第7話 談話室
演習を終え、足取り重く寮の談話室に向かう新人たち。カズマの肩は落ち、エリオットは額に汗をにじませている。ハビエルは無造作にタオルで顔を拭き、東山は淡々と水を飲んでいた。
そこへ新人ではない誰かがゆったりと現れ、にこやかに声をかける。
「おいおい、こんなんでバテてたらこの先持たないぞ」
一瞬の緊張をほぐすかのようなその言葉に、4人の顔にわずかな笑みが戻る。
「うるさいですよ、レイはんちょ」
ハビエルは椅子に座りながら声のする方を振り向くことなく不貞腐れたように返事をする。
「相変わらず上官に対する態度とは思えないねぇ」
その声の主――レイ班長。正式な名はレイ・セレスティーヌ=ミラフォリア。第3部隊7班の班長で新人教育担当。純血な人である。政府軍では珍しく50歳は過ぎた年長。
由緒正しい貴族でも通じそうな麗しい名だが、髪はぼさぼさ、髭もちらほらまばらに剃り残っている、制服の上着は開けっぱなし、口調も適当で肩肘張らない。所謂、街の中で普通に見かけるおじさんである。ハビエルの失礼な態度にも気にした様子はなく、軽く流すような笑みを浮かべたまま、隣の席へ腰を下ろす。
「なんすか、わざわざここに来るなんて」ハビエルは隣に座ったレイを横目に映す。
「ちょっと聞きたいことがあってな。なあ、みんな。入隊した理由ってなんだ?」
レイの問いかけに、それぞれが顔を一瞬見合わせいちばん近くにいるハビエルから答えていく。
ハビエルは肩をすくめ、軽く笑いながら言う。
「かっこいいから」
これは去年も同様で、レイは「はいはい、それは去年も聞いた」と軽くあしらう。
東山は黙ってしばらく考え込んだあと、静かに言った。
「……国のためです」
レイが「ほう」とだけ返し、続けて少し間を置いてから尋ねる。
「……他には?」
東山は目を逸らし、少し息を吐く。
「ありません、これ以上でもこれ以下でも」
レイはやっぱりねって感じで肩をすくめる。これも去年同様、何度訪ねても同じことしか東山は言わない。レイは信用されてないのか、本当にないのか、それともかなり言い難いことなのか、分からないでいる。レイは諦めて新人2人に視点をずらす。
カズマが先に口を開く。
「俺は給料がいいし、待遇もその辺の企業に比べたらずっといいからです。それから強いていうならあと、軍人って響きですね。身内も鼻が高い事でしょうから」
レイは黙って聞いたあと「俺もそうだった、大方皆んなそんなもんだよ」と笑顔を浮かべる。
そしてエリオットは少し口ごもりながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「家に居るのが嫌で、僕は次男なんです。両親は優秀な長男をひいきしていて、僕には辛く当たってくるんです。なので家を出る為と……少しでも両親が喜んでくれればと思って来たんです。」
エリオットはなるべく暗くならないようにと笑ってみせるが、あまり効果はなく場の雰囲気が暗くなる。
するとカズマが「軍人になるなんて皆んなそんなんだろ、俺はクロノス出身でたまたま恵まれてるだけで、地上から来たやつだって沢山いるんだし。」あっけからんと話す。
政府軍、天空都市防衛のために創設されているとはいうものの、実際に天空都市から軍人になる人間は僅かひと握り。ほとんどの者が地上出身者で、訳ありの隊員が多いのも事実。
「え、 カズマってクロノス出身なのか?」
驚いて目を見開いたのは東山である。
「そうだけど」って驚いた東山に驚くカズマ。
「まさか、そっち側の人間だったとはね……しかも二等兵」
物珍しそうに食いつく東山に困惑するカズマ、それもそのはず。カズマの言うクロノスは天空都市の中でも古参衆、特に原来より天空都市に住まう人々が多く集まる街になっている。天空都市の中でも秀でており、一目置かれる街である。
そんな出自であれば大概1番下っ端の二等兵からと言うのはかなり珍しく、士官学校へ入校するもが多い。
「みんな、そう言うよな。俺出自だけ立派だけど別に頭は悪いし強い訳でもないから、まあ推薦を取れる訳でもなく、一般校しか入れなかったんだよ」とカズマはやや不貞腐れたように東山に言う。
その後、カズマは興味を持たれた東山にあれこれ聞かれる羽目になった。
「そう言えば、どうして入隊理由なんて聞きに来たんですか?」
エリオットはカズマと東山の会話は大概に、突如現れたレイに最初から思っていた疑問を訪ねた。
「入隊時の書類見れば書いてあるはずじゃ」
訓練校の卒業の際、確か入隊書類を提出する時に書いた記憶のあったエリオットは、わざわざ訪れたレイを不思議に思っていたのだ。
「ん?そりゃ、あれは皆んな建前だろ?」
レイはそれくらい知ってるって顔でエリオットを見る。
「あれは入隊試験に落ちないために皆んなそれなりに書いてるだけで、本心なんてないだろう?俺は別に昇格したいと思ってるやつの背中はちゃんと押すつもりだけど、しばらく勤めて辞めたいって言うやつを引き止める気はねぇからな」と意味ありげに笑う。
「はあ……」
エリオットは納得したようなしないようなそんな気持ちで頷いた。
「ああ、そうだ。じゃあ折角、俺が今まで見てきた新人の意見を聞かせてやるよ」
レイはふと思い出すように呟いた。これはエリオットに言ったと言うよりは、4人に向けて零した形である。興味ないって顔してたハビエルも少しだけレイに向き、外野で街に関して問い詰め問い詰められていた東山とカズマも向き直る。
「今までな、いろんな理由を聞いたぜ。中でも本気で何かを守るんだ、とか平和を願って入ってきあやつも結構いたんだ。志が高いから本当にびっくりしたんだが……そう言うやつに限って皆んな死んでいくんだよ」
レイは遠くを見ながら、自分より若く、早く死んでいった者達を思い出していく。
「別に昇格して、頑張って、他人のために命を削るのを俺は悪いとも思わないし良いとも思っちゃいない。けどな、それで何かが変わったかと言われたら……別に何も変わっちゃいないんだよな」
人が、いや下級兵一人が死んだところで軍という大きな塊は大した影響はない。レイはその現実を現場で実態している一人なのだ。毎年のように亡くなる人間は後を経たない。そしていなくれば増員すればいい、という流れ。誰にも変えられない大きな流れである。
「お偉いさんも分かっているとは思うんだけどな、こればっかはいっくら俺が嘆いたとて変わらないからな……」
レイは愚痴のような何かをこぼす。年長で残ったものの悩み。
「ってな暗い話は置いておいて……こっからはい俺の自慢話」
レイはしんみりする空気に、手のひらをパンッと合わせると今までの表情と打って変わってニヤリと口角を上げてみせる。
「俺が班長になって今まで1番凄かったやつ、教えてやるよ。ああ、ただしこれはこの班以外で口外すんなよ」