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ひかりになって  作者: 維酉
閑話 東山乙とお嬢様、他
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第四・五話 柊律可と推しカプ

 わたし、柊律可ひいらぎりつかには推しがいる。


 あれは、とある体育の授業中だった。ちょうどその日はバスケットボールをやる日で、わたしは休憩がてらボール磨きをしていた。女子バスケ部のマネージャーをやっているから慣れているし、おかげで、その日の放課後の仕事は減ったのだけど、それは置いといて。


 ボール磨きをしていると、爽ちゃんに試合の審判を頼まれた。相手は、おなじ女子バスケ部の篠沢さんとその友達。


 その日、爽ちゃんはめずらしいひとと組んでいた。女子バスケ部の部員でもなければ、ほかの運動部でも、なんなら文化部でも見たことがない。体育の授業では、日陰でゆるくたむろっているのを見かけたことがあるだけで、名前を知らないふたりの女の子。


 ひとりは爽ちゃんと親し気に話していて、身長はお世辞にも高いとはいえないけれど、細身でショートヘアの似合う明るそうな子だ。流線型の目元はさわやかで、美形の爽ちゃんと並ぶと絵になる。


 もうひとりは、人見知りなのか、爽ちゃんとはあまり話せていない寡黙そうな子。猫背だけれど、よくよく見るとスタイル抜群で、顔もかわいい。この子もやっぱり絵になる。


 で、そんな三人で試合に出るというので、わたしは審判を二つ返事で引き受けた。ほかでもない爽ちゃんの頼みだ、断る理由もない。わたしはストップウォッチをもって得点表のとなりに立ち、試合開始とともに時間を測りはじめる。


 はじめは思っていたとおり、爽ちゃんと篠沢さん、ふたりの勝負になった。篠沢さんは、高校からはじめたと聞いていたが、うごきがよくてエースの爽ちゃんにも引けをとらない。それに、篠沢さんと組んでいる女子も、けっこうシュートを決めている。たしか、陸上部で砲丸投げをやっている子と、バレー部の子だ。どうりで運動神経がいい。


 かくいう爽ちゃんチームは、主力になるのが爽ちゃんだけで、ほかのふたりはパス回しに専念していた。ショートヘアの子はともかく、寡黙そうな子はわたしとおなじで運動がちょっと苦手みたいで、いま、パスをとり損ねて派手に転んだ。


 じつをいうと、わたしは、審判をやりながらも爽ちゃんチームを応援していた。爽ちゃんはひとあたりがよくて、部活でもわたしにしょっちゅう話しかけてくれる友達である。篠沢さんもおなじ部の仲間だけれど、アタリが強くてちょっと苦手だ。しかも、派手に女の子が転んだときには、はっきり聞こえるように陰口をいったのだ。やっぱり応援するなら、爽ちゃんみたいな子がいい。


 試合が再開する。わたしは祈るようにストップウォッチの時間を見つめて、それから顔をあげた瞬間に、ショートヘアの子のうごきが変わった。


 それまでの時間がうそだったかのように、彼女はバテはじめていた篠沢さんたちのうごきを読みきり、ボールを奪った。またあるときは完璧なパスを回し、さらにはみずから切り込んでシュートを決める。爽ちゃんにも負けず劣らずの大活躍だ。馳せる額に、汗が弾ける。


 もうひとりの子も、折れてない。試合の最後には彼女にパスが回り、こんどはがしっとボールを掴んで、その大一番にシュートを決めた。わたしはもう、審判なのに跳ねてよろこんで、シュートを決めた子に抱き着くショートヘアの女の子を見て、感じたことのない胸のときめきを覚えたのである。


 その日の放課後、わたしは爽ちゃんから、そのふたりのことを聞いた。


 坂本七さんと、二宮乃子さん。爽ちゃんのクラスメイトで、わたしにとっての、推しカプである。




   §




 坂本さんと二宮さんは、学校ではあまり目立たない存在だ。


 ふたりとも帰宅部で、あのふたりは登校から下校までいつもいっしょにいるけれど、一方でほかのひととの交流がすくないらしい。世界がふたりで完結しているというのか、教室でもふたりの話している場所はちがった空気が流れているように映る。


 あまりにふたり仲がよいので、学年には「付き合ってるんじゃないか」とからかうようにいうひともいるが、いい加減にしてほしい。あのふたりは、そんな安易なことばで茶化されていい関係ではないのである。尊くて、神聖で、不可侵の絶対領域。それが七×乃子である。


 十一月から十二月にかけて、わたしは彼女たちのクラスを通り過ぎるたびにチラ見したり、廊下で見かけたときには陰からふたりを見守ったりした。坂本さんと二宮さんは、遠くから見ているだけで癒される。坂本さんはいうなれば王子さま気質で、ひかえめな二宮さんをいつもスマートにリードしていた。あるときは移動教室だろうか、教科書をもって移動しているふたりを見ていると、うしろから男子が数人で走ってきていた。彼らはまえをろくに見てもいない。危ない、とわたしはもうすこしで陰から飛びでて声をかけるところだったが、しかし坂本さんは会話しながらもさりげなく位置を調節して、二宮さんが安全な窓際に寄るようにした。そして、男子が消えるとなにごともなかったかのようにもとの位置にもどり、雑談を続ける。その所作に一切の無駄もない。そのあいだ二宮さんは相槌を打ちながらずっと無垢な天使のように微笑み、すると坂本さんもなおのことうれしそうに会話を続けるのだ。まさしく童話の王子さまとお姫さまのような関係だ。尊すぎる。


