第12話 変わり者、大歓迎
静かな路地を歩きながら、アリアナはずっとスターの様子を見守っていた。
スターは相変わらずフードを深くかぶり、ぎこちない足取りで歩く。
けれど、それでも今は──三人の「新しい友達」と並んで歩いている。
カイドは歩きながら、しきりにどうでもいい質問を投げかけていた。
スターはなんでそんなに仏頂面なのか、手錠で繋がれてる理由は何なのか、スターは今まで笑ったことがあるのか……などなど。
スターは何も答えなかった。
一方、ニアはスターの首元にかすかに浮かぶ呪印の光を何度も気にして見ていた。
けれど何も言わず、ただ視線をそらす。アリアナだけが、その視線に気づいていた。
リラはほとんど黙ったまま、髪の毛をくるくると指でいじっていた。
ふと、彼女がアリアナに尋ねる。
「……なんで友達が9人も必要なの?」
アリアナは一瞬言葉に詰まった。
「ちょっと、事情があって……」
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やがて、一行は町外れの静かな公園にたどり着いた。
ベンチがいくつか並び、その向こうには森が広がっている。
ここは静かだった。
スターにとっては馴染み深い、安心できる沈黙。
けれど隣には、まだ心を許せない3人の他人がいる。
彼らは、スターが知っていた「操られた友達」とは違っていた。
自分の意思で動き、考え、話している。
スターはその事実に戸惑っていた。
そんな彼を気遣い、アリアナは手錠の鎖をそっと引いた。
「ね、スター……。3人も見つけられたんだよ。……いいスタートじゃない?」
スターは答えなかった。
ただ、ぽつりと呟く。
「あと……6人。」
カイドはベンチにドカリと腰を下ろし、呆れたように言う。
「で? 残り6人はどこで探すんだ?」
アリアナが返そうとしたが、先にスターが言った。
「……わからない。」
その声は、どこか怯えを含んでいた。
カイドは目を瞬かせた。
「……おいおい、そりゃ頼りないな。」
ニアが鋭い視線で睨む。
「カイド。」
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静まり返った公園の中、アリアナは小さな声でスターに言う。
「今度はひとりじゃない。」
「もう3人もいる。……きっと、あとも見つけられる。」
スターはアリアナを見つめる。
「……もし、見つけられなかったら?」
その問いは、今にも消えそうな声だった。
アリアナはそっと鎖を握りしめる。
「そのときは、一緒に考えよう。」
スターの胸が、きゅっと痛んだ。
**一緒に。**
マスターは、決して口にしなかった言葉。
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カイドが手を叩く。
「さて、それじゃどうする? このまま6人に出会うまでウロウロするか?」
アリアナはため息をつく。
「……そうするしかない。」
スターは沈黙したまま。
首元の呪印が、かすかに疼く。
けれど、彼の胸の奥には今──小さな、小さな希望が芽生えつつあった。
時間は残り少ない。
けれど、その小さな火はまだ、消えていない。
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そのとき、公園に駆け込んでくる足音が響いた。
ゼェゼェと荒い息を吐きながら、一人の少年が姿を現す。スターと同じくらいの年頃。
汗で前髪が額に張り付き、目は怯えたように周囲を見回している。
彼は何も言わず、滑り台の下に身を潜めるように隠れた。
「頼む……何も言わないでくれ。」
その声は震えていたが、切実だった。
「警察には……絶対に。」
カイドは戸惑いながら言う。
「は? 何の話──」
その言葉が終わる前に、警官が二人、公園の端に現れた。
懐中電灯で辺りを照らし、誰かを探している様子。
「おい、そこの子たち。」
ひとりが声をかける。
「茶髪で、このくらいの背丈の少年を見なかったか?」
アリアナの心臓が跳ねた。
スターは明らかに怯えていた。
手錠で繋がれた腕が微かに震え、呼吸は浅い。
──また殺される、そう思っている。
その恐怖は目に見えていた。
マスターに刷り込まれた恐怖は、いまだ消えていない。
アリアナは一歩前に出た。
無理やり笑顔を作って答える。
「ええ、見ました。あっちに走っていきましたよ。森の方へ。」
