13話、腹芸
◇ジュリエッタ
「ジュリエッタは、大変な家のお嬢様だったんだね」
冒険者ギルドといっても、統一した組織ではありません。
ある程度のグループに分かれていて、それぞれの仲が悪い事までは麻人も知っています。ですが、根底にある意見の相違については知らないようですね。ジュリエッタも詳しく理解していませんが、ギルドのあり方、定義が王政と共和制のように根本的に違うようです。ギルドを取り巻く陰謀、暴力の原因が我が家だと後ろ指差されても文句が言えません。
いいえ、お父様が悪いわけではありません。
それでも中心にいる人物の一人に責任があるとする考え方は、私でも分からない理屈ではないです。
納得はしませんけどね。
それにしても身内の抗争、それは醜く無意味なものです。
何故、皆で仲良く出来ないのでしょう?
ジュリエッタは思うのです。
このような対立して得られる結果より、浪費している時間と労力の方が遥かに大きい筈です。
お父様に言いましたら、「ジュリエッタは本質を理解しているな」と頭を撫でてくれました。その瞳が悲しそうだったのを含めてよく覚えています。
「無意味な争いでしょう? でも不思議なのがギルド間の定義の差は、ここ百年くらいで広まってきた考え方なのですよ。もしかしたら、案外来訪者が持ち込んだ考え方だったりして」
私の言葉に麻人は笑って返してくれますが、その笑顔はどこか暗そうです。
ちょっとした冗談だったのですが、来訪者を冗談の種にしたのはいけなかったのかもしれません。
話題が気に障ってしまったのかもしれませんね。
いけません、麻人に嫌われてしまいます。
この話題はこれっきりにしなくては。
「確かに私の家は色々な意味で大変な家です。でも私がパトロンになったら、麻人もこの大変な家の一員になるのですよ」
「アレシアを中心とする冒険者ギルドの一員になるんじゃないの? ジュリエッタはお父さんの名代だよね」
「確かに私はお父様の名代ですが、使用する資金はギルドのものではなく我が家のものです。つまり麻人を我が家の一員にするか、ギルドの一員にするかは自由なのですよ」
「そういえば学長の前ではパトロンに名乗り出ただけで、所属をどこにするためとは言ってなかったね。だけど、それは本当に君のお父さんの意思だったの?」
確かにお父様はパトロンになるように支持をしてきましたが、どこの所属にするようにとは言っていませんでした。逆に取れば、どのように処置してもよいとも取れます。
例えこれまでパトロンになった方々がギルドの一員となる契約だったとしても、書いてない以上は名代である私に決定権があります。
仮にお父様の意思に逆らうことになろうとも、これだけはジュリエッタは絶対に譲れません。
「ギルドの名前を使用するのに、取り分は自分の家というのは少し問題があるよね」
ぐっ、痛いところを付いてきますね。
そこまで言わなくてもいいのに。
ジュリエッタは麻人に責められて泣きそうです。
「麻人……」
「なに、ジュリエッタ?」
「麻人は、私の家の一員になるのが嫌なの?」
涙目で問いかけたのが効いたのでしょうか、言葉に詰まった麻人はそれ以上の追及してきませんでした。
◇麻人
ジュリエッタと話しをしているうちに、僕たちはようやく冒険者ギルドに到着する。
僕たちといっても、僕とジュリエッタだけでなくアマデオさんも誘っている。まあ、誘ったのは僕ではなくジュリエッタなのだけれど。
得たいの知れない存在である真壁さんから勝つには、一度手合わせをした人物の助力が必要だというのは分かるよ。だとしても、先ほどまでは敵だった人物によく協力を依頼する気になったと思う。もっともそれを受ける方も受ける方だ。
もしかしたら思惑があるのかもしれないが、僕の勘はそれはないと告げている。根拠はないけど、あえて上げれば真壁さんに対する態度が変わった点が理由かな?
