第4話 副総司令官
午前中の訓練を終えた新人隊員たちは、上司の指示で第7演習場へと足を運んでいた。
ここは主に重火器を扱うための専用演習場で、中〜遠距離の戦闘を得意とする隊員たちが訓練を行う場所だ。今日集められたのは、配属前の新入隊員たち。訓練ではなく、重火器に関する説明を受けるためである。天空都市本部で使われている装備は、地上部隊や訓練校で扱うものとは仕様が異なる。使用権限や注意点を知るための、大事な導入だ。
「整列、休め」
上司の短い声が静かな演習場に響く。訓練場とは思えないほど落ち着いた空気。だが新人たちは、初めて足を踏み入れたこの演習場の様子に目を輝かせていた。
厚い装甲の建物、荒々しく置かれた障害物、実弾の使用を思わせる破損痕——整然と整備された他の訓練場とは異なる無骨な雰囲気に、無言で心を躍らせている。
「それでは今回、ここ第7演習場の施設責任者、並びに重火器権限長である——ベゼル・ブラギス=ノルヴァーク副総司令官より説明があります」
上司が名を呼ぶと、裏手の建物から現れたのは、黒のタンクトップに迷彩ズボン、装備用のベルトを何本も身に着けた大柄の男だった。歩くたび、金属のギミックがジャラジャラと音を立てる。
「おお、揃ってるな。紹介ありがとな。俺はベゼル・ブラギス=ノルヴァーク。長ったらしい名前だ、好きに呼んでくれ」
荒っぽい口調。だがその声はよく通り、全員の耳をしっかりと打つ。上官としての“品”はないが、鍛え上げられた巨体と鋭い眼差しには、誰もが一目で圧倒される。
ベゼルは、純粋な人間とは言えないが、人間に限りなく近い人種だ。この肉体をここまで仕上げるには、並ならぬ努力があったことは一目で分かる。その姿に、新人の中には思わず背筋を伸ばす者もいた。
実際、カズマやエリオットも彼の話を聞けるとあって、密かに楽しみにしていたのだ。
演習場の予備室には、大小様々な重火器と弾倉、特殊設備が整然と並ぶ。ベゼルはそれらを指し示しながら、基本的な構造や仕組みについて淡々と語っていく。
実際に触れる機会がある新人はほとんどいない。それでも、自分たち以外の部隊が何を扱っているのか、大まかに知っておくことは重要だ。
今回の目的は、兵器の知識だけではない。滅多に顔を合わせることのない、他部隊の責任者——つまりベゼルという“上官”を知ることでもあった。
元々は初回演習として挨拶程度で終わるはずの行事。しかし、それが恒例化されたのは、現総司令官カミスの方針によるものだった。
「じゃあ、俺からの説明はこんなもんだ。じゃあお疲れ」
演習場をぐるっと回ると適当な挨拶とともにベゼルが背を向けていく。新人隊員を連れた上司が慌てて「整列、ベゼル副総司令官に敬礼」と命をくだす間に行ってしまった。
敬礼が空振りに終わった空気の中、それぞれに解散が告げられ、新人たちはバラバラに散っていく。
「……なあエリオット。あれ、最後絶対こっちの挨拶聞いてなかったよな」
そう言いながら、カズマが口の端をわずかに上げて苦笑する。
「うん。あれは、たぶん聞いてないっていうかそういうの嫌いなんだろうね。最初から最後まで、らしいっていうか」
エリオットは頷きながら、手帳にベゼルの名前と演習場の設備を書き込んでいた。几帳面さがにじむ小さな動作だ。
「でも、ちょっと憧れるな……あの鍛え方、普通じゃねぇよ」
「うん。あと、声の通りがすごかった。」
二人は軽く言葉を交わしながら、寮舎へと続く道を歩いていく。演習場の空気から離れた途端、緊張の糸がゆっくりとほどけていくのがわかった。
道すがら、他の新人たちも同じように小さなグループで感想を話している。中には「怖かった」「あれが副総司令ってマジかよ」と言っている者もいたが、どこか満足げな顔が多かった。
「あの人に怒鳴られたら多分、3日くらい耳鳴り止まらなさそうだよね」
「俺は……5日だな」
そんな他愛もない会話を交わしながら、カズマとエリオットは寮の建物の前にたどり着いた。思えば、こんな風に誰かと他愛もない話をする時間も、今はまだ貴重なのかもしれない。