巨人が纏う炎の火力はさらに増してしまう。


 演習場が華氏何度になっているかは分からないが、労働環境に適していない事だけは確かだ。体から溢れ出る汗が目に入り視界の邪魔をし、印を結ぶ指が滑り集中力が乱れる。

 ちっ、想像以上に相性が悪く、巨体に似合わず意外に素早く身が軽い相手だ。


 紙一重で回避しながら随時反撃をしているが、攻撃をすればするほど熱風は威力を増し、体力、集中力を奪うことに繋がる。

 以降、守勢に回る場面が増えていった。



 ◇ジュリエッタ



 押しています、押しています。


 (ブルータス)が宝玉の使用を持ち出したときは、いくらなんでも無茶がすぎるでしょうと思いましたが、許可した判断は正しかったようですね。

 『風と地の属性魔法しか使用できない。しかも、風の属性に比重を置いている』という、真壁さんに関する麻人の情報も大きかったです。


 そもそも風や地属性は付与、地形変化、防御系に秀でていますが、攻撃系魔術としては他の属性魔術と比較して一枚落ちるのです。真壁さんは体術に優れているため、属性の持つ特徴を最大限に生かす戦術で優位に立ってきたようですが、今回ばかりはそれが仇になりましたね。

 アマデオさんや真壁さんのような攻撃系魔術を得手としない方々は、そもそも攻撃の間合いが巨人と被ります。丸太のような腕から繰り出される攻撃を回避し続け、攻撃を繰り出すのは至難の業ですし、風属性では巨人が身に纏う炎を強化するだけ。


 あり得る可能性は属性の不利、間合いの不利を乗り越えて巨人を打撃で撃ち倒すことでしょうか?

 それまで真壁さんの体力が持つとも思えません。


 第一、人が巨人と体力比べをするなんて馬鹿げている、とジュリエッタは思います。



「このまま勝てるわよね、麻人」

 優勢なことに気を良くして嬉しげに麻人に尋ねると、『確かに押されているね』と冷静に返答されました。

 いけません、麻人が真壁さんを慕っているようなのを忘れていました。

 気を悪くしたのかもしれません。

「ごめんなさい麻人、浮かれてしまって。貴方は微妙な立ち位置にいますのに」

「ん? そんなことを言っているんじゃないよ。あれを見て」


 麻人が指差す方向に、石壁がいくつも出来ています。

 あれは地属性魔術で作成されたのでしょう。先ほどから真壁さんを護る盾として、演習場のあちらこちらに次々に作成されていました。


「今までとは防御方法が異なるようですが、それがどうかしたのですか?」

「あれは真壁さんの回避速度が落ちてきている証拠だよ。魔力が落ちてきたのか、疲労からなのかは分からないけど、回避が間に合わなくなってきているから確実に防御するスタイルに変更したみたいだね」


 巨人の攻撃を石壁で確実に攻撃を受け止め、脇から反撃を試みたり、石壁作成により発生した死角を利用して、隙を捉えては風属性を付与した攻撃で反撃をしています。

 それらの攻撃は確実に巨人の体力を奪っていますが、それ以上に炎の威力は増すばかり。真壁さんの方には分が悪い賭けだと思いますが。


 それにしても本当に器用な方です、真壁さんは。


 石壁作成も初歩的な魔術ですが、あの魔術は極めれば全属性で最も高い防御力を誇る奥の深い魔術です。

 石壁作成は高速化をしていくと防御力と石壁の持続時間が落ちる傾向がありますが、現実として巨人の攻撃を防ぐ防御力を維持したまま石壁は確実に増えています。

 石壁を増やすことに意味があるのか、それはジュリエッタには分かりません。

 ジュリエッタに分かる事は高速化と防御力を両立しながら、石壁を増やし続けることが困難だという事だけです。


 私達がこのように話している間も、増え続ける石壁で死角が出来ていきます。業を煮やした巨人は両手を重ね集束した炎を地上に叩き付けます。真壁さんは流石に石壁で防げないと判断したのか、今度は先ほどの急加速ではなく短距離転移で回避しました。


 ですが、巨人の目的は当てる事ではなかったようです。


 回避された炎をそのまま地上に放射し続けて、二メーターの高さまで炎の海に変えてしまいました。巨人は炎の海を歩けるから問題としませんが、真壁さんはそうはいきません。飛行しながら戦うとしたら今までのように地面を踏みしめて攻撃をできないため、どうしても攻撃が軽いものになってしまいます。


 いえ、五十センチ程度は顔を覗かせる石壁を足場にするみたいです。


 強く撃ち込めるでしょうけど正気とは思えません!