警官は目を細める。ひとりがスターの手錠に目をとめた。
「お前ら……何やってんだ?」
スターはビクリと震える。
捕まるのか、マスターに知られるのか、殺されるのか──恐怖が頭を支配する。
けれどアリアナは慌てず答えた。
「ああ、これ?」
手錠を掲げ、苦笑いする。
「ただの遊びです! 信頼ゲーム、みたいな。仲良くなるための。」
カイドもすぐに乗った。
「そうそう。どれだけ我慢できるか試してるだけっス。」
警官たちは顔を見合わせ、呆れたように言う。
「……最近のガキは。」
「変なことすんなよ。」
そう言い残し、彼らは森の方へ去って行った。
その瞬間、スターは崩れるようにその場にしゃがみ込んだ。
手は震え、顔は青ざめている。
「……生きてる……。」
呟きは、自分に言い聞かせるようだった。
アリアナはそっと彼の手を握った。
「当たり前だよ。」
滑り台の下から、少年が顔を出す。
服はボロボロ、目はどこか飢えたように光っていた。
ニッと笑う。
「助かったぜ。」
アリアナは首を傾げた。
「あなた……何者?」
少年はポケットに手を突っ込み、肩をすくめた。
「ジェイク。……まあ、泥棒だな。」
スターはその言葉に、わずかに体を強張らせた。
「泥棒……?」
ニアが眉をひそめる。
「盗み?」
ジェイクはニヤリと笑う。
「金持ち限定さ。余ってんだから少しくらい減っても死にゃしねぇ。」
カイドは吹き出す。
「へぇ、義賊かよ。」
ジェイクはまた肩をすくめた。
「何か食わなきゃ、生きてけないんだよ。」
アリアナはじっと彼を見つめる。
その服のボロさ、擦り切れた靴、痩せこけた頬──彼が遊び半分で盗んでいるわけじゃないと分かった。
生きるため。それだけだ。
ジェイクの視線がスターに戻る。
手錠に目をやりながら言う。
「そっちは何だ? 家出少年か?」
スターは何も答えない。
ただ、さっきの警官の恐怖、マスターへの恐れ、自分以外のこんな人間がいることへの混乱で頭がいっぱいだった。
アリアナが代わりに答える。
「……友達を探してるの。」
ジェイクは眉を上げる。
「友達?」
「9人必要なの。」
アリアナは優しく言う。
「今、4人目。」
ジェイクは一瞬呆けたあと、笑った。
「今週一番わけわかんねぇ話だな……けど、助けてもらった借りがあるしな。」
ニヤリと笑う。
「乗った。」
スターは、複雑な気持ちでその言葉を聞いていた。
またひとり、友達。
マスターに操られた、無表情な人形じゃない。
意思を持ち、感情を持つ、不確定で、予測できない存在。
怖かった。けれど……不思議と、少し惹かれた。
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彼らはまた歩き出す。今度は5人で。
アリアナはスターに囁く。
「4人目だよ。あと半分。」
スターは首元の呪印をそっと撫でる。
でも──少しずつ、世界は色を帯び始めていた。
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にぎやかな町の通りを、彼らは再び歩いていた。
新たに加わったジェイクのおかげで、雰囲気は前よりもずっと騒がしくなっていた──少なくともスターにとっては。
スターはアリアナのすぐそばを離れず歩いた。
手錠でつながれた手首が、二人を確かにつないでいる。
誰かが肩をぶつけて通りすぎるたび、スターはビクリと肩を震わせ、そのたびに怯えた目で顔を確認する。
もし……誰かがマスターに伝えたらどうしよう。
昼間に外を歩いているって知られたら──。
そんな恐怖が、頭の中でずっとぐるぐると回っていた。
一方で、ジェイクはまるでそんなこと気にも留めない様子で、ポケットに手を突っ込み、鼻歌を歌っていた。
まるで警察に追われることなんて、日常茶飯事みたいに。
カイドはアリアナの耳元でひそひそと囁いた。
「俺たちってさ……ただの迷い犬集めてない?」
アリアナはクスッと笑い、軽く睨む。
「迷い犬じゃなくて、友達を集めてるの。」
ジェイクは肩をすくめた。
「俺は『迷い犬』の方がしっくり来るけどな。」
冗談混じりのやりとりの中で、アリアナはスターの違和感に気づいていた。
無表情な顔は変わらないけれど、袖口をそっと指でいじる癖。
ぎこちなく、体がこわばっているのが分かる。
怯えている。
いつまた恐ろしいことが起きるかと、ずっと身構えている。
だから、アリアナはそっとスターの手首を握った。
「大丈夫。ひとりじゃないよ。」
スターは一瞬、ぽかんとした顔で二人のつながれた手首を見つめ──ほんの、ほんの少しだけ、こくりと頷いた。
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しばらく歩き、彼らは町の隅の小さな広場にたどり着いた。
中央には小さな噴水があり、水音だけが静かに響いている。
ジェイクはベンチにドサリと座り込んだ。
「で……どうやって、その『友達』を見つけるってんだ?」
アリアナは唇を結び、言う。
「人と……話すだけ。」
カイドは呆れた顔で眉をひそめた。
「それが計画?」
「あなたたちも、その方法で仲間になったでしょう?」
アリアナはしれっと言い返す。
ジェイクは苦笑する。
「……逮捕されかけた俺を救った、って言い方ならまあ、納得。」
アリアナはそれを無視し、スターへ向き直る。
「スター、昔……操られてない人で、知ってる人とかいないの?」
スターは無表情のまま、でも指先がぴくりと動いた。
沈黙が流れ、やがてぽつりと呟く。
「……知らない。
僕が知ってるのは……マスターのために作った『友達』だけ。」
その言葉には、冷たい終止符が打たれていた。
ジェイクはピィッと口笛を鳴らす。
「……なんつーか、変な話だな。友達作りと洗脳ってセットか? どこに迷い込んじまったんだ、俺。」
アリアナの胸が痛んだ。
そうだ、スターには『普通の友達』なんて、記憶にあるはずがない。
彼の人生はずっと、『マスター』のためだけに、作らされ続けた偽りの関係ばかりだったのだから。
信じる相手を、自分で選ぶなんて──今のスターには、まだ遠い世界の話だった。
ジェイクはぽつりと言う。
「お前ら、さっきから妙な話してんな。」
リラも怪訝そうに言った。
「そうよね。洗脳とか、マスターのためとか……聞こえたけど。」
ニアはそっと口を開く。
「なんだか……心配になる話だったよ。」
アリアナは凍りついた。
スターがしどろもどろに言い訳を探す。
「えっと……あの、これは……」
アリアナが急いで口を挟んだ。
「変なアニメの影響! 洗脳で友達を作る主人公の……そういう、ちょっとイタい妄想してただけで──」
ジェイクが大声で遮った。
「もういい、その説明いらん。疲れる。」
カイドも、リラも、ニアも──なんとなく納得はしたようだが、完全に疑念が消えたわけではない。
けれど、それ以上突っ込む者はいなかった。
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そのとき。
ふいに、柔らかな音色が広場に響いた。
小さな噴水のそばで、ひとりの少女がギターを奏でていた。
年は……14歳くらいだろうか。
古びたギターを抱え、指先だけが滑らかに弦を鳴らしていた。
その旋律はどこか、壊れそうな心を必死で支えているように聞こえた。
足元には、わずかな小銭が入った帽子。
行き交う人々は、誰も振り返らなかった。
スターの視線が、その少女に吸い寄せられる。
音楽にではない。
彼女の、その姿に──孤独が、にじんでいたから。
震えるような歌声。誰かに届けるためではなく、自分自身を保つために歌っている。
アリアナは、そんなスターの視線に気づいて、そっと微笑む。
「……話してみる?」
スターは動かない。
「……あの子、僕と同じ。」
ジェイクが呆れ顔で首を傾げる。
「まさか、また変な奴?」
スターは首を振る。
「……孤独。」
一瞬、沈黙が流れる。
アリアナはそっと鎖を引いた。
「行こう。声、かけてみよう。」
スターは戸惑いながらも、逆らわず歩いた。
ほかの皆も、その後に続く。
近づくと、少女は警戒した目を向けたままギターを弾き続けた。
最後の一音を鳴らすと、ギターをぎゅっと抱きしめる。
「……物乞いなんかじゃない。働いてるだけ。」
アリアナは両手を上げた。
「邪魔するつもりはないの。」
少女はギターを抱えたまま、眉をひそめる。
「……じゃあ何?」
その声は、どこかスターに似ていた。
心を閉ざし、拒絶するような冷たさ。
答える前に、スターが静かに口を開く。
「……寂しいの?」
少女は呆然とした顔をした。
ジェイクが顔を覆う。
「おいおい、唐突すぎだろ。」
けれど、スターは気にせず、真っすぐ彼女を見つめていた。
少女は沈黙のあと、肩を落とすように呟く。
「……それが何?」
アリアナが一歩踏み出す。
「友達を、探してるの。」
少女は順にアリアナ、カイド、ジェイクへと視線を移し──最後にまたスターを見る。
「……君、友達が欲しいの?」
スターはこくりと頷いた。
少女は嘲るように鼻で笑う。
「友達なんて、簡単にできるもんじゃない。」
アリアナは優しく笑った。
「……私たちは、できるんだよ。」
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少女は動かず、ギターをぎゅっと握りしめたまま。
その瞳には、信じられないという色が濃かった。
見返りもない『友達』なんて、理解できないという拒絶。
けれど、スターは目を逸らさない。
無表情な顔の奥に、どこか新しい興味が灯っている。
アリアナはそっと言った。
「理由なんてない。ただ……知りたいだけ。」
少女の目が、二人をつなぐ手錠に向いた。
「……これ、変なカップルごっこ?」
ジェイクが吹き出しそうになる。
「絶対に違う。」
アリアナは顔を赤らめて、ぶんぶんと首を振る。
「ち、違う! これは……スターが、ちょっと……事情があって。」
カイドが代わって言う。
「……まあ、色々あるんだよ。」
少女は呆れた顔をした。
「……あんたら、全員おかしい。」
ジェイクはニヤリと笑う。
「その通り。」
そして、スターがまた静かに言った。
「……僕と、友達になってくれる?」
少女は目を瞬かせた。
「は?」
「……友達が、必要なんだ。マスターが求めるんじゃなくて……アリアナが言う、本当の友達。」
沈黙が落ちた。
少女は、ひときわ鋭く笑った。
「友達って、頼んでなるもんじゃない。」
アリアナが口を開こうとしたその前に──スターが問い返した。
「……どうして?」
少女は言葉を失う。
ジェイクがぽつりと呟く。
「……まあ、一理あるな。」
アリアナは優しく尋ねた。
「……名前、教えてくれる?」
少女はしばらく考えた後、ぽつりと呟いた。
「ルナ。」
アリアナはにっこりと笑う。
「ルナ。私たち、何も求めない。ただ……少し話そう?」
ルナはギターを少しだけ緩く抱えた。
けれど、まだ警戒の色は消えない。
「……友達なんて、必要ない。」
スターはまた、静かに問う。
「……寂しいの?」
その問いは、まっすぐに突き刺さった。
ルナは一瞬だけ、言葉を失った。
その沈黙が、何よりの答えだった。
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やがて、ルナはぽつりと呟く。
「……話してあげる。でも、何かくれる?」
アリアナは眉をひそめる。
「……取引じゃない。」
けれど、スターはまた皆を驚かせた。
そっとポケットに手を入れ──取り出したのは、ただの小石だった。
黒く丸く、何度も指で触れられたせいで、つるりと磨かれたそれ。
スターはそれを、ルナに差し出した。
「……これが、僕の全て。」
「僕の……持ち物。」
アリアナは息を呑んだ。
スターには、自分だけの物なんて何一つなかった。
全てはマスターか、作らされた『友達』のものだった。
けれど、この石だけは違った。
ルナは石を見つめ、それからスターを見る。
「……石?」
スターは頷く。
「……友達になってくれる、お礼。」
ジェイクが吹き出す。
「やるなぁ、お前。」
カイドが肘で突く。
沈黙。
そして──ルナは、その石をそっと受け取った。
笑いもしなかった。けれど、馬鹿にもせず。
ポケットにそれをしまい、ぽつりと呟く。
「……じゃあ、友達ってことで。」
スターは目を瞬かせた。
「……ほんとに?」
ルナは肩をすくめた。
「……まあ、いいや。」
それは小さな、一歩だった。
けれど確かに、踏み出した。
アリアナは満面の笑みを浮かべる。
ジェイクはスターの背を軽く叩いた。
「やったな、坊や。これが本当の……自分で選んだ友達ってやつだ。」
「これでまた、俺らの変人枠がひとり増えたな。」
スターは表情を変えなかった。
けれど、その顔はどこか、ほんのわずか軽くなっていた。
初めて──魔法じゃない、普通の『友情』を、少しだけ理解した気がした。
そしてルナは、ギターを抱いたまま、その場を離れなかった。
もしかしたら……彼女も、友達が欲しかったのかもしれない。
長い沈黙のあと、スターはアリアナにだけ、ぽつりと囁いた。
「……もう、帰ろう。夜だし……眠い。……残りは……明日、探す。」
アリアナは優しく頷き、皆に向かって言う。
「じゃあ、みんな。スターの家へ帰ろう。」