片思い進行中…。
「なつくん。こっち!こっち!」
「りんちゃん、待ってよ!」
目の前には懐かしい光景が広がる。
そこには、純白のワンピースを身に纏い、麦わら帽子を被った少女が俺の名前を呼んでいる。
顔はよく見えないな。
記憶が朧気だけど、確か俺は少女の事を「りんちゃん」と呼んでいた。
何せ5歳頃の記憶なもので、確証がない。
昔は夏になると、よく田舎にある父の実家に行っていたな。
そこで、恐らく同い年の「りんちゃん」とよく遊んでいた気がする。
それにしても、どうして急にこんな昔の事を夢に見たんだろう。
段々と蝉の鳴き声が五月蝿くなってくる。
ジリジリとした夏の熱気で「りんちゃん」は陽炎の中に佇んでいる。
やがて、「りんちゃん」の声は蝉の鳴き声に掻き消されていく。
「……川、湯川!」
途端にさっきまで五月蝿かった蝉の鳴き声が止み、俺は目を覚ます。
「湯川、どうしたの?凄い汗だよ?」
「んあ……?」
「あんた、何か悪夢でも見てた?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
「てか、湯川さ」
「ん?」
眼前に立つ女子生徒は自身の口元に右手を添えて囁く。
「よだれ出てるよ?」
そう言って彼女は白い歯を見せてはにかんだ。
彼女は同じクラスの桜咲凛花。
見た目は派手で金髪の所謂ギャルだ。
俺は彼女の言葉を受け、よだれを拭う。
そして、さっきまで見ていた夢の事を思い出す。
そう言えば「りんちゃん」と会わなくなってから久しいが、今はどこで何をしているのだろう。
また、会えたら良いな……。
◇
9月。残暑が続く放課後の教室。
高校2年生の秋。
そこには、文化祭間近の非日常的な独特の空気感が漂っていた。
そう言えば、今日は文化祭準備の日だったな。
俺達のクラスは文化祭の出し物で「お化け屋敷」をする。
俺はその工作担当だ。
「桜咲、悪い。起こしてくれてありがとう」
「別に良いって!」
「それよりも、お化け屋敷の壁作りちゃっちゃと仕上げちゃお?」
「そうだな。俺、ちょっと飲み物買ってくる。桜咲も何かいるか?」
「う~ん、じゃあお茶でお願い!」
「わかった」
「ありがとね……」
◇
俺は2人分の飲み物を買いに自販機に向かう。
校舎を出て、渡り廊下に出る。
この時間、俺がよく利用する自販機の周囲は人が少なく、ある意味で穴場スポットとなっている。
校舎裏の人通りの少ない道を通ってショートカットをしようとした時のこと。
「俺と付き合って下さい!」
突然、今日日珍しい、そんな情熱的な愛の告白が聞こえてきた。
俺は咄嗟に物陰に隠れる。
そこには、クラスの人気者の男子が立っていた。
向かいには同じくクラスメイトのお淑やかな女子がいる。
どうやら、告白の主は彼のようだ。
告白を受けた女子は顔を赤らめ、両手の人差し指を不安そうに交差させながらいじる。
男子は右手を彼女の前に伸ばし、目を閉じてじっと待つ。
そして、満更でもなさそうに見える女子は遂に口を開く。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「そうだよね。迷惑かけてごめ……、え?」
「その告白、お受けいたします……!」
「え、いいの!?あ、ありがとう!!」
告白の主は彼女の手を取り感謝の言葉を伝えた。
「ゆ、夢じゃないよね!!?」
「夢じゃないわよ」
どうやら、二人は付き合うことになったようだ。
告白の主は古城柊也。
俺の中学時代からの友人で気の良いやつだ。
クラスではムードメーカー的な存在でもある。
俺にとっては親友のような存在だ。
というか、マジで突然だな。
そんな素振り全然見せてなかったのに。
そして、告白を受けた女子生徒は氷川結月。
生徒会に所属しており、生徒会長も務めている。
少し堅物な性格だが、規律正しく教師や生徒からの信頼も厚い。
そんな堅物な性格から「氷の生徒会長」と呼ばれることもある。
そんな正反対な性格にも思える2人が付き合うことになるとは。
あまりにも予想外な展開だ。
だが、今はそんな親友の勇気を讃えよう。
俺がそんな事を考えながら、二人の様子を物陰から眺めていると、背後から桜咲が俺に話し掛けてきた。
「まさか、あの二人が付き合うことになるとはね~」
「わっ!?お、驚かすなよ。てか、お前も見ていたのか」
「湯川が全然戻ってこないからさ~。てか、顔色悪いけどどしたん?」
「別に何でもないよ」
まさか、柊也に彼女ができるとはな。
まあ、今後は二人の恋を応援してやるか。
俺はその場を後にして、当初の目的であるコーヒーとお茶を買いに自販機へ向かう。
「ちょっ、湯川待ってよ!」
◇
教室に戻ると、クラスは文化祭の話題で盛り上がっていた。
皆、気合いを入れて準備を頑張ろうと一致団結しているようだ。
繰り返しになるが、俺達のクラスは文化祭でお化け屋敷をやる。
これでも俺はお化け屋敷での驚かせ方には自信があるんだ。
何せ、色んな高校の文化祭でお化け屋敷を体験してきたからな。
えーと、とりあえず過剰に演技をして怖がらせる、だろ?
