第1話 政府軍総司令官カミス・ルラーナ
ーーー25年後
乾いた地面を叩く規則的な足音。
繰り返す機械の起動音。
遠くから響く、低く唸るようなサイレンーー。
軽然と動く兵士たちの列。全てが予定通り、精密に構成された演習。
その中を、白い軍服の男が歩く。
背は高くない。体格も華奢で、どこか子どもじみたシルエット。
頭には白い猫の耳がぴんと立ち、緊迫した演習とは似ても似つかない存在が堂々としていた。
その姿だけを見れば、指揮官には到底見えない。
だがその周囲の空気は、他の誰とも違っていた。
兵士たちは彼の視線一つで動きを止め、命令を待つ。
「....誤差、0.3秒。後衛の補正を指示」
少年のような声。でもその語尾は鋭く、容赦がなかった。
政府軍本部第一屋外演習場。澄み渡った空に障害物ひとつない広大な平地、約六千人の部隊で構成された本部地上部隊特別合同軍事演習が行われている。この演習は年に一度開かれる新入隊員に向けた総司令官が直々に指示をとる軍事演習である。内容は規定通りの決まった動き、教科書そのものを反映したようなただの団体行動。この演習には演習という名目で、上官の挨拶や顔見せが主な目的となっている。
現部隊に指示を仰ぐ青年、政府軍総司令官・カミス・ルラーナ。
政府軍の全ての権利を持ち、自在に動かすこの男は総司令という肩書きだけでなく、現役にして政府軍最強。
その見た目の所為で勘違いされがちだが決して幼くもなければ、貧弱でもない数々の功績を残す軍きってのエリート戦士である。
「演習再開。第七部隊、再試行開始」
乾いた砂地を歩く歩兵と鈍く進む軍機の数々、全てが党率の取れた動きを測る。
「……演習終了、30分後に第一屋外演習場司令本部前に集合。将官は登壇してください」
演習は問題なく無事終了し一次解散、と言っても演習場の広さを考えると既に司令本部前に移動する者が大半であった。移動中の会話の制限はなし、幾分訓練校時代に比べ自由時間の使い方の自由さにそろそろ慣れてきた新人隊員たちはやはり毎年のように同じような会話が繰り返されていた。
政府軍本部第3部隊7班所属の二等兵カズマも例外ではなかった。隣にいる同期同班のエリオットと話しながら司令本部へと向かっていた。
「なあ、見たか?」
「見た見た、白い軍服に四つ星の肩章……まさか目を疑ったよ」
先に口を開いたのはカズマ、そしてその言葉の意味を汲み取り返すのはエリオット。
先輩隊員から聞かされた総司令官の話がまるで嘘のようだと周りは皆苦笑の嵐だった。先輩隊員たちは皆彼のことを英雄と称え、神格化し、恐ろしい人物だと語っていた。
「まさか……冗談じゃねえよな」
「そんな冗談であの服に袖を通せるはずもないからね」
この世界には様々な人種が多種多様に暮らしている。純粋な人間、人と獣をミックスした獣人、美しい見た目と魔術を使えるエルフ、長寿で有名な妖精族、機械と共に生存するサイボーグなど数え切れないほどの人種がそれぞれ暮らしている。勿論そこには格差や差別、序列が存在し、崇高たる最大重要とされているのは純粋な人間である。1番力を持たず、頭脳もそこそこ、だが原種にして何にでも成し得る彼らは重宝されている。今この会話を繰り広げる2人もその純粋な人間である。
「あの感じじゃあ、偉いフリしてるだけで俺たちより弱いんじゃねぇのか?」
「……言われるとそうかもしれないけど、僕らと違って"一応"獣人だからどうかな」
目に見て取れる総司令官は150cm程の小柄な青年。プロフィールには35歳と載っていたが誰もが目を疑う見た目。これに限っては皆多種人類で慣れているため特に何も思っていないのが大半である。隣を抜けて歩いていく姿と自分を見比べ皆その軍人とは思えない背格好に驚いていた。
「今年も始まったな、総司令の見た目判断バカ新人が」
「そのうちどーせ思い知るさ」
新人隊員の話を聞きながら同じ部隊の先輩一等兵二人がため息を漏らした。
全員が持ち場から司令本部前に集合し整列した頃には30分が経過していた。