8話、招かれざる客 - 後篇 -
◇真壁
「麻人、無粋な真似はやめておけ。彼らは君を買ってくれているのにその彼らに説法でもする気か」
麻人はジュリエッタ達に人権、権利、自由について大演説を始める気らしい。気持ちは分からんでもないが、無意味であるばかりでなく限りなく有害だ。
パトロン制度は現代社会の奨学金制度とは根幹となす思想が異なり、人材の競売の面が大きいと先日保護したシンイチは率直な感想を述べていた。パトロンとなる人物の品格は見定めているが、中には怪しげな人物も見受けられるそうだ。
例えば、ラウロから見た俺などがいい例だろう。
だが、それも無理からぬことだ。
第一世界『ウーヌス』が公平かつ公正な社会だとはいえないが、少なくとも第二世界『ドォオ』と比較すれば公平で安全な社会といえる。彼らの価値観を理解するには、我々は余りにも長い間交流がないまま生きてきたのだから。
「難しく考えるな、ようは俺が勝てばいいのだ。パトロンに複数の人物が名乗り出たときは魔術による戦いにより勝者を決める、というのでいいのですよね、ラウロ理事長」
「その通りです」
麻人が俺を指名しかねない展開で、まさか俺が助け舟を出すとは思わずラウロの口数は少ない。
「ですが、僕は……」
「麻人、俺が負けるとでも思っているのか」
頭に血が上った麻人もようやく事態を飲みこんだのか、顔を真っ赤にしてソファーに座りこむ。
「聞き捨てなりませんね、私が考慮に値しない人物だというのが」
侮辱されたと受け取ったのだろう、アマデオが立ち上がる。
「主観的事実だ」
一々説明するのも面倒だったから一言で説明したが、アマデオは不満らしく火に油を注ぐだけだった。
「随分自信があるようだが、来訪者の君らが魔力で勝ると思う根拠を教えてもらいたいものだ」
私を無視しないで下さいと言いたげなジュリエッタという名の少女がいたが、この際見なかった事にする。
「客観的事実をいくら並べたところで最終的な判断は主観で行うしかない。だから主観と言ったまでだ」
アマデオが納得しようとしまいと、どちらであろうと俺には関係ないことだ。
「来訪者達が魔力に劣る傾向があるのは事実らしいから、そのことについて議論をするつもりはない。だがお前が教えを請うていた教師が誰だったのか忘れたわけではないだろう」
「まさかシンイチ教授の知り合いだったのか。確かにあの方は優れた教師であったが、あくまで学者に過ぎない。第一、あの方のように優れた魔法士は来訪者に今までいなかった」
これ以上話しても無駄だ、アマデオの意見は無視することにする。
「ラウロ理事長、出しそびれていましたがシンイチから預かっていました辞表届です。どうぞ、お受け取りください」
「シンイチ教授の辞表、確かに受け取りました。もしかしたら数年後に復職されるかと思っていましたが、急に辞職されるとは残念ですよ」
ラウロは辞表届にある魔力痕からシンイチのものと判断した。
余談になるが『ドォオ』では印鑑などの代わりに、魔術による封印「魔力痕」が使用されている。
その理由は指紋のように個人ごとに微妙に魔力の波が異なり、自分と同じものはほとんどない。親しい人物なら登録された魔力痕と照合しなくとも、誰から送られたものかを判断することが出来た。
また魔法士や魔術師を極めた者には変わり者が多く、何の前触れもなく姿が見えなくなったかと思うと何年もしてから姿を現すことも間々ある。シンイチが一週間通勤しなくとも、誰も不信に思わなかったのも無理もないことなのだ。
「アマデオだったな、そのシンイチが言った、いや保証したんだよ。『お前では俺に勝てない』と、この回答で満足だろう?」
アマデオ・カティリナー
こいつが、シンイチが言っていた『学生でありながら現役の騎士』だ。
名前の前に『あの』と称号が付く、ガデス王国に仕える騎士の子弟。
武門の家に生まれた彼は剣と魔法を組み合わせた戦闘を主とし、速度を重視するスタイルからレイピアを装備している。単純な魔力勝負ではトップクラスには劣るが、そのスタイルから魔力を放つ暇を相手に与えず勝利してきた。
シンイチも一目を置いていた生徒であり、教師でも彼に勝利するのは困難らしい。
なるほど、実力は見ただけで分かる。
家柄ではなく実力で騎士の位を勝ち取ったのだろう。
その自負があるからに戦い方に限っては、学者であるシンイチの忠告を聞かなかったに違いない。
「札が見えたお前より、札が見えないそこのお嬢さんの方が俺にしたら脅威だ。」
「私の名前はジュリエッタです、ちゃんと覚えて下さい。」
名前で呼ばれないことに抗議をしているが、アマデオより買われている事に満更でもないようだ。
当然だ。
ジュリエッタは、アレシアに拠点を置く冒険者ギルドの長の一人娘なのだから。
冒険者ギルドは各都市に拠点を置くが、未だ大陸規模での統合がされておらず群雄割拠の体をなしている。アレシアはその中でも有力なギルドの1つであり、ギルドの勢力圏にはエレンを含まれていた。彼女が迅速に動くことが出来たのも、このような背景があってのことなのだ。
父親は教育道楽者の面があるため地位と収入の割に豊かではないらしいが、本気になれば何が出てくるか知れたものではない。
それにしても父親が出てくると思っていたが、急な話だったたためか娘が出てきたか。
出来れば父親の顔を見ておきたかったが致し方ない。
指名した人物と戦うのだから娘であっても問題ではない。
この段階で読み違えた事により、俺は痛い目に合うことになる。
女性の覚悟を甘く見ていたのだ。
「そこまで見下されたのは久しぶりです。いいでしょう、今からパトロン決定戦に入りたいですが、ラウロ理事長、構いませんよね?」
理事長は時計を見ると、丁度六時限目が終わろうとしていた。
「いいでしょう、許可します。正直なところを言いますが真壁さん、あの紹介状があろうとも君のような人物がパトロンになるのは反対です。ですが、シンイチ教授がそこまで太鼓判を押した君の実力が見たくなりましたよ」
アマデオは準備があるらしく先に理事長室を退出していく。
それなりに挑発していたつもりだが、退出時にお茶の礼を忘れなかった。
騎士とはいえ挑発してきた相手に対しても礼儀を忘れないとは。
意外に好青年なのかもしれない。