そして、一番大事なのは怖がらせる時にお客さんの身体に触れないことだな…!
例えば、お客さんの足を掴んだりだ。
これが意外と大事で、身体に触れられると恐怖よりも不快感が勝ってしまうからな。
俺だって自分が客側だったら、掴まれるのは嫌だしな。
しかも、足を掴んで転ばせて怪我でもさせたら大変だ。
そんなことを一人で考えていると、先程の告白の主である柊也が俺に声をかけて来た。
「わりぃ。今日用事有るから先帰るわ」
「おう、気を付けてな」
そう言って俺は柊也を見送るが、何だか彼の様子がいつもと違う様に感じた。
それに、今日新しく彼女ができたというのに一緒に帰らないのか?
普通だったら、付き合ったその日から一緒に帰ったりするんじゃないのか!?
実は世の中の高校生カップルは意外とドライな関係だったりするのか!?
俺はとりあえず、柊也の事を尾行することにした。
◇
柊也が近くの公園に着いた所で俺は木陰に身を隠す。
すると彼はベンチに座り、スマホを取り出して何かブツブツと話している。
俺は耳を澄まして、彼には悪いと思いながらも盗み聞きをする。
どうやら、彼は誰かと通話をしているようだ。
耳を澄ませようとしていると、後から桜咲がやってきた。
「急いで教室出ちゃってさ、何かあったの?」
「お前、また来たのかよ…」
「あれ、柊也くんじゃん」
「お、おい……お前も伏せろ」
俺は柊也に尾行をバレたくないので、桜咲にも姿を隠すように促す。
耳を澄ますと柊也の話し声が聞こえてきた。
「そうなんだよ。俺は玉砕覚悟でその場の勢いというかさ、結月さんに告白したんだよ……」
「それが成功して結月さんと付き合うことになったんだけど……」
彼は言い淀み、言葉を絞り出すように話す。
「でも、不安なんだよ……。俺なんかで良いのかなって……」
「結月さんには悪いけど、別れようかなって思ってて……」
は?こいつは何を言っているんだ?
さっき付き合い始めたばっかりだろ?
