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クラスカースト最上位のツンデレさんに改造された俺に翌日から青春が始まった!?

作者: 嵐山田

「ねぇ、あんた。ちょっと面貸してくんない?」


「へ?」


 その日、俺の人生は大きく変わった。


「あんたさ、背はそこそこあるしスタイルもいい。授業見てると頭もいいし運動もできるっぽいのに、その髪と猫背と暗い雰囲気が全部台無しにしてんのっ!」


 放課後の教室で、一人小説を読んでいた俺に、突然こんなことを言ってきた女がいた。


「……急に何?」


 目の前の矢峰やみねさん。クラスの中心にいる高嶺の花で、俺みたいな陰キャが話しかけられる存在ではない。

 その証左に授業以外で話すのはこれが初めてだ。

 いきなりこんなことを言われたら、頭が追いつかない。


「何って、だから!面貸せって言ってんの!耳ついてない?」


 当然耳はある。

 でも理解が追いついてないんだよ。


「面貸すって……どこに連れてくつもりだよ。悪いけど、金なんか持ってないぞ?」


 教室の空気はまだ温かい。窓の外で部活の声が響いている中、俺の心だけが慌ただしくなっていた。


「金?そんな見た目にも金をかけていないようなあんたから、金なんて取んないから!」


 なにおう!俺の小遣いは全額小説とゲームにつぎ込まれてるだけだ!


「じゃあ、ほんとに一体何で?」


「もう、面倒くさいなぁ!いいから来てっ!」


「お、おい!」


 こうして俺は矢峰さんに腕を引かれるまま、学校から連れ出された。


「まずはここ!」


 そう言って矢峰さんが最初に俺を連れて行ったのは美容室。

 俺が普段いくようなところとは違ってメインストリートに面した一等地に店を構えるいかにもなところだ。


「もう今更何がしたいかは聞かないけど、こういう所って一か月くらい前から予約がいるんじゃないの?」


 ここまで来れば、矢峰さんが何をしたいのかは大体察しが付く。

 きっと俺を改造して遊びたいんだろう。


「当たり前でしょ?だからもう予約済みだから」


 何を当たり前のことを、と言わんばかりの彼女は一切の躊躇いなくその美容室に入っていった。


「あら、円香まどかちゃんいらっしゃい。予約通りね」


 ooh……ほんとに予約済みだったのね。

 

「何してんの?早く入りなよ。由美さん、お願い」


「あらあら~、円香ちゃん。今日はずいぶん面白いお客さんを連れて来たのね~」


「別にそういうのじゃないですからっ!」


 ……俺を置いて話を進めないで欲しい。

 全然どういうことか分かってないんだけど……。

 

「いいじゃない、ちょっと茶化しただけよ。さ、席に座って。格好よくなりましょうね!」


 とりあえず、促されるままに椅子に座ったが、この全力おしゃれ空間にいる自分自身が、どうにも場違いに感じてしまって仕方がない。


「さてさて、そういえば名前を聞いてなかったわね。あなたは何くん?」


「あ、すみません。荒木鋼と言います。今日はほんと、いきなりすみません」


「ふふっ、いい子ね。気にしないで、円香ちゃんのお願いだし、円香ちゃんにはカットモデルとかでお世話になってるから!」


 へぇ、さすがはクラスカースト最上位につける矢峰さんだ。

 カットモデルが具体的にどういう基準で選ばれるのかは知らないけど、まあ外見的要素は間違いなく含まれるだろう。

 

「そうなんですね!えーっとじゃあ、お願いします?」


「任せてね!よ~し、じゃあ始めよっか!」


 今までに座ったどの椅子よりもふかふかなソファに身を包まれながら、鏡に映る自分を見た。

 鏡越しに観葉植物が置かれたカウンターなどが目に入る中、なぜかすごく真剣なまなざしでこちらを見ている矢峰さんが妙に気になった。


 ◇◇


「これでどうかしら?大分すっきりしたんじゃない?」


「は、はい。すごいですね……。自分でもびっくりするくらい印象が変わりました!ありがとうございます!」


 いや、本当にすごい。

 短く整えられ、前髪が軽く上げられている。これまで鬱陶しいとしか感じなかった髪型がまるで自分を一新してしまったみたいだ。

 自分をイケメンだと勘違いしそう……。

 さすがは一等地に店を構える美容室の美容師さんだ。


「喜んでもらえたようで良かったわ!円香ちゃんも、これでどうかしら?」


「ま、まあ……想像以上にかっこい――ンンッ!由美さんの手にかかれば誰だって……」


 矢峰さんが不意に視線を逸らす。

 その仕草にどこか照れが混じっているように感じるのは、俺の気のせいか?


