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ひかりになって  作者: 維酉
第五話 きみというひかり
17/26

17 きみというひかり①

 二宮が風邪を引いたらしい。朝のSHRでそう聞いた。


 その日、めずらしく二宮がおなじ電車に乗っていなかったので、わたしはすこし気がかりだった。だいたい二宮は、朝のきまった電車に、それも三両目の後方部にいる。座っているか、吊革につかまっているかはまちまちだが、まるでとりきめみたいに律儀にである。


 まるでといったのは、とくにわたしたちで約束してはいない、ということである。毎朝、おなじ時間の、おなじ電車に乗って、おなじ位置におさまっておき合流するというのは、どちらかといえば自然発生的なことだった。四月に知り合ってから、おそらく五月にはそういうかたちになり、冬休みが明けたこのごろもしっかり続いていたが、わたしも二宮も「そうしよう」と提案したことはないし、「そうましましょう」と承諾したこともない。いうなれば、いつのまにかできていたルーティーンであり、わたしたちに共通する暗黙の諒解であった。


 二宮は三両目にいるし、わたしは三両目に乗る。そうして今朝もあたりまえのように電車の三両目、後方部のドアをくぐりぬけ、二宮を捜すが、いない。それはじつにめずらしいことだった。


 二宮がそういう諒解をたがえたことは、これまでにいちどもなかった。わたしは多少、遅刻したことはあれど、二宮のほうが電車に遅れるというのは覚えがない。あの子はまじめで、優等生だ。寝坊した、なんて話も聞かないし、なんなら朝には強いイメージがある。


 念のため、ほかの車両も覗いてみたが、二宮はいない。やはりこの電車には乗っていないらしい。心配だ。どこかで事故にでも遭ったのでは? それとも犯罪に巻き込まれたとか? 二宮の不在という不安の種は、あたまのなかでにょきにょきと育ち、枝葉を伸ばす。まさか二宮が誘拐され、二宮家の電話には身代金一億円の要求電話がいままさにかかっており、焦るメイドさんたちのまえで緊張した表情のお父さんが受話器をとる横で、渋い顔の刑事たちが逆探知を――と、そこまでいって、われに返った。飛躍しすぎだ。いつもの場所に、いつもの子がいないと、こうも突拍子もない不安に駆られるのか。


 なに、もしかしたら、日直だとかでひとつ早めの電車に乗ったのかもしれない。きっと学校にいけば会えるだろう。胸中の不安を駆除、わたしはかぶりを振って、やがて電車を降り、教室までひとり歩いた。


 が、二宮は現れなかった。まさかほんとうに誘拐されて――などと思いもしたが、SHRのあと、担任に訊くと事情がわかった。風邪を引いて休みだったのである。


 中身がわかると単純な話だった。風邪を引いていたから電車にいないし、教室にも来ないのである。しかし、なぁんだ、じゃあよかった、めでたしめでたし、では解散!……というふうになれないのは、二宮が熱を出して寝込むという状況が、それはそれで心配なのである。


 あの子はどうやらからだが弱いらしいし、証拠に去年は断続的な高熱のせいで留年しているほどである。風邪を引いたていど、とはどうしても思えない。


 担任が教室を出たのを確認し、わたしはすぐさま教室の陰でラインを送った。「具合どんな感じ? おだいじにね」――既読がつくのを確認するまえに、一限目の予鈴が鳴って、数学の教師がそそくさとはいってくる。わたしはスマホを鞄に放り込んだが、授業中ずっと、通知が気になってしかたなかった。マナーモードにしているから、返事があっても気づけないのだけど。




   §




 いうまでもなく、わたしは今日のいちにちをひとりで過ごしていた。いつもなら、授業のあいまに二宮と駄弁り、チャイムが鳴ったらあわてて席にもどるというのを繰りかえしていたのに、今日は肝腎の相手がいない。わたしは友達をあまりもたない主義なので、こうして二宮が休んでしまうとふつうにボッチである。


 休憩時間にはつどスマホを確認していたが、既読のつく気配はない。むこうはスマホを見ていないのだろう。やはり、そのくらい重病なのだろうか。ひとりため息をついて、スマホをしまい、授業を受けながら不安を募らす。


 そうやって昼休みになった。


 なおも既読のつかないラインをあきらめて、わたしはひとり、購買に向かった。いつものように梅おにぎりを一個買い、われながら低燃費な人間だなと思いつつ教室にもどると、わたしの席のまんまえにだれか座っていた。


 高身長でむかつくくらい美形の女子――山田だ。


「よぉ」と、山田は気安い調子で右手を掲げる。「元気か?」

「どう見える?」

「なんだ、意外と平気そうだな」


 わたしは肩をすくめた。で、席に座る。山田はさもあたりまえのようにわたしの机に弁当を広げている。


「うーん」

「どうした?」

「や、わたし、なにかやらかしたのかなと思って」

「こころあたりがあるのか?」

「それがちっともないんだ。清廉潔白系女子だから」

「はぁ。そうですか」


 山田はめのまえで手をあわせ、彩りの豊かな弁当をたべだす。ラインナップは中華寄りだ。こいつはいま、中華料理店を営んでいる伯母さんの家に間借りしているから、そのおかげだろう。わたしが姉貴の部屋に住んでいるのとおなじ理由で、やはり実家が遠いのだ。女バスは朝練があるし、こいつはなおさら、もし実家暮らしならたいへんだっただろう。