それに、そんなことしたら告白を受けてくれた結月さんに対しても失礼だろ。
俺は一旦心を落ち着かせ、静かに立ち上がり、柊也に驚かれないように偶然を装って近づく。
「ちょっ、湯川どうしたの?」
俺は桜咲の呼び掛けを振り切り、柊也に近づく。
「柊也、こんなところでどうしたんだ?」
彼に何も知らないふりをして話し掛ける。
「おう、夏樹。いや、ちょっと家族と電話してただけだよ」
「隠しても無駄だぞ。お前、結月さんと付き合ったんだろ?」
「え?夏樹、お前何でその事知って……」
「そんなことは今はどうでもいいだろ」
「夏樹には関係ないだろ?」
「お前、結月さんと別れようとしてるのか?」
「なっ、お前マジでどこまで知ってるんだよ」
こいつ本当に別れようとしてるのか。
「お前、結月さんを傷つけるつもりかよ」
「そ、それは……」
「お前さっき付き合い始めたばっかりだろ?」
「それはそうなんだけど……俺なんかじゃ氷川さんに釣り合わないって急に思って……」
なよなよするなよ。
それでも、俺の親友かよ。
「今はそんなこと悩んだって仕方ないだろ」
「夏樹……」
「結月さんはお前の告白を受けてくれたんだ。お前だから告白を受けてくれたんだ。そんな人をお前は裏切るのかよ」
「……!」
「夏樹、ごめん。そ、そうだよな。俺が間違ってた……」
「……。俺に謝ってどうするんだよ」
俺は黙って柊也の瞳を見つめた後、少し苦笑してそう言った。
「ありがとう……。俺、頑張ってみるよ。絶対に結月さんを幸せにしてみせる!」
「おう……」
柊也が良いヤツなのは間違いないんだけど、どこか心の奥がモヤモヤする……。
「桜咲、学校に戻るぞ」
背後を振り返り、周囲を見渡すと桜咲の姿がない。
先に学校に戻ったのだろうか。
俺はその場を後にして学校に戻る。
◇
翌朝。
「おはよー!」
「おはよう」
教室に入ると、昨日俺と一緒に公園で柊也を尾行していた桜咲が話しかけてきた。
「そう言えば桜咲、昨日はどうしたんだ?」
「え?」
「いや、一緒に居たと思ったらいつの間にか居なくなってたし。学校に戻ってみても既に帰ったようだったし」
「あぁ~……。アレね」
「そうそう、ちょっと用事を思い出して先に帰ったんだよね~」
「そうか、急に居なくなるからビックリしたぞ。一言声かけてくれよな。心配するだろ」
「ご、ごめん……」
「まぁ、謝んなくていいって。桜咲に何も無くて良かった」
そんな他愛のない会話をしていると、教室に並んで入ってくる柊也と結月さんの姿を見かける。
「まさか、あの二人が付き合うなんてね~。今でも信じらんないよ」
「そうだな」
「でも、意外とお似合いかも!」
俺は黙って桜咲の話し声を聴きながら、遠くにいる二人が楽しそうに会話しているのを眺めていた。
すると、桜咲が俺の方に視線を向ける。
「そう言えば、湯川。昨日は凄かったじゃん」
「何が?」
「何って、不安になってる柊也くんを勇気づけてあげてたじゃん!」
「あぁ。あれは、そんなんじゃないよ」
「本当にそんなんじゃないんだ」
「ん?」
すると、桜咲は俺に肩を組んでくる。
「何はともあれ、湯川はよくやったよ!」
そんなことを言いながら桜咲はニヤニヤしながらダル絡みしてくる。
「お、おう……」
俺は桜咲が思うほど良いヤツじゃないよ。
俺はただ、柊也に後悔して欲しくなくて。
結月さんに悲しんで欲しくなくて。
これはただの偽善なんだ。
多分、自己満足でもあると思う。
でも少しだけ、桜咲に褒められて悪い気はしなかった。
きっと、これで良かったんだよな……。
◇
数日後、文化祭当日。
俺は一人で他クラスの縁日的な出し物を眺めていた。
結構外部の人も来てるんだな。
おっ、あの人射的上手いな。
そんなことを考えていると、首筋に冷気を感じる。
途端、首筋に冷たい感触がした。
振り返るとそこには両手にラムネを持った桜咲が佇んでいた。
桜咲は俺の首筋にキンキンに冷えたラムネを押し付けてきた。
俺は呆気に取られて、数秒彼女の顔を見つめる。
「急にそんなことされたら、ビックリするだろ」
「ごめんごめんって」
そんなことを言いながら彼女は屈託のない笑顔を浮かべる。
「どしたん?」
「ん、いや楽しそうだなって」
「そりゃ、せっかくの文化祭だしね!楽しまなきゃ損でしょ!」
「確かに桜咲の言う通りだな」
俺は縁日に目をやる。
「何?湯川も縁日行きたいわけ?」
彼女はそう言ってニヤニヤする。
「いや、そういう訳じゃ…っておい!」
「そんなに興味あるなら行ってみようよ!」
桜咲は俺を強引に引っ張り、縁日に連れていく。
全く、仕方ないな。少し付き合ってやるか。
そんなことを考えながらも少し浮き足立っている俺もいる。
俺は縁日の待ち列に並びながら桜咲に話しかける。
「そういえば、桜咲は誰かと回ったりしないのか?」
「あたしは別に……。誰かとつるんで一緒に回るより、好きに一人で回った方が気楽かなって……」
意外だな。桜咲みたいなギャルならこういうイベント行事は友人と回るものかと思っていた。
「でも、今は一人じゃないじゃないか。ほら、俺だっているし」
「そ、そーいうことじゃないじゃん!」
ふーん、ん?
