14話、協力者
◇真壁
俺はエレンの街に居を構える、ある商館にいた。
「商いは順調で結構じゃないか、なあスルガヤ?」
「いえいえ、この度仕入れて頂きました物資と比肩すれば雀の涙のようなものですよ」
「謙遜は美徳だが、貴様の場合は果たして」
パチンと指を鳴らすと後ろに控えていたマイヤーがティーカップとティーポットを用意する。俺はこの屋敷の主人ではないがそのような事は気にも留めない。スルガヤと呼ばれた老人もそのような些事には興味がないらしく、特に咎めもせず鷹揚に構えている。
「窓から見える庭以外にこの部屋を飾るものがないとは、いつ来ても簡素な部屋だな」
侘び寂びには違いないだろうが、このフローリング式の広い部屋には他に机と椅子しかない。
「簡素にすることで単純明快になりまして、庭の風景が際立つのでございますよ」
金持ちが簡素に暮らし金を落とさないのは、それはそれで嫉妬や妬みを受けるだろうにと思わずにはいられない。娼都ファマグスタではかなりの金額を落としているが、実生活では思いのほか質素に暮らしていた。
商館の名はスルガヤ
第二世界『ドォオ』の人々には意味の分からない名詞ではあるが、それでもスルガヤの名を知らない者はエレンは元よりエレンが位置する地域でも少ないだろう。
塩のように高値をつける必需品を扱うわけでもなく、高利貸を生業にするわけでもない。扱うのは左程高値を付けず、かさ張るが生活に欠かせない商品の数々。これらを商うことでスルガヤは利益を得ていた。
ライバル商人は多く存在したが、スルガヤが他と異なったのは商品の在庫管理を効率的に行う事による無駄の排除だった。
「元々商社マンとして三十年も世界中を飛び回ってきた私に言わせれば、異世界など外国に毛が生えたようなもので少しばかりルールが異なるに過ぎませんよ」
「大口を叩いたなスルガヤ、だが実績がこれだ。『ウーヌス』に帰ったら貴様がいた商社の株を買おうと言いたいところだが、生憎その商社はもう存在しない」
帰るべき家を失ったと聞いても肩を竦めるだけで返答はない。返答する気が無いのか、実はもたなかった事を知っていたのか。
「パソコンがあるわけでもなく、通信手段が整っているわけでもない。この条件下でよくここまでこれたものだ」
「私に言わせれば、単に『ドォオ』の方々は商売の仕方がなってないだけですよ」
「そんな簡単な事ではないだろう」
元商社マンであるスルガヤからすれば、『ドォオ』の人間は帳簿の付け方一つ取ってもまるでなってないらしい。管理不行き届きによる倉庫で朽ちる穀物の数々。不平不満を上げれば切りのない。それらを地味に一つずつ解決していくことで、四十年経た今では他の商人と一線を画す存在として君臨している。
「確かにスルガヤ様の手腕は見事でございます。征志朗様のように、アリア様をペテンにかけるかのようにして得た物資で商売をなさろうと考える方とは……」
「マイヤー」
「これは失言、詮無きことを申しました」
これ以上余計な小言を言われては堪らない。
俺は下がるように手で合図する。
マイヤーはアリアの事となると執事の分を弁えず容赦がなく、度々俺に諫言してきた。
「真壁様もお人が悪いですな、アリアお嬢様をペテンにかけるなど」
「資金がない、稼ぐ時間もない、人員も無い。ないないずくしでやれと言われた俺の身にもなってくれ」
「そういえば先ほどから気になっておりましたが、目が充血しておりますな。いけませんな、あのような可愛らしい方を部屋に捨て置いて夜の街を出歩くとは」
「酷い言い草だな、スルガヤ。言っておくが徹夜明けにお嬢に連れまわされて睡眠不足になっただけだ」
「なるほど、アリアお嬢様と供に徹夜明けの朝日を見たのですか。そのような関係になっているとは、これはいらぬ事言いましたな」
「スルガヤ、貴様は人の話を聞く気が無いだろう。勝手な誤解と脚色で事実をねじ曲げ、既成事実のように話すのはやめてくれ」
「いけませんでしたか、私はてっきり……」
俺はこの老人を苦手にしていた。
商売相手あり非常に協力的な人物でもあるが、なによりその販路を活用することで来訪者に関する消息や地域の情報を俺に提供していた。
ただ、なんと言ったらいいのだろう。
頭が上がらない祖父のような存在だといえば理解してもらえるだろうか?