「ふふっ、頑張ってね?」


「もうっ!違いますからねっ!」


 ?

 まあ、良い経験をさせてもらった。

 これで矢峰さんも満足しただろう。

 さて、本屋にでも寄って帰ろうかな。


 なんて考えていたのもつかの間、支払いを終えた矢峰さんが俺の腕をつかんだ。


「え?」


「さぁ、次行くよ」


「えぇ!?」


 ……どうやら、まだ帰れないみたいだ。

 不安と若干の期待が入り混じる中、普段は歩かない陽の道を俺たちは歩き出した。


 ◇◇◇


 矢峰さんに連れられて次にやって来たのは、これまたおしゃれな雑貨店だった。

 アクセサリーやハンカチ、靴下など小物類がいろいろ揃っている。


「えーっと?ここでは何を?」


「あんたの暗い雰囲気をちょっとでも明るくするのよ!こういう小物で全然変わるんだから!」


 そういうものなのか?

 そう言われて矢峰さんを見てみると、確かに無地だけどレースのついた靴下に派手すぎないネイル?をしている。

 ふむ、確かに気を使ってるのがうかがえるな。


「なるほど、でも俺何もわからないけど?」


 店内を見渡す。

 いくつか目に留まる物もあるが、やっぱりよくわからん。


「そんなこと分かってるわよ!だから選んであげるって言ってんの」


「おお、さすがは矢峰さん。男物も分かるんだ」


 ほんの冗談のつもりで言った言葉だった。

 だが、その言葉で急に矢峰さんの目つきが変わった。


「は?何その言い方。まるで私が男をとっかえひっかえしてるみたいに言って!そんなんじゃないからっ!」


「いや、そうじゃないって。ただほんとにすごいって思っただけだよ」


 そう言っても、変わらず不機嫌そうにしている矢峰さん。

 なんで急に怒ったんだ?

 

「はい、これとこれ。このくらいは自分で買って」


 そう言って、ワンポイントアクセントの入った黒い靴下と青いビーズがつながったブレスレットを手渡してくる。


「え、お金……」


「さっきの発言、これ買ったらチャラにしてあげる」


 チラッと値札を確認する。

 うん、本屋をあきらめれば買えなくもない。

 まあ俺のものだし、美容院代は普通に払ってもらっちゃったしな。


「分かったよ。……あーそうだ。何か一つくらいならさっきのお礼とお詫びもかねて俺が買うよ」


 普段は絶対に言わないだろうけど、髪を切ったことで自信がついたのか、そんな言葉が思わず口を出た。


「……は?……はぁ!?あ、荒木ごときが何言ってんの!?ちょっとさっぱりして私の想像通りイケメンが発掘されただけのくせして、そんな風にかっこつけちゃって!」


 また矢峰さんを怒らせてしまったみたいだ。

 でも今回はなんだか少し嬉しそう?にも見える。


「あはは……そうだよな。ごめん、ちょっとイキったわ。じゃあ、これ買ってくるな。選んでくれてありがとう!」


「ま、待ちなさいよ!」


 恥ずかしさを紛らわせようと、レジに向かおうとした俺の服の裾を矢峰さんが掴む。

 その体勢のまま矢峰さんはきょろきょろと辺りを見回した後、小さい髪留めを手に取り、控えめに俺へ渡してきた。

 

「じゃあ、これ……」


「え……」


「なによ!お礼してくれるんでしょ?」

 

 今度も照れが見える表情で言ってくる矢峰さん。

 ……何この子、ちょっとかわいいんですけど!?


