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ひかりになって  作者: 維酉
第三話 ゆめのしるべに
10/26

10 ゆめのしるべに③

   §




 目が醒めると、家を出る時間だった。


 わたしは跳ね起きて、リビングに出るも姉貴がいない。まっ白なあたまで思いだす。そういえば、今日は朝イチでバイトがある日だ。


 いつもなら、多少寝坊しても姉貴が叩き起こしてくれるのに――くしゃくしゃな髪を掻きむしって、とにかく、超スピードで支度をする。顔を洗って、制服に着替えて、かばんを掴む。この間、十分もない。


 戸締りをして、駅までの道を走る。いつもの時間の電車には、相当がんばれば間に合うはずだ。最近はからだがなまっているが、なんとかなる。なんとかする!


 鋭い十二月の風を切り、がむしゃらに走った。走ると、いまだ右足に違和感がある。痛みはない。ただ胸の奥深くがざわつく――が、駅までの距離なら、なんとか立ち止まらずに済むと思う。済んでほしい、と願う。不格好なフォームになる。


 それでもどうにか、駅舎に着く。肩で息をしながら電光掲示板の時計を見る。よし、自己ベスト更新。だが油断ならない。改札を抜け、プラットフォ―ムに辿りつくと、いまにも出発しそうな電車が呆れたように待っていた。駆け込む、とどうじに扉が閉まる。


 セーフ。よい子はまねしないように……と、ざわつくこころのなかで呟いて、車内を見回す。


 いた。すっかり埋まったロングシートに二宮が腰かけている。OLふたりに挟まれて、きゅっと身を縮めている。


 向こうもわたしに気づいて、ちいさく手を振る。あいさつしにいこうとしたら、がたん、と電車が揺れた。動きだしたのだ。あわてて吊革をつかむ。


「だ、だいじょうぶ?」と、二宮はまえのめりになって、「走ってきたの? 席、かわろうか……」

「んーん、問題ない」


 息を整えて、笑いかける。二宮もひかえめに笑みを返してくれる。朝、目が醒めたときはどうなることかと思ったが、こうして二宮の顔を見ると、とたんに安堵するからふしぎだ。


「今日、寝坊しちゃって」

「そうなんだ。夜、おそかったの……?」

「ま、そんなとこ」吊革につかまったまま、うなだれる。「うー、あっつい……」


 暖房が効きすぎている冬の電車は、ダッシュで火照ったからだにはこたえる。


「でも、よかったよ。いつもの電車にまにあって」

「う、うん……!」


 二宮もこくりと肯いた。それからわたしたちはいつものように、他愛のない話をして、数駅いくと電車を降りた。


 外はずいぶん寒く、そういえばマフラーも手袋も今日は忘れてしまった。制服の下で汗がきゅうに冷えて、ひとつくしゃみをする。二宮が心配そうに肩をすぼめて、


「か、カイロ、つかう?」

「いいの?」


 新品のカイロが二宮のかばんから出てくる。いくつか持ち歩いているらしい。ありがたく頂戴する。


 この真冬にしては貧弱すぎる装備では、カイロが加わるだけで、充分にあたたかく感じる。てのひらのじんわりした熱と、二宮の温情がこころに沁みていくようだ。お礼にあとでなにか奢ろう、ジュースとか。




 教室のまえには山田が待ちかまえていた。おはようもなしに、「おい坂本」とあいかわらずぶっきらぼうないいかたをされる。


「おはよう、山田」

「おはよう」と、こちらがあいさつすればちゃんと返してくる。「二宮さんも、おはよう」

「お、おはよう、ございます……」


 二宮はおどついて、わたしのうしろで縮こまる。山田は、目つきこそ悪いが(そしてわたしにはやたらとアタリが強いが)、根はいいやつなので怯える必要はない。わたしは苦笑して、さっさと教室にはいった。


 で、わたしが席に着くなり、


「で、おまえ、ちゃんと持ってきたのか?」といわれる。

「なにを?」

「なにをって……調査票にきまってんだろ」

「あぁ、調査票ね。書いてきたよ、もちろん」


 かばんを探る。クリアファイルのなかには、数学の課題やら時間割表やら雑多にぶちこんであり、そのなかに、進路希望調査票は……ない。


 ない。あれ、ない……軽いかばんをひっくり返す。ぼろぼろになった数か月前の授業参観の案内が出てきたくらいで、ほかにはなにも。


「ないのか?」と、怪訝な顔で、山田。「というか、なんでこんなに中身がすっからかんなんだよ」

「置き勉してるし……」


 実際、教科書やノートは、ほとんど学校に置いて帰っている。課題で必要なもの以外持って帰らないし、たぶん、このクラスでわたしのかばんがいちばん軽いという自信がある。


「あれ、マジでない」


 かばんの隅から隅まで探ってみたが、でてこない。


 でも、昨日はたしかに、調査票は書いて、それから、どうしたんだったか。書いたあとはすぐに寝て、それっきりか。朝は寝坊しててんやわんやだったし……


 思い返してみると、書いた調査票をかばんにしまった記憶がない。もしかして、もしかしなくても、家に置きっぱなしだ。


 全身の力が抜けて、わたしは机に突っ伏した。やってられん。どうして今日に限って寝坊するのか――いや、そもそも、どうして昨日、書いてすぐかばんにしまわなかったんだ。ひとりため息がでる。


「しっかりしてくれよ……」と、山田は肩を落とす。「おまえ、今日は提出するっていってただろ」

「いった」突っ伏したまま肯く。

「そういや、二宮さんにも誓ってたな」

「誓った」

「え、えっと」かばんを下ろした二宮が近づいてくる。「どうしたの……?」

「二宮、わたしは打ち首獄門の刑だ!」


 わたしはくわっと起き上がり、悲痛な声でいった。おおきく肩を震わして、二宮は目を丸くする。


「すまない、わたしの力不足で……」

「そうだな」山田は冷たく、「残念だ。おまえには期待してたんだがな」

「じゃあね、二宮……おまえと友達になれてうれしかったよ……」

「え、えっ、え?」


 困惑でショートしそうな二宮をよそに、山田は容赦ない手刀をくらわせてきた。


 恐ろしく痛い。


 わたしは断ち切られる寸前だったうなじを押さえ、


「予備とかないんですか……?」と、かろうじて訊いた。

「ない。ほかの男子がぜんぶ使い切った」


 なんてことだ。わたし以外に忘れ物して、さきに予備の調査票まで使い切りやがるなんて。


「迷惑なやつもいたもんだな……」

「おまえほどじゃない」

「明日もってくる」

「ほんとかよ」

「明日」

「今日もってくるはずだったのに?」

「申し訳ないです……」

「二宮さんにも誓ったのに」

「マジですみませんでした……」

「あ、明日だったかも!」


 と、突然、二宮が大声を出した。一瞬、朝の教室が静まり返る。


 あまりの珍事に、わたしと山田は目を丸くして、二宮を見つめていた。ほかのクラスメイトも、なかなか聞くことのない二宮の大声にけっこう注目している。


 かくいう二宮は、じぶんでも想像以上に声が響いてしまったのだろう、顔をまっ赤にして、そのまま膝が折れる。へたりと座り込んで、いつも以上に縮みこむ。


「に、二宮?」崩折れてしまった彼女を覗きこむ。床に三角座りして、もはや泣きそうだ。


 わたしと山田は顔を見あわせて、この状況をどうみたものか、互いに首を傾げる。


「ご、ごめんなさい……」と、悩んでいるとかすかに声が聞こえた。「あ、あの、なんか、あの……」

「や、いいって。だから、ほら、泣くな泣くな」

「とりあえず、立てるか? 手、貸すから」

「う、うん……」


 ふたりで腰の抜けた二宮を引っぱり起こす。そのころには、もう朝の賑わいが教室に戻っていて、二宮に向けられる好奇の視線はまったくなくなっていた。


「そ、その……」二宮は、しゃくりあげつつ、「ふたりが、ケンカしてるみたいだったから、えっと……」

「あぁ、そっか。庇ってくれたの、わたしのこと」

「ううむ」山田が小難しそうに腕を組む。「すまん、わたしのふるまいもよくなかったな」

「や、ごめんね、心配させて……わたしら、ぜんぜん仲いいからさ。じゃれてただけっていうか、二宮が気にすることなかったんだ、ほんとに」

「う、うん……」

「よしよし」


 二宮はだんだん落ち着いてくる。が、さすがにまだ羞恥が残っているのか、いつもよりぎゅっと縮こまったまま。まるで巨人に見下ろされる仔猫みたいだ。


「じゃ、そうだな」山田が組んでいた腕を離して、にっと笑った。「二宮さんに免じて、調査票は明日でいい。今日提出するっていうのも、わたしの勘違いだった可能性があるし」

「お、おう。ありがと……」


 山田はあっさり引き下がり、じぶんの席に戻っていった。こころなしか歩幅も軽快だ。表情もずいぶん明るかったし、なんだか気味がわるい。


 ま、いいや。引き下がってくれたなら、それはそれでいい。わたしは二宮に視線を戻して、


「ね、二宮。ありがとね」


 彼女は赤くなった目をぱちくりさせて、わたしを見る。「じぶんはなにもしてません」とでもいいたげだ。わたしは吹き出してしまった。こいつはやっぱりへんなやつだ。


 予鈴が鳴る。二宮はびくっとからだを揺らす。毎日聞くはずのチャイムにすらびくついている。わたしはいっそうおかしくなって、おなかを抱えて笑いだしてしまう。


「さ、坂本さん……!」


 二宮は顔を赤くして、すこし眉をあげる。恥ずかしさと、笑われたショックでないまぜな、わかりやすい表情がいとおしい。


 わたしはよい友達をもったと思う。

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