 少しでも足を滑らせたら炎の海に落ちてしまうのが理解できないのですか!!


「麻人、貴方が指摘した石壁は既に半ば以上が炎の海の下です。真壁さんは滝のように汗が出ていますし、集中力が落ちているのか魔術の詠唱速度は開始時点ほどではありません。これ以上の消耗戦は無意味です」

 ジュリエッタの言葉に麻人は反応してくれません。

「麻人、もういいです、もういいですから! 貴方から御つきの方に話して止めさせるように言ってください!!」

「確かに、巨人と体力勝負をするなんて馬鹿げている」

 ジュリエッタが懇願しているのに、麻人は何か確認するように真壁さんの動きを確認しています。

「……よく冷静でいられますね」

「ん? ごめんジュリエッタ、集中していてよく聞こえていなかったよ」

 不可抗力でも無視するなんて酷いです。

「やっぱり、そうか。炎の海になってから真壁さんの詠唱速度が戻ってきている」


 炎の海になってからの真壁さんの動きはむしろ遅くなっているように思えます。だとしたら、詠唱速度が落ちることはあっても上がることはないと思いますが。


「確かに真壁さんの動きはさらに遅くなっているし、魔力も落ちてきているね。短距離転移は加速や急加速と異なり高速化には適さない魔術だよ。その魔術を加速や急加速と同じ技量で高速詠唱化ができるなら、真壁さんは最初から短距離転移を多用して戦っていると思わない?」


 短距離転移は付与魔法である加速と異なり、体力面で負担は少ないかもしれません。疲労の色合いが濃くなってきた状況では使用に適した選択でしょう。ただし急加速ほどではないですが、加速よりは魔力消費は大きいという問題点はあります。

 単に元々真壁さんは短距離転移を高速化することができ、追い詰められてきたことから多用してきた可能性のほうが妥当のように思えます。あの呪文が高速化に適してないのは事実ですが、真壁さんなら出来そうだと思うのはジュリエッタの買いかぶりなのでしょうか?


「つまり、どういうことなのでしょうか?」

「それは分からないよ。でも前も言ったと思うけど真壁さんは戦い慣れている人だ、あの人のやることに意味がないとは思えない。今回の相手が桁違いに相性が悪いとしてもだよ、ジュリエッタ」

「分かりましたわ、麻人」

 貴方がそれだけ真壁さんを信頼されていることが。

 ジュリエッタは少し妬けました。



 ◇真壁



 俺は炎の海を短距離転移で八艘飛びをしながら攻撃を回避し続けるが、幾度目かの炎の攻撃はその場で捻るように回避する。

 かわし様に、その炎で咥え煙草に火を付けた。


「宴会芸もそのくらいにしないか、大木。マッチの炎ごときで俺は倒せん」


 煙を吐くと馬鹿にされている事が分かったのだろう、巨人の額に青筋が浮かび上がり背中から翼が生える。

「器用なものだ、巨人というより魔人だな」

 翼を羽ばたかせ舞い上がり両腕を交差させることで身に纏う炎を集束させていく。次の瞬間、炎の激流が俺に向かって放たれた。

 まだ早い、もう少し時間を必要だと判断して回避をしようとするが、俺は後方で浮遊するユースティアに気が付いた。今まで必死に動き回っていたからユースティアまで気が回らなかったのだ。

 体を張って止めると言うからには、確かに客席を覆う防壁に入っては間に合わないのだろう。冷静に考えれば必然だが、今の今まで考える余裕すらなかった


 ユースティアならこの激流にも耐えられる予感がする。

 いや、そもそも当たらない気がする。

 その予感を信じるのは、何かに負けるような気もした。

 なにより、試されていると思えた。


 いや、偶然に決まっている。


 俺は身を呈して守るという偽善的行為が嫌いだ。

 だが、ここで勝負に出るというなら話しは違う。

 それにユースティアの鉄壁を崩すには、偶然の力を借りなければならないか。

 崩そうとしたのが気まぐれだったか否かは、この際問題ではない。

 あらゆる意味で、この状況は面白い。

 いいだろう、勝負に乗ってやってやろうじゃないか。


 俺はこの戦闘の意味を完全に忘れていた。




 俺の実力から回避できると予測していたのか、ユースティアは予想外に何故か踏みとどまり攻撃を受け止めた事に反応できない。この状況を好機と捉え、急降下してきた巨人の攻撃にも。