「あ、ああ。わかった。これでいいんだな?」


「う、うん。それがいい」


「そうか。わかった。じゃあ、買ってくるから」


 一人でレジに向かいながら、改めて矢峰さんが渡してきた髪留めを見る。


「これ、俺が見てたやつだよな。もしかして……俺って小物を見る目ある!?」


 ◇


「はい、これ矢峰さんの」


 選んでもらった靴下とブレスレット、それに矢峰さんの髪留めを購入した後、店の外に出て別で包装してもらった髪留めを矢峰さんに渡した。


「あ、ありがと」


 大事そうにその髪留めを受け取ると、スクールバッグから小物入れを取り出してそこにしまう。

 

 やけに大切にしてくれるな……そんなに欲しかったのか。

 まあ、喜んでもらえたのならよかった。


 「きょ、今日は悪かったわね!これでいいわ。いい?明日はちゃんとその髪型にセットしてくるのよ?靴下とブレスレットも忘れないように!いいわね?」


「え、ああ、うん。うまくできるかは分からないけど、さっき教えてもらったしやってみるよ。なんだかよくわからないけど、今日はありがとう矢峰さん」


 俺がそう言うと、矢峰さんは少し顔を赤くしてフイっと明後日の方向を向いてしまう。

 

「……先」


「え?」


「髪のセット!詳しく教えてあげるから連絡先教えなさい!」


「……ああ、うん。どうぞ」


 終始よくわからなかったけど、なぜか連絡先まで交換してしまった。

 まあでも、髪型は気に入ったしありがたかったな。

 そんな気持ちを抱きながら、帰路に就いた。


◇◇◇


「え?あれ、荒木くん?」

「なんか、格好良くない?え、めっちゃアリなんですけど」

「確かに、ちょっとぼさぼさな感じだった髪が整ってる!」

「それに、袖口から見えてるあれ、ブレスレットかな?意外~でもいい感じだね」

「私、狙っちゃおうかな~」

「ちょっとあんた、そんなんだから男癖悪いって言われるのよ!」


 登校して教室に入るといつも通りの賑やかな話し声が耳に入ってくる。

 俺は陰キャだが、別に賑やかなのは嫌いじゃない。


「お、鋼。おはよ――う?」


 俺が席に着くと、手元のスマホを見たまま友人が挨拶をしてきた。


「おう!おはよ、正宗。昨日のイベフェス引いたか?俺めっちゃ爆死したよ……」


 正宗のスマホを覗き込むと俺もやっているソシャゲをプレイ中だった。


「いや、いやいやいや!そうじゃないだろ!いや、俺達ならその話が当たり前かもだけど、さすがにその変わりようはスルーできねぇよ!?」


 ?

 どうしたんだ正宗。

 いつもおかしいけど、今日はさらにおかしい気がする。


「なんだよ正宗。そんな化け物でも見たような顔しやがって。あ、もしかして歯に海苔ついてる?今日の朝は髪のセットに時間かかると思ったから、洗顔の時に一緒に磨いて飯食ったまま出てきちゃったんだよ」


 恥ずかしい恥ずかしい。

 急いでスマホの内カメラを起動して確認する。


「いや、違えって!なんか全体的に明るくなってないか?お前」


「ん?ああ、なんか昨日矢峰さんに色々連れ回されて、こうなった」


「はあぁ!?なんだよそのリア充イベント!」


「ん?ああ、確かにいい経験になったよ。矢峰さんには感謝しなきゃだな」


「なんだぁこいつ。リアル鈍感主人公でも気取ってんのか?」


 正宗の言っていることはよくわからないけど、まあいいや。

 コイツがよくわからないのはいつものことだし。


「なあ、正宗。今日なんかやけに視線を感じないか?」


「は?そりゃあお前……」


 正宗が何かを言いかけて止まった。


「荒木くんおはよー!髪切ったんだ!いいね!似合ってるよ」

「うんうん。ひなたの言う通り、よく似合ってる」


「え、ありがとう?それにおはよう光井さんに明地さん」


 これまた珍しい人たちに話しかけられてしまった。

 昨日の矢峰さんと同じレベルでクラスカースト最上位に位置する人気の二人だ。


「どうして急にイメチェンしたの?」

「あ、それ私も気になってた!」


 ああ、なるほどな。

 道理で視線を感じると思ったが、この髪型のせいか。

 確かに、陰キャをここまで変えてしまう美容院の情報は女子なら誰でも欲しいよな。


「ああ、昨日矢峰さんに大通りの美容院に連れて行ってもらってさ。ほらあそこだよ、あの一番目立つところにある……」


「え?円香ちゃん?」


 あれ?思っていた反応と違うぞ?

