第9話(王国の危機)
アルタート王国は、ガイエの不在を千載一遇の好機と見たオクタミア帝国の大軍勢侵攻の危機に陥ってしまった。
国としての方針をどうするのか?
国王ルヘルミナは決断を下す。
アルタート王国では、国王ルヘルミナの招集により、多くの臣下達が王都に集まっていた。
「帝国の使者が、最後通告してきたそうだよ」
「ついに来たか〜って感じだね」
「ここ数年は、ガイエ・シェヴァル様が帝国の将軍を斬り殺すことで、撤退に追い込んでいたけど......」
「そのシェヴァル様が、行方不明とあってはね〜」
「国王陛下、見た目は秀麗だけど、中身はイマイチだし......」
「帝国軍の全軍が侵攻してきたら、続々と降伏する小領主が出るのだろうね〜。 既に誘いをかけられているという噂も沢山、流れているから」
「この国も第20代で終わりか。 帝国は税金が重いから、嫌なんだけどな〜」
既に、帝国の使者が発した言葉は、尾ヒレはヒレを伴って、王国内に広く流布されていた。
一般王国民にまで話が漏れており、民衆達は口々に噂話をしていたのだった。
殆どの小領主が、抵抗せず降伏するだろうことは、既定事実となっている。
よって王国民にとっては、支配者が代わるだけで、生活に大きな変化はないのだが、都市全体が要塞化されている王都ヘテルミアの被害がどの程度になるのかと、新しい支配者になった場合、税がどれぐらい重くなって課されるのか、その2点だけを気にしていたのであった。
元々アルタート王国は、オクタミア帝国の辺境領域であり、帝国の一部であった。
初代アルタート王フレーヤは、第17代オクタミア帝国皇帝アルストの異母弟であり、当時は勇猛な武将として知られていた。
帝国は、初代皇帝が決めた方針を絶対としており、
『帝国領土は全てを皇帝が統べるものとする』
という国是がある。
その為、臣下や皇族に領地を与えることは出来ず、地位や爵位、褒賞、下賜金等で臣下を統制・支配してきた。
だが皇帝アルストは、弟フレーヤの、常に戦いを求め続ける猛獣のような姿勢を抑えるのに苦慮していたのだ。
いくら大帝国であっても、四六時中戦争が有るものでも無い。
フレーヤは手持ち無沙汰になると、その煮え滾った心を味方に向ける場面が多かった。
自己制御不能状態に陥りやすく、ちょっとした怒りで、部下を手討ちにすることもしょっちゅう。
高位の者とのトラブルも頻発していたのだ。
弟の暴虐に手を焼いていた皇帝アルスト。
そこで、ある臣下の進言に基づき、異例中の異例ではあるが、当時辺境地帯であった、現在のアルタート王国の王都ヘテルミア周辺を領地として与えたところ、フレーヤは自身の領地の運営とその発展や拡大に夢中となり、猛々しく戦さだけを求め続ける心を鎮めさせることに成功したのであった。
ところが、想定以上に領地の統治で実績を上げてしまい、徐々に勢力を広げ始めたのだ。
当時の帝国からみたら、人口希薄の辺境とはいえ、勝手に支配範囲を広げ、皇弟個人の領地だと宣言し、半ば独立国のようなふるまいを続けるフレーヤの行動は、物議を醸すこととなる。
ただフレーヤ自身は、皇族としての高いプライドを持っていたので、帝国から飛び出す意思は全くなく、それどころか戦いがある時は、常に自身の領地から多くの手勢を率いて帝国軍の先陣として駆け付け、大活躍し続けた。
結局皇帝アルストは、弟の領地拡大の姿勢を咎めることが出来ないまま崩御し、兄に続いてフレーヤも、程なくして亡くなったのであった。
第18代皇帝アルンは、臣下の進言をもとに、フレーヤの後継者となった娘のシーエルに、帝国の国是に基づき、領地の返還を求めることを決めた。
具体的には、シーエルに帝国の最高位である三公の一つ司空の地位と多くの褒賞、下賜金を与え、その引き換えに、その支配領域を引き渡すように求めたが、シーエルは拒否。
ただ、双方そのまま直ぐに戦いということにはならず、その領地の扱いを協議し続けることとなる。
その間、シーエルは帝国領以外の領域へ、徐々に進出しながら、帝国への協力姿勢は一切変えず、独立国としての認識の既成事実化を図り続ける。
帝国側から見て、北方辺境地帯の帝国領内に、皇帝以外の支配者の領域が存在することを認めたとしても、更にその北方には標高5000メートル級の山々が連なり、大陸の屋根と称される『グレイトデーバイ山脈』が行方を遮るようにそびえ立っており、シーエルの小国の領土拡大には自ずと限界がある。
よって、帝国を脅かすような存在になる可能性は皆無であり、それよりも皇祖が定めた国是を守る為には、藩屏の別国として認めた方が都合が良いという事情もあった。
そこで、最終的には、
『アルタート王国という名称の使用と独立国としての存在を承認する』
という結論をみたのであった。
それから長い間、アルタート王国は帝国の藩屏として、戦さがあれば、常に先陣を賜ることが慣習となっていたのだが、新たに勃興した東の大国『タ・アン』がオクタミア帝国を揺さぶる為に、その触手をアルタート王国に伸ばしてきたのだ。
第16代国王ラーベルトは、その誘いに乗ってしまい、オクタミア帝国対タ・アン国との戦いに、帝国側として参戦中、突如反乱。
オクタミア帝国軍は大混乱に陥って大敗し、東方の領土を一気にタ・アン国に奪われ、以後帝国と王国は敵対関係が続いている。
そのような歴史がある為、当代のオクタミア皇帝シーンは親書で『兄弟』という表現をしたのだ。
臣下や小領主の大半が出席した緊急会議が始まると、冒頭でルヘルミナ国王は、出席者の想定外のことをいきなり言い出した。
「集まった臣下の諸君。 調略を受けているものは、直ぐに帝国に降伏して貰って構わない。 ただし、速やかに王都ヘテルミアから退去して頂きたい」
いきなりの通告内容に驚き、動揺する臣下達。
ゆっくり周囲を見渡し、面従腹背の臣下達の戸惑いの表情を見てほくそ笑みながら、
「実は既に、降伏するだろう者達のリストを作成して有るんだよね〜。 今から、ここで読み上げようかなあ〜」
王のその言葉に、情勢の推移を冷や汗を流しつつ、固唾を飲んで見守る出席者。
「それは冗談だけど、この会議終了後、3時間以内に王都から退去しないと、護衛隊と近衛隊でこのリストに名前の有る者達は、一族郎党を拘禁し、即決裁判で処刑するよ。 だって、戦いの最中に叛乱されたら困るからね〜」
笑いながら、降伏はせず、徹底抗戦する意思も示しつつ、一方的な命令を出すルヘルミナ王。
まるで、悪魔が乗り移ったような表情を浮かべているように、特に裏切りの確約をしていた臣下には思えたのであった。
「王都より南側の小領主達は、帝国の大軍が帝都を発進したら、手勢を率いて帝国領に入り、降伏して欲しいんだよね。 その領域に住む、民衆を戦さに巻き込みたくないから。 少しでも軍勢が存在すれば、帝国軍が兵力を展開するだろ? そうなれば略奪や暴行が発生しやすくなるから」
「もちろん、最後まで帝国に抵抗したい者が居るのならば大歓迎だけど、僕の記憶だと殆ど居ないような気がするんだよね〜」
そして、国王は後方に何やら合図すると、護衛隊長フェニス・マイハを筆頭に、500人もの護衛隊の兵士達が、会議をしている大謁見の間に整然と入って来たのだ。
兵士達は数名ずつ、それぞれが事前に指示された担当する臣下の前に立って武器をちらつかせ、席に座っている臣下を威圧する。
それは、会議に出席した臣下の者達の9割にも及んでいた。
誰も発言しない出席者達。
この会議自体が、叛乱者を一網打尽にし、追放する目的で開催されたことに、ようやく気付かされたからだ。
「国王陛下。 如何致しますか?」
マイハ隊長の確認に、
「リストにある者は、即刻全員、王宮から追放しろ。 3時間経過以後には王都からもだ」
ルヘルミナの指示を聞き、項垂れる臣下達。
近衛部隊も到着したので、手分けして、帝国と内通していた者達の追放処分の実行を開始したのであった。
王宮を出ると、既に大将軍ジュ・ハンの部隊が王都内に展開を始めており、国王ルヘルミナの意向は徹底抗戦であることが、会議に出席した臣下や小領主達にも明らかとなったのだ。
「ルヘルミナ陛下。 思い切った措置ですが、本当によろしかったのですか? 追放した臣下は大半が文官とはいえ、彼等の私兵も合わせれば5000人以上となりますが......」
国王の護衛を自ら実行しつつ、マイハは確認をする。
「あの裏切る予定だった者達が、裏切りが露呈して王国を追放され、兵も財宝も何一つ持たずオクタミア帝国へと赴いた場合、奴隷階級に落とされるだけだよ。 せめて、長い間王室に仕えた報酬として、最後に身に着けられる財宝の持ち出しと私兵の一部を伴っての退去が出来るぐらいの時間は、作ってあげようと思ってね」
その言葉に、
「陛下はお優しいな、ただ甘いとも言える」
と思い、複雑な表情を一瞬浮かべたマイハ。
それに気付いたルヘルミナ。
「甘い措置だと言いたそうだね」
とひとこと答えたのであった。
数時間後。
叛乱予備群の者達は、既に王国より追放され、帝国領に逃げ出す数百台にものぼる馬車の列が延々と、広がる沃野の一本道に連なっているのであった。
やがて、その列の後方には、内通が発覚した小領主の軍勢と馬車群も。
追放された臣下は、文官と将軍合わせて120人余り。
追放処分となった小領主も、南部の領主を中心に、30人余りを数えた。
その合計兵力は、領主の兵力15000人を合わせて、約2万人。
国力も兵力も、帝国の5分の1程度に留まるアルタート王国にとっては、手痛い兵力の喪失であるのは事実であった。
「ジェ・シェン国の情勢はどうなのだ?」
国王ルヘルミナは、東方の大国タ・アン国の属国であり、アルタート王国と国境線を接する小国の動向を気にしていた。
「タ・アン国の極秘命令に基づき、我が王国への援軍を出す準備をしています。 ただ、国境を越えて派兵するには条件が付いておりまして......」
護衛隊長のマイハは、王家執事のセス・バードンと共に、タ・アン国との援軍交渉をも担当していた。
「その条件、当ててみようか? マイハ」
王は悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、そんなことを言い出した。
「では、どうぞ。 陛下」
「王都ヘテルミアが半年以上陥落しないこと。 それぐらいの抵抗が出来ないのならば、援軍を出しても意味が無い。 タ・アン国も王国と極秘同盟を結んだ頃の、かつての様な勢いが無く、しかも、散々跡目争いで揉めた挙げ句、ようやく新皇帝が即位したばかり。 大規模な援軍を我が王国に派遣したら、国内で反新皇帝派が決起して、再び混沌世界に逆戻りしてしまうだろうね」
その意見に、『その通り』ですといった表情を見せて、頷いたマイハ。
「ジェ・シェン国に集結している兵力は、3万人程度だそうです。 別働隊としてはそれなりの規模ですが、オクタミア帝国は今回、30万人以上を動員すると言われていますから、彼等が積極的に動くようになるには、陛下が大きな実績を立てないとダメでしょうね」
「ガイエの立てた実績だけでは、彼等は動かないかな?」
「ガイエ様の実績があるからこそ、曲がりなりにも、援軍の派遣が実行されているのです。 タ・アン国も厳しい情勢ながら、既にジェ・シェン国内に援軍は到着しています。 もし、ガイエ様の実績が無かったら、口約束だけで、見殺しにされたでしょう」
「なるほどな〜。 ガイエが戻ってきたら魔剣の力で、帝国の総大将をいきなり斬り殺して撤退に追い込む可能性があると、タ・アン国側も見ているってことか〜」
「そういうことです、陛下。 ところで、双対の魔剣の長剣の方を扱える人物は、見つからないままだよな?マイハ」
叛乱予備群の追い出しを終えた、大将軍のジュ・ハンが王の元に戻って来ており、話し掛けてきたのだ。
「はい。 現状、我が王国内に適性者は存在しないものだと判断しておりますが」
「国王陛下。 陛下に適性は無いのですか?」
大将軍の質問に、頷きながら、
「僕は、全くダメだ。 ガイエが生きているということがわかるぐらい。 初代国王陛下のようにはいかないね〜」
両手を上げて、降参といった様子のルヘルミナ。
初代国王フレーヤは、『双対の魔剣』を使いこなすことで、抜群の戦果を出し続けたのだ。
ただ、その反動で魔剣の持つ負の力の影響を強く受けてしまい、残虐性が強い人物となっていた。
「魔剣の負の力の影響をなるべく受けずに、正しき剣を振るい続ける。 そのようなことが可能な人物というのは実在するのでしょうか?」
いつの間にか、王の元に帰還していた執事セスが、その場に居た王への絶対忠誠を誓う者達全員に質問する。
「ガイエは短剣の方だが、剣を貸し与えて約7年。 その負のパワーの影響を受けている様子は見られないが......」
ルヘルミナ王が答えると、
「アイツは別だ。 陛下が初めて市中でガイエを見掛けた時、それは魔剣も真っ青になる程の悪鬼であったのだから」
そう言って、大将軍が笑い出す。
「ガイエ殿は、魔剣の力で逆にマトモになったのですよ。 ミイラ取りがミイラになるという、ことわざのようにね」
普段、絶対に冗談を言わないセスまでもが、この調子。
ガイエは、王の側近達に愛されるキャラであるのだった。
そんな会話から、国王は出会った時のことを思い出し始めていた。
『おい、そっちに逃げたぞ〜』
『あのガキ。 すばしっこいたらありゃしない』
追い掛けられる少年時代のガイエ。
剣の扱いが上手いということで、用心棒として雇われていた時のことであった。
『俺達のボスが殺られたのだぞ、絶対に逃がすな』
十数人の盗賊団らしい屈強そうな男達から追われる身となっていた。
そのシーンに偶然出くわした、国王に就任したばかりのルヘルミナ。
「陛下、ここは危険です。 少し離れましょう」
ただ一人の随行員執事のセスが進言するも、
「あの子、ちょっと面白くない? 少し様子を見たいな〜」
「わかりました。 少しだけですよ」
どう対処するのか、ドキドキしながらガイエを見詰めるルヘルミナ。
すると、隠れていた橋の下から、突如飛び出すと、追い掛けてきた2人の盗賊を、右手に持っていた剣で二閃。
倒れた賊は、ピクピクした動きをしたあと、全く動かなくなる。
あまりにも鮮やかな剣捌きに、ルヘルミナだけではなく、セスも見惚れてしまうほど。
「陛下。 あの少年の剣捌きは......」
「スゴイね〜。 明らかに自己流だけど、あまりにも美しい......この魔剣が喜ぶようになるかもね」
その後もじーっと見詰め続ける。
仲間の死体に気付いて、手分けして慎重に周囲を捜索しだす、盗賊団の残党。
再び隙をみて、一人、二人と剣を振るって斃してゆくガイエ。
やがて、恐怖した残党数名は、その場から逃げ出して行くのだった。
「おい、君。 すごい剣......」
ルヘルミナが背後から近付いて声をかけると、有無も言わさず、いきなり剣で襲いかかってきた。
それを魔剣で受け止めたルヘルミナ。
まさか、自身の太刀筋が受け止められるとは思わず、一瞬戸惑ったガイエ。
セスがその隙をみて、ガイエの右手から剣を叩き落とす。
そして、剣を拾い上げて確認すると、
刃こぼれだらけの酷い状態
であったのだ。
「君の名前は? 僕はルヘルミナ」
屈託のないその笑顔に、思わず警戒心を解いてしまう。
「ガイエだ」
ひとことだけ答えると、セスの手から自身のボロボロになった剣を取り返す。
「そんなボロボロの剣でも、ガイエの太刀筋は鋭くて綺麗。 だから、敵を一閃で殺れるんだね。 でも、僕はその華麗な剣を受け止めることが出来る。 そうだ、僕と友達にならないかい?」
「お前と友達? 俺みたいなのと知り合うと、いつ命が狙われるかわからないぞ」
そう言って、やんわりと断ろうとする。
すると、ルヘルミナは泣き出してしまう。
「せっかく、君の命を狙ったさっきの残党の一人を僕が斃したのに......」
その言葉に、突然現れた二人の背後を見ると、ガイエを追い掛けてきた男の一人が倒れていたのだった。
さっき、ルヘルミナがガイエに声を掛けた時、ルヘルミナとセスが、ガイエを襲おうとしていた賊を倒していたのだ。
「ありがとう。 気付いてなかった、その賊の存在」
ガイエはルヘルミナが泣く様子に、思わず礼を言ってしまう。
「ふふふ、嘘泣きだけれどね」
ルヘルミナは両手で隠していた顔をガイエに見せると、舌を出す。
思わず、その美しい顔に少し見惚れたガイエ。
『なんなんだ、この少年。 俺と同い年ぐらいだけど、貴族のお坊ちゃんかな? 顔の美しさからすると......』
これが即位して間もない国王ルヘルミナとガイエの出会い。
その後、何回かの説得で、ようやく王に仕えることになったものの......
ルヘルミナ以外の者の言う事を全く聞こうとしない。
大将軍ジュ・ハンは、最も手を焼かされた一人であったのだ。
王宮内で、悪鬼と渾名が付けられる程の悪餓鬼っぷり。
しかも、剣の腕前が上がっていくので、大将軍と雖も、打ち負けてしまうほど。
そもそもガイエは、国王ルヘルミナの個人的な家臣になっただけなので、王の臣下の言う事を聞く必要がないと考えていたのだ。
ただ、その考えが変わったのは17歳の時。
ガイエに剣の指導をしていた王家剣術師範のアカイケ・ウジンがオクタミア帝国軍との戦いで戦死したことがキッカケであった。
この戦いには、あくまで出陣したルヘルミナ国王に対する王家が付けた護衛として参加したガイエ。
しかし、兵力差から苦戦に陥り、国王ルヘルミナの身辺にも刃の音が迫ってきたのだ。
「陛下、お逃げ下さい。 臣がこの場は敵兵を食い止めますので」
これが剣術師範ウジンの声を聞いた最後となってしまうのだった。
数本の剣をルヘルミナの護衛から受け取ったウジン。
その場に留まり、全ての剣が刃こぼれして、敵兵を倒せなくなるまで、鬼神のごとく戦い続け、最後は敵に串刺しにされ、亡くなったのだ。
東方の大国の援軍が到着したことで戦いが終わり、ルヘルミナ達と共に、戦場でウジンの亡き骸を捜索していたガイエ。
そして、その壮絶な最期の戦いが蘇るような姿で、敵兵が刺した無数の剣を支えに、立ったまま絶命していたウジン。
それを見たガイエは、王に仕えてから、初めて涙を見せたのであった。
それも、周囲の者達が驚く程の大泣きであった。
それは悔悟の涙。
いつも悪態をつき、剣術師範アカイケ・ウジンの言う事を全く聞かなかったものの、それでも師範はガイエの剣才を認めており、悪態に付き合い、根気よく、惜しみなく技を伝授し続けていたのだ。
以後、ガイエは心を入れ替えたのであろう。
新しい剣術師範の指導を真面目に受けるようになり、あっという間に師範を上回る剣の腕前に。
そして、ルヘルミナが初めて出会った時に直感していた通り、双対の魔剣への適性を見せるようになったのだ。
側近達や大将軍との会話から、そんな過去を振り返ったルヘルミナ。
しかし、戦いが目前に迫ってきた以上、思い出に浸っている余裕は余り無い。
帝国への使者への返事をする前に、既に裏切り者達を帝国に追放する等の行動に移っているのだから、やがてその状況が使者に伝わってしまうだろう。
やることは山積みであり、準備の時間は少ない。
帝国軍が王都を落とす前に、ガイエが戻って来てくれる奇跡を期待しながらも、再び激務へと身を投じた国王ルヘルミナであった......