そういうことじゃないのか……。
なるほどな、女心は分からん。
「とりあえず、あたしらは縁日楽しも!」
「お、おう。そうだな」
ここは流れに身を任せて素直に文化祭を楽しむか。
縁日では射的や輪投げ、水風船のヨーヨー釣り等を楽しんだ。
「湯川、結構やるじゃん!」
「そう言うお前こそ、俺より凄いんじゃないのか?」
桜咲は手首に沢山の水風船のヨーヨーをぶら下げ、景品のお菓子を両手いっぱいに抱えている。
いや、ホントにすごいな……!?
「あたしお祭りが好きでさ、昔からこーゆうのは得意なんだ~!」
「そうなのか……。そうだ、これ使えよ」
俺は今朝コンビニで朝食を買った時に貰ってから、偶然ポケットに入っていたビニール袋を桜咲に渡した。
「おっ!ありがとう!湯川は気が利くね~。ウリウリ~!」
桜咲がいつものように俺に肩を組んできて、ニヤニヤ笑ってダル絡みしてくる。
距離近いな。
「や、やめろって……」
「ああ、ごめんごめん!」
桜咲はさっと俺から距離を取り、縮こまって前髪を整えだす。
こいつ、何かいつもと様子が違うな?
「いつもはそんなに髪型とか気にしないんじゃないか?」
「そ、そんなこと無いよ!女の子はいつだって髪型を気にするもんなの……!」
「ホント、湯川はデリカシーってやつがないよな~……」
「そ、そうか。悪い」
そうなのか、大変だな女の子。
そう言えば、昔も似たようななことがあったな。
確か5歳ぐらいの頃、父の実家がある田舎の夏祭りで。
◇
夏樹5歳。
「りんちゃん!今日の夏祭り、一緒に回ろ!」
「うん!」
周りを見上げると、沢山の出店がある。
りんご飴やチョコバナナ等、全てがキラキラと輝いて見えた。
「お母さんに500円貰ってきたんだ!」
「なつくん、すごい!これなら何でも買えちゃうじゃん!」
「へへ!そうだ、りんちゃんにも何か買ってあげるよ!オレもうお兄さんだし!」
「なつくん、ありがとう!えへへ、嬉しいな~」
そう言って二人は夏祭りの出店を見ながら散策する。
少しして「りんちゃん」が夏樹に話しかける。
「あのね。わたし、りんご飴食べたいな」
「わかった!オレも食べたかったから一緒にたべよ!」
そう言うと夏樹は二人分のりんご飴を買って一つを「りんちゃん」に渡す。
「なつくん、ありがとう!」
「……!」
「べ、別に!お兄さんとしてとーぜんの事をしたまでだよ!」
すると、「りんちゃん」はりんご飴を舐める。
「すっごく甘い!」
それを聞いて夏樹も一口。
「ホントだ!甘いね!」
そうして、二人はりんご飴の味を楽しんだ。
「もう、おこづかい無くなっちゃったね」
「うん。もっと色々したかったんだけどな~」
「そうだ!最後にヨーヨー釣りしよ!」
「いいね!」
二人は水風船のヨーヨー釣りの所に行き、おこづかいを使い果たした。
「りんちゃん、いっぱい取っててすごいな~!」
「えへへ、すごいでしょ?あたし、けっこー得意なんだよね~!」
そうして、二人は夏祭りを楽しんだ。
懐かしいな。
「りんちゃん」は今でも夏祭りで無双したりしてるのかな。
そんなことを考えていると、柊也&結月カップルに遭遇する。