 学校にいけばそんな公式からの供給が毎日あるので、わたしは以前よりずっとたのしく学校にきていた。わたしは供給を目に、脳に焼き付けて、部活がおわって家に帰るとパソコンを立ち上げ、原稿を書く。作業は爆速で進み、冬休みまえには二十四ページに及ぶ七×乃子の薄い本ができていた。


 で、満足感と余韻に浸りながら、わたしは原稿を何度も読みなおした。坂本さんと二宮さんの尊さを余すところなく描き尽くした趣味漫画は、われながら甘々でイチャイチャで完璧な純愛を完成させていると思う。じぶんで十周はした。そして一旦満足すると、わたしはデカフェのココアを飲みながら――冷や汗をかいていた。


 わたしは同級生を使って一体なにをやってるんだ――⁉


 そこでようやく、わたしはわれに返った。ここ一か月、わたしは坂本さんと二宮さんを推すことで生活していた。推し活といえばよさげに聞こえるが、実際にやっていたことは物陰からふたりを観察するというストーカー行為であり、またふたりを題材に薄い本(ギリギリR-18ではない)を描くという狂気的な創作だ。有名人でもなければ、そもそも知り合いですらない同級生をモデルにナマモノをやるなんて倫理的にまずい。というか、キモすぎる。場合によっては警察のお世話にすらなりかねない。


 全身から血の気が引いていく。この原稿、消すか? しかし、わたしが情熱をかけて取り組んだ作品だ、道徳に反するといっても抹消するのはつらすぎる。


 私的利用ならいいのでは? 製本せず、データのままパソコンに眠らせておくだけなら問題ないはずだ。わたしは「閲覧注意※見るな!※」フォルダの下に「禁忌※絶対に見るな!※」フォルダをつくり、そこにキャラデザ案と原稿データを保存した。そして原稿をもう三周し、念のためパソコンのパスワードを変更してから電源を落とした。


 ベッドに寝転がり、わたしはため息をつく。弟の影響で見はじめた特撮もこのごろはあまり見ず、イラスト投稿用のSNSアカウントもそういえばまったく稼働させていない。確認すると、フォロワーさんから安否確認のDMまできていた。返信してから再掲とフォロワーさんのリポストでお茶を濁し、巡回用の鍵垢に切り替えてからTLを流し見する。特撮やアニメのFAが氾濫している。流行りの投稿も、すこしかわっているみたいだ。


 しかし、ときめきは足りない。すきな絵師さんの美麗なイラストを見ても、流行りのアニメのFAを見ても、坂本さんと二宮さんを見るときのような激しいほどの尊さを享受できないでいる。


 でも、ふたりの絵はインターネットにあげられないし、ほかの絵師さんからの供給も当然ながらありえない。孤独な自給自足をするしかない。日付がかわっても、わたしはベッドのうえでのたうちまわっていた。




   §




 そんなこんなで冬休みになった。


 ふだんなら胸躍る長期休暇である。部活はあるが、むずかしい授業からは解放されるし、年末年始は部活もないからゆっくりできる。


 しかし今年の冬休みには、ある大きな欠点があった。推しを拝めないのである。


 わたしは薄い本を完成させてからも、あいかわらず、孤独な自給自足生活を続けていた。学校にいけばやはり公式からの供給があったし、最近、ふたりの距離は縮まる一方に見えるから、こっちとしても捗らざるをえない。しかしその供給も、冬休みにはいってしまえば強制的に打ち切られる。あのふたりはどの部活にもはいっていないし、冬休み期間にはわたしのまえに現れてくれるような機会がひとつもない。


 しかし、供給が断ち切られたのならこうも考えられる。すなわち節制である。ふたりからの栄養分を摂取しないことによって、この不道徳な推し活欲求を忘れ去るのである。


 もちろん――そううまくはいかなかった。むしろ、冬休みが一日、一日とまた過ぎるにつれて、わたしの渇きと創作意欲は増すばかりだ。日々、脳内をかけめぐる推しへの愛。いけないことだとわかってるのに夜な夜な筆を走らせて、一生陽の目を見ない薄い本も厚くなるばかりであった。




 今日も今日とて、わたしは推し活のままならなさに重たいフラストレーションを抱えながら、体育館の後片付けをしていた。巷ではクリスマス・イブともてはやされる日だが、あいにく、非リアのわたしには予定というものがない。


 帰ったら、クリスマスイラストでも描こうかな、と体育倉庫を閉めながら思う。ネットにあげる用に、走り描きでもいいから特撮のFAとかつくって、年末あたりに遅刻しましたといって謝りながら掲載しよう……