 黒服から露出した肌の部分は何か所も焦げてはいるが、拳圧で炎の激流を押し止め巨人の右拳を掴む。

「ようやく捕まえられて嬉しいか大木。望みとおりインファイトに付き合ってやるよ」

 巨人を掴む右手が炭化していくが、そのような事を気にする暇はない。


 炎の海から巨大な魔法陣が浮かび上がる。


 但し、巨人の位置は魔法陣の中心からズレており、恐らくは予定していたほどの威力はないかもしれない。

 俺が左ストレートを放とうとしていることを理解した巨人は、今まで捉えきれなかった相手が止まって勝負に応じたことを好機と判断、迎撃するため左腕を撃ち降ろそうとするが、それは決定的な誤りとなる。


 巨人は力に任せて俺を放り投げるべきだったのだ。


 魔法陣により遥かに強化された渾身の左ストレートは、巨人の左腕より速く撃ち抜き、暴風となった拳圧は身に纏う業火すら吹き消す。

 クロスカウンターとなった左ストレートにより、巨人は崩れ去り消滅した。

 巨人の消滅により触媒となった宝玉の防壁こそ破壊されたが、宝玉そのものは破壊されていない。追撃をしようとした時、演習場が赤い光で包まれ点滅する。


 止めなければならないと分かってはいるが、攻撃の途中で止まるものではない。

 だが、背後から抱きしめられた形で止められていた。

 背中に当たる身体的特徴から、ユースティアなのが分かる。


 背後を取られるのは癪ではあったが、ユースティアを殴って止まるよりは遥かにマシな終わり方だろう。


 俺は拳を振るう事をやめた。



 ◇ジュリエッタ



「そんな。いつの間に魔法陣を書きあげたの!」


 私は思わず悲鳴を上げるが、よく見ると魔法陣のラインは無意味に配置されたかに見えた石壁の幾つかを中継しています。

 石壁を増やし続けることに違和感を感じてはいましたが、まさか石壁をこのように利用としていたなんて。察知される事で破壊される危険を回避するため、必要以上に石壁を残していたのでしょう。石壁は強力な防御力がありますが、巨人が破壊することに集中すれば不可能ではありませんから。

 炎の海と化してから魔法陣が発動させることで誰にも察知させなかったのは、可能性くらいは考えていたかもしれませんが読んでいたというには出来過ぎです。

 ですがそれらを成立させたのも含め、真壁さんのセンスなのかもしれません。


 出現させた魔法陣も風属性を強化する内容でした。

 呪文を限定しない代わり魔法陣内の全てが加護を受けられる諸刃の剣であり、魔法陣の中心に近づくと効果が大きくなるという曖昧さから比較的簡単な部類に入るでしょうね。

 石壁を利用したとしても、戦闘中に書き上げられるほど簡単ではないのですが、出来るのでしょうね、あの人(真壁さん)は。


 ボタンを一つでも架け間違えていたら死んでいたかもしれない、という考えは無いのでしょう。

 あの人(真壁さん)は馬鹿です、戦闘狂です、命を粗末にし過ぎです。


 もしジュリエッタが『彼女』だったら、決して許さないと思います。



「それよりブルータス。貴方、勝手に試合を止めましたね」

 この(ブルータス)。まだ宝玉は破壊されていなかったのですから、まだやれることがあったのに。

「引き際が肝心ですよ、アレシアのジュリエッタお嬢様。第一、これ以上戦っては宝玉を破壊しかねません。あれがどれだけ価値があるか知っておいででしょう?」


 正論ですが、癪に障ります。

 ジュリエッタは不満です、不満です。

 大体、貴方が勝てると言ったのじゃありませんか。


 ジュリエッタは狸を睨みつけましたが、睨みつけられたブルータスは流れ落ちる汗でややズレた眼鏡の位置を修正してから返答しました。

「そのような非難めいた目で見られましても、私は『小僧(アマデオ)を一方的に叩きのめす方法くらい我がギルドにはある』とは言いましたが、『真壁氏を必ず倒せる』とは申しておりません。ジュリエッタお嬢様方が要求されました基準が些か甘かったという事でしょうな」

 いけしゃあしゃあと言えたものです。

 この狸は、全責任をジュリエッタに押しつける気です。


 ……ジュリエッタはお父様になんとお詫びしたらいいのでしょう。


「大丈夫だよ、ジュリエッタ。真壁さんは悪いようにはしないよ、きっと」

 不安に押し潰されそうなジュリエッタに、麻人は優しく声をかけてくれました。

「本当?」

「ああ、本当さ」



 パトロン決定戦は、このようにして真壁さんの勝利で終わりました。

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