おまけに好々爺の振りをしながら、人の話を聞かずに事実をねじ曲げて伝える悪い癖がある。
さぞかし商売敵はやりにくいだろう。
「冗談はこの位にしまして物資の件はあれですな、可愛い女性に意地悪をしたくなるような感情でペテンにかけたと」
「俺とお嬢はそんな関係ではない。そもそもお嬢とは干支が同じだ、同じ干支の少女と付き合うなど話としては面白いだろうが、年齢が離れすぎて無理がある」
スルガヤは俺を見上げるような視線でみつめると、諌めるような口調で話し始める。
「姪にして戸籍の問題等を解決したのは良しとしましょう。ですが、ではなぜ同棲、いや同居しているのでしょうな」
それ以上問うなという俺の視線を察したのか、スルガヤはマイヤーの淹れた紅茶を手に取る。
何故だったのか、その経緯を全て知った上で問いかけてきた。
まるで経緯と結果は別だと言わんかのように。
「悪いが。今日はそのような世間話をしに来たわけじゃない」
「ギルド、たしかアレシアのギルドマスターの件でしたな」
「先日はアンタが不在だったので教えてやれなかったが、とりあえず探りついでに餌を巻いてみた」
「ほう、どうなりましたか?」
「海老で鯛を釣リ上げようとしたら、予想以上の喰いつきぶりで鮪が釣れたよ」
「そういえば名代として活動されているアレシアのお嬢さんは、麻人君と同い年でしたか。恋は盲目といいますが、若いとはいいものですな」
「麻人をかなり気にいったのだろう、親の敵のような目で睨みつけられたよ。確かにお嬢さんにしたら、俺は恋の障害以外の何物でもないからな」
ハンデ権については、内容も含めて既に麻人から報告を受けていた。
まだ正式にラウロ理事長から話しを受けていないが、麻人の話しぶりから察するに間違いなくハンデ権を申請してくるのだろう。
「ハンデ権については受けるのでございましょうな」
「敢えて拒絶して先方の出方をみたかったが、麻人から釘を刺されたから止めた」
「それはようございました。ハンデ権を拒絶すれば前代未聞の事態、先方の面子を潰すことになり禍根を残すでしょうから」
奴らの都合など知った事ではない。
俺に言わせれば、ギルドも騎士もヤクザと大差がなかった。
違いがあるとしたら何に従うかだが、その手段が暴力であることに変わりはない。
奴らにしたら、さぞや迷惑な評価だろう。
「代わりにアレシアのギルドマスターと正式に会談させろと言うつもりだ。これが飲めなければハンデ権の申し出はなかった事にすると」
「悪党ですな。会って交渉する自体が目的なのにそれをハンデ権の報酬で得ず、会った上にハンデ権を報酬として得るとは。アレシアのお嬢さんはこの申し出にこそ驚くでしょうが、飲めない程高い要求ではないですから問題ないでしょうな」
アレシアのギルドマスターが、なぜ来訪者にばかりパトロンとなるのか?
その真意を知らなければ、現在彼がパトロンになっている来訪者達の身を確保しても意味が無い。
尤も案外、大して意味などないのかもしれない。
単に来訪者を傍に置いておきたい変わり者なのかもしれない。
噂通りの教育道楽者なのかもしれない。
だが、そうでないかもしれない。
お嬢から受けた依頼は憶測を報告することではなく、救出と現地調査である以上、その背景を調べる義務が俺にはある。
「しかし、久しぶりですな。まさか私が生きている間にまた見れるとは思いませんでしたよ」
「さすがは生き字引、そのときはどうなった?」
スルガヤは語らず、盛大に溜息をついてみせる。
察しろと言いたいのだろう。
或いは、アレシアのギルドマスターに不利となる情報は口にしたくないのかもしれない。
その態度で十分だった。
俺には過去に何が起き、そして何が起きようとしているのか察する事が出来た。