 で、片づけを終えて、解散になる。体育館を出ると、ちょうど更衣室から出てきた爽ちゃんと落ち合って、いっしょに帰る。


「爽ちゃんは、今日明日、なにか予定あるの?」

「ないよ」と、苦笑される。「そういう柊さんは?」

「わたしもさっぱり。爽ちゃんクラスでも、クリスマスは予定ないのかー」

「なに、わたしクラスって」


 駅で電車に乗る。わたしと爽ちゃんはおなじ方向だ。


 電車にはカップルがちらほら見受けられる。このあとイルミネーションとか夜景を見に、デートにいくのだろう。


「うらやましいよねー、ああいうの」

「そう?」

「爽ちゃんは、恋人とかほしくないの?」

「わたしは、まだいいかな。部活で手一杯だし」

「そっか。わたしも、趣味でキャパオーバーかも」

「そういえば、クリスマス・マジックってあるよね」

「あ、だめだよ! こんな日に町中で、そんなこといったら」


 と、爽ちゃんの降りる駅に着いた。わたしはもっと乗って、市街地のほうまで行く。


 さよならをいって、爽ちゃんは電車から降りていく。ひとりだ。スマホを取り出し、時間を見てから、なんとなく車内を見回すと、心臓が喉から飛び出そうになった。


 坂本さんが、乗ってきている。


 制服ではないが、わたしは見間違えない。銀縁の六角眼鏡をかけ、黒の革ジャケットにスキニージーンズを履いている。超バチバチでカッコいい。


 坂本さんは後部ドアからはいり、それなりに遠いところに座る。しかし距離など関係なしに、わたしはガン見してしまう。突然の供給に、脳が追い付いていない。だから倫理的なセーフティーもはたらかない。


 え、え、え、クリスマス・イブに? しかもこんな夜中にどこへ出かけるんですか?????? もしかしてデート⁉ お相手は⁉ お相手はだれなんですか⁉ やっぱりあのひとですか⁉ えっ??????!!!???


 電車はさらに数駅走る。で、乗ってきた。


 二宮さんだ!!!!!!!!!!


 白いニットに緑のカーディガンを羽織り、チェック柄のロングスカートをあわせたフェミニンな衣裳だ。編みこみのハーフアップというヘアアレンジ、淑やかさを演出する薄めの化粧も語彙力を失くすレベルでかわいい。


 そんな二宮さんが、いま、目の前を通った。えっすごくいい香りする!!!!!!!!


 二宮さんは、走りだす電車のなか、坂本さんを見つけると花が咲いたように笑う。そしてちょっと駆け足で近寄っていく。え~~~~~~~無理、かわいすぎる………………その表情で救われる命があります、ここに。


 ていうか、やっぱりデートだ。推しがクリスマスデートをしている。ここからだと会話は聞こえないが、絶対いま、いちゃついているにちがいない。このあとはどこにいくんだろう? 気になって気になってもうしかたない。こっそり付いていきたい。そしてふたりが幸せなキスをして終了するまで壁となり天井となり空気となって見届けたい。でもだめだ。犯罪だ。そんなことをしたら明日の朝刊まっしぐらだ。


 坂本さんと二宮さんは、しかし幸運にもわたしとおなじ駅で降りた。北口に出てくれと必死に願っていたら、ふたりも北口方面に向かっていた。そこまではわたしも帰路を装ってついていける。


 駅前広場はずいぶんな賑わいを見せていた。そのせいで一瞬、わたしはふたりを見失う。だめだ。一秒でも長く、わたしは推しを見ていたい。冬休み、絶対にないと思っていた供給が、なんとクリスマスデートという最高のかたちでお出しされたのだ。見逃すわけにはいかない。


 人ごみのなかを、わたしは血眼になってさがす。坂本さん、二宮さん、どこですか。こころの裡で必死に、喉がかれるほど呼びかける。そして――見つけた。広場を出ていく後姿を。


 ふたりは手を繋いでいた。坂本さんが手を引っぱって、学校では見せないおさなげな笑みを浮かべてはしゃいでいる。そんな坂本さんを、二宮さんはおなじく笑顔で、しかしどこかうっとりした表情で見つめ、公園を去っていく……


 あぁ――尊すぎる。


 脳が焼かれ、体内の不浄なるものがきれいさっぱり滅ぼされる。わたしはふたりが消えていった方向を拝み、数秒間、突っ立ったままであった。


 できることなら、もっとついていきたい。ふたりのデートを見届けたい。しかしそれはできない相談だ。わたしの家とは逆方向である。あとをつけたら、越えてはならないラインを堂々と踏み越えてしまうことになる。


 わたしはこころに血涙を流しながら、家路についた。帰ったら、クリスマスイラストを描こう。ちょうど参考になるコーデも目に、脳に焼き付けたことだし、孤独な自給自足の足しにしよう。わたしは道徳の二文字をいったんあたまの隅に追いやって、道を急いだ。

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