余程真壁さんの教育がアマデオさんに効いたのか、少なくとも真壁さんを来訪者呼ばわりはしなくなった。
僕が見る限りでは、シンイチさんの依頼は果たせたと思う。
そのように態度を変えた人物が何かを仕掛けるように思えない、なんて甘い考えかもしれないけど僕はそう読んでいる。だとしてもジュリエッタに協力する気になったのか、それは大胆にも頼み込んできたジュリエッタを面白いと思ったのかもしれないし、女性の頼みを断れなかったのかもしれない。
僕にアマデオさんの考えは分からないけれど、打算で動くような人ではない気がする。
それにしてもジュリエッタは大胆というか恐れ知らずというか。そういう点を僕は面白いと思うし、好ましいと思う。
なによりジュリエッタはアリアさんと違って僕に優しいしね。
……ときどき扱いが乱暴だけど。
僕は別に嫌でなかったのに、あんなに怒る事ないと思うんだ。
エレンの冒険者ギルドは流行っているらしく、出入りする人達が多く内装も奇麗だ。
そのことからも単に出入りが多いだけでなく、経営状態が良いのだろうと思わせるね。
ジュリエッタは勝手知ったる我が家のように、カウンターの奥に移動する。ジュリエッタに続くように僕たちも奥に行く事に対して非難めいた視線を送る職員もいるけれど、ジュリエッタがにこやかに笑みを返すと視線を外すか、慌てて仕事に取りかかる。
幾つもの扉、幾つもの階段を通り抜けて、奥に奥にと進むと移動距離に比例して調度品などが豪華になっていく。エレンのギルドが持つ別の顔『商館』という風貌を見せ始めた。
ジュリエッタは意外にも豊かさを自慢することなく、奥に進むのに反比例しての口数が少なくなっていき、今では移動する方向を教えるのみ。
商館という側面を持つ場所だとしてもエレンのギルドは父親の勢力下にあるのだから、このギルドはジュリエッタにとって家、または庭の筈じゃないのか。
でもジュリエッタは緊張している。
先ほどの職員の態度も考えてみたらおかしい。
視線一つで首を切るなど僕の認識ではあり得ないし、ジュリエッタの性格からも無いのは分かる。
だとしても、敢えて挑戦する職員がいるだろうか。ましてカウンター付近にいる人物が高い地位にないことを考慮すれば、その地位はリスクの天秤にかけても釣り合わない。
彼らの不満を笑顔一つで黙らせていた彼女の表情を徐々に硬くさせるのは、奥に行くほどジュリエッタの父親に反発する人物が多いとしたら。
もしそうだとしたら、僕はジュリエッタに高いリスクを冒させているのではないか。
そのような予感と共に、何で報いたらいいのだろうと考え始めていた。
◇ジュリエッタ
「お邪魔しますよ、ブルータス支部長」
私はノックこそしたものの、部屋の主の返答を待たずに扉を開けました。
「これはアレシアのジュリエッタお嬢様。事前にご連絡をいただけましたら、当ギルドを上げて歓迎しましたのに」
奥の机に座っている三十代程度の男性は私が連れを伴って入ると、当然のように上座を明け渡して下座に移動します。
眼鏡の印象が強い細身の男性は、見るからに頭が切れそうなのが分かります。
「余計な気遣いです。私は見世物になる趣味はありませんし、なによりこのギルドは私を歓迎はしないと思いますよ」
「そのような誤解を受けますとはブルータスの不覚です。恐らくアレシアのジュリエッタお嬢様を知らない新入りが、なにか失礼な対応を致したのでしょう。あとできつく言っておきますので、部下の非礼についてどうかお許しを」
この狸。
私に失礼な視線を浴びせたのは、接客業務を長年やってきたベテランの職員だったのに。
貴方が職員達にあることない事吹き込んでいるのを私は知っているのですよ。
いけしゃあしゃあと、よく言えたものです。
麻人の前だから我慢しましたが、今度会ったら覚えていなさいね。
「お父様の名代としてエレンのギルドの協力を命じます」
「ご命令、拝命致しました。」
狸は恭しく礼を取っていますが、上辺の態度なんて信じるものですか。
「ですが、あれですな。盟主の教育道楽にも困ったものです」
「お父様は教育道楽者ではありません!」
「知っていますよ。そこの少年が奨学金を受ける資格があるほど優秀だという事も、鼻っ柱が強い若造が大恥をかかされた事も。いつまでも女の後ろに隠れているなど、騎士のくせに恥ずかしくないのか?」
つい先ほどの出来事だったというのに、相変わらず良い耳をしてます。
後ろにいるアマデオさんは苦虫を噛んでいますが、挑発には乗りませんでした。
やや尊大なところはありますが、アマデオさんは礼儀を弁えた自制心ある人物ですね。
ジュリエッタは見直しました。
「あまりアマデオさんを挑発しないで下さい。彼は真壁さんと対戦した貴重な経験した数少ない人物です。私達の勝利はアマデオさんの得にもつながるから、無理を言って来て頂いたのですよ」
「よい判断かと思います」
パトロン決定戦は先に二勝した者の勝ち抜けがルールです。
仮に真壁さんが負ければアマデオさんも今一度参加する機会が与えられます。
もっともアマデオさんは今の自分では真壁さんに勝てないとのことで、再戦をする気はないようですが。
それでも協力する気になってくれたのは、何故なのでしょうか?
