最終話:これからも、あなたとだから
六月。梅雨の晴れ間の青空が広がる、穏やかな日曜日の午後。
私は縁側に座り、庭の隅でせっせと動いている修一の背中を眺めていた。
「あー、腰が痛てぇ。どうして雑草ってのは、抜いても抜いても生えてきやがるんだ」
麦わら帽子を被った修一は、軍手をした手で腰をトントンと叩きながら、深いため息をついた。
「文句ばっかり言わないの。ほら、少し休憩にしましょう。冷たい麦茶より、温かいお茶のほうがいいでしょ?」
私が急須から湯呑みにお茶を注ぐと、修一は「おう」と短く答え、のっそりとした足取りで縁側へと戻ってきた。
泥のついた長靴を脱ぎ、私の隣にどっこいしょと腰を下ろす。手渡した湯呑みを両手で包み込み、ズズッと音を立てて美味しそうにすすった。
「……あちっ。お前、相変わらず容赦なく熱く淹れるな」
「冷房で体が冷えるお年頃なんだから、ちょうどいいのよ」
憎まれ口を叩き合いながらも、修一は二口、三口とゆっくりお茶を飲み進める。
縁側に落ちる初夏の陽だまりはぽかぽかと温かく、庭の紫陽花が薄紫色に色づき始めているのが見えた。
ふと、隣に座る修一の横顔を見つめる。
深いシワ。白い眉毛。少し丸くなった背中。
五十年前、あのピカピカの中型バイクに跨り、私に大きすぎるヘルメットを乱暴に手渡してきた青年の面影は、もうどこにも見当たらない。
私たちが結婚したばかりの頃。アパートの狭い部屋で、よく二人で未来の話をした。
「いつか庭のある一軒家を買おう」
「犬を飼って、週末はドライブに行こう」
「年を取っても、ずっと手をつないで歩ける夫婦でいよう」
あの頃に描いていた「未来予想図」の通りになったこともあれば、全然違ってしまったこともある。
犬は飼わなかったし、ドライブは日中のスーパーへの買い出しに変わり、今では手をつなぐどころか、お互いの歩くペースを合わせるのさえ一苦労だ。ロマンチックな愛の言葉なんて、もう何十年も聞いていない。
それでも。
腰が痛いとボヤきながらも私のために庭の手入れをしてくれる、このシワだらけの夫。私が何も言わなくても、熱いお茶を黙って受け取り、隣で同じ景色を眺めてくれるこの人。
きっと何年経っても、こうして変わらぬ思いを持っていられるのは、他の誰でもない、あなたとだからなのだ。
派手なブレーキランプの合図は、角を曲がる時の不器用な手の振りに変わった。
ヘルメットを五回ぶつけ合ったあの情熱は、痛む肩を五回叩いてくれる優しい拳に変わった。
「……おい、和子。何ニヤニヤしてんだ。気味が悪いぞ」
空になった湯呑みを縁側に置きながら、修一が怪訝そうな顔で私を見た。
「ふふっ。なんでもないわ。ただ、お茶が美味しいなって思っただけ」
「ふん。まあ、悪くはないな」
修一は照れ隠しのようにそっぽを向き、再び庭の紫陽花へと視線を戻した。
そのぶっきらぼうな横顔を見つめながら、私は心の中で静かに微笑んだ。
ずっと心に描いていた未来予想図は。
完璧で綺麗な形ではないけれど、ほら、こんなにも温かい縁側の陽だまりの中で、思った通りに叶えられていく。
私たちはこれからも、こうして小言を言い合いながら、言葉にならない愛を重ねて、ゆっくりと日々を過ぎていくのだろう。
シワの数だけ深くなったこの不器用な絆を、二人で大切に抱きしめながら。