 ま、それはさておき、考える。こいつ、なんでわたしのめのまえに座っているんだ? そしてなぜ、のんきに弁当をたべているんだ? いつもなら、山田は女バスのメンバーと和気あいあいやっているはずだ。ちらりと教室のうしろを見てみるが、やはり山田がいつもいるグループはそこそこの大所帯で陣取っている。うちの女バスはけっこう人口が多く、いうなれば一軍筆頭のような集団である。が、そこのリーダー格であるはずの山田はひとり抜け出して、わざわざわたしのめのまえにやってきた。もちろん、わたしはクラス内では影の薄い存在で、つまり山田は天から下界に降り立ってきたかたちである。どういう風の吹きまわしなのか。


 なんだ? なにを提出していない? わたしは思考を巡らせる……文理選択のプリント? いや、あれは締め切りが来週のはずだから、いま催促されるいわれはない。となると、なにか出していない課題があるのだろうか。冬休みの課題から、今日のぶんまで、順に指折り数えてみる。このごろは学業にもまじめに取り組んでいるから、出し忘れというのは思い当たらない。やはりわたしは清廉潔白系女子である。


 山田がわたしのめのまえに居座る理由が、ない。こまった。わたしは梅おにぎりをひとくちかじり、考え、うなり、ついぞあきらめて、


「で、わたし、こんどはなにをやらかしたの?」と、訊いた。「学級委員さんに怒られるようなこと、してないはずなんだけど……」

「そうか。なら、いいんじゃないか?」

「そうだよなぁ。いいはずなんだよ。でもおまえがいるじゃん、現に」


 山田は肉団子をひょいと口にいれて、充分に咀嚼して、飲みこんでから、


「なんだ、おまえ、わたしがなにか怒るためにここに来たとでも?」

「え、ちがうの?」

「おまえはわたしをなんだと思ってるんだ……」

「高身長ハイスぺ女子」

「けなせよ。調子狂うな」山田は眉間にしわを寄せる。「二宮さんが休みで寂しそうだったから、昼飯くらい付き合ってやろうってんだよ、こっちは」

「うわ、恩着せがましいものいいだな、この高身長ハイスぺ気配りレベルMAX女子」

「だから、けなすフリで褒めるな」


 山田はツッコミをいれ、ジト目のまま棒棒鶏をたべた。山田の間借りしている中華料理店にはいちど足を運んだが、あそこの棒棒鶏は絶品だった記憶がある。またこんど、二宮といっしょにたべにいこうか。と、そのまえに、あいつが元気にならなくてはだめか。


 実際、風邪の軽重はどのくらいなんだろうか? またスマホを確認するが、既読はない。昼まで寝込むほど重いのか。それとも単にスマホを見ていないだけで、せっかくの休みだからと気楽に寝こけているのか。後者ならまったく構わないし、そうであればよいが、もし風邪がひどいようならやはり心配だ。熱も引かないまま、このまま一週間くらい休むということもあるのだろうか。


 山田が棒棒鶏をたべているあいだに、わたしはさっさと梅おにぎりを完食した。不安は募ってばかりだが、ちゃんと満腹感がある。低燃費なお腹だ。こうなるともういっそ寝てもいいが、そういえば五時限目は英語の小テストがあった。時間もあまっているので、単語帳をひらく。


「いいこころがけだ」と、山田の評。「邪魔をしてもいいか?」

「できると思うのか?」


 わたしは鼻でせせらわらう。いまのわたしは英単語にコンセントレイトだ。HardにEnglishをVery Very Studyだ。Understand?


「今季なに観てる?」

「えーっとねー、まず『魔剣のフーガ』でしょ、『ゆめふら』に『魔法少女ピコ☆ナイン』も面白いし、やっぱ『転むす』も注目株だよなぁ。あとあんまり話題になってないけど『機兵世界のナーディ』ってのも名作のにおいがしててぇ」


 いつのまにか単語帳を閉じ、わたしは視聴中のアニメをひたすら列挙していた。山田は勝ち誇ったような顔をする。勘違いするない、小テスト対策は昨晩にすましているから、ちょっと戯れてやっても問題ないと、それだけのことだ。


「山田はなに観てるの?」

「『ゆめふら』と『転むす』。それと、なんだっけ、少女野球の」

「あぁ。いい趣味してますね、お嬢さん」

「タイトルが出てこん……」


 山田は掌底を額にあて、思いだそうと必死である。ちなみに、わたしはマークしていないアニメなので、山田に力添えはできない。


 たしかあのアニメ、百合なのだ。


 まえまでは、百合というジャンルにまったく抵抗はなかった。というか、秋アニメは二タイトルくらい追っていたし、今季のやつもわりと追うつもりだったのだが……なんというか、いまはすこし、気恥ずかしい。


 ――わたしは、坂本さんのことが……


 リフレインするのだ、あの瞬間の、あのことばが。冬休みが明け、二宮はふだんどおりにふるまい、わたしも何事もなかったかのように接するしかなく、ずっと気が置けない友達どうしのままだったが、それでも……あのセリフは、わたしのなかでかなり尾を引いている。山田が追っているという少女野球のアニメも、いちおう一話だけ観たけれど、途中からもどかしくて、へんな気分になった。だから、いまのところ、百合アニメは観ないことにしている。


「だめだ、思い出せん」山田のため息が聞こえる。「そういや、二宮さんはどんな具合なんだ?」

「えっ、二宮っ?」


 声が裏返った。怪訝な顔をされる。


「や、すまん。二宮ね。どうなんだろう」


 スマホを見る。既読はつかないままだ。


 もしかしてわたし、忘れ去られてる?


「はやく治るといいな」


 山田はのんきにそういった。わたしも肯く。まったく、はやく治ればいいと思う。

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