もしかしたら、ああは言っても真壁さんに敵わなかったのが悔しかったのかもしれませんね。
騎士といっても男の子なのでしょう。
アマデオさんは真壁さんの高速詠唱と同時詠唱に相対したときの屈託のない感想を告げます。
あのときの真壁さんの間合いが少なくとも五メートル、長く見積もって十メートル程度であり、このことは開始とほぼ同時に真壁さんの間合いにいることを意味し、しかも先手を打たれれば一撃で沈められる可能性をも意味していると。
なにより問題なのは先手を取られることを妥協しても、来ると分かっている攻撃に反応が間に合わずカウンターで攻撃を受け続けるとのことです。
それらは相対して始めて分かる感覚なのだろうと締めくくりました。
「貴方の支部に、私をあそこまで一方的に叩きのめせる人材がいるとは思えない。私に勝つ人材がいないとまでは言わないが、どのような手があるか見せて貰いましょうか」
アマデオさん一言多いですよ、一言。
狸の挑発がやはり悔しかったのでしょうね。
撤回します。
アマデオさんはやはり怒っていました。
「その考えが浅いのだよ、小僧。パトロン決定戦のルールを逸脱せず、しかもそこの小僧を一方的に叩きのめす方法くらい我がギルドにはある」
性格は悪いですし味方ともいえませんが、頭の回転が速くて助かります。
そうでなければ、今すぐにでも追放処分にできるのに。
悩ましいところですが、でも我儘は言えません。
「どのような方法をとるのですか?」
ブルータの断言する言い方に興味を持ったのか、麻人が話しに割り込んできました。
「簡単なことだ、少年。同じ土俵で勝負をするという、馬鹿げた考え方を変えればいいのさ」
急になれなれしい態度になりました。
なんでしょう、この男。
色街に関する噂は度々耳にしますけれど。
もしかして、もしかして?
危険を感じた私は、思わず麻人の手を取りました。
予想していなかった反応だったのでしょう、狸の瞳が変わりました。
余計なところを見せてしまいましたが、仕方がありません。
麻人は私のものです。
「アレシアのジュリエッタお嬢様には、安くない代償を払ってもらうことになりますよ」
「貴方に支払うのですか? それは不自然ではないですか、エレンはアレシア傘下の組織ですよね」
麻人の質問にブルータスは大げさに首を振り、私にではないですよと否定する。
「まさか貴様は、ジュリエッタ嬢にハンデ権を使用しろと助言するのか! 確かにそれなら貴様のギルドは懐を痛めないだろうが、それが協力を命じられた部下の態度か!」
思い当たることがあっただろう、アマデオさんが激高しました。
余談になるがハンデ権とは対戦者に実力では敵わないと認めた上で、自分に有利なようにルールを変える事を対戦者に申し出ることだ。
戦う前から実力差を認めること自体があまり名誉な行為ではなく、パトロン候補者がそこまで肩入れするほどの人材が現れるのが稀な事もあり、行使される事は滅多にない。ただし対戦者が勝利すれば、その代償としてどのような要求でも一つだけ飲ませる権利が得られる。仮にそれが生命、財産全てと言われたとしてもだ。
過去の例ではそこまで過酷な要求をされた事はないが、多額の報酬や結婚、時には公職からの自主的な退場などがあったらしい。過大な要求がまかり通るため、過去にハンデ権が申請されたとき対戦者が拒否したことはない。
「異なことを承りますな、騎士殿。騎士殿に一方的に勝つ人材がいないのは同じ認識だったではないですか。確かに勝つだけなら可能ですが、一方的にと条件を付けられては無理というものです。私共のギルドは盟主の要求に応えるべく手持ちの持ち札から、最善且つ、必勝を期待できる手段を提示致したいのです。ただそれには、些かルールをねじ曲げなければならないだけのこと」
「部下が仕えるべき主に対して勝ちたければ全てを賭けろと進言するなど、どのような道理をもっても正当化できるものか!!」
「騎士といえど所詮貴族の坊ちゃんですな」
斬りつけるのではないかと思わせる剣幕で、アマデオさんはブルータスを睨みつけました。
「主君に尻尾を振りご機嫌を取り続ければ済むような、坊ちゃんの知るぬるま湯の世界と一緒にしないで欲しい。我が盟主が盟主であり続けるには、勝利のために全てを賭けるほどの狂気がなければ生き残れない厳しい世界なのだよ」
『どうなさいますか』と、ブルータスは挑戦的な視線を私に送ってきます。
完全にやられました。
数少ない対戦者の実体験を聞けると思い、助力を頼んだ事が裏目に出てしまうとは予想もしませんでした。
この狸は最初からお父様を巻き込むのが目的だったのでしょうね。
忠臣ぶりながらやってくれます。
しかもお父様を直接批判していないため、無礼だと退けることもできない。
私たちでは役者が違ったと認めるしかありません。
ブルータスの提案に否というのは易い事ですが、このように切りだされてはにべもなく却下することも出来ません。
問題なのはこの要求に対してお父様の意思を確認してしまうと、判断能力が欠如した人物を名代に指名したとしてお父様の任命責任が問われかねません。最悪、名代とは名ばかりでギルドマスターは全権を委ねていない、または委ねる気が無いという噂が独り歩きしかねない前例をつくってしまいます。
思わぬ議論の展開に、麻人はそこまでしなくてもいいと首を振ります。
その瞬間にジュリエッタは決めました。
お父様、お許しください。
ジュリエッタはそれでも負けるわけにはいかないです。