 美容院の情報に反応されるかと思ったけど矢峰さんの方か。


「ああ、そうなんだよ。なんか突然連れていかれてさ。あはは!矢峰さんも面白いことを考えるよね」


「……ねぇひなた。これって」

「そうだね絵理奈。でも……」

 

「「黙ってた方が面白そう!」」


 ?よくわからないけど二人が楽しそうだし、いいか。

 いやぁ、朝から眼福だなぁ~。


 そんなことを考えていると光井さんと明地さんの友人らしき女子がさらに2人3人と集まってきて、いつの間にか俺は女子に囲まれてしまっていた。

 正宗の奴は気が付いたらいなくなっていた。


 ◇◇


「ああ、これってそう言うことなんだ。前から思ってたけど荒木くんって勉強できるよね」

「それな~、テスト順位もいつも上の方にいるイメージあるわ~」

 

 女子に囲まれた俺は一限の授業の課題を解説していた。


「勉強は面倒だけど、分からないよりは分かる方がいいかなって思って続けるようにしたらできるようになってたよ」


「うへぇ、すごいね。私は全然だめだ~」

「確かにひなたのテストはいつも散々だよね」

「ちょ、ちょっとー!そう言うことは言わない約束でしょ?」

「言わなくてもみんな知ってるって!」


 あはははは!と賑やかな笑い声に包まれる。

 なんか俺、青春してるわ。

 よくわかんないけど、ありがとう!矢峰さん!


 そんな風に心の内で矢峰さんに感謝を伝えていると、突然教室の温度が下がるような感覚を覚えた。

 まるで空気が凍り付いてしまったかのような静寂が訪れる。


 静寂の中、バンっとすごい音を立てて、入口の扉が閉じられる。

 教室中の視線は入口へ集まった。


「あ、あちゃ~。これはちょっとまずいかも?」

「何言ってんのひなた!ここからでしょ!」


 やらかしたという顔の光井さんとなぜか楽しげな明地さん。

 なんだなんだと俺も入口の方を見ると、そこには矢峰さんが立っていた。

 それも怒り心頭と言ったご様子で……。


 矢峰さんは俺の周りの女子を一瞥すると、まっすぐ俺に向かって歩いてくる。


「おはよう、荒木。朝からいいご身分ね?」


 その声には、冷たさとどこか感情を抑え込んだ震えが混ざっている。

 

「え?ああ、おはよう。矢峰さんのおかげでね。ありがとう!」


 どうしたんだろう?でも、お礼なら言われて気分の悪い物じゃないよな!


「うわぁぁぁ絵理奈、あれ見てよ」

「ふふふ、面白くなってきたね!」

 

「あ、矢峰さんそれ」


 理由は不明だが、どう見ても不機嫌な矢峰さんとニヤニヤする女子たちを不思議に思いながらも、矢峰さんの髪に見覚えのある飾りがついているのが目に留まった。


「つけてくれてるんだ。別に俺が選んだわけじゃないけど嬉しいよ!」


「なっ……はぁ!?そんな……ばっ、ばっかじゃないの!」


 そう言うとゆでだこのように顔を真っ赤にした矢峰さんが、もう授業5分前だというのに教室を出て行ってしまった。


「……荒木ってすごいね」

「鈍感系主人公とついついツンツンしちゃう系美人ヒロインのラブだね!ああ!さいっこう!!」

「ちょっと、絵理奈抑えて抑えて!素が出ちゃってるよ!」


 ?明地さん、なんか息が上がってるけどどうしたんだろう?


 ◇◇◇


 教室を飛び出した私は、さっきと同じように扉を閉めたあと授業前で誰もいない廊下で独り言ちる。

 

「はあ……はあ……私が変えたのに……何よっ!チヤホヤされちゃって。それにあいつも満更でもなさそうに……!」


 でも――


「……気づいてくれたのは、ちょっと嬉しかったかも」


 さりげなく付けた髪留めに手を触れる。

 あいつが、荒木が買ってくれた髪留め。

 なんだか暖かく感じる。


 そうよ、矢峰円香。ちょっと荒木がモテ始めたからって何?

