第11話 手に入れたのは友情
──捜索は続いた。
アリアナは、噴水のそばでおしゃべりをしていたティーンエイジャーのグループに声をかけた。
女の子が3人、男の子が2人。アリアナと同じくらいの年齢に見えた。
「こんにちは!」
アリアナは明るい笑顔を作って声をかけた。
「友達を探してるんです。一緒に遊んでくれる人を……ちょっとした『ゲーム』なんです。」
男の子のひとりが、スターと繋がれた手錠に目をやり、眉をひそめた。
「え……なんで手錠で繋がれてんの?」
彼はニヤリと笑った。
他の子たちもクスクスと笑い出す。
アリアナは気まずそうに笑った。
「これも『ゲーム』の一部なんです! 信頼の……練習みたいな。」
女の子たちは顔を見合わせて、苦笑いを浮かべた。
「ちょっと変わってるね。」
誰かがそう呟いた。
もうひとりの男の子が肩をすくめる。
「まぁ、ありがと。でも、俺ら今ちょっと忙しいから。」
アリアナの笑顔が少しだけ揺らぐ。
「……そっか、わかりました。」
スターは黙ったまま。
フードの下の顔は無表情のままだったが、心はまたひとつ沈んでいく。
──また、断られた。
またひとつ、マスターの言葉を思い出す。
**『感情を持つ人間は、自分のことしか考えない。』**
アリアナは小さくため息をついたが、諦めるつもりはなかった。
彼女はスターの手を引き、その場を離れる。
新しい方法を考えなければ、と頭を巡らせながら。
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人通りの少ない路地を歩いていると、アリアナは小さなパン屋の前に腰かけている老人を見つけた。
彼は屈んで、野良猫にパンくずを与えていた。
質素な服に、どこか疲れたようで優しい目。
アリアナは迷わず言った。
「……彼に話してみよう。」
小声でスターに囁く。
スターは身を固くする。
「……おじいさんなのに?」
スターは困惑したように呟く。
「年寄りが、僕と友達になりたがるわけない。」
アリアナはそっと微笑んだ。
「友情に、年齢は関係ないんだよ。」
彼女は老人に歩み寄る。
「こんばんは。」
アリアナは丁寧に声をかけた。
「突然すみません。実は……友達を探していまして。」
老人は片眉を上げた。
「友達を?」
その声は掠れていたが、どこか柔らかい響きだった。
「何のために?」
アリアナは一瞬迷ったが、ゆっくり言葉を選ぶ。
「……ちょっと説明しづらいんですけど……本当の意味で、人と繋がりたくて。」
老人はくすりと笑った。
「なるほどな。」
そう言って、猫にもうひとつパンくずを投げる。
「で、この若者は?」
彼はスターに視線を向けた。
スターは固まる。
何と言えばいいか、分からなかった。
アリアナがすぐに口を開く。
「……彼は、本当に『友達』を必要としてるんです。ただの知り合いじゃなく、心から想ってくれる人を。」
老人の目が優しく細められる。
だが、その表情はすぐに少し寂しげなものへと変わった。
「君の気持ちは立派だ。」
老人は静かに言った。
「だが、私は……もう、誰かと新しく絆を結ぶような歳じゃない。」
アリアナの胸が痛んだ。
スターは目を伏せる──また、断られた。
老人は溜息をついた。
「だがね。」
「君たちがその絆を見つけられるよう、願ってるよ……特に、その子のためにな。」
アリアナは小さな声で礼を言い、その場を後にした。
猫は、まだパンくずを夢中で食べ続けていた。
スターの声は虚ろだった。
「……時間のムダだった。」
アリアナは拳を握りしめる。
「いいえ、違う。」
「諦めるわけにはいかない。」
けれど、心の中は焦りで満ちていた。
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夜が深まる。
彼らはさらに多くの人に声をかけた。
旅芸人のペア、パン屋の片付けをしている職人たち、壁に絵を描いている少女──
誰も、手を差し伸べてはくれなかった。
忙しいと言われた者。
意味が分からないと笑った者。
