第6話 4人部屋
演習を終えた夕刻、カズマたち新人は東棟の寮室に戻ってきた。新人は基本4人部屋で壁付けのクローゼットに各自の机と椅子、2段ベッドが2台ある。やや窮屈ではあるが休むにはなんら問題のない空間である。
「はー、緊張した」
部屋に入った瞬間ため息混じりに口を開いたのはエリオットだった。崩れ落ちるように入口で突っ伏す。その隣をカズマが避けて通る。ブーツの紐を緩める音、シャツの汗を払う音がバラバラに響く中、部屋の空気は少し重たい。学生時代の理不尽な叱責や嫌な空気はないにしても、緊張感や演習の過酷さは全然違っている。
「……今日は基礎の体力トレーニングはいいけど、司令室行ったからなぁ」
カズマは未だ入口で突っ伏しているエリオットを横目に、制服を無造作に床に投げながら座り込む。
「あの空間だけ異様だったなぁ……どこ見ていいかもわかんなかったし」エリオットがゆっくり立ち上がる。
「お前らヘロヘロすぎんだよ、ったくよー。」
上段のベッドからハビエルが顔を出してくる。タオルを肩にかけ、ニヤッと笑う。
同室のハビエル・サントスはカズマとエリオットからするとひとつ年上の先輩である。先輩と言っても階級社会の軍では同じ二等兵なので実際は先輩とは言い難い。いつも軽いノリで悪ふざけが好き、上司も関わるのが面倒だと小耳に挟んだことがある。1年先にいるにも関わらず実践入をしてないところを見るに落第生であることは間違いない。だが本人から希望がない限りよっぽどここでは首にはされない、なんせ人不足であるから。
「……みんな、君と違って空気が読めてちゃんとしてるんだよ」
ふと、部屋の済の机で報告書を書く東山が口を開く。
東山 透、彼もハビエル同様1年先にいる先輩という名の同僚。表情の変化が乏しく冷静であまり関わろうとは思われないタイプ。彼はハビエルとは違い、勤勉で物静か。去年の演習中の事故で怪我を負った兼ね合いで実践入はまだ。だが、怪我さえ負ってなければ順調に一等兵に上がれるだけの成績は残している。
「お前はいちいちうるせぇんだよ」
「……」
ハビエルはすました顔の東山が気に入らず言い返すも、東山は相手にせず反論なし。
上官が東山を見習ってこいと同室にされたハビエル、ハビエルはこんないけ好かないのはごめんだと同室にした意味はなさそうである。東山はと言うと何も気にしていない、が正解である。
「まあまあ、2人ともそれくらいで」
崩れそうな空気に割って入ったのはエリオットだった。
どこか呆れたように、けれど止める気はしっかりとあって、ハビエルと東山の間に手を出す。
「はいはい、喧嘩すんなよ。部屋割り変更されるの、めっちゃ面倒くさいから」
冗談めかして笑ってみせるエリオットに、ハビエルは「チッ」と舌打ちしてタオルを枕にぶん投げて戻っていった。
「……部屋の空気を壊して悪かった」
東山は静かにそう呟き、視線をノートに戻す。
カズマはその様子を見ていて、ふと別の話題を投げた。
「それにしても……上の人たちの顔って、演習のときは豆粒で全然見えなかったけど――いざ、目の前に立たれると怖いよなぁ」
思い出したように肩をすくめながら、ぽつりとこぼす。
「懐かしいな……俺も去年同じような話をした」
それに応じたのは、意外にも東山だった。
顔を上げず、ページをめくる手を止めることもなく。
「……なんて言うか、あの二人って純粋な人間なんだよな。あれだけ強くて賢い他人種がいっぱいいる中で」
「そうみたいだね、まあ、サフ副総司令は純粋って言っていいのかちょっと謎ではあるけど」
「そうなの?」
エリオットは手首の端末をいじり、プロフィール欄を見ながらカズマと話す。サフ副総司令官ーーー地上和国出身、天空都市と和国の国交条約により5年前に入隊。カズマはつらつらと書かれる画面をスクロールする。
「……軍事実験」
エリオットは画面に書かれる文字をふと口に出してしまった。それに反応したのは東山。
「噂だからどこまで正しいかは知らないけど、サフ副総司令の黒色化は元々じゃなくて入隊前に移植されたものらしい……それも本人希望と言うよりは国にほぼ指名されて、家族を人質にされたかなんかで本人が拒否する意志を奪ったって話らしい……」
「……実験」
東山の話で部屋の空気が重たくなる。エリオットとカズマが黙って聞く中東山は話を続ける。
「ただの下っ端だから、俺もそんなに詳しくは無いけど。大怪我した兵士の中には怪我の前よりかなり強くなって戻ってくるって話もあるらしい……」
「それは本人希望で?」恐る恐るエリオットが訪ねる。
「多分、それはそうだと思うけど良くは知らない。人体改造については禁止になっているらしいけど……それが実際本当に反映されているのかどうかは知らない」
意味深い言い方をする東山とどことなく不安に駆られるカズマとエリオット。まだ入隊して1ヶ月ほどしか過ぎていない彼らはその情報が正しいか間違いかの選別はできない。
「……変なこと言い出して悪かった、明日も早いから頑張ろうな」
東山は報告書を端末でスキャンすると送信し、重くなった空気を断ち切るために立ち上がり、2人に謝った。カズマも「そうだな、こんな事話してても俺にはわっかんねぇ」と言い、自分のベッドへ上がっていく。東山の言い方がなんとなく引っかかるエリオットであったが、ここはあまり踏み込んだら良くないんだろうなと感じて、話を割ることはしなかった。