 あいつをああしたのは私。

 だから大丈夫、こうなる事だって想定のうちだし。


 一度深呼吸をする。

 朝の冷たく澄んだ空気が胸いっぱいに広がって、さっきまでのイライラが嘘みたいに無くなった。


「大丈夫、大丈夫」


 自分に言い聞かせるように繰り返す。


「でも、もし……」


 授業開始のチャイムが鳴る。


「おーい矢峰!授業始めるぞ〜教室に入れ〜」


「は、はい!すみません!」

 

 一限の数学担当の教師に呼ばれ、私は教室に戻った。

 

◇◇◇


 「おしゃれになった荒木くんって、普段より話しやすいね!」


 そんな声が聞えてくる。

 今日は一日中荒木の周りに人がいる。

 それも女子ばかり。


「面白くない……」


 そりゃ、私だって分かってる。

 ああなったのは自分のせいだってことは。

 でも、それでも……。


 今も女子達に囲まれて満更でもなさそうにしている荒木を見る。


「それとこれは別問題!」


 ……とか、考えてるんだろうなぁ~。

 今日一日、友人の鋼が急にモテ始めたせいで久しぶりのぼっち状態になった正宗は噂の渦中のもう一人、矢峰さんを観察していた。


 ちょっとちょっかいかけてみるか。


「おーい、矢峰さん」


「……なに?」


 おーおー、苛立ちが隠しきれてないねぇ。


「いいの?あれ。ほら、今だって」


 そう言って正宗が指をさす先には、スティック状のお菓子をまるで餌付けでもされるかのように食べさせられている鋼が居た。


「べ、べつに!好きにしたらいいんじゃない?」


「ふーん、まあ矢峰さんがそれでいいならいいけどね。ま、あいつのことで何かあればいつでも相談に乗るからさ。じゃ!」


 言うだけ言って、さっさと教室を出ていく正宗。


「なんなのよ……別に私は荒木のことなんて……」


 もう一度荒木の方を見る。

 いまだ相変わらず女子達が――ってあの子さすがに近すぎじゃない!?

 何ちゃっかり椅子半分ずつにして座っちゃってんの!?

 あぁ!あの子はまた餌付けしてる……!


 というか、なんで荒木はあそこまでされるがままなのよ!

 

 「私が変えたのに……」


 これ以上、ちやほやされている荒木を見ていたくなくて、私はさっさと荷物をまとめると教室を飛び出した。


 ◇

 

「あ、矢峰さん……」


 もう少しちゃんと昨日のお礼を伝えようと思った俺は、女子から解放されるとすぐに矢峰さんのところに行こうとした。

 でも、どうやらタイミングが悪かったようで、ちょうど教室から出て行ってしまった。

 

 「あれ?これって……」


 矢峰さんの席の机の下に、夕日に反射して微かに光る何かが見えた。


「やっぱり、昨日の髪留めだ。落としちゃったのかな?さっき出ていったばっかりだったし、お礼ついでに届けるか」


 俺は矢峰さんの後を追って教室を出た。


「ちょっとひなた!今の見た?」

「見たよ、見たけどさぁ……さすがに後をつけるのは……」

「いや、偶々道が同じだけだよ!」

「はぁ……本当に絵理奈は……」


 ◇


「はぁ、何やってるんだろ私……」


 学校からそう遠くない公園のベンチでひとり呟く。


 当初の計画では、色々と整えてあげた荒木が私に感謝して、なんだかんだ仲良くなってそれから……。


「って、ば、バカじゃないの!そんなまるで私が荒木のこと……」


 うぅ……なんだか情けなくて涙が出てくる。

 でも、もう認める。

 今日一日、いや、もっと前から私は荒木のことばっかり考えていた。

 どんな髪型が似合うかとか、どんな恰好をしたらかっこいいかとか……もう、いきなりあいつを連れ出して無理やり改造計画を決行してしまうくらいには脳内を荒木に占拠されている。


「そうよ、好き。好きなの。悪い?……ってほんとに一人で何してんだろ?」


 はぁ、吐き出したら少し楽になったかも。

 もう帰ろ、そう思って公園を出ようとすると、何故かあいつの声が聞えた。


「おーい、矢峰さーん!」


「は?え?なんで?」


 その声に振り返ると、間違いなく荒木鋼その人が走ってこっちに向かっていた。


「はぁはぁ……よかったまだ近くに居て」


「な、なによ!というかあんた家こっちじゃないでしょ?」


「ああ、そうじゃなくてさ。はい、これ。矢峰さんの机の下に落ちてたから届けようと思って」


 そう言って、昨日の髪留めを私に握らせてくる。

 まるで、もう落とすなとでも言わんばかりに。


「なぁっ!?え?私、落としてた?」


 荒木に手を握られて変な声が出そうになったけど何とかこらえる。


「うん落ちてたよ。似合ってたからまたつけて欲しいって思って届けに来た」


 ――っ!?!?

 コクリと頷き平然とそんなことを言う荒木。

 ほんっとに……こいつ!こいつ!!!


「そ、そう。ありがと」


「おう!じゃあ、それだけだから。また明日ね!」


 え、ようやく二人で話せたのにもう行っちゃうの?

 そんな気持ちが私の中に芽生える。


「ま、待って!」


「ん?」


「な、なんで、あんなに女子と仲良くしてるの?」


 違う、こんなこと言いたいわけじゃないのに。


「え?俺はみんなと普通に接してるだけだけど……」


 案の定、荒木は驚いた顔をしている。

 でも、一度吐き出し始めた不満は止まらなかった。


「朝から女子達に囲まれちゃって!それも光井さんとか明地さんとか人気なかわいい子ばっかり!」


「え?」


「放課後もお菓子食べさせられたり、仲良く一緒の椅子に座っちゃったりして!あんたを変えたのは私なのに!なんで私よりあの子たちなの!!」


 ああ、こんなこと言いたくなかったのに。

 最悪だ。


「えっと……ごめん?矢峰さん。確かに矢峰さんへの感謝が足りてなかったかも――」


 この期に及んでこの男は!


「だから、違うわよ!私を優先、いや、私だけを見て欲しいって言う私のわがまま!もうっ!私は何をさせられてんのよっ」


 どういうことだ?

 俺はただ、髪留めを渡しに来ただけだってのに……。

 こんな展開、ラブコメでしか知らないぞ。

 でも、矢峰さんの気持は分かった。

 どうも、好意を持ってくれてるみたいだ。

 それなら――

 

「ごめん」


「――っ!」


「俺、全然気が付いてなくて。でも俺も矢峰さんのこと大事だと思ってる。昨日はよくわからないまま連れ出されたけど楽しかったし、なんだか俺の周りが一変したしさ」


「……」


 俺の話を無言で聞く矢峰さん。


「俺はまだよくわからないけど、矢峰さんは他の人より特別に思ってる。今はこれでいいかな?」


 まさか、自分の口からこんなセリフが出ようとは。

 ほんと、髪型一つで人は変わるんだな。

 そんなことを考えながら、矢峰さんの反応を待つ。

 

「……わかった、いいよ。今はそれで」


「そっか、ありがとう矢峰さん!じゃあ、今度こそまた明日!」


「最後に!」


「……?」


「明日から、いややっぱ今から、私のこと名前で呼んで!鋼!」


 !


「わかったよ円香さん」


 軽く笑って見せる鋼の顔は放課後の夕日に照らされて、すごく眩しかった。


 ◇◇◇


「うっす、鋼。今日もその髪なんだな」


 翌日も一番に俺に話しかけてきたのは正宗だった。


「うっす、正宗。ああ、せっかく切ったからな」


 今日も女子達が集まって来るけど、昨日ほどの動揺も胸の高鳴りもない。

 人間の慣れってのは凄いものだ。

 すると、昨日は俺の周りに居なかった彼女がゆっくりとこちらに向かってくる。

 

「おはよ、鋼」


「ああ、おはよう。円香さん」


 どうしてだろう。

 彼女の名前を呼ぶのはもう二回目なのに、こちらはなぜか胸の高鳴りが止まらなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


ラブコメ短編でした!

あまり書かないキャラだったのですが、鈍感系主人公というものを書いてみました!

長編化しようか悩んでいる作品ですので、もし少しでも面白い、続きが読みたいと思っていただけたら、☆☆☆☆☆評価やブクマ、感想等で応援してくれると嬉しいです!


また、現在連載中の作品「引退勇者のセカンドライフ」もぜひよろしくお願いします!

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