ただ無関心な者。
スターの恐怖は膨らんでいく。
マスターのねじれた笑みが浮かぶ。
呪印が焼けるように疼く。
痛みと──何より、またひとりぼっちになる恐怖。
「アリアナ……。」
スターは、今にも泣き出しそうな声で言った。
「もう……無理だ。」
アリアナは勢いよく振り向く。
目には涙が滲んでいた。
「違う!」
「そんなふうに思わないで!」
スターはびくりと肩を震わせた。
アリアナは、そっと手錠越しに彼の手首に触れる。
優しく、でも確かに。
「まだ時間はある。」
「今夜も、明日も。」
スターの呼吸はゆっくりと落ち着いていく。
けれど、胸の奥の不安は消えない。
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──そのとき。
背後から声がかかった。
「なぁ、何してんの?」
ふたりは振り向いた。
16歳くらいの少年が腕を組んで立っていた。
ぼさぼさの黒髪に、どこかいたずらっぽい笑み。
その後ろには、金髪のショートカットの少女と、褐色の肌に鮮やかな緑の瞳を持つ少女がいた。
少年はニヤリと笑う。
「ずっと町中の人に声かけてたよな?」
「なんか怪しいクラブでもやってんの?」
アリアナは瞬きをした。
スターは固まった。
少年はさらに手錠に目をやり、面白そうに言う。
「これ、何のマネ?」
アリアナはごくりと唾を飲み込む。
「えっと……色々あって、その……。」
「友達を探してる。」
スターが、不意に口を開いた。
アリアナすら驚いた。
少年は眉をひそめる。
「友達?」
アリアナは頷く。
「うん……本当の、友達を。」
三人は顔を見合わせた。
金髪の少女が肩をすくめる。
「まぁ……暇だし。」
少年は笑う。
「いいよ。お前らのゲーム、乗ってやる。」
スターの心臓が跳ねた。
これが……友達?
それとも、また罠だろうか──スターは胸の奥で疑った。
けれど、アリアナは微笑む。
「ありがとう。」
「今までで、君たちが初めて。」
少年は笑った。
「オレたち、ちょっと変わってんだよ。」
スターの手が鎖をぎゅっと握る。
信じられない気持ちだった。
けれど、彼は顔を上げた──ちゃんと、相手の顔を見た。
彼らはモンスターではなかった。
ただの、人間。
好奇心で集まった、普通の人間たち。
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夜の風は涼しく、静けさが街を包んでいた。
町の喧騒は遠く、わずかな物音だけが残っている。
スターは、目の前に立つ三人をじっと見つめる。
ぼさぼさ頭の少年、無愛想そうな金髪の少女、好奇心いっぱいの緑の瞳の少女。
アリアナは手錠ごしにスターと繋がれたまま、口を開いた。
「ねぇ……みんな、名前を教えてくれる?」
少年はにやりと笑った。
「オレはカイド。」
腕を組み直す。
「こっちはリラ、そっちはニア。」
金髪のリラは無表情で小さく頷いた。
「……ども。」
ニアは小さく微笑んだ。
「はじめまして……えっと、おふたりは?」
アリアナが答える。
「私はアリアナ。で、こっちがスター。」
カイドは首をかしげる。
「スター? 変わった名前だな。」
スターはわずかに体を強張らせる。
アリアナはカイドに睨みをきかせたが、スターは黙っていた。
心の中でぐるぐると思い巡らせていた。
これが……『友情』?
冗談を言われたり、茶化されたりするのが、そうなのか?
まだ答えは出ない。
「とにかく。」
アリアナが話を戻す。
「今、9人集めるっていう『遊び』をしてて……君たちが最初の3人なの。」
カイドは笑った。
「で、乗っかったら何か貰えるんか?」
スターはきょとんとした。
──賞品?
マスターは、報酬なんてくれなかった。
与えられたのは罰か、せいぜいカップ麺。
アリアナはくすくすと笑った。
「賞品は……『友情』だよ。」
カイドはスターを見て、アリアナを見て、手錠に目をやり──肩をすくめる。
「お前ら、変わってんな。」
けれど、その声には敵意はなかった。
ただ、少し楽しそうに響いていた。