第6話:思い描いていた未来、それ以上の今
春めいてきたとはいえ、まだ少し冷え込む休日の午後。
私は台所で、ご近所さんからお裾分けでいただいた手作りマーマレードの瓶と格闘していた。
「……もう、どうしてこんなに固いのよ」
ゴム手袋をはめ、布巾を被せて力いっぱい捻ってみるものの、金属の蓋はびくともしない。若い頃ならこれくらい簡単に開けられたはずなのに、指の関節は少しこわばり、手首には悲しいほど力が入らなくなっていた。
歳を取るということは、こういう小さな「できないこと」が日常の中に少しずつ増えていくことなのだと、改めて突きつけられる。
何度目かのため息をついた時だった。
リビングのソファで時代劇の再放送を見ていたはずの修一が、いつの間にか背後に立っていた。
「貸せ。どんくさいな」
彼は無言で私からジャムの瓶を取り上げると、眉間に深いシワを寄せ、顔を少し赤くしながらグッと蓋を捻った。
ポンッ、と小気味良い音がして、蓋が開く。
「ほらよ。まったく、握力まで立派な婆さんになったな」
修一は瓶をドンと調理台に置き、自分の手をさすりながら憎まれ口を叩いた。
「あなただって、顔を真っ赤にしてたくせに。でも……ありがとう」
「ふん。蓋が開かないくらいでピーピー騒ぐな」
彼はそっぽを向きながら、またのっそりとした足取りでテレビの前へと戻っていった。
調理台に残された開いた瓶を見つめながら、私は彼の後ろ姿に目を細めた。
二十代の頃、彼とバイクに二人乗りしながら思い描いていた未来は、もっとドラマチックで、お洒落で、スマートなものだった気がする。高級なレストランで記念日を祝い、絵に描いたような上品な老夫婦になるのだと、無邪気に信じていた。
けれど、実際に辿り着いた七十代の現実はどうだろう。
お互いにあちこちが痛いとボヤき合い、ロマンチックなセリフなど皆無。開かない瓶の蓋に手こずり、シワだらけの手で顔を真っ赤にしながら助け合う毎日だ。あの頃の私が想像していた「完璧な未来」とは、ずいぶんと形が違う。
でも、と私は思う。
若い頃にずっと心に思い描いていた未来図は、たしかに「思った通り」の形ではなかったかもしれない。けれど、こうして私が困っている時、何も言わずにすっと手を差し伸べてくれる彼がそばにいる。その不器用だけれど確かな愛情は、あの頃思い描いていたどんな甘い未来よりも、ずっと温かく、深く私の人生を満たしてくれている。
「……修一さん」
「あ?」
テレビに目を向けたまま、彼が低く応える。
「このマーマレード、紅茶に入れて淹れようか。あなた、喉が乾燥するって言ってたでしょ」
「……おう。熱いやつな」
ぶっきらぼうな返事。でも、その声の響きに角はない。
思い通りにいかない体と、すっかり年老いた容姿。それでも、私たちがお互いを思いやる気持ちの根っこは、少しも変わっていない。
私は、あの頃の私が想像もできなかった「それ以上の今」を噛み締めながら、二人分のマグカップにお湯を注いだ。




