第2話 演習終了
演習終了後30分
すでに全隊が司令本部前の演説広場に整列を終えていた。乾いた風が静かに吹き、兵士たちの影を僅かに揺らす。
「演習、終了を確認。全体、整列良し」
報告の声が響き渡り、周囲は静寂に包まれた。
広場の奥、白と金を基調とした祭壇のような演壇に、政府軍の上層部たちがずらりと並ぶ。制服の色も階級章もさまざまだが、皆、政府軍の中枢を担う重鎮たちだ。
それぞれが形式通りの挨拶を終えていく。内容はどれも代わり映えのしないものだった。
「演習ご苦労だった」「今後の成長に期待している」「気を引き締めて任務にあたれ」
誰もが無難な言葉を並べ、淡々とその場をこなしていく。
やがて、その中から一人の男が前に出る。
白い軍服、肩章に並ぶ四つの星。正装の左胸に羅列する数々の勲章。
身長150cm程度、華奢な体つき。
総司令官・カミス・ルラーナ。
堂々と前に立ったその姿は、他の高官と比べても明らかに異質だった。
その場に居る全員がその違和感を理解していたが、誰も口に出すことはできない。
カミスは一歩前に出て、足を止める。
そして、静かに口を開いた。
「我々が守るものはこの天空都市の市民、地上に住まう民間人。相手を討伐することが目的ではない。敵味方双方、最小限の犠牲の元、任務を遂行する。そして――自分の身は自分で守れ。できないなら辞めてくれて結構。使えないやつは容赦なく首だ、訓練校と同じと思うな、死人を増やすために来たなら迷惑だーー以上」
――ざわり、と空気が震えるような緊張が走る。
その語気は決して大声ではなかった。だが鋭く、冷たく、淡々とした言葉が兵士たちの胸を貫く。
何人かの新人隊員は、その言葉の意味を測りかねるように一瞬まばたきをした。
だが口を開く者はいない。整列中は私語厳禁。どんな疑問も、反論も、胸に押し込むしかない。
(チビのくせに……何様だよ)
(見た目ガキのくせにえらそうに……)
(でしゃばってんな、あれが総司令?)
(あいつが俺たちのトップだって? 冗談だろ)
だが誰もが口には出せない。
冷静に、理路整然と放たれたあの一言の重さが、無言の圧力として広場全体を支配していた。
やがてカミスは演壇から降りる。
その姿を追うように、上層部は敬礼をしたのち静かに総司令に続く。演説は終了となった。
その後、解散命令が下され、隊員たちは再び指示された部隊ごとに分かれて移動を開始する。
その場には、言いようのない緊張と、妙なざわめきが残ったままだった。
__PM6時:更衣室
演説広場での整列を終えた新人たちは、規定に従って各自のロッカーへ向かった。
政府軍本部・東棟2階、人間専用区画、兵士クラス専用更衣室。無機質な白光灯が天井から光を落とす中、カズマとエリオットは正装を脱ぎ、施設内用のラフな制服に袖を通していた。
軍服のボタンを乱暴に外しながら、カズマがぽつりと口を開く。
「……なあ、あんな演習ほんとに必要か? 型にハマりすぎてて意味ねーだろ、あれじゃ」
「型にハマってるのは“上の”都合でしょ。たぶん……軍のメンツとか」
エリオットは冷静に返すが、着替えの手はどこか緩慢だった。
着替え終えたカズマはロッカーの上段に置かれた黒い樹脂製の保護ケースを開いた。中には細い金属の黒い輪――新型の個人端末が入っている。
エリオットもそれに目を留めた。「それ、今日から配られてる個人端末?」
「らしいな、ほら、手首にこう……」
カズマがそれを左手首に巻くと、ピッという音と共にバンドが自動で収縮し、腕にぴったりとフィットした。
「おお……すげぇ。自動調整ってやつか」カズマは手首を返したり動かしたりして、機器を確認する。エリオットは中に入っている説明書を取り出した。
「人種問わず装着可能だってさ。巨人でも、爬虫人でも、何本腕があっても対応する仕様らしい。現在地や体温や脈拍とかも勝手に同期される」
その言葉通り、バンドからはうっすらと空中にホログラフィックのインターフェースが浮かび上がっていた。物理的なディスプレイは存在しないが、指を滑らせるように動かすことで、個人ID、任務コード、ドアの鍵、体調データなどが確認できる。
「これ一つで無線もできるって言ってたな。中隊内、班内、それに本部とも直接繋がる……と言っても僕らの権限は中隊内までだけど」エリオットはディスプレイを器用に操作していく。
「全部これに集約かよ。落としたらヤバくね?」
「強度は最高レベルらしいよ。戦場で爆発に巻き込まれても壊れないとか。……まあ、失くすとしたら腕がもげた時かな、壊れるより先に人間の方が死ぬだろうけど」
エリオットの言葉に、カズマは苦笑いを浮かべた。
「爆死してこれだけ残ってるとか考えたら……ちょっと間抜けだな」
しばし沈黙が落ちたあと、カズマがポツリと呟いた。
「つーかさ、あのチビ……いや、あの“総司令様”。口がでかいっつーか、よくあそこまで言えるよな。図体はちいせぇくせに……マジで。こっちは汗と泥で死にかけてんのに、あっちは白い軍服に勲章ジャラジャラだぜ。あんなのに何が分かるんだか」
「……まあ、でも、言ってたこと自体は正しいっちゃ正しい。“自分の身は自分で守れ”死体を増やすために軍があるんじゃないって……正論」
エリオットは自分の腕についたバンドをじっと見つめた。淡く光るホログラムが、まるでその言葉をなぞるかのように静かに明滅していた。
「使えないやつは容赦なく首……か。怖い上司だね、ほんと」
「こっちは首飛ばされる前に、何とか結果出さねーとな……あ、そういえばこれで総司令様のプロフィールも確